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60:土守の里3

キリがいいからと思って切ったけど一話あたりが短い気がしたので本日二度目の投稿です。

「——ここは、普段は里の子供達が走り回って遊ぶ広場です。今は、カミツチの宴に向けての舞台設営などで手狭ですけど……。例年は、この時期に里に来た商人達が珍しい品を並べたりで、それはそれは大繁盛なんですが。

 今年はヘパイストスとの国交断絶の影響からか、その少し前くらいから長期で滞在している商人が何人かいるだけでちょっと寂しいですね。

 一応、国交再開後を目処に後日また宴を開くよう掛け合って、馴染みの商人にも周知してもらうよう頼みましたが……。マルバスがそんな状況でしたら、もっと時期を考えないとですね」


 石塔近くの畑から順に土守の里を歩きながら、俺たちは雑談がてら情報を共有する。マルバスの惨状には流石のキーニも狼狽えたようだったが、今は教会の聖女様(アリア)が街の浄化などに努めていると聞いて安心したみたいだ。

 正直、里の案内どころではなくなるかと思ったけれど。中々どうして、キーニは強かな女性であるらしい。教会の聖女、というワードが効いたのかもしれないが、それでも、今こうして何事もなかったかのように案内してくれるキーニには、頼もしささえ感じられる。内心穏やかでは無いと思うが、こちらを気遣ってかそんなことをちっとも匂わせないのだ。……無理してなきゃいいけど。


「私が前来たときは、特にこういうお祭りはやってなかったからなぁ。ちょっと新鮮」


「あら、ミラちゃんは前に来たことがあるの?」


「うん。いつ来たかは分からないんだけど……」


「そうなのね。ごめんなさい、私も去年まで長い期間中央の方にいたから、その間の事は分からなくて。

 ここだと外からの来客は珍しいし、知り合いにも会えるかもね」


「知り合い……。うん、そうだね」


 どこか寂しげに、ミラが頷く。ミラが以前来た時に、知り合いができていたとして。以前は呪いのために身を隠していたらしいし、何よりそれがどれくらい前なのか、ミラ本人にも分からないのだ。その知り合いと再会して、知り合いとして言葉を交わせるかどうかは、それこそ誰にも分りはしないのだ。


「あら、キーニ!今日はおじさんの言いつけは平気なの?」


 広場で作業をしていた女性がキーニに気付いたらしく、大きく手を振りながら歩いてくる。ザ・村娘といった風貌の、ちょっとそばかすのある茶髪の女性。キーニは十九歳だと言っていたから、彼女もそのくらいの年頃なのだろう。丁度、見た目もそれくらいに見える。何か少し引っかかった気がしたが、別にこれといった特徴もない平々凡々な女性である。

 キーニは近付く彼女を両手を広げて迎え、二人はそのまま軽いハグを交わす。


「マルベル!ええ、今日はやっと光の御子様が来られたの。光の御子様はお父さんが試練に連れて行っちゃったから、今はそのお連れの方に里を案内している所よ」


「へぇ!光の御子様の!本当にいたのねぇ、族長様ったら女の子よりキラキラ好きだから、アニムス・モルフィスの絵本でも読んでるんだと思ってた」


 アニムス・モルフェスの絵本を読む。アニムス・モルフェスは夢を司る神で、この慣用句の意味する所は……確か、夢見がちな妄想に浸ってる……みたいな。あれ、もしかしなくてもこれ結構キツイ言い草なのでは。こういうことに詳しいカウルを見上げると、どこか強張った笑みを浮かべて固まっている。


 しかし、キーニはというと、すっかり慣れっこなのか対して気にした様子もなく笑っている。


「もう!マルベルったら!……ああ、皆さんにも紹介しますね。この子はマルベル。私の幼馴染みで、里一番の料理上手なのよ。なんて言ったって、私と同じ歳で宴の料理監督を任されるほどなんだから」


 キーニの言葉に、女性、マルベルが「もう、やめてよね!」と気安く、冗談めかした風に応じる。なんていうか、すごく明るい人だ。俺達は順に軽い自己紹介をすると、マルベルは物珍しそうに俺達を、特にカウルを見ているらしかった。


「よろしくねー。……ところでキーニ、光の御子様ってイケメンだった?」


「もう、マルベルったら。……まぁ、私たちよりちょっと若いけど結構いい顔立ちはしてたと思うけど……」


 キーニが言うと、いつもの様に自然に繋がれていたフレアの手に、少し力が入る。そちらを見上げるが、フレアの表情に特に変わった所はない。フレアが不思議そうに俺を見下ろして、それと同時に手に入っていた力が弱まる。何だったんだ?


