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63.大母の御厨3

何時に投稿すると一番多くの人に読んでもらえるんだろう。や、まずは面白いものを書くのが最優先なんだけどね。

 繰り返すこと数回。ようやく、フレアの手元で赤い光を湛えた果実が衣からその全身を露わにする。注ぐ魔力によって随分見た目が変わるんだなぁと、俺は自分の手元のフェテリの慈しみと見比べる。熟れたフレアの果実を見下ろして、カノンも満足げに頷いた。


「果実を取り出せたら、火にかけて溶かす。……その前に、アルスの怒りを食べやすい大きさに刻んでおく」


「これも食べ物なんだ……?」

「岩にしか見えないけど……」


 困惑した様子でフレアとミラ。うん、俺もそう思う。実際、えぐいしょっぱいなんか辛い苦いで、そのままでは食べられたものじゃないのだが。

 そんなことを考えていると、カノンは先程半分に叩き折っていた父の果実、アルスの怒りを腰ほどの高さのテーブルに置いた。


「アルスの怒りは、表面の硬い殻を切り落として、中の実だけを使うと特に美味しい。《ソード》」


 カノンの手に、若草色の刃が閃く。いっそ呆気ないと言えてしまうほどの手際の良さで、アルスの怒りは一瞬のうちに赤っぽい色の小ぶりなサイコロに変身した。感心したように、ミラが声を上げる。


「わぁ、凄い手際だねぇ」

「何回もやったこと、だから」


 ミラの素直な称賛に、カノンも少し気恥ずかしそうに身動ぎする。俺は自分の手元に渡された父の果実の片割れを見下ろし、腰の短刀を抜く。フレアとミラには、俺が採った方のアルスの怒りを半分ずつに割って渡してある。俺はアルスの怒りに短刀をグッと押し当てて……


 少しも、刃が通らない。隣を見ると、ミラはカノンの指導の元、ソードの魔法で作り出した翠の刃でサクサクとアルスの怒りをバラしている。逆方向、フレアの方は魔物の解体用のナイフを押し当てていたが、こちらは全く歯が立っていないらしい。

 あれ、もしかして、ソードの魔法が必須なやつ?俺、古式魔法全然使えないよ?


「普通の刃物を使うときは、刃に魔力を通すとうまく切れる。強化するのではなくて、ただ魔力を通すだけでいい。ほら、こう」


 愕然とした俺の背中に、温かい感触。背後から伸びた少女小さい手が刃物を持つ俺の手に触れる。


「か、カノンちゃん……?」

「あんまり動くと危ない。少し、私に任せて。肩の力を抜いて——」


 耳元で囁かれ、少しくすぐったい。ちょっと良い匂いがするのは、きっとその辺りに散っている果汁のせいに違いない。

 カノンは俺の手を、まるで自分の手を操るかのように操作すると、順番に切る所を教えてくれる。


「こうやって岩みたいになってる隙間に刃を入れて、刃を回しながら内側に入れる。刃がしっかり入ったら、岩の塊を削ぎ落とすつもりで、刃を滑らせて……」


 自分の手元で、先程カノンが演じてくれた光景が再現される。すげぇ、以外の感想が思い浮かばない。


 あっという間に、幾らかのサイコロが完成した。


「残りは一人でできる?」

「はい。ありがとうございます」

「ん。フレアも、力入れすぎ。父の怒りは力を入れても強くなるだけ。寄り添うように、でも自分の力は通す。こう……」


 カノンが離れて、今度はフレアの方に向かう。手元には、切られた実と残り。魔力を込めた刃でそっと岩の隙間をなぞると、先ほどと違って面白いくらいあっさりと刃が通った。それでも、カノンが切ったものと比べたら表面もゴツゴツしているし、大きさもなんとなく不揃いに見える。いや、カノンの切ったサイコロが精密過ぎる、というのもあるのだろうが……。


