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47.聖女と薬師

 教会の裏手にある立派な設の建物の一室に三人を運び込んで、俺、ヴィスベル、ミラの三人はフードの女の案内で食堂に向かった。食堂には、何か制服らしい服を来た人と白衣の人がちらほら出入りしているのが見える。その中に何の躊躇もなく入ったフードの女は、その奥の机に迷いなく向かった。


 奥の机には、桜色の服の上から白衣を羽織った女性が一人、ティーカップを片手に大量のノートを広げ、それを睨みつけている所だった。歳は、フレアやアンリエッタよりも少し上ほどであろうか。彼女は短い赤茶の髪を片手で弄りながらも、真剣な表情でノートを見下ろしている。


「アステラ、帰ったわ」


 言って、フードの女がそのフードを下ろす。淡い桜色にも見える金の長髪がふわりと宙を舞った。


「おかえり、アリア。どうだった……って、聞くまでもなさそうだね」


 赤茶髪の少女が微笑みかけると、女は「ええ」と短く答えて彼女のとなりの椅子に座る。


「あなた方も座りなさいな。お互い、事情の説明は必要でしょう?」


 そこで初めて、俺はその女の顔を見た。歳は、やはりフレアやアンリエッタよりも少し上に見える。ツンとした凛々しい目つきの少女で、タレ目気味の隣の少女とは対照的だ。


「自己紹介からね。あたしはアリア。まぁ、プリーストよ。今は医者の真似事もいくらかさせられているけどね」


「わたしはアステラだよ。ここではカニオン先生、なんて呼ばれ方もするけど……。アルケミスト、錬金術師です。この人と同じで、今はお医者様の真似事もしていますけどね」


 ふっと笑ってアステラが言うと、口真似をされたアリアが拗ねた風に口を尖らせる。しかし、こういうやりとりはよくある事なのか、本気で怒っているという訳ではなさそうだ。そこからはむしろ、信頼感や友情といったものが窺える。この二人、見た目の性格は結構反対に見えるのだが、案外ソリが合うのだろうか。


「僕はヴィスベル。今は理由があって旅をしている、冒険者だ。こっちが……」


「ミカエラです。魔導師です」


 言って、ミラの方を見やり、自己紹介出来そうかどうかを伺う。できないようならこっちでやるけど、という無言の提案を、ミラは小さく首を横に振って拒否する。ミラは身体を固くしながらも、ゆっくりと口を開いた。


「ミラ、です。私も、魔導師、です」


 ミラが自己紹介を終えると、アリアはミラを安心させるように微笑んで、ついで真剣な顔つきで俺たちを見回した。


「ヴィスベルに、ミカエラ、ミラね。それと、倒れた三人で旅をしていて、このマルバスに来た。これは間違いない?」


「えっと、一緒に旅をしているのはフレアとカウル……女の子と赤毛のおじさんですね。もう一人は、私たちが乗ってきた魔導馬車の持ち主で、ここまで連れて来て頂いただけです」


「この時期によくもまぁ……。ま、そこはいいわ。それで、今この町で起こっていることだけど……」


 そこで、アステラがアリアの言葉を引き継ぐ。


「『病魔』って、ご存知ですか?」


 病魔。向こうの世界だと、流行病やなにかを悪魔に見立ててそんな風に言っていた筈だが、この世界だと本当に魔物であるのかもしれない。ヴィスベルとミラの様子を伺うと、二人も心当たりはないようだった。カウルなら知っていたかもしれないが、ここに居ない人の話をしても仕方あるまい。


「病魔というのは、簡単に言ってしまえば特殊な魔物です。人の命を奪い、魔力を蓄え、より多くの命を奪う。決まった形を持たず、それ故に討伐が難しい魔物」


「今この町は、その病魔によって脅かされているの。あなたたちのお仲間が倒れたのも病魔のせい。厄除けの魔導具も着けてない貴方達がどうして病魔に侵されなかったのかは分からないけど、それはひとまず置いておきましょう。厄除けの魔導具については後ほどこちらから支給するわ」


