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45.魔工都市アンドレアルフス

あけましておめでとうございます。今年もご愛読のほどよろしくお願いいたします。

という訳で長らくお待たせ致しました最新話です。ちょっと長くなりました。

 魔工都市アンドレアルフス。


 大峡谷を挟み、黒鉄都市メタルジアの真反対に位置する都市で、メタルジアの姉妹都市でもある。魔導工学と呼ばれる魔導具に関する技術が発展した都市であり、その研究成果はバルバトスの都市部や国外に向けて広く販売されているという。なんでも、メタルジアにあった昇降機、あれもアンドレアルフスで考案・開発されたものなのだとか。その街並みは、どこか近代国家を思わせるものであった。


 整備された石畳の道路の脇には、ガス灯のような形の魔力灯が一定間隔で並んでおり、薄暗くなってきた街中を明るく照らしている。


 集合住宅であろう背の高い建物の窓からは蝋燭ではない明るい魔力の光が溢れ出していて、それがますます「近現代の街」という風情を感じさせる。


「はぁ〜!すっごいねぇ!私が前来た時はこんなの無かったよ!」


「俺も、最後に来たのは十年ほど昔になるが……随分様変わりしたなぁ」


 馬車から降りて大通りに出ると、カウルとミラが感心したように声を上げた。ヴィスベルとフレアは完全に放心してしまっているようで、「おー」とも「はー」ともつかないため息を吐いている。


 俺はと言えば、凄いなぁ、とは思うもののそこまで驚きはしなかった。寧ろ、異世界情緒が減ってただの異国情緒になってしまったために拍子抜けしたくらいだ。


 や、まぁ、多少の物珍しさは感じているのだが。なんというか、あまり凄みが無いっていか。とにかく、セダムやメタルジア・タワーで覚えたような興奮は無い。


「カウルさん、それで、今日の宿は?」


 すっかり街並みに見惚れてしまっていたカウルの袖を引いてやると、カウルは「ん、ああ」と言って我に返る。宿泊先なんかはカウルが一番詳しいんだから、しっかりして貰わないと困る。


「何だ、ミカエラは思ったよりも落ち着いてるな。いつもならはしゃぎまくってフラッとどっかに行っちまいそうなもんだが」


 そんな風にからかわれたものだから、俺はとりあえずカウルの脛を蹴っておく。この抗議方法にもすっかり慣れてしまったものだが、カウルに堪えた様子は見られない。


「だーかーらー、そんなに子供じゃないって言ってるじゃないですか。カウルさん、そういうとこですよ」


 頬を膨らませて抗議すると、周りで小さな笑い声。その方を見ると、ヴィスベル、フレア、ミラの三人が小さく笑っているのが見えた。何を笑ってるんだい君達。ミカエラさん怒らないから言ってごらん。


 そんな風に言おうとしたが、カウルが俺の頭に手を置いてきたのでその言葉を飲み込んだ。


「悪りぃ悪りぃ。宿は、さっきの馬車の御者にいくつか聞いてあるから安心しろ」


 馬車から降りる前に何か話していると思ったら、そういうことか。


「良さげな所はありますか?」


「ヘパイストスとの国交断絶で今はどこも閑古鳥みたいだな。儲かってるのは地域の冒険者が使う安宿くらいだそうだから、普段よりちょっと質のいい宿なら選び放題みたいだな」


 質のいい宿、と聞いて、俺はメタルジアに向かう道中、どうしても部屋がないということで普段よりも少しグレードが高い宿に泊まった時のことを思い出して心を弾ませた。


 この世界の宿屋は、値段と快適さがほぼ直結する。カウルが先ほど言ったような冒険者御用達の安宿なんかだと、マットレスも敷かれていないような硬いベッドと手入れだけ行き届いた狭苦しい小部屋なんて珍しくもない。