 料理の腕については最近、ちょっと上達していた風に思っていたので少し寂しい。いや、更に先が見えたという分には良い経験なのかもしれないが。


 俺は、再度気を取り直して、アルスの怒りに短刀を入れる。今度は、まるでバターを切る時のように、すんなりと刃が入った。




「アルスの怒りを切り終えたら、手鍋に入れたフェテリの慈しみを火にかける。火は……」


 と、カノンが見た方に目をやる。視線の先では、いくらかの少女淑女が集まって火を囲んでいるのが見える。皆、なにかの調理をしているのだろう。その背中からは気迫すら感じられる。


「……焚き火は今は使えないみたい」


「火なら、私とフレアで何とかできますよ。ね、フレア?」


「ええ、任せて」


 二人で頷き合って、燃えそうなものがない場所を探す。丁度よく草のない、土の色が見える場所があったので、そこで火を起こす。といっても、自分の魔力を使って火を灯すだけなので、苦労も何もないのだが。


「すごい。これだけ純度の高い火なら、きっとうまくいくはず」


 カノンの感嘆の声に、俺はフレアと目を見合わせて、互いに小さくウィンク。手が塞がってなかったらハイタッチでもしてたと思う。


 火を十分な大きさに調整して、俺たちは各々の鍋を火にかける。普通の焚き火だったら結構熱いと思うけど、そこは原初の火種を持つ俺とフレアの魔法の火。温度調節も範囲調節も思うがままである。カノンの指示に従って火力を調整しながら火を囲っていると、やがて全員の鍋の果実がとろけ始めた。


 ぷにぷにとした柔らかな果実が、とろりとした液体に。それはやがて、その内部に溜めていた光と同じ色のさらりとした液体に変わる。


「果実が完全に溶けたら、さっき切ったアルスの怒りを中に入れる。あとはしっかりと混ぜ合わせるだけ」


 渡された木の棒で、アルスの怒りが入ったフェテリの慈しみをかき混ぜる。


 最初の方は変化らしい変化もなかったが、少し火にかけていると、アルスの怒りに変化が現れ始める。刺々しいような赤い色が、一瞬炎のように揺らめいたかと思うと溶けたフェテリの慈しみに溶け出したのだ。「混ぜる手を止めないで」というカノンの言葉に、俺は思わず止めてしまっていた手を動かす。赤色は、そのまま液状化したフェテリの慈しみの中を少し漂っていたが、やがて煙のように液体の表面から抜け出し、湯気に紛れて虚空に消えた。残されたアルスの怒りは、半透明の中にほんのりと極光を閉じ込めた状態で光る液体に浮かんでいる。見た目的に一番近いのは、ナタデココとかだろうか。ぷかりと浮いたアルスの怒りが、かき混ぜるのに合わせて上に下にと浮き沈み。何だか楽しげに踊っているようにも見える。

 そのまましばらく混ぜていると、徐々に混ぜる手応えが重くなり始めた。


「そろそろ火を消して」


 カノンの合図で、火を止める。鍋の中身は、どろりとした液体の中に幾らかのキューブが浮いているような、ちょっと不思議な感じである。


「次は泉で冷やす。こっち」


 カノンに連れられ、泉へ向かう。ここはまだ人が少ないのか、何人かの小さい子供が楽しげに水遊びをしている。


「鍋の中に水が入らないように気を付けながら冷やす。かき混ぜるのを止めて完全に冷やすと固まって、混ぜながら冷やすとサラサラになる。……この先は好み」


「じゃあ、私はそのままかな。お鍋を片手にずっとかき混ぜてたから、手が疲れちゃった」

「私も。火もそうだけど、果実を熟れさせるための魔力制御でくたくただし、ちょっと休憩」


 ふむ。ミラとフレアはそっちか。俺はといえば、鍋を支えるのを浮揚の輪でちょっぴり楽していたのでまだまだ余裕だ。……ていうか、みんなの分も浮かせたら良かったな。今更思い当たるが、まぁ済んだ事である。


