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閑話:アステラとミラ

アステラとミラの絡みです。補完的な要素が強いので別に読まなくとも良いです。

「あの……何かお手伝いできることってある……ありますか?」


 食べ終わった食器を片付けたアステラに、ミラが聞いた。


 ヴィスベルはプリーストの手伝いで街中を走り回り、ミカエラはアリアの手伝いで聖水作り。辺りにまばらに残るプリースト達も、わずかな休憩時間が終わればすぐに街に出ることになる。その慌ただしい中にあって、ミラは持て余されていた。


 ヴィスベルのように力仕事ができる訳でも、ミカエラのように聖水を作る事ができる訳でもない。更に言えば、教会のプリースト達ほど治療のための魔法に堪能でもないミラには、今この場でできることが殆ど無かったのである。日が暮れてプリースト達が帰って来れば、配膳や給仕の手伝いに駆り出されはするものの、プリースト達が出払っている間は本当に何も役割がない時間になってしまう。そんな中で何もせずにいることは、ミラには耐えられなかった。


 そんなミラの心情を読み取って、アステラは僅かに思考を巡らせる。アステラの中で、ミラという少女はまさしく正体不明であった。病魔の呪いを跳ね除ける「何か」を持っていることは確かだが、ヴィスベルやミカエラから感じるような神の加護の気配を殆ど感じない。戦闘のサポートに役立つ魔法は相当数習得しているらしいが、それも直接戦闘が生じていない今では使う場所がない。


「うーん、そうだねぇ……」


 ミラとて貴重な人手である。アステラとしても、この労働力を無駄にしたくはない。だが、ミラを使う手立てが思い付かないのもまた事実だ。アステラは少しの間考え込んで、一つ、妙案を思い付いた。


「それじゃあ、聖水から薬を作るのを手伝ってくれるかな。ここの人たち、錬金術に抵抗があるのかあんまり手伝ってくれないんだ」


 本当のことを言えば、素人に調薬の邪魔をされたくないと拒んだのはアステラの方だが……聞き分けの良さそうなミラであれば、近くに置いても問題はないだろう。そう考えての提案だったが、ミラはとびきりの笑顔でうなずいた。



 アステラに与えられた調薬室は、孤児院の奥まった所にある空き部屋だ。元々は先代院長の部屋だったそうだが、今代の院長が「広すぎて使えない」と言ったため半ば倉庫のように使われている大部屋である。扉を開けると、むせ返るような薬草の香りで肺がいっぱいになる。


「わ、いい匂い」


「お、この良さが分かるなんて、ミラちゃんは錬金術師に向いてるかもね?」


 お世辞っぽく言ったアステラに、ミラは小さく笑う。


「少し前は、匂いもあんまりわからなかったから……」


 呪いが進行していた頃。ミラの身体感覚は奪われ続け、大空洞に足を踏み入れる前には、視覚と聴覚以外の殆どの感覚は失われていた。それは、当時ミカヅキにも告げていない、ミラしか知り得なかった事実である。その頃の無感覚を思い出し、ミラは背筋を凍らせる。


「そ、それで、ここではどういうことをするの? 私、何でも手伝うよ!」


 その記憶を振り払おうと、ミラは努めて明るく聞いた。


「そうだね、それじゃあ、そこの木の実を砕いてくれるかな。道具はこれを使ってー」


 アステラが部屋の中にあるものをあれよこれよと取り出す。ミラはそれを受け取ると、気を引き締めて仕事を始めた。




「そういえば、左手は怪我してるの?ずっと包帯を巻いているけど」


 ミラが砕いた木の実やすりつぶした薬草を聖水で煮詰めながら、アステラが聞いた。ミラは反射的に左手を握り、アステラの顔を見る。


 ミカヅキと旅をしていた時には気にする余裕もなかったが、水晶の腕というのは存外に目立つ。そのため、ミラは今、カウルの提案で水晶の腕は包帯で隠している。怪我をしてあちこちに包帯を巻いている冒険者は少なくないし、ミラのような年端のいかない冒険者であれば尚のこと、ちょっとした大怪我程度日常茶飯事だ。しかも駆け出しであれば完治させてもらえるような治療を受けにくいこともあって、カモフラージュとしては実によく機能していた。


 これまでそれについて聞かれたことがなかったミラは、それに何と答えるべきかと考える。


「あぁ、答えにくい話だったならいいんだ。いきなり聞くのは不躾だったね」


「えっと、全然、そういうのじゃないんだけど……ちょっと、目立つから」


 とはいえ、アステラであれば別に見せても構わないだろう。そう考えて、ミラはその手の包帯を外した。包帯の下の、透き通った深緑の水晶が露わになる。それを見て、アステラは小さく目を見開いた。


