54:病魔の内で
一週間ぶりくらいですね、お待たせしました。
——温かい。
——熱い。
——フワフワする……飛んでるみたいな。
——熱に浮かされるような、不快な浮遊感だ。
——ちょっと、気持ちいいかも。
——ダメだ、しんどい。
意識が漂う。もう長い間、ずっとこうしているような気がする。何で、私はここにいるんだっけ。考えても考えても、思い出せない。漂っていただけの私の心に、不意に、どこかの景色が浮かんできた。ぼやけた景色の向こうは、見慣れた神樹様での私の部屋だ。
そういえば、ずっと前。何かの病気にかかって、看病してもらったことがあったっけ。
顔を横に傾けると、輪郭のぼやけた人の姿が見える。ああ、お母さんだ。手を伸ばすと、お母さんは、その手を優しく包んでくれる。その隣でそわそわとしているのは、お姉ちゃんだろうか。今の落ち着いた雰囲気からは想像できない可愛らしい慌てぶりに、思わず少し笑ってしまう。
『お母さん、ミカは大丈夫?』
声が響く。何枚も分厚い布を通したような声だが、不思議と聞き取りやすかった。
『ええ。少し熱が出ただけみたいね。大丈夫よ、神樹様の恵みを食べて、しっかり休めば治る軽い病気だから』
『病気……って、爺様やひい爺様と同じ?ミカも死んじゃうの?』
『ふふ、言ったでしょ、大丈夫よ。もう、アンリは心配性ね……』
そう言って、お母さんが優しくお姉ちゃんを抱きしめる。
懐かしい思い出。届かない景色。ううん、違う。私は今、この景色を取り戻すために、手を届かせるために旅をしてるんだ。
それさえ思い出せば、すべてが繋がるのはあっという間だった。
そうだ、俺は、病魔の中に取り込まれて——
「《潔き解呪の雫》」
解呪の力を持った、光の雫をぐいと飲み干す。身体の中から不快な熱が排出されて、一気に意識がはっきりしてくる。口の中に、何と形容していいか分からないが、ただ甘いような苦いような嫌な味がして、俺は思わずえずいてしまった。
「けほっ!けほっ!病魔、ちょっと飲んじゃったのかな……口の中に嫌な味が残ってるよ……」
解呪できても消耗した体力までは取り戻せないらしく、全身に激しい疲労感を感じる。自分の内の命の灯火がかすかに揺らいでいるのがわかる。もう少し解呪が遅れていたら、いくら命の女神の加護を持っていると言っても流石に危なかったかもしれない。
「クリスとアンリエッタに感謝だね……」
さて、今はどうなっているんだろうか。硬い地面から体を起こし、ぐるり、辺りを見回してみる。病魔の内側らしく、辺りは真っ黒真っ暗だ。
「《明るい導の光》」
魔法で照らしてみるが、背景が真っ黒なせいか明るくなった感じがしない。手を伸ばして探ってみると、丁度背中のほうにぶよん、という呑み込まれる時にも感じた嫌な感触。どうやら本当に、病魔の内側に取り込まれてしまっているらしい。ちょっと貫く弾丸を撃ってみるが、少し傷が付いたくらいで、その傷もあっさり塞がってしまう。
「うーん、これじゃあ、私だけで外に出るのは無理かな」
あんまり狭い所では、自分が巻き込まれる可能性もあるので爆ぜる魔弾も使えない。とすると、今は外に出ることとは別のことを考える方が良さそうだ。俺は感触を感じたのとは反対の方を見て、明かりを向ける。
「この中に、ミラとアリアも囚われているはず。見つけて合流すれば、突破口が開けるかな」
しかし、どうなってるんだ、これ。黒い背景で距離が分かりにくいとはいえ、あの塊の大きさだと人が二人も入ってたらすぐ気付けると思うんだが。
パッと見、それらしい人影は見えない。もしかすると、病魔の内側は空間が歪んでいるのか?