「じゃ、私は混ぜますね。せっかくですし、固まったやつとサラサラのやつで食べ比べてみたいですし」

「ふむ。それじゃあ、あの子たちの水が飛んでこない……この辺りの浅瀬を使う。ここなら、そのまま置いても水が入らない」


 そう言って、カノンが泉の一箇所を指差す。確かに、ちょうど良さそうである。フレアとミラが鍋を水の中に下ろして、小さく息を吐く。カノンは、そのままちゃぷちゃぷと泉の中に足を踏み入れて、不意に、そのまま泉の中に腰を下ろした。突然の行動に、俺たちは思わず目を見合わせる。


「か、カノンちゃん?」

「ミカエラも、こっちへ」

「こっちって……え、水の中に座るの?」

「?立ったままでは冷やしながら混ぜられない」


 不思議そうにカノン。いや、それはそうだろうが。水の中に直接腰を下ろすのはどうなんだ。いや、魔法ですぐに乾かせはするのだが。僅かに逡巡。しかし、こんな小さな女の子が躊躇もなく座ったのだ。俺にもプライドというものがある。意を決して、俺はカノンの対面に腰を下ろした。


 ひんやりと冷たい水が、服に染み込んでくる。水の感触は心地よいのだが、布が体に貼り付いて来る感覚が少し気持ち悪い。股の間にまで入り込んできた冷たい感触に、背筋が小さく震えてしまう。とはいえ、違和感があったのは一瞬だ。すぐに慣れたし、慣れてしまえば特に不快感はない。


「熱いから、最初はしっかり取っ手を握ったまま混ぜる。ある程度冷えてきたら、胡座をかいて足の間に挟むとやりやすい」

「うん、やってみる」


 目の前のカノンの仕草を見ながら、俺も自分の手元の鍋をかき混ぜる。どろりとした鍋の中身はその抵抗感を増しており、固まりかけている。それを何とか回していると、固くなりつつあったそれが、徐々に軟化していくのが分かる。何だったか、名前を忘れてしまったのだが、小さい頃に買ってもらった知育菓子を思い出す。あれは混ぜていると色が変わるというものだったが……まぁ、大差ない。



「水と同じくらいサラサラになったら、最後に少し、魔力を注ぐ」

「魔力を?」

「魔力をしっかり混ぜ込まないと、またすぐに固まり始める」


 それは、何というか。本当に気難しい料理だ。工程の多さに、少し辟易としてしまう。いや、だが、切って焼くとか煮るとかしかしてこなかったからそう思うだけで、案外料理とはこういうものなのかもしれない。……ついつい面倒臭く思ってしまう俺の心は、そんな言葉では誤魔化せないけれど。


「……何だか、七面倒というか、周りくどいというか。よくもまぁこんな調理法を思い付きましたよね、最初に作った人」


 一周回って尊敬の念すら覚える。俺だったら、こんな風に混ぜようとかも思わないし、固まったら固まったでそういうものだと思ってしまう。そのボヤキのような言葉を、カノンが無感情な声で拾い上げた。


「……初めて父母の睦みを創ったのは、アニマ・アンフィナ。神代の、まだ神々が人に混ざっていた頃の話。だから、これを創ったのは人じゃない。神の御技」


 意外な所で、意外な名前。俺は、思わずカノンの顔を見た。もちろん、混ぜる手は止めない。カノンは相変わらず眠そうな半目で手元に目を落としている。


「アニムス・アルスとアニマ・フェテリが酷い大喧嘩をした事があった。その時に、それを仲裁したのが命の女神、アニマ・アンフィナ。仲裁の時に供した料理が、父母の睦み。だから、私たちは永遠に父母が睦まじくあるために……。祈りを込めて、この料理を繋げなければならない。豊穣の乙女に選ばれる為の課題は本来、この父母の睦みを作る事。けれど……」


 淡々と語るカノンの顔が、僅かに歪む。痛みを堪えるような、切実な表情。しかしそれも一瞬で、すぐに元の考えの読みにくい眠そうな表情に戻る。


「人々は忘れてしまった。父母の睦みでなくとも、裁定者は認めてくれる。この睦みを作るための魔力の扱いは、熟練しなければ難しい。熟練するには、加護があった方が手っ取り早い。……神代が終わり、生まれながらに加護を持たない者が増えて、作るのが難しくなって。今では、豊穣の乙女に伝わる秘伝に成り果てている」