「そういえば、料理監督さんがどうしてここで設営?に駆り出されてるの?」


 ミラが聞くと、マルベルがあー、と心底嫌そうな声を出す。


「料理監督って言われても体のいい雑用係なのよ。今日も、狩に出かける男衆の代わりに舞台の設営。忙しいったらないわ。今年こそはカミツチの儀で豊穣の乙女になれるかと思ったのに」


「豊穣の乙女?」


 気になる言葉。フレアが聞くと、キーニが「あぁ」と言って説明してくれる。


「皆さんご存知ないですよね。カミツチの儀で試練に挑むのは、資格を満たした男衆と、同じく資格を満たした女衆も挑めるんですよ。試練の道がそれぞれちょっと違うんですけど、同じように御神岩……グランドカノンの大岩を登って、最上階で女神アニマ・フェテリから加護を授かるんです」


 キーニの言葉を引き継ぎ、マルベルが口を開く。


「そ。その加護を授かった女性が、豊穣の乙女。豊穣の乙女になれば、そりゃあもう凄いのよ!なんてったって……」


 マルベルが勿体ぶった風に言葉を溜めて、ぐるりと俺たちを見回す。そのじれったいマルベルの様子に、なんてったって何なんだ、と思わず生唾を飲み込む。マルベルはそんな俺たちの期待を心地良さそうに受け止め、とびきりのしたり顔で口を開いた。


「里の男という男にモテモテになるわ!」


 結構溜めた結果がそれなの?


 思ったよりしょぼ……慎ましやかな特典内容に、ちょっとがっかり。


「モ、モテモテ……?」


 隣でわくわくしていたミラも、困惑気味である。そりゃあそうなるよね。溜める内容だったのかこれ?


「そう、モテモテよ。良い女っぷりを土の女神様自らが認めて下さった証になるの。里で育った女達はこのために料理を学ぶと言っても過言じゃないわね」


 至って真剣な顔で言うマルベル。本人は大真面目で本気らしい。


「……つまり、試練に挑むための資格が料理に関わってるんです?」


「ええ、そうよ。去年はよりにもよってあのピーナに負けたのよねぇ……。まぁ、試練の登頂はできなかったようだからいいけど。そういえば、キーニは今年はどうするの?去年は丁度時期には帰って来たのに出てなかったよね?」


「私は……。うん、別にいいかな。里の女が豊穣の乙女になると、おいそれと外には出られなくなるし……」


 キーニは少し困ったように笑って言った。


「あんなしきたり真に受けなくてもいいのに。キーニ、中央に行ってからちょっとお堅いね。そうだ、丁度女の子が3人もいるんだし、貴女達も挑戦してみたらどうかしら?今も大母の御厨(みくりや)で女の子達がやってる所だと思うから。あれって別に外の人でも良かったよね?前も商人の娘さんとかがやってたし」


 名案、とばかりにマルベルが笑う。キーニの方は少し考えた風だったが、やがて「それは問題ないと思うけど」と呟く。


「あ、でも、あそこに行くなら、今の時期は男子禁制だからカウルさんには何処かで時間を潰して貰わないと……」


 男子禁制。聞いて、少しびくりとする。今の俺はミカエラなのだと、頭では理解しているのだが、何というか……。男子禁制と言われると、少し行きづらい。


「俺は構わねぇよ。マルベルっつったか?折角だ、何か手伝えることがあるなら手伝うぜ」


 カウルが小さく笑って言うと、きゃあ、とマルベルから黄色い声。見れば、あからさまに頬を赤くして小さくガッツポーズしている。確かに、顔と体格はいいものな。顔と体格は。


「カウルさんってばイイ男!」


 ……盛り上がってるところ悪いけど、このおじさんほぼほぼ既婚者みたいなものだし身持ちも堅そうだからやめておいた方がいいと思うよ。


 いや、しかし、カウルがここを手伝うと言うなら都合がいい。ここに便乗すれば、俺も男子禁制の場所に行かずに済むかもしれない。


「それじゃあ、私もここで手伝いを……」


 しようかな、と言おうとしたのを、マルベルが「何言ってんのよ!」と遮った。ぴしり、と音がしそうなくらい勢いよくピンと立てた指を俺に向けて、マルベルが言う。


「アンタ、里の外の人が参加できるのなんか、下手したら一生に一回よ?折角女に生まれたんだから、行って来なって」


 中身が女の子じゃあないんだけど……。しかし、ここまで言われると断る訳にもいかない。隣ではフレアとミラまで、「そうだよ、行ってみようよ」と言い出す始末だ。別に男にモテたい欲もなければさほど料理上手でもないんだが……。


「んー。分かりました、行きますよ、ええ。行きますとも」


 俺は観念して、大母の御厨とやらに行くことにした。


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