53:病魔
今回、ミカエラがちょっとやらかしました。
また少しペースは落ちますが、マルバス編はそろそろサクッと終わらせたいですね。
「えっと……この裏に行きたいから、こっち?」
「いや、そっちは行き止まりだ。こっちの方だよ」
「むぅ……。この街、ちょっと道が複雑過ぎやしませんかね?」
導きの一雫が指し示す方向に歩き始め、俺はこのマルバスの通りの複雑さに辟易さを感じ始めていた。導きの一雫は、たしかにアリアのいる方向を指し示してくれている……のだろう。雫からくる確信しかないので、念のためちょっと濁しておく。なのだが、この街、どうも細々とした所で迷路のようになっているせいで、真っ直ぐそちらに向かえないようになっている。
これ、街の人相当不便なんじゃないだろうか。通り一つ向こうに行くだけでも、細い路地裏やら何やらで面倒臭い。大通りに出てしまえば、と思うも、現在地が結構入り組んだ路地の真ん中なので大通りに出るのも一苦労だ。
ヴィスベルが多少土地勘を培っていてくれて助かったが、もしなかったらと思うとぞっとする。ていうか地図借りてくれば良かった。
今更後悔しても遅いのだが、言わずにはいられない。ヴィスベルのサポートの元、路地をいくつも横切る。段々と、雫から感じる力が強くなるのを感じる。
「多分、その先です」
「その先って……本当に?」
ヴィスベルが再度確認してくる。まぁ、そう言いたくなる気持ちはよく分かる。
雫が示す場所は、丁度今いる通りを抜けた先。そこは向こうも見えないほどに濃い瘴気の霧の中であり……同時に、街に充満する悪寒にも似た嫌な魔力が噴き出している場所でもあった。
俺とヴィスベルは頷き合って、武器を構える。
「《潔き解呪の一葉》」
魔力を回し、魔法を発動する。武器を持っているのとは反対の手に、小さな琥珀色の葉が現れた。
この瘴気が病魔によるものだと聞いて、もしやと思って調べておいた解呪の魔法である。試すのは初めてだから、実際どの程度の効果があるかは分からないが、ビアンカ婆さんの師匠……もう俺の師匠みたいなものだし、魔導書師匠と呼んでしまおう。魔導書師匠のワンポイントアドバイスによれば、この魔法は解呪の魔法を葉の形に凝縮したもので、咥えたり投げたりして呪いに侵されるのを防いだり固まった呪いを散らすための魔法だそうだ。
とはいえ、それほど万能の解呪魔法でもないようで、この魔法で防げる呪いと防げない呪いがあり、防げない場合は呪いの特性に応じて別の魔法式が必要になるらしい。……あとのページには呪いの種類に応じての魔法式のカスタム方法だかがびっしりと表にされていたり、呪いの特性が綿密に書かれていたが、それら全てを網羅している余裕はなかった。今回使ったのは、特にカスタマイズしていない、初期設定の魔法式である。特に特化した呪いはないが、広い範囲で効果が見込める式らしい。
あと、既に侵されてしまった呪いには効果が少ないらしく、その時は別の『潔き解呪の雫』なる魔法が必要になるそうだが、そちらも習得済みである。
「ミカエラ、それは?」
「ちょっとした実験です」
ヴィスベルに小さく応えて、俺は解呪の一葉を瘴気の霧に向かって投げ付けた。奇術で培った抜群の魔法コントロールで、葉は真っ直ぐに霧に向かって飛んでいき、霧とぶつかった瞬間にあっさりハジけて粉々になった。だが、失敗かと言われるとそうでもなかったらしい。瘴気の霧から感じられる力が、僅かにだが弱くなっている。どうやら、あの霧は魔導書師匠が言う所の『防げる呪い』であるらしい。
「もう少し散らせるかな……。《解呪の一葉》」
せっかくなのでもう5、6枚ほど葉を作り出し、霧に向かって投げる。効果は覿面で、霧の向こう側が露わになった。
霧に隠されていたのは、小さな広場だった。離れた通りからでも見通しの良い広場だけに、その異常は一見して明らかだった。その異様な存在に、俺は思わず息を呑む。
「あれは……」
隣で、ヴィスベルも息を呑んだ。その広場の中央、俺たちの視線の先には、黒々とした巨大な塊が鎮座していた。塊からは薄ら暗い管のようなものが伸びていて、それが空中に溶ける事で瘴気が作り出されているらしい。
アリアやアステラが言っていた、病魔の本体。それがあの黒い塊であると、俺は悟った。
警戒しつつ、広場の中に入る。小さい広場だ、入ってしまえば、隅々まで見渡すことができる。しかし、あの黒い塊……病魔の他には、何もない。
「……ミカエラ、本当にここであってるんだよね?」
「はい。……ついでに、たった今良いニュースと悪いニュースが見つかったんですけど、聞きます?」
「……大体予想はつくけど、聞かせて欲しい」