 そう語るカノンの顔からは、その感情は読み取れない。ただ、何となく。悲しいのではないかなと、そう感じる。俺は自分の手元に目を落とし、サラサラになってきた鍋の中身……父母の睦みを見つめた。アニマ・アンフィナが創ったというだけならただ親近感しか感じなかったのだろうが、今の話を聞くと少し複雑だ。失われつつある文化。もし継承されなかったらと思うと、寂しさが湧いてくる。そこまで考えて、俺はカノンの言葉に違和感を覚えた。


「豊穣の乙女にのみ……?あれ、でも、そんなのを何でカノンちゃんが知ってるんです?」


 疑問を口にすると、カノンは初めて自分から俺の目を見て、口元に微かな笑みを浮かべる。そして、そのまま不思議そうに首を傾げた。


「……さぁ」

「さぁって……」


 はぐらかされたのか、本当に分からないのか。確かなのは、今はこれ以上聞いても得られるものはなさそうだという事。無理に聞くこともないだろう。誰にだって、言いたくないことの一つや二つあるだろうし。何より、そこを詮索して得られるものは、ほんのちょっぴりの知的好奇心を満足させるだけなのだ。


「そろそろ、出来上がり。溶けたフェテリの慈しみに漂う魔力が均等になるまで混ぜて……均等になったら、父母の睦み、フェテラス・ハルモニアの完成」


 一足先に混ぜ終わったらしいカノンが立ち上がる。長い間水に浸かっていたからか、胸の下辺りにまで水が染み込んでいる。濡れたワンピースのスカート部分がピタと肌に張り付いて、その下が少し透ける。緑色だからそんなにはっきり透ける訳では無いが、それでも身体のラインがしっかり分かるのは事実。カノンのような子供に何か思う事はないけれど、『見るな!』という内心のどこかからの圧力に、俺はす、と視線を外した。

 などとしているうちに、俺の方も完成である。鍋を片手に立ち上がると、水を吸った服が何やら気持ち悪い感触。カノンと二人で陸に上がると、俺は清めの風で濡れた服を乾かした。本当に便利だ。


「カノンちゃんも、よければ乾かしましょうか?」


 聞くと、カノンは小さく目を見開いて、ちょっぴり小首を傾げる。


「別に困らない。放っておけば乾く」

「いや、流石に風邪引きますって。乾かして困ることもないですし、乾かしますよ。《清めの風》」


 半ば強引に、カノンに清めの風を向ける。これをしないと、俺の心の何かがカノンを直視することを許してくれないのだ。人が困ることをする訳でもないし、いいだろう。


「ミカ!カノンちゃん!できたの?」


 きゃいきゃいと、犬なら尻尾をブンブン振っているんだろうなと思うくらいの勢いでミラが駆け寄ってくる。その手には、しっかり中身が固まったらしい鍋。ワクワクに溢れているミラに、俺は自分の鍋を差し出した。


「すっごーい!ちゃんとサラサラだ!」


 小さな波紋を作った鍋の中身に、ミラが感動の声。後からやってきたフレアも、鍋を覗いて自分のものと見比べ、へぇ、と興味深そうにしている。


「そちらも完成しているように見える。……向こうに食器がある。食べるなら、それを使うと良い。これで、私の役目はおしまい」


 そう言って立ち去ろうとするカノン。俺は思わず、カノンの手を取った。


「……ミカエラ?」

「えっと、カノンちゃん。せっかく一緒に作ったんだし、一緒に食べようよ。お互いに食べ比べとかもしてみたいし、新しい友達ともうちょっとお話もしたい、なんて」


 これでお別れ、というのは、何だか嫌だった。俺の言葉に、カノンは変わらない眠そうな目を微かに開くと、次いで、その口元に小さな笑みを浮かべて頷いた。


「ミカエラがそういうなら、是非」


 食器が並べてある台に向かうと、そこにあったのは木製や焼き物の食器の山。カノンが言うことを整理すると、この食器の山はこの試練のためだけに毎年作り、使い終わった後は行商などに売ってお金にするのだとか。食器の種類は豊富で、素人が頑張って作ったようなものからプロの職人が手掛けていそうなものまで色々ある。この食器を眺めているだけでもちょっと楽しそうだ。