 逆に高い宿屋だと、それこそエドワードの邸宅並み……には及ばないまでも、フカフカなベッドと広々とした綺麗な部屋で休むことができる。しかも、料理も美味しい。いや、これについては下手な高級宿より美味い安宿もあるからなんとも言えないが、それでも最低値は高い宿の方が高いのだ。安宿だとホントにピンキリらしいからね。俺はまだ当たった事はないが、カウルの話だととても食べられたものじゃない料理を出す宿もあるそうだし。


 カウルは極力節約するタイプの資金管理をする男だから、こういう時でもないと良い宿には泊まれない。せいぜい下の上くらいの宿までしか許して貰えないのだ。そんなカウルが「普段より質のいい」というという事は、少なくとも中の下、いや、中の上くらいまでは候補に入っているかもしれない。


 俺は、表面上は平静を装いながら大きく頷いた。


「安宿が一杯ならしょうがないですよね!それで、カウルさんが聞いた中で一番良い宿はどこ?そこが空いてたらそこにしましょうそうしましょう!そこ以外を探す時間がもったいないよ!」


「お?部屋の空きがありそうな安宿も聞いてあるからそこでもいいんだぞ?」


「くふっ」


 急転直下。カウルの突然の裏切りに、俺はその場に崩れ落ちる。さよなら、俺のフカフカベッド。今夜は良い夢は見れなさそうだが、良い夢は見れたよ……。


「まぁ、今考えている宿はその安宿じゃないけどな。お前の大道芸、奇術だったか?アレのお陰でちょっとは良い宿に泊まれるくらいの余裕はある」


 カウルの言葉に、俺はガバリと顔を上げ、カウルを見上げた。にこやかに微笑むカウルの背後に後光が見える。いや、カウルの後ろで光っているのは魔力灯だけども。


「カウルさん……!」


 胸中に広がった万感の思いを込めてカウルを見上げる。カウルはにこやかな顔でうなずいて、「だが?」と不穏な言葉を口にする。脳裏に過ぎる嫌な予感。こういうとき、だいたいカウルは意地悪なことを言い出すのだ。


「お前が本気で安宿に空きがないなら仕方ないって思ってるなら、安宿を探さないこともないぞ?」


 予感的中。菩薩の笑みが悪魔の嗤いに早変わり。今の俺の顔を鏡で見ることができたなら、きっと苦虫でも噛み潰したような顔をしていることだろう。カウルが「何を言えばいいか分かってるな?」という意図が籠っていそうな目で俺を見る。俺はここでカウルに屈服する屈辱と良い宿に泊まる幸福を天秤にかけて、渋々カウルに屈服した。


「うー……。私が悪うございました、良い宿の方に泊まりたいです」


「素直でよろしい。宿はすぐそこだ。小さいながら大浴場もあるらしいぞ」


 カウルの言葉に、益々宿への期待が高まる。ほんと、そういうとこだぞ。



 宿は、それなりに高級感のある見た目をしていた。それなりに稼ぎがある冒険者が利用する宿らしく、『冒険者ギルド公認』の札が掛かっている。ギルド公認の宿屋というのは、冒険者が宿泊するのに十分な設備と安全性を兼ね備えているというギルドからのお墨付きであり、こういう宿に泊まれるかどうかがステータスになることもあるらしい。

 というか、冒険者が泊まれる宿って案外少ないから安宿以外だとこの札が掛かってる所じゃないと下手したら宿泊を断られるのだが。仕事道具が仕事道具だけに、まぁ、理解はできるけどね。


 閑話休題。


 三人で旅をしていた時はカウル、俺、ヴィスベルの三人で相部屋が主だった訳だが、フレアとミラも増えた今、さすがに全員相部屋という訳にもいかなくなったので男性陣と女性陣で二部屋借りる事になった。相部屋はモラル的にまずいらしい。


 おかしいな、最初の頃にモラルを理由に部屋を分けるのを提案した時は「ガキが一丁前に何言ってやがる、相部屋で充分だろう」とか言い出したカウルとは思えないぞ。……まぁ、子供一人で部屋にいる方が危ないってのは理解するんだけどさ。