ともあれ、探索する他あるまい。俺は導の光をさらに一つ作り出し、今いる地面に置く。とりあえず端っこの目印代わりだ。
「これで、何かあったら戻ってこれるでしょ。さて……」
それじゃあ、病魔の内側の探索を始めようか。
俺は、導きの一雫から感じられるアリアの気配を追って、歩き始めた。
何度となく、悪夢を見た。誰もが自分の得た「加護」しか見ない夢。「アリア」を見てくれない夢。……そして、聖女でなくなったアリアの元から、皆が立ち去っていく夢。
——暗いよ。寒いよ。怖いよ。寂しいよ……。
叫べども、嘆けども、何をすれども何もない。そんな夢。それでも何かを探したいと、アリアは必死で手を伸ばし、その手が何か、暖かく柔らかいものに触れた。それをきっかけに、アリアの意識が浮上する。
意識を取り戻したアリアは、重い体を何とか起こし、辺りを見回す。周囲は真っ黒で、真っ暗だ。魔力を回そうと試みるも、未だに自身を蝕む呪いのせいでうまく魔力は動いてくれない。どころか、どんどん力が抜けていくような感覚まである。
「……ここ、は……」
ひどく、掠れた声だった。随分と前に風邪で寝込んだ時が、こんな感じだったろうか。意識してみれば、頭痛も結構酷い。
「……アステラの薬、持ち歩いてて良かったわ」
アリアは、先程は使う事が頭からすっぽ抜けてしまっていたポーションのことを思い出した。上衣の内側から小さな小瓶を取り出し、口でコルク栓を開けて一口に呷る。口の中に広がった甘い味とともに気分が少し良くなった。アステラが何かあった時にと渡してくれたとっておきの魔法薬。錬金術師の中で『調薬師』と呼ばれるアステラが手掛けた、中級のエリクサーを、アリアの染めた聖水で希釈したものである。
元となったエリクサーは『聖水の聖女』が齎した聖水を用いて作られた魔法薬で……それ故に、決して使うまいとアリアが思っていたものだ。
頼らざるを得なかった。そのことに対する複雑な気持ちに、アリアの手に思わず力が入ってしまう。
「……?……痛い?痛い痛い!」
手元の方から、声がした。そちらをみると、アリアの左手が、誰かの手を鷲掴みにしているのが目に入る。そういえば、目が覚めたとき……否、目を覚ます前から、ずっとこれを握っていた気がする。慌てて手を離すと、その手の主は体を起こしてしっかり手の跡がついた右腕を、包帯で覆われた左腕でさすった。
薄暗い中ではあるが、この距離ならばしっかり見える。
明るいローズブロンドの髪をバレッタで留めた、ヘテロクロミアの少女。ミラが、眦に小涙を浮かべ、座っていた。
「ご、ごめんなさい、つい……」
「……うん、大丈夫。うっかり寝ちゃってた私が良くなかったから」
ようやく、右腕の痛みが治ったのだろう。ミラは最後にちょいちょい、と跡になっている部分を撫でてそう言った。
「ここは……どこだろう?私、あの仮面の人とアリアさんの間に立って、それで……」
ミラの言葉に、アリアはそうだ、と思い出す。あの時、急に視界が真っ黒になって、意識を失ってしまった。あの時に一体何が起こったのか、アリアにも想像できない。しかし、あの烏面の男が周囲にいるような気配はなく、むしろ感じられるのはより濃密な病魔の気配——
と、そこまで考えて、アリアは今の状況の納得のいく説明に思い当たった。
「ここ、もしかしたら病魔の中……かも」
「病魔の?」
ミラが小さく首を傾げる。
「ええ、あたしも話に聞いてるだけ、ではあるんだけど……。
病魔って、成長の仕方に色々と種類があってね。基本的には呪いを撒き散らして、その呪いを通して生命力や魔力を取り込み、成長するんだけど、ある程度育ってくると、直接人間を取り込み始めるそうなの。
力を持って実体を得た病魔の本体は、言ってしまえば病魔の呪いが凄い密度で存在してるって事だから、より効率よく力を吸える……んだって。アステラがそんな風に言ってたわ」
「より効率良く力を吸える……?」
「ええっと、簡単に言うと、あたしたちは病魔っていう魔物に食べられて、今はお腹の中……みたいなイメージかしら」
「お腹の……?」
ミラは手を自分のお腹に当てて、見下ろす。しばしの沈黙。やがて、「え」と短くつぶやいたかと思うと、ミラは「ええええ!?!?」と大きな驚き声を上げた。
「それって大変、だよね!?人を丸呑みにしてくるタイプの魔物はゆっくり消化液を出して獲物がもがくのを楽しむんだってミカヅキが言ってた!私、溶かされちゃうの!?!?」