 各自で良さげな食器を物色して、休憩用に設けられたらしい木製の丸テーブルへ移動する。このテーブルと椅子も、試練が終わると売却される一年限りのものなのだとか。


 食べ比べでもしよう、とそれぞれ自分の作った父母の睦みを人数分に取り分け、各人の前に並べる。俺は裁定者とやらに捧げる分を別に分けたが、3人は特に興味がなかったのかきっちり4等分だ。


 各人の目の前に四つの器が並んだところで、俺達は目を見合わせて頷き合った。


「それじゃあ、フレアの作ったやつから……」


「ええ。はじめての料理だから、上手くできたかは分からないけど……」


「フレア、それは皆おんなじだよ!」


 自信が無さそうなフレアの言葉に、ミラがくすりと笑っていう。「それもそうね」と笑って返すフレアから視線を外し、俺は目の前の器に目をやった。


 フレアが選んだ、ちょっと小洒落た模様が掘ってある小さな器には、サイコロ状の果肉が浮いたほんのり赤い色のゼリーが小さく盛られている。


 スプーンですくい、そのまま口元へ。花のような良い匂いが鼻腔をくすぐる。四等分してすっかり一口サイズのそれをぱくり、口の中に放り込むと、ちょっと暖かいような甘味が口いっぱいに広がる。いや、この風味にはちょっとばかり覚えがある。ヘパイストスの、火の聖地に足を踏み入れた時に感じた空気の味。あの時はよく分からなかったけれど、今ならわかる。この味は——


「火の魔力の味がする」


 そう、火の魔力の味である。魔導書師匠曰く、魔力にも味があるらしい。普通、魔力の味というのは人間には認識できない感覚らしいのだが、長く魔法を扱っていると、どうも魔力の味が分かるようになってくるのだとか。ある種の共感覚がどうのと小難しい理由が挙げられていたが、そこは割愛する。


「火の魔力の味って……。ミカってたまーによく分からないこと言うわね?」


 ちょっと困った風にフレア。いや、でも、紛う事なく火の魔力の味なんだから仕方ない。


「あぁ、これ、火の魔力の味かぁ。確かに、言われてみればそんな感じするねぇ」


「なるほど。火の魔力の味という表現は言い得て妙」


「えっ」


 俺の隣でミラが。対面でカノンが頷き、フレアが困惑した顔で俺たちを見る。


「待って、魔力の味ってそんなに通じ合える感覚なの……?私、全っ然分からないんだけど……」


「何かある程度魔法に親しんだ魔導師には理解できる感覚らしいですよ。魔導書にこそっと書いてました」


「そ、そう。……言葉だけだとあんまり美味しそうな感じがしないのだけど、ちゃんと美味しいのよね?」


 不安げにフレア。俺は笑って頷く。


「ええ、それはもう。フレアの優しい感じとかもしっかり出てますよ」


「父母の睦みは作った人間の心を写す。フレアがとても仲間想いなのも、ちょっと素直になれない所があるのもよくわかった。ごちそうさま」


「カノンちゃんはカノンちゃんで何を感じ取ったの……?」


 フレアの言葉に、カノンはきょとん、と首を傾げる。その様子にこれ以上聞いても無駄と判断したのか、フレアは小さく肩を落とした。


「次は私のだね!石みたいになった時はどうしようって思ったけど、ちゃんと溶けてくれてよかったよ。……固まって、何かまたちょっと硬くなっちゃったけど」


 続くミラの睦みは、ゼリー状だったフレアのものとうって変わって砕いた氷のような見た目である。というか、実際木槌を使って砕いて分けたものである。砕けた深緑のカケラからは、どことなく色付き氷砂糖が連想される。これはこれで美味しそうだ。適当に一つ摘んで口に入れると、飴のような食感と共に甘い風味が溶けてくる。


