52:聖女捜索
ちょっと短めです。
しっかり準備を整えて、俺はヴィスベルの待つ門に向かった。門では、ヴィスベルと門番のおじさんが打ち解けた様子で何か話している。
「お待たせしました」
「ん、それじゃあ行こうか。それじゃあ、その……行ってきます」
「ああ、いってらっしゃい。気を付けてな」
その門番に見送られ、俺たちは教会へと歩き始めた。
「随分仲良さそうに話してましたね?」
「ん、ああ。あの人、故郷に僕と同じくらいの歳の息子さんがいるらしくて。……僕の父さんも、あんな感じだったなって思ってさ」
「そういえば、ヴィスベルさんの故郷の話ってあんまりしたことなかったですね」
結構長いこと一緒に旅をしていたが、結局そのあたりの事は聞いていなかったなと思い当たる。普段、どこそこで何があっただの昔のことを話し始めるのはカウルか、最近だとミラが嬉々として語ってくれる事が多かったし、ヴィスベルの話はいつもカウルと旅を始めてからの話題ばかりだった。話題に上らなかっただけではあるのだが、少し気になる。
「……まぁ、どこにでもある……つまらない、所だったよ。リザリアの南西の、光結晶の森っていう辺鄙な所の……光の大神を祀る聖地があっただけの、本当に小さな村だった。参拝になんて殆ど誰も来ない所だったけど……細々とでも、みんな笑って過ごしてた」
「へぇ。神樹様、私の地元みたいな感じですかね」
「あそこに居たのは数日だったけど……うん、雰囲気は近かったと思う。僕は『光の従者』……ミカエラの所だと、命の巫女に近い家に生まれてさ。小さい頃には、先代だった父から、剣や戦い方を教えて貰ってた。いつか光の神子の力が必要になった時、その力の使い方をしっかり継承できるようにって……」
——まさか、僕が光の神子になるなんて思ってもみなかったけど。
ヴィスベルはわずかに苦笑した。
「最初から光の神子……って訳じゃなかったんですね」
「まあね。光の神子は、光の大神から神託を受けた戦士のことだから」
指名制だったんだ、アレ。ちょっと意外だ。ファンタジーの定番とかだと、選ばれた血筋がどうとか選定の剣があるとか力を示したらどうとか、そういうのだと思ってた。……まぁ、ある日突然神託が降ってくるのも定番といえば定番か。
「……とはいえ、光の従者は大昔の光の神子の直系だから、多分出るなら我が家からだろう……なんて、父さんがお酒が入るたびに言っては、親戚みんなに『それはこの村の全員一緒だろ!』なんて一斉に言われてたっけ」
「ふふっ。面白いお父さんなんですね」
「ああ、みんなにも慕われてて……良い、父親だったよ」
そのヴィスベルの言い方に少し違和感を感じ、聞き返そうと思ったのと時を同じくして、俺たちは教会の前に辿り着いた。
「……っと、着いたね。アリアを探そう」
「あ、はい」
まぁ、後で聞けることだ。今は、アリアを探さなければ。
教会の扉を開けると、当然のことながら、誰もいないチャペルが出迎えてくれた。最奥に太陽と月が描かれた大きなステンドグラスが輝き、その手前にこの世界を模しているとされる、色とりどりの宝石をちりばめた天球儀のようなものが安置されている。確か、『神球儀』だったか。前にカウルから聞いたことがあったが、実際見るのは初めてだ。
ぐるりとチャペルを探してみるが、残念ながら、アリアは見つからない。一応チャペル以外も探してみるが、神父の控え室であろう部屋にも、倉庫にもいない。
「いないか……。何か手がかりが見つかればよかったけど」
「収穫ナシ、でしたね。ここには来てないのかも」
ヴィスベルが、もどかしそうに拳を握る。
何か、ほんの些細な手がかりでもないだろうかと、俺はもう一度チャペルを見渡す。しかし、どれだけ見回しても、あるのはがらんと並んだ長椅子と、ステンドグラス。そして、煌びやかに光を反射する神球儀くらいだ。とても、アリアまで導いてくれそうにない。
「導きの雫でも拝みたくなる、ってのはこういう気持ちなんだろうな」
ヴィスベルがぼそりと呟いた。