 ともかく、俺たちは部屋を借りた後、食堂で食事を摂って、その後比較的広い男性陣用の部屋に集まった。

 これからの道のりの確認や打ち合わせのためである。中心にこの辺りの地図を広げ、車座になってそれを囲う。


「ここが、アンドレアルフスだ。そして、これから目指す土の大神の聖地、グランドカノンの大岩は、ここだ」


 言って、カウルは地図の上にペンライトのような魔導具を滑らせた。地図の上に、薄っすら赤く光る軌跡が描かれる。先日メタルジアで購入した魔導具で、二日程度で消える線を書き込む魔導具らしい。複数人で旅をするときには重宝するのだと買ったお店の人が宣伝していた。


「その、グランドカノンの大岩、だっけ。どういう場所なんです?」


「簡単に言えば巨大な岩が立ってる場所らしいな。俺も実際に行ったことはないから何とも言えん」


 へぇ、カウルでも行ったことがない場所とかあるんだな。少し意外だ。


 俺がそのことに驚いていると、ぼんやりと地図を眺めていたミラが、あ、と何かに気付いたらしい声をあげる。


「この場所、行ったことあるかも。大っきい岩の周りに、何か遺跡みたいな建物がたくさんある場所だよね?」


「ん、ああ。聞いた話じゃ、神話時代の遺跡がいくつも見つかってるそうだが……」


「なら、多分行ったことあるよ。ここからだと、マルバスの村まで馬車で行って、そこから歩くんだよね?」


「む、そうだな。一応、その予定だ。村、っつーか町だけどな。明日はマルバス行きの馬車を探してここを発つ予定だ」


 自分が言おうとしていたことの大半をミラに取られ、カウルが控えめに頷く。いつもと少し違う光景に、俺は思わず笑ってしまう。カウルが眉を顰めてこちらを見るので、俺は慌てて咳払いをして姿勢を正した。


「……まぁ、ミラが一度行ったことがあるというなら心強いな。近くの魔物や気を付けなければならないことは何か覚えているか?」


 カウルの問いかけに、ミラが「そうだねぇ……」と考え込んだ。


「一番見かけたのは、トゲネズミかな。鋭い針がいっぱい生えたネズミの魔物。それから、コボルトでしょ、ロックトータスも出たし、他には狼も出たと思う。あと、私は見なかったけどはぐれオーガもたまにいるって」


「はぐれオーガ?」


「うん。この辺り、近くにオーガの集落があるらしくって、たまにそこを追い出されたオーガが出るんだって」


「オーガってのは……この説明は必要か?」


 カウルの言葉に、俺を含めて全員が首を振った。それだけ、オーガという魔物は有名なのだ。

 オーガ。大鬼とも言われる人型の魔物で、大きいものだと成人男性の二倍くらいの大きさにまでなる気性が荒い怪物だと、勇者アスラの伝説では説明されていた。一応そのことを確認すると、カウルは大きく頷いた。


「まぁ、それで間違いない。俺も実際に戦ったのは数回だが……まぁ、はぐれオーガなんて滅多に出るものじゃないし、出たとしても何とかなるだろう。マルバスではいくらか保存食を補充するくらいで問題なさそうだな。まぁ、今日話しておく事はこれくらいだが、他に何かあるか?」


 カウルが俺たちの顔を見回して聞く。特に誰かが何かを言う事はなかった。


「よし、じゃあ、今日はこれで解散だな。明日も早い、今日はゆっくり休んでくれ」


 カウルのその声で俺たちは解散した。その後は、大浴場でお湯に浸かって充分にリラックスしたあとフカフカのベッドで就寝した。……俺一人で行かせるのは心配だというミラやフレアと一緒に入る事になって目のやり場には困ったものの、旅の疲れはしっかり取ることができたとだけ言っておく。




「馬車がない?どうしてだ?」


 朝一番。公営馬車のチケット売り場でマルバス行きの馬車のチケットを買い求めると、申し訳なさそうに窓口の人が言った。


「現在、ヘパイストスから輸入していた魔力燃料の供給停止により、主要なライフライン線以外の馬車は全線運休中なのです。ご理解ください」


 なるほど、たしかにヘパイストスとの国交はこの一月ほど断絶状態だと聞いている。そう言われると仕方がない。


 そう納得しかけて、俺は違和感に気付いて首を傾げた。


 ――何で魔力燃料が無いと馬車が動かないんだ?