「飴みたいな感じで、これはこれで美味しいですね」


「本当。ちょっとしたおやつみたい」


「これはこれで、美味」


「よかったぁ……」


 俺たちの美味しい、という言葉に安心した様子で胸を撫で下ろすミラ。ころころと口の中で転がすと、ちょっとずつ味が変わる。多分、これは中のアルスの怒りの味だろう。苦味、えぐみはすっかりなりを潜め、ほんのりとした甘味が感じられる。


「次は、私の」


 次いで、カノンの睦み。元々そんなに量がなかったので、4人で分けると小さなコップにちょっとしかない。スプーンでサイコロ状の果肉と合わせて口に入れると、口いっぱいに爽やかな甘味。すっきりとした後味で、飲み込んだ後には爽快感さえ感じられる。あれだけ酷い味だったアルスの怒りは、すっかりまろみのある甘味に変身していた。


「すっごい美味しい!」


「うん、爽やかな甘さっていう感じで、いくらでも食べられそうな感じがするわ」


「このすっきりする感じ、すっごくいいねぇ♪」


「気に入って貰えて何より」


 俺たちの心からの賛辞に、カノンの頬が僅かに緩む。


 丁度その頃、俺たちのもとに、御厨の中を一通り回ってきたらしいキーニがやってきた。


「皆さん、調子はどうですか?」


「あ、キーニさん。いい感じですよ、ほら、キーニさんも如何です?」


 最後に残った俺の作った睦みを見せると、キーニが笑顔のまま僅かに固まる。


「……フェテラス・ハルモニア?それも、完璧な状態の……?」


「あれ、どうかしました?」


 すっと、真顔になったキーニに、何かあったのかと首を傾げる。


「あ、ちょっと待ってくださいね。キーニさんの分の器とスプーン取ってきます」


 俺は駆け足で食器の山から適当な木の器とスプーンを見繕い、自分の分の父母の睦みを更に半分に分ける。俺の分はフェテリの慈しみが大きく育ったので、ちょっと量が多いのだ。俺の分を半分にしても、カノンが作ったのと変わらない量がある。


 器を差し出すと、キーニは小さく「失礼します」と言って、俺の手から睦みの入った器と木製のスプーンを受け取り、行儀良く睦みを口に運ぶ。キーニが睦みを口にした瞬間、その表情が美味しそうに崩れた。


「豊かな風味に、完璧な舌触り……。どなたに教わったんです?」


「カノンちゃんに教えて貰ったんだ。ね、カノンちゃん!」


 ミラがニコニコとカノンの方を見ると、カノンは変わらない無表情で「まぁ」と短く答える。


「カノンさんが……? いえ、まさか」


 ありえないとでも言いたげなキーニの態度。動揺した様子のキーニと対照的に、カノンは至って無感動にキーニを見た。


「何か不都合?」


「いえ、そんな。文化がしっかり継承されるのは喜ぶべきことですもの。……それに、私はあなたのことを良く知りませんし」


「そう」


 素っ気なくカノン。カノンはそのまま、俺の作った睦みを啜り、ほう、とため息。キーニも再び睦みを口にし、破顔。キーニもカノンも、あまりに美味しそうに食べるものだから、俺も食欲が湧いてきた。


 木製のスプーンで、すっかり柔らかそうになったアルスの怒りとシロップ状のフェテリの慈しみをぱくり、と口の中へ。途端、頭の天辺まで突き抜けるような美味に、思わず声が漏れる。


 さっぱりとした甘味に、爽やかな風味。これはカノンの時にも思ったことだが、よくよく味わってみると、しっかり絡んだフェテリの慈しみがアルスの怒りの味を引き立てているのがわかる。完全な調和とでも言おうか。完成された甘味が、そこにはあった。それに加えて、おそらくは俺自身の魔力の影響であろう。どこか懐かしい風味が身体中に染み込んでいくような感じがする。