「えっと、それで、あなた達は何故ここに?」


 姿勢を正し、ヴィスベルが二人に聞いた。確かに、こちらの事情はある程度説明したがあちらの事情はまだ聞いていない。二人は互いに目配せすると、頷きあって口を開く。


「わたし達は、さるお方から特命を受けてこの町の異変の解決を命じられました」


「別に隠す必要も無いから言うわ。あたし達は教会の命でここにいる」


 教会。宗教国家レーリギオンに本拠地を置く、神の徒だと聞いている。神々から神託を授かったり、その神の名の下に人の世の災厄を祓うことを使命とする組織で、様々な国から信頼を得ている組織だとカウルは言っていた。


 この世界の「神」の立ち位置は、向こうに比べても重い。神代の神話は実際にあったことだと分かっているし、未だに神の加護を受け奇跡を代行する者が存在する。その神の命で人の世を救済するという集団がかなりの地位を持つのは不自然ではない。


「さて。いきなり脅すような話し方にはなるけど、あなた達の仲間を助けるためには病魔を祓わなければならない。でも、あいにくとこちらで動かせる人員も少なくてね。あぁ、こんな事ならヒイロも連れてくればよかった」


「アリア、それは時期的に難しかったんだし、もう諦めなよ……。話を戻すと、わたし達は他の多くの教会の人間とこの町に来ました。でも、連れてきた仲間の何人か、特に何故か精神耐性が低かった修道騎士が早々に倒れてしまって。今はわたしのポーションとプリースト達の魔法でなんとか住人が死なないようにできてるけど、このままでは一向に事態が解決しない」


「追加の修道騎士を頼んではいるけど、このバルバトスって殆ど魔導馬車でしょ?ヘパイストスとの国交断絶で修道騎士を呼ぶにも時間がかかるの。だから、よければあなた達にもこの病魔退治を手伝って欲しいのよ。

 そっちの銀髪の子、ミカエラさんはうちのプリーストの十倍は役に立ちそうだし、ヴィスベル君とミラさん、あなた達からも強い力を感じるわ。お願い、協力して」


 アリアが真剣な眼差しでヴィスベルを見据える。ヴィスベルの迷うような目がこちらを向く。


「私は、協力したいです」


 俺は真っ直ぐにヴィスベルの目を見据えて言った。今俺にできることがあるなら、それが何であれ手伝いたい。俺が言うと、ミラもおずおずという様子で「わ、私も……」と控えめに手を上げた。


「……分かった。僕らも目的があって旅をしている。極力早い解決の為の協力は惜しまない」


「助かるわ。……これで、あの憎っくき病魔とおさらばするのに一歩近付いたわね」


「それで、私達はなにをすれば?」


 薄ら怖い笑みを浮かべて笑うアリアに尋ねると、アリアは椅子にもたれかかって「そうね」と言って顎に手をやる。


「基本的にはあたしと一緒に病魔の本体を探すことになると思う。町人の治療、というか現状維持はプリースト達で足りているから」


 そう言ったアリアに、アステラが小さくため息を吐いて訂正を入れる。


「その前に、アリアは病魔を倒すための聖水作りでしょ。居場所が分かっても聖水がなければ病魔は倒せない。知ってるでしょ?」


「う……。それは、そうだけど。霊水を染め上げるの大変なんだからね?」


 あぁ、それはなんとなくわかる。素材を魔力で染めるの、慣れないとかなり大変だよね。俺も何回かやってるけど、かなり集中力とか根気がいるからほんとにしんどいんだよなぁ。