 天然の魔石なんかがその内部に貯め込んだ魔力は、実はそのままでは非常に使い勝手が悪い。空の魔石に人が魔力を注いだものなら話は別だが、それはそれで長持ちしない。そこで生み出されたのが魔力燃料だ。魔力燃料は、魔石や魔力を含んだ素材を特殊な製法で長持ちするように精製したもので、大規模な魔導具を扱うための魔力リソースとして用いられる……と、少し前にエドワードが得意げに語ってくれた。なんでも、鉱物資源と冶金製品に次ぐヘパイストスの主要生産品なのだとか。


「えっと、何で魔力燃料の供給が止まると馬車が動かないんですか?」


 俺が聞くと、窓口の人が優しい表情で俺を見た。


「ああ、国外の方でしたか。では、あまり馴染みがないかもしれませんね」


 窓口の人はそう前置きすると、こほんと小さく咳ばらいをする。こういう時真っ先に何か言いだしそうなカウルも、今回ばかりは黙って聞く態勢である。


「このバルバトスで運行されている馬車は、一部の個人営業のものを除いてすべて魔導馬車、簡単に言いますと、馬車と同じ働きをする魔導具で運行されているんです。魔導馬車は魔力燃料だけで動くように作られているので、その供給が少なくなると動かせないんですよ」


「魔導馬車、そこまで普及してたのか」


 こればかりはカウルも驚いたようで、目を見開いてそんなことを言った。


「ライフライン線っていうのは動いているんですよね?それに乗せてもらう事とか……僕たちはこれでも冒険者ですので、その護衛依頼という形で同行させてもらうってことでもいいんですけど……」


 ヴィスベルの言葉に、窓口の人は首を横に振る。


「ライフライン線の防衛は我が国の魔導騎士が勤めていますので、冒険者の方に依頼が出ているという話は聞きませんね。申し訳ありませんが、マルバスへはご自身の足で行っていただくか、もしくは国交再開までお持ちください」


「っつわれてもなぁ……。流石にマルバスまで徒歩は遠いし、国交再開もいつになるやら……。他に何かないか?何でも良いんだが」


 カウルが聞くと、窓口の人はぐるりと俺たちを見回して、「そうですね」と困り顔でなにやら思案を始める。


「うーん、公営以外の馬車を斡旋するのは本来規則違反なんですが……。まぁ、お子さんが二人もいらっしゃいますし……」


 うーん、と唸る職員。何か手があるなら是非とも教えて貰いたい所だが……。そんな風に思っていると、何故かフレアに袖を引かれた。何だろうと彼女の顔を見上げると、フレアは最近板についてきた姉の顔で、「子供扱いされたからって拗ねたりしちゃダメよ」と一言。


 ……なんか最近、フレアからの信頼がしょっぱい気がする。


 俺じゃなくても、ミカエラだってそこで拗ねるほど子供じゃないと思うんだが。一体フレアの中で俺はどんな人物像になっているのだろうか。普段もそこまで言われる程のことはしてないような……と思ったけど、カウルがからかって子供扱いしてきたときはいっつも過剰に反応してたわ。日ごろの行いか。


 俺が日々の行いを反省していると、視界の端で窓口の人が何やら小さな紙切れをカウルに渡すのが見えた。


「一応、僕が……これは、ここの職員としてじゃなくて、あくまで個人の意見ですけど、信頼できると考える個人営業の馬車業者です。今は魔力燃料の高騰で休業はしてますが……。公営魔導馬車のロバートの紹介だと言えば、話くらいは聞いてくれる……と、思います。そこから先の交渉は、皆さん次第ですね」