「こう言う時はどっちのニュースから聞きたいか答えるのが定番なんだけど……。まぁ、そうですね。良いニュースは、多分、アリアさんを見つけました。……悪いニュースは、私の中の導きの一雫は……あの黒い塊、その内部に強く反応しています」
そして、俺自身……あの黒い塊の中に、アリアの魔力を感じている。いや、アリアだけではない。黒い塊の中に意識を向け、集中すると、アリアの魔力の近くにもう一つ、見知った魔力がある。
「……ミラも、アリアさんと一緒にいるみたいです」
「っ!」
ヴィスベルが再び息を呑んだ。
黒い塊は何度も大きく脈動し、瘴気を吐き出し続けている。その中では一体何が起こっているのか。想像すら出来ない分、気が気でない。ミラは無事だろうか。アリアにこの加護を無事に届けられるだろうか。様々な不安が頭を過ぎるのを、俺は頭を振って振り払う。
今必要なのは、不安に思うことよりも解決策を思い付く事だ。俺は、意を決して塊に歩み寄る。
「ミカエラ、危険だ。ここは、一旦アステラに報告を……」
「ここで何も試さず帰るなんて、できませんよ。病魔が呪いの一種なら、解呪の魔法で……《潔き解呪の一葉》!」
琥珀色の葉を、塊に向かって飛ばす。しかし、瘴気を散らしたはずの葉は、塊にぶつかる直前にその色を失い、空中に霧散してしまう。二度、三度と試してみるが結果は同じだ。
「……これ、呪いが強過ぎて散らせないんだ」
当然といえば、当然だ。この程度の魔法で何とかなるなら、アリア達も態々高品質の聖水を集める話はしないだろう。
——命の女神や光の大神の力が乗ったヴィスベルの剣ならあるいは……
そんな内言が頭を過ぎるが、そんなことをして内部の二人が安全かどうかわからない。ここはやはり、一度戻ってアステラの考えを聞く方が——
と、ブツブツと考え事をしながら試していたのがよくなかった。近付き過ぎてしまったのだろう。気付いた時には、黒い塊から伸びた影が、俺の足に纏わりついていた。
「っ、しまった!」
「ミカエラ!」
ヴィスベルが慌てて手を伸ばす。それを掴む為に伸ばした手は空を切り、俺の身体はぐい、と塊の方に引き寄せられた。身体の半分が、塊の中に沈む。むにょり、ともぐにょり、とも、ぐちゃりともねちょりとも思える粘っこい感触に、俺は思わず悲鳴を上げた。
「ひぃっ!?」
ゼロ距離から聞こえた、あまりに少女然とした悲鳴に、俺の思考が一時停止する。
——今の、俺の声なのか!?
最近意識していなかった、俺と私の決定的な違い。まさか、今、このタイミングで意識することになるなんて。
——なんて、どうでもいいことを冷静に分析してる場合!?
その内言に、ハッと我に帰る。そうだ、このことについては後で幾らでも考えればいい。今はここから離れないと。
必死でもがくが、物凄い力で内側に引き込まれるせいでちっとも外には出られない。今取るべき最も良い行動は……
「ヴィスベル!さん!」
俺は、少し離れて険しい顔をしているヴィスベルに向かって叫んだ。
だが、何と伝えようか。ヴィスベルにはひとまず、アステラの元に戻って指示を仰いで貰いたいのだが……。良い言葉が思い浮かばない。結局俺は、思い付いたままの言葉をそのまま口にした。
「やっぱりダメそうだったんでアステラさんに助けを!」
「……!やっぱりダメそう、じゃないだろ!まったく、ミカエラ、君は大人びて見えるかと思ったら予想外に子供というか、不注意で……!
くそ、分かった!行ってくる!全部終わったら、カウルとフレアからたっぷり説教してもらうからな!」
ヴィスベルからの思わぬ反撃。片方ずつの説教でも、結構お腹いっぱいなんだけどな。
——なんて、言ってられないな。自業自得だ。
「あ、あはは……。一応こちらでも頑張ってみるので、うまくいったら黙っててくれると嬉しいです」
答えるや否や、塊の吸引力が増す。吸引力が変わらない、くらいが丁度いいと思うんだ、俺は。身体強化魔法も試してみるが、どうやら接触面から魔力を吸い出しているらしく、強化が持続してくれない。やがて、俺の抵抗力よりも塊の吸引力の方が大きくなって、とぷん、と水に沈んだような音とともに、俺の身体は塊の中に引き摺り込まれた。
補足です。ヴィスベル君、ミカエラが徐々に塊に近付いていることは気付いていたのですが、何やら怪しげな魔法を試しているのと、これまでの信頼からハラハラしつつも止めるべきじゃないかも……と悩んでいたので反応が遅れました。ミカのやらかし力の方が一枚上手だったんです。ヴィスは悪くない。
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