「……そうだ、あなたたち、光属性の持ち主だったりしないかしら?」


 しばらくうー、と眉を寄せていたアリアが、ぱっと顔を上げて言った。それを、アステラが頭が痛いとばかりに額に手を当て、嗜める。


「ちょっと、アリア。光属性がどれだけ稀少か分かってる?それに、短時間で質の良い聖水を作るならただの光属性じゃだめなんだよ?」


「それは、わかってるけど……」


「えーっと。私とヴィスベルさんが一応光属性の魔力を持ってますよ……?」


 この流れでカミングアウトしていいものかどうか一瞬悩んだが、それこそ隠すべき事ではないと考えて、俺は控えめに主張した。


「やっぱりそうよね。ごめんなさい、そんな都合よく……え?」


「ですから、私とヴィスベルさんは光属性の魔力持ってますって。これ、ギルドカードです」


 俺が自分のギルドカードを取り出すと、ヴィスベルも同じようにカードを取り出す。ちなみにだが、ミラは水の属性が強いらしい。


 渡されたカードに目を通したアリアはカードを俺たちに返し、未だに信じられないという様子で「本当だわ」と呟いた。


「……ねぇ、アステラ、この子のどっちかがその、特別な光属性の魔力の持ち主だったりしない?」


「えぇ……光属性が二人も集まってるだけでも珍しいのに、流石にそこまではないんじゃ……。まぁ、調べるだけ調べてもいいけど……」


 言って、アステラは足元に置いていたらしいカバンの中から小さな紙の束を取り出して二枚取り出すと、それをアリアに渡す。


「本当ならもっと色々手順があるけど、今はそこまでの精度は求めてないからこれで十分だと思う。アリア、それを半分くらい君の魔力で染めて」


 アステラが言うと、アリアはその紙を胸元に抱き、集中する。僅かに彼女の魔力が漏れ出したのが分かった。その魔力の気配。例えるなら、一番近い感覚は匂い、だろうか。その仄かに甘い匂いには、少し覚えがある気がした。


 やがて、その紙を半分染め終えたらしいアリアが次の指示を待つようにアステラの方を見る。アステラは小さく頷くと「渡して」と俺たちを指差した。


「それはマナージャ紙といって、魔力の持つ性質に敏感な反応を示す紙です。それに魔力を注いでください。ええっと、条件によっては爆発してしまうので……まぁ、その大きさだから大した事はないと思うけど、気を付けて」


 なんだその危険な紙。アリアの方も「そんなの聞いてないんだけど!」とちょっぴり及び腰だ。


 渡された紙はほんのりと発光していて、どこか暖かみを感じる。一瞬アリアの体温かとも考えたが、人の体温の暖かさとは異なる感覚なので多分違うのだろう。だいたい、思春期でもなかろうに人の体温だからって思う所はないのだが。ないってば。


 まぁ、バカな事を言っていないで魔力を流し込もう。


 俺は紙に自分の魔力を流し込もうとして、僅かに抵抗を感じて流し込むのを一旦やめる。この紙はすでに人の魔力で半分染まってるものな訳で、魔力を流そうとして抵抗が発生するのは意味当然の帰結。無理に流し込めば、それこそ先程アステラが言ったように爆発してしまうだろう。あ、あとあれだ。意識しない普通の状態だと火種の魔力も混じっちゃうから、ちゃんと光属性の魔力だけ分けないと。


 俺はエドワードの時を思い出し、自分の中の魔力を選り分け、一つの属性だけに整えてから紙に流し込んだ。


 その時、俺の隣でボン、と何かが爆ぜる音がした。恐る恐るそちらを見ると、ヴィスベルの手の中にあったはずの薄紙が、その僅かな切れ端を残して消滅していた。


「いや、まさか本当に爆発するとは……」


「アステラさん、それは僕のセリフだと思うんですが?」


 ヴィスベルの非難するような言葉に、アステラは気まずそうに「えーっと」と言葉を濁して、ヴィスベルから目を逸らすと、小さく咳払いをしてにこりと微笑んだ。


「紙が爆発したあなた。あなたの魔力はパートナーさんの魔力とは親和性が低く、結婚や性生活上で困難が生じる可能性があります。比翼の秘薬などを用いて相性を改善していきましょう」