「ああ、ありがとう。助かる」


「いえいえ。ご家族での旅路、大変とは思いますがお気をつけて」


 別に家族ではないんだが。とはいえ、この人数でこの年のばらつきならそう判断するのが自然、なのだろうか。カウルは一瞬訂正しようとしたようだったが、その必要は無いと判断したのか「ありがとな」とだけ言った。



「家族だって!」


 チケット売り場の建物から出て開口一番、嬉しそうにミラが言う。


「嬉しそうね、ミラ」


 きゃいきゃいとはしゃぐミラの頭を撫でてフレアが言うと、ミラは「うん!」と勢い良く頷いた。


「私、家族って言われたの初めてなんだ!里じゃ忌子だからって、物心ついた時には一人だったし……。そっか、家族ってこんな感じなんだぁ!」


 朗らかに笑ったミラがさらりと言ってのけた過酷な過去に、俺は思わず絶句する。忌子だと疎まれていたという話は聞いていたが、まさかそこまでひどいとは思ってもみなかった。それは俺以外の皆も同じなようで、心底嬉しそうに笑うミラ以外の空気が凍る。


「あれ、皆、どうしたの?」


 こてん、ミラが無邪気な顔で首をかしげた。


 今こうしてミラが笑っていられるのは、もしかしなくてもとてもすごい事なんじゃないだろうかと、何となく思う。それを可能にしたのが、きっと彼女が日ごろからその名を口にしているミカヅキという男なんだろう。


 いつか、ミラをそのミカヅキさんに会わせてやりたい。改めて、そんな想いが湧いてくる。俺、フレア、ヴィスベル、カウルの四人は、そっと目くばせしあって、力強く頷いた。誰も言葉にこそしなかったが、多分考えたことは同じだろう。俺たちは揃って「何でもないよ」と笑いかけて、窓口の人が教えてくれた馬車業者の元に向かった。



 窓口の人が教えてくれた場所に着くと、そこにあったのは大きな倉庫のような建物だった。ジョナサンの魔導馬車と書かれた年季の入った看板が立てられていて、その看板の目立つところに「現在休業中」の張り紙が粗雑に叩き張られている。


 その倉庫の門前に置かれた小さなベンチで、五十代の半ばを過ぎたかどうかという見た目の男が退屈そうにキセルを片手に煙をふかしていた。


「すまない、少しいいか?」


 カウルが代表して男に話しかけると、男は胡乱な目つきで俺たちを見回すと、ふぅ、と煙を吐き出した。


「悪いね。馬車ならしばらく休業だ。如何せん魔力燃料が高くてね」


「公営魔導馬車のロバートさんからの紹介なんです。話だけでも聞いてもらえませんか?」


 ヴィスベルが言うと、男は方眉をくい、と上げると、再度俺たちを見回して、大きなため息を吐き出した。


「ったく、あいつのことだ、ガキに絆されやがったな。……ま、ガキに甘いのはオレも同じか」


 男は立ち上がると、近くに建てられた小屋に向かって歩き始めた。足を怪我しているのか、その動きは少しぎこちない。とりあえず男について行くと、小屋の扉を開けて男が振り返った。


「話は聞いてやる。入んな」


 通された小屋は事務所なのか、部屋の真ん中に小さな机と、椅子が4脚並べられている。執務机のようなものは見当たらないが、代わりに金庫の上にたくさんの書類が山積みにされているのが伺えた。男は机のそばに並んだ椅子の一つに腰かけると、顎で座るように示す。が、どう見ても椅子の数が足りない。


「ま、適当に座ってくれや。椅子は……野郎にゃ必要ねぇだろう。気取った言い方をするなら、何つーんだったかな、レ、レディ……あぁ、レディ・ファーストってヤツだ。オレの方は勘弁してくれよ、見ての通り足の自由がきかねぇモンでよ」


 言って、男はポンと自身の片足を叩く。叩いた足からはカシャン、と金属質の音。義足、だろうか。しかし、そうは言われても、パーティリーダーを立たせて俺たちだけ座るのはどうなんだ。いや、待て。そもそも俺はレディで数えられていいのか?中身、というか中の人のプライド的に。