『導きの雫でも拝みたくなる』。なかなか探し人が見つからない時の慣用句だ。物探しの神々というのはそれなりにいるのだが、七面倒なことにそれぞれの神で探し方や役割が違う。たとえば、ひとくくりに失せ物探しの神と言っても、探し物を直接持ってきてくれるような神がいれば、探す場所を教えてくれる神もいる。今回のように人探しを助けてくれるような神でも、巡り合わせてくれる神がいるかと思えば、その探し人の方に導いてくれる神もいる。
導きの雫でも拝みたくなる、は何か重要な人物を探している時に使われる物で、その由来はまさしく『導きの雫』の異名を持つアニマ・ツィティアの誕生説話に起源を持つ慣用句で……
と、そこまで考えて、俺はあることに思い当たった。
「導きの雫……アニマ・ツィティアの加護!」
突然叫んだものだから、ヴィスベルが豆鉄砲でも食らったような顔で振り向く。
「ミカエラ、突然何なんだ……?」
「いや、もしかしたらアリアさんの居場所が分かるかもと思って」
信じてもらえるか分からないけど、と前置きして、俺は先ほど見た夢の話……アニマ・ツィティアから、アリアが受け取るはずだった『導きの一雫』を預かっていることをヴィスベルに伝える。
「いや、それは流石に突拍子もない……。励ましたいのかもしれないけど、今はそういう時じゃないだろ?」
何だかやんわりと窘められた。何やら妙に生暖かい視線で、いつもカウルがやるように、ヴィスベルがポンと俺の頭を撫でた。
……こういう時、子供ってほんと不利だよな。
きっと、俺がヴィスベルの立場だったとしても同じ対応をしてしまうと思う。客観的に考えて、子供の世迷言にしか聞こえないのは事実だもの。
「いやいや、本当の話ですって」
口でごまかすだけなら何とでも言える。ヴィスベルも、もはや信じていない様子でちょっと困った感じの苦笑を浮かべている。……そういえば苦笑のレパートリー多いよね君。
俺は小さく溜め息を吐いて、目を閉じ集中する。見せないことには始まらないだろうし、何より、この力……アリアの力を、俺が借りられるのかどうかも定かではないのだ。
胸の奥、神々の加護が渦巻く一角から、目当ての加護を取り出すイメージ。俺のものではない『それ』は、思った以上に簡単に出てきてくれた。
目を開けば、夢で見た通りの揺らめく光の雫が俺の掌に収まっていた。
「これで、信じて貰えますよね?」
ヴィスベルは驚きで声も出ない様子。私は少し得意になって、思わずにんまり、と口角が上がる。
——って、今はそういう場合じゃない。この力が使えるかどうかが問題だ。
冷静な自分の声で我に返る。導きの一雫が俺の手元にあることは証明できても、その力が使えるかどうかはまた別の問題なのだ。俺は心にアリアの姿を浮かべ、目の前の雫に、雫の向こうにいる双子神に祈りを捧げる。雫から放たれていた光が、確かな指向性を持ってある一点を指し示した。その先にアリアがいる。その確信が、掌の雫から伝わってきた。
「この先にいるみたい、ですけど……」
孤児院とは真逆の方向である。こっちって、何があったっけ。思い出そうとしてみるが、この街の地図なんて教会までの道を教えてもらうのに一度見たっきりだし、土地勘もないしで全くわからない。
「……あ、あぁ……。街の中心の方……みたいだけど」
理解が追いつかない感じで、ヴィスベルが答えてくれて、ようやくおぼろげな記憶の地図にアクセスできた。そうだ、教会の前の通りからなんやかんやして、何かちょっと開けた場所が……あったような気がする。ダメだ、やっぱりうろ覚えで思い出せない。
「とりあえず、行ってみましょう」
俺はようやく理解が追いついて来たらしいヴィスベルの手を引っぱって、教会を後にした。
ヴィスベルさんの過去……あんまり話してませんでしたよね?
はい、という訳でサクサク進行ですね、流石はミカエラさん。
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