自分の身体を抱いて、ミラがぞわりと背を凍らせる。その言葉を聞いて、アリアも嫌なイメージが膨らんで顔を引きつらせた。
「あ、あくまで例え話であって、病魔は消化液とか出したりしないわよ!多分だけど……」
一度湧いてしまったイメージは簡単には拭えないもので、何となく完全には否定できない。
いや、でも、アステラは「他の魔物が行う捕食とは違う」と言っていたし……
アリアはアステラの言葉を思い出して、ようやくそのイメージから解放された。
「って、あなたはこの中で何ともないの?さっきも言ったけど、ここは街中に充満してる呪いが凝り固まったような場所なのよ?」
アリアとて、魔法薬がなければ力を奪われ続けていたであろう強力な呪い。とてもではないが、何の加護も感じられないミラが無事でいられるとは思えない。
——あの、本物の聖女ならまだしも。
アリアの心配とは裏腹に、ミラは何ともなさそうに首を傾げた。
「んー……あんまり分からない、けど、多分何ともない……と思う。身体の感覚もちゃんとあるし、身体の奥の方に何かが入り込んでくる感じも、どうにもならない身体が変わっていく感じもないから……」
そのあまりに具体的な確認項目に、アリアは閉口した。それが人から聞いた内容に則したものなのか、もしくは経験から生じたものなのか。どちらにせよ、普通でないことは間違いない。
そんなアリアの戦慄に気付かず、ミラは「うん、全然平気だよ!」と、にこやかな表情を浮かべている。
アリアは「そう」と短く返して、ミラの事を考えるのをやめた。アリア自身がそうされたくないように、きっとミラも、自分の事を聞かれるのは嫌だろうと思ったからだ。となれば、自然、考えの向かう先はここから出る方法に向かう。
「でも、困ったわね。病魔に取り込まれた時の脱出方法なんて聞いてないわ」
アリアは聖女となるべく、今日まで研鑽を積んできた。回復魔法、補助魔法、儀式魔法や教会で行われる各種儀式の知識は豊富だが、それ以外の知識や戦闘技能は「一般的」の枠に収まる程度。無論、普通の人間は病魔からの脱出方法なんて知らない。
「うーん、とりあえず出口を探してみるとか?」
「出口……って、あるものなのかしら?」
「……ないのかな?」
沈黙が満ちる。その問いに答えを持っている者は、残念ながらこの場には存在しない。
——やっぱり、あたしに聖女なんて、無理だったんだ。
アリアの脳裏に、そんな言葉が浮かんだ。呆気なく病魔に囚われ、その解決策も知らないし、思い付かない。もしここにいたのが『本物の聖女』なら、きっと解決の方法をすぐに思い付いたに違いないし、そもそもこんなことにはならなかっただろう。
ヒイロの言う通り、自分は『聖女』として不適格なのだ。
「……アリアさん、大丈夫?顔色が良くないよ」
そんな声をかけられて、アリアはハッと我に帰った。
「ええ、平気。平気よ、あたしは……」
「……もしかして、あの……作り物、とか、聖女失格、とか言ってた話……?」
ミラから飛び出た言葉に、アリアの顔が強張った。何故、それをこの子が知っている。そんなアリアの表情を読み取って、ミラは申し訳なさそうに体の前で指を突き合わせる。
「その、聞くつもりはなかったんだけど、アリアさんがすごく、えっと、ひーとあっぷ?してたから、聞こえちゃって……。わ、悪気はないんだよ?でも、アリアさんがすごく苦しそうにしてたから……」
実際のところ、ミラが言うほどアリアの表情が露骨だった訳ではない。だが、ミラにしてみれば、その表情はある意味見慣れたものだった。
ずっと昔、ミカヅキとレクターと共に旅をしていた頃。レクターから、ミラの呪いを解くことが難しいと言われた後のミカヅキの顔には、別れの瞬間に至るまで、ずっとその表情が浮かんでいた。
『ここにいたのが俺じゃなかったら、お前の呪いも解いてやれたのかもしれないな』
いつか、ミカヅキがふっと溢した言葉に返せなかった言葉を、ミラは必死に紡いで口にする。
「アリアさんがいてくれたから、皆の今があるんだよ。アリアさんじゃなかったらダメだったんだよ。アリアさんが自分のことをどう思ってても、ずっと頑張って歩いて来たのは……アリアさんなんだから」
思い出されるのは、この数日、ミラがプリースト達の中で働いて来た中で語られた話。