 そんなことを考えている間に、促されるままフレアとミラが着席。残る俺も、カウルとヴィスベルが椅子を勧めてきたので渋々椅子に座った。



「マルバスか。まあ、確かに仕事じゃよく行く町ではあるが……。申し訳ねぇが、往復分の魔力燃料は在庫がねぇんだ。送ってからいつ再開されるかもわからん国交再開を待つのは、ちぃと無理がある」


 ヴィスベルとカウルが男に事情を説明すると、男は難しい顔で首を振った。


「やっぱりダメか……。悪いな、無茶言って」


「いや、割に大所帯でこんなメンツだ、オレも何とかしてはやりたい。だが、無いものは無いんだ。片道分はあるんだが……。すまんな」


 心底申し訳なさそうに男が言った。そんな風に頭を下げられると、こちらもなんだか申し訳ない気分になってくる。


 なんとかなる術はないものだろうか。頭をひねらせていると、俺の隣に座っていたミラが、「あの、」と小さく手を挙げた。全員の視線が一斉にそちらを向く。ミラはその視線に恥ずかしそうに身をよじったが、やがて決心がついたとばかりに口を開いた。


「その、魔導馬車、でしたっけ。魔導具なんですよね?だったら、私とミカの魔力で何とか動かないかな、なんて……」


 ──それだ!


 ミラの言葉に、てぃん、と電球が光る音。魔導馬車とはいえ魔導具は魔導具。であれば、俺たちの魔力でも十分動かせる目はあるはず。どうなの、と男を見遣ると、男は唖然とした様子で目をぱちぱちと瞬かせ、俺とミラの顔を見た。


「いや、可能は可能だろうが……。魔導馬車は人間が魔力を注いで動かすことはあまり考えられておらん。ここからマルバスまで半日程度、そりゃ、交代の時間なんかは作ってやれるが、ずっと魔力を注ぎ続けることになるぞ?」


 念押しするように言った男に、ミラが力強く頷き返す。


「私は平気だよ。魔力を長時間吐き続けるのは慣れてるし」


「私も、多分行けると思います。……つい先日は朝から晩まで魔法を使い続けることもありましたし」


 メタルジアで大道芸をしていた時のことを思い返す。アンコールを何度も何度もせがまれて、自分の魔力が尽きかけるまで導の光を飛ばしていたのは今となっては良い思い出だ。


 俺たちの言葉に、男は険しい顔つきのまま何かを思案していたが、やがて意を決したように「そこまで言うなら、馬車を出してやらんこともない」と呟いた。


「ありがとう、おじさん!」


 ミラが目一杯の笑顔で言うと、男が少し照れ臭そうに頬を掻く。悪い人ではなさそうだ。


「だが、途中で魔力切れでも起こしてみろ、すぐに引き返すからな。あと、オレはおじさんじゃなくジョナサンだ。車庫まで案内する。こっちだ」


 男、ジョナサンに先導されて車庫に着く。大きなコンテナ風の建物の中にあったのは、変わった形の馬車だった。四角い大きな箱状の荷台は、前の世界で言うところのマイクロバスに近い。無論、そのままマイクロバスがあるわけでは無い。客席部分であろう荷台の側面には大きな車輪が取り付けられており、その先頭には、複雑な制御盤らしき装置が並んだ椅子が取り付けられた大きな台座がつながっている。何より決定的だったのは、その台座の下に繋げられている大きな六つ脚の機械だった。馬、というより蜘蛛のように見える。


「スレイヴニール。最新モデルの魔導馬よ。ちょっと待ってな。スレイヴニールに乗り込めるよう調整するからな。少しばかり手狭だが……なに、嬢ちゃんらなら広く使えるだろう」


 そう言って、ジョナサンはどこから取り出したのか妙な形の工具を片手に「魔導馬」というらしい魔導具を弄り始めた。

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