「それは……。いや、前に聞いたことがある。身体の一部に水晶を持つ一族が、確か、シーカの方に」


「はい。多分、その一族なんだと思います、私。今は訳あって、ミカと……ヴィスベルさんたちと旅してるんです」


「いや……色々あったんだろうね。シーカの民族浄化騒動は、わたしも聞き及んでいるから」


 アステラの不穏な言葉に、ミラは思わず作業の手を止めた。それは、明らかにミラの知らない歴史だ。ミラは、数十秒もかけて落ち着かない心を押さえつけ、ようやく、「何ですか、それ?」と短い言葉を発した。その言葉が知らず震えている事に気付いたのは、この場においてはアステラだけだ。アステラは、自身の失言を悟った。


「知らないなら、知らなくていいさ。終わったことではあるから」


 ミラが知らないなら、そこにはきっと意味がある。アステラはそう考えて言葉を濁した。それは、ミラが優しい嘘に守られている事を信じたアステラの良心だった。


「さて、いい時間だ。そろそろアリア達も帰ってくると思うから、食堂の方に戻ろうか」


 アステラのその言葉で、2人は調薬室を後にした。





 食堂に戻ると、仕事を終えたプリースト達がぐったりとした様子で帰ってくる所だった。ミラは食堂で慌ただしく働くプリースト達を見て、そちらの手伝いに合流する。アステラはそれを微笑ましく見送って、食堂の中を見渡した。食堂には疲れ切ったプリースト達が食事を求めて座っている。しかし、その中に幼馴染の姿が見当たらない。


 おかしい。昨日のペースから考えて、とっくに霊水を染め上げて帰ってきている時間のはずだ。アステラは食堂を出て、孤児院の門を守護するプリーストに声を掛けた。


「やぁ。アリアとミカエラちゃんは帰ってきてる?」


「あぁ、カニオン先生。私は見ていませんが……。すいません、交代したばかりで。前任が守衛室で寝てると思うんで、そっちに確認して下さい」


「ああ、分かった。時間を取らせたね」


 おかしい。アステラの中で違和感が大きくなる。交代の時間は把握している。昨日と同じように順調に進んだのであれば、あのプリーストが見ているはずなのだ。逸る気持ちのまま守衛室に向かうと、守衛室にいたプリーストも、2人は見ていないという。


 いよいよもっておかしい。アステラは食堂に戻ると、丁度ヴィスベルがミラから食事を受け取っている所だった。アステラは急ぎ、2人の元に駆け寄った。


「ヴィスベル君。お疲れの所悪いんだが、少し来てくれ。ミラちゃんも」


「何かあったんですか?」


「アリアが帰ってきていないんだ。ミカエラちゃんも。万が一、ということもある。確認しに行きたい。ごめん、ミラちゃんをちょっと借りるよ!」


 アステラが言うと、奥のプリーストが険しい顔をしつつも了承の返事をする。それを聞くや否や、アステラはすぐさま身を翻した。ヴィスベルとミラも、その後に続く。



 孤児院を出て、教会の蔵に向かう。地下へ続く長い階段に足を踏み入れると、そこには明らかに異質な魔力が満ちていた。アステラも感じたことのある、アリアが内に秘めた神の魔力と同質の、しかし、これまでに感じたこともない程に濃密な気配。


「この魔力は……」


 ヴィスベルが自身の胸に手を当てて、呟く。


「光の加護を持つ君なら分かると思う。この魔力は普通じゃない。明らかに、濃すぎる」


「あ、あぁ……。そう、なのか?」


「アリアの身に何かあったのかもしれない。急がないと……!」


 アステラが階段を駆け下り、ヴィスベルとミラはそれを追いかける。一番下に辿り着くと、そこには大きな扉があった。扉の奥から、薄い光とともに濃密な魔力が漏れ出ている。しかし、驚くべきはそれだけではない。本来なら魔法で閉じられているはずの扉が、半分開いている。明らかな異常事態だった。


「っ!アリア!」


 アステラが、体当たりのような勢いで扉を押し開けて中に入る。続いて駆け込んだヴィスベルとミラは、ふらりと倒れるアリアとミカエラを目の当たりにする。アステラがアリアの元に、ミラがミカエラの元に駆け寄る。


「アリア!アリア!」


「ミカっ!」


 アステラとミラは、それぞれアリアとミカエラの肩を必死に揺さぶる。だが、それでも倒れた2人が目を覚ます気配はない。2人は衰弱し切っているのか、心なしか顔色も悪いように見える。ヴィスベルは平静を失っているアステラとミラを宥めるために声をかけようとして——


 ——彼は、ミカエラの中に音もなく溶けていく、二つの小さな影を見た。

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