皆がアリアのことを信頼していた。皆がアリアのおかげで笑顔でいられた。皆、『聖女様が』ではなく、『アリア様が』と話してくれた。他の誰かが聖女だったとして、今があったかと言われれば……絶対になかったと、ミラはそう、確信している。
「だから、アリアさんはそんなに苦しまなくていいんだよ。ずっと歩いて来た自分の事を悪く言わないで、胸を張っていいんだよ。その、ヒイロって人にも言ってあげたらいいんだ、「聖女じゃなくて、あたしがやるんだ」って。だからアリアさんは聖女失格だなんて、悩まなくっていいんだよ」
ミラの熱弁に、アリアは心に痛みを感じ、顔を歪めた。
ミラの言葉は、今のアリアには眩し過ぎた。とても、そんな風には思えない。アリアがこれまで求められて来たのは『聖女』であることであって『アリア』であることではない。そして、聖女であることを求められて以降、アリアは常に聖女を演じ続けていた。根本的に、『自分』ではないのだ。アリアの歩んできた道は、『聖女』が歩んで来た道であり、そこを歩くのは『聖女』でさえあれば、アリアでなくても構わない。だから——
「——それに、聖女に相応しいのは、アリアさん以外にいませんよ」
アリアの思考を遮って、『彼女』の声が、響いた。
「アリアさんがいてくれたから、皆の今があるんだよ。アリアさんじゃなかったらダメだったんだよ。アリアさんが自分のことをどう思ってても、ずっと頑張って歩いて来たのは……アリアさんなんだから」
どれくらい歩いたか。ふと、前の方から声が聞こえた。暖かい声。声の方を明かりで照らすと、二人の少女の姿が見えた。方や、ローズブロンドの小さな少女。方や、桜金の髪を揺らす、僧衣の少女。
「だから、アリアさんはそんなに苦しまなくていいんだよ。ずっと歩いて来た自分の事を悪く言わないで、胸を張っていいんだよ。その、ヒイロって人にも言ってあげたらいいんだ、「聖女じゃなくて、あたしがやるんだ」って。だからアリアさんは聖女失格だなんて、悩まなくっていいんだよ」
思い出されるのは、霊水を染める作業の中、入り込んでしまった彼女の心中で書いた言葉。
『あたしは聖女じゃない』
『あたしにできるのは聖女の真似事だけ』
『本当の聖女になんて、なれなかった』
『いっそ、あの子が聖女ならよかったのに』
きっと、アリアは思い悩んでいたのだろう。誰よりも聖女であろうとした。誰よりも聖女であることを求められた。なのに、その『今まで』を脅かす誰かと出会ってしまった。
けれど、どんな過程であっても、アニマ・ツィティアに認められたのはアリアだ。ちゃんと授けられなかった加護の残りを、俺に託すくらいには、彼女はあの双子神に愛されている。儀式の時の振る舞いも堂々としたものだったし、今、一番聖女に相応しいのは、やはりアリアだと思う。だから俺は、思った通りを口にした。
「——それに、聖女に相応しいのは、アリアさん以外にいませんよ」
二人が、同時にこちらを向く。俺はカンテラ代わりの導の光を小さく振った。
「もう、探しましたよ、二人とも」
「ミカ!」
勢いよく、ミラが抱きついてくるのを、身体強化をちょっと使って抱きとめる。体格で若干負けていて、多分筋力でも負けている俺はこうでもしないと倒れてしまうから仕方ない。
「あ、あなた、どうしてここに……」
「アステラさんに言われて探してたんですよ。それで、病魔の本体を見つけて、なんとかできないかと色々試してたんです」
「あれ?でも、それでミカがここにいるってことは……。もしかして、まーた何かやらかしちゃったの?」
痛い所を突いてくるミラの言葉に、俺はうっと小さく詰まった。いや、ミラが来てからは「また」って言われるほどやらかしてなくない?そんな、ミカエラさんのイメージを下げるような言い方はやめて欲しいんだけど。……まぁ、やらかしたのは事実ではあるのだけど。
「……ヴィスベルさんがアステラさんを呼びに行ってくれたから別に何もヤラカシテナイヨ」
「むー、ミカったら、ヴィスベルさんに迷惑かけちゃダメでしょ?」
俺の体から離れ、ぴし、と小さく指を立ててミラが言う。全くその通りですね、申し訳ない。
ぷっくりと頬を半分膨らませるミラは可愛らしいのだが、なんだろう。しばらく見てないお姉ちゃんオーラ的なのがうっすらと見える気がする。というか、ミラの背後にフレアが透けている気がする。
「ぬぅ……。ミラ、あなた最近フレアに似て来ましたね?」
「え?フレアさんに?やった、嬉しい!」