 アステラが、妙に抑揚のない棒読み口調で言う。あまりに唐突なアステラの発言に、ヴィスベルが小さく吹き出す。


 気持ちは分かる。だっていきなり意味わかんないもん。見れば、アステラの隣でアリアも噎せて咳き込んでいる。


「ていうか何ですかその妙にエセっぽい占い雑誌みたいなレビュー」


 思わず言ってしまってから、俺は慌てて口を噤んだ。この世界にもエセ占い雑誌があるかもわからないのにこの発言は電波が過ぎる。


「いや、エセっていうかわたし副業で占い師だし……。あと、魔力相性診断は正確な統計と研究に基づいた根拠のある診断だからね?実際、お貴族様の婚姻前はしっかりやらないと色々大変らしいし……」


 幸い、「占い雑誌」というワードはスルーして頂けたらしい。ていうかこの世界だと占い事情も向こうとは結構違ってるんだね。そういうの調べてみたら面白いかもしれない。


「婚姻前に必要な情報は、今はいらないでしょ?!もう、魔力の属性の判断だけしなさいよ!」


「だから、属性の相性が良いほど性質が近いってこと。このマナージャ紙じゃ属性違いまで判別できる程の精度はないけど、ヴィスベル君の魔力は同じ光属性でも癒しとは正反対の性質を持ってるみたい」


「そういうことね。だったら最初からそれだけ言えば良いのよ……」


「ごめんごめん」


 半笑いでアステラが謝るのを見て、俺は彼女が故意犯でやったのを何となく悟った。思ったよりも悪戯好きなんだな、この子。


「えっと、それで、その魔力相性診断的にこれはどうなんですかね?」


 気を取り直し、俺は自分のマナージャ紙をアステラに差し出した。


 俺の方の紙は爆発する様子はないものの、受け取った時に比べて放つ光量が増えている。実際触ると分かるが、熱量もほんのり暖かい、からカイロのような暖かさに転じている。


 それを受け取って、アステラはその目を大きく見開いた。


「何よ、今度は……」


 また揶揄うつもりなのだろうと考えたらしいアリアが、胡乱な目つきでアステラを見遣る。しかし、当のアステラは何か言うではなく、ただただ俺が渡したマナージャ紙を矯めつ眇めつ見たり、表面をなぞったりしている。しばらく黙り込んでマナージャ紙を検めていたアステラは、やがて感嘆のため息を吐き出して「すごい」と呟いた。


「何よ、どうかしたの?」


 怪訝そうな顔でアリアが言うと、アステラははっと我に返ったようだった。


「……いや、ここまで相性が良いのは初めてで。まさか、聖女様とここまで相性が良い魔力の持ち主がいるなんて……」


「……聖女様?」


 聞き捨てならない単語が聞こえた気がして、俺はアステラに聞き返す。アステラはしまった、というような顔をしてアリアに目をやる。アリアの方に目をやると、彼女は目を見開いて唇を小さく震わせていた。


「つまり……そういう、ことなの?」


「ごめん、アリア。思わず……」


 謝罪するアステラに対し、アリアは何か口を開きかけて、その直後、アリアの雰囲気ががらりと変わった。


「いいえ、アステラ。元々、隠すつもりもありませんでしたから」


 同じ声。違う口調。ただそれだけなのに、俺には一瞬、その声が同一人物から発せられたものだと理解することができなかった。


「……改めて、自己紹介しましょうか。あたしは……わたくしは、アリア・アレア。教会で、当代の聖女を務めさせて頂いております」


 言って、アリアは……聖女様は、慈母の如き笑みを浮かべた。


 見る人を安心させる、優しい微笑み。イメージ通りの「聖女様」が、そこにはいた。


 しかし、何故だろうか。俺にはその笑みが、どこか冷たい仮面のように感ぜられた。

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