 神樹様の恵みも甘くて美味しい果物だったが、これはまた少し違ったベクトルで美味しい。


「やっば、すっごい美味しい!」


「ほんっと、すっごく美味しいわね!甘くて、爽やかで、しかも果汁と果実が引き立て合っていて。しかも、ただ爽やかな甘味ってだけじゃなくて、なんていうか、身体中に染み渡るような……」


「カノンちゃんのも美味しかったけど、ミカのはミカのでまたちょ〜っと違って美味しい!」


 幸せそうにフレアとミラ。そうやって喜んで貰えるなら作った者としても冥利に尽きるというものだ。


「初めてにしては、上出来」


「うん、うん!流石ミカだね!」


「え、そう?そうかな。えへへ」


 そう口々に褒められると悪い気はしない。俺は、自分用とは別に分けていた器を手に取る。裁定者様とやらに捧げるのに分けておいたものだ。


「それじゃあ、これ、裁定者様に渡してくるね!」


 溢さないようにだけ気を配り、裁定者の口に向かう。

 ほとんど目の前と言っていい位置だったため、たどり着くのは一瞬だ。幸い、今は裁定者の口の周りには誰もいない。俺が口に近付くと、それに気付いたらしい何人かの土守の民が興味ありげな視線を送ってくる。


 その視線はちょっと心地悪いが、そんなものを気にしても始まらない。俺はちょうど自分の胸元あたりの高さにぽっかりと空いた窪みに器を置く。やがて、岩壁全体の魔力が動き出して、大きな口が開いた。一歩後ろに下がると、真っ白な陶器を思わせる腕が伸び、器の中身を開いた口に器の中身を放り込む。俺の作った睦みを飲み干した口が閉じ、魔力の雰囲気が変わる。それと同時に、かすかに何かと繋がるような感覚。


『——資格者よ。手を差し出すが良い』


 神とはまた違う、魂の声。時間が止まったような感覚がして、再び、今度は静かに岩壁の大口が開く。その中からは、先ほども見たのと同じ、白い陶器の腕が伸ばされた。まるで、こちらも手を伸ばすのを待つかのように差し出された腕に手を伸ばすと、白手は伸ばした俺の手をそっと握りしめて、その甲を撫でる。その瞬間、微かに痛み。白手が離れた後には、小さな紋様が浮かんでいる。


 時間が、動き出す。気付けば岩壁は元の通りに閉まっていて。窪みに向かって伸ばした手の甲に刻まれた紋様が、先ほどの光景が幻覚の類でない事を示していた。


「これは……?」


 小さく芽吹いた双葉を繋げて輪にしたような、まるで見覚えのない紋様。手をかざしてそれを眺めていると、不意に手を叩く音が聞こえた。一つや二つではない。振り返ると、どうやら御厨にいるほぼ全員が拍手をしているらしかった。


「え、え?」


「すごいわ!あなた、外の子よね?裁定者様から『美味』の評価を頂くなんて!」


「さっきの、もしかして父母の睦み!?凄いわ、私、魔力の扱いが全然ダメで——」


 一斉に、堰を切ったように女の子たちが駆け寄ってくる。女の子が黄色い声で言い寄ってくるという男冥利な体験ではあるのだが、いかんせん小柄なミカエラからすればほとんどが年上で体格でも勝る相手。嬉しいどころか、一部の必死な形相も相まって若干怖い。


「あ、えっと、ごめんなさい、その……」


 思うように言葉が出てこない中、俺はフレア達の救援が来るまで、沢山の女の子に揉みくちゃにされたのだった。


沢山の女の子に揉みくちゃにされたので実質ハーレム回。


コメント、感想、コメント、ご意見、コメントなどお待ちしております。


↑こういうのしつこいかなぁと思いつつもなんやかんや毎回やってるからやめられないやつ。でもぼかぁ、こういう素直な姿勢が結構大切だと思うんだ。

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