そういえば、ミラはお姉さん的にフレアを尊敬していたんだったと、言ってから思い出す。どうしよう、実姉以外に二人目の姉ができそうだ。中身的には俺のが歳上なのに。
「でも、こうして二人の無事を確認できたので結果オーライでしょう。心配だったのは皆同じだし」
そう言うと、これまで目をぱちくりしながら黙っていたアリアが、ようやく口を開いた。
「……ていうか、あなたまで病魔の中に来てしまったら、外の人にしてみれば安否不明者が更に一人増えただけじゃないかしら」
耳に痛いクリティカルヒット。確かにその通りである。俺は二人から目を逸らした。
「あー、まぁ……。そうだ、アリアさんにお届け物があってですね?」
言うと、アリアとミラは怪訝そうに俺を見た。ミラなんか、今にも「誤魔化そうとしてデマカセ言ってない?」とか言ってきそうな顔である。いや、本当の話だからそんな顔をしないでほしい。
「あたしに?誰から……」
「まぁ……。受け取ったら分かると思います」
目を瞑り、集中する。身体の奥にある導きの一雫は、先程から本来の主を前にしてか力強く脈動している。そこから放たれる力は、先ほど教会で取り出した時とは段違いだ。雫はゆっくりと身体の中から抜け出して、俺の手の中に収まった。ここから、どうすれば良いんだろう。アニマ・アンフィナから加護を授かった時は純白の果実を食べただけだし、原初の火種は気が付いたら定着していた。悩んでいると、雫の中から、小さな影が二つ、ゆらりと現れた。シルエットだけだが、あれは確かに、アニマ・ツィティアだと確信できる。アニマ・ツィティアの影が、俺の手から導きの一雫をそっと取り上げて、アリアの前に立つ。
『久しぶりね、愛しいアリア』
『久しぶりね、我らの愛し子』
鈴の音のような、涼やかな声が響く。今度の声はアリアにも届いたらしく、アリアの瞳が微かに潤んだ。
「アニマ……ツィティア……?」
アリアの言葉で、小さな笑い声とともに双子神の影が嬉しそうに揺れる。
『そう。我らは女神。双の天涙』
『そう。我らは女神。導きの雫』
聞こえた女神のささやきは、どこか喜色に溢れているように思えた。
『あの日、儀式は終わらなかった』
『全ての力を、授けられなかった』
アニマ・ツィティアの影が、アリアに雫を差し出す。
『ここにあるのは、あの日の続き』
『ここにあるのは、あなたの加護』
『受け取りなさい、我らの愛し子』
『受け取りなさい、愛しいアリア』
アリアは、そっと、雫に手を伸ばす。しかし、その手が雫に届く前に、その手を止めて、引っ込めてしまう。
「あたしに……アニマ・ツィティアの加護は、不釣り合いだわ。あたしなんかよりも、きっと……」
顔を落として、アリアが呟く。
「あの儀式は、あたしを聖女にするために教会が作った儀式だもの。本当なら、この加護はあたしが受け取るべきじゃなかったのかもしれない。あたしは、また、誰かの、本当の居場所を奪ってしまうのかも」
それはきっと、彼女が長年心の奥に抱えていた気持ちなのだろう。だから、自分が聖女失格だとか、もっと相応しい人がとか、そういう風に考えてしまう。俺は、アリアの間違いを一つ、訂正することにした。
「アリアさん。これは、私の師匠、というか、姉弟子になるんでしょうか。やっぱり師匠かな? その人の言ってた事なんですけど。
加護っていうのは、神様が、自分が気に入った人にだけ与えるものなんだそうです。儀式は、その神様に会いに行くっていうだけの話なんですって。
……だから、アニマ・ツィティアは、儀式がどうとかじゃなくて、アリアさんを選んだんですよ。その加護は、アリアさんだけの物なんです」
ね、とアニマ・ツィティアに促すと、二つの影は、小さく、しかし確かに肯いた。
ほろり、アリアの頬を、涙が伝う。
「あたしを……見てくれてたんだ。ほんとに、あたしを……」
アリアは引っ込めていた手を、雫に向かって伸ばした。今度は、その手が確かに、雫に触れる。雫が解け、無数の光の糸になって、するするとアリアの内へと入っていく。そして、雫を持っていた二つの影もまた、糸になってアリアの内へ入って行って、
『ありがとう』
『ありがとう』
最後に、小さな二つのお礼の言葉が残った。
ご意見、ご感想、誤字脱字報告などなど……とにかく、コメントしたい事があればどんどんコメントして下さいね!私が喜びます!
ちょっと終盤文字の圧が足りないかなぁ?




