44.ジオの村
遅くなりました!
追記:12/10,1:20
執筆小説の保存ミスでストーリーの一部が欠けてしまっていたので修正しました。サブストーリーが増えるだけで本筋にはあまり関係ありません。
追加内容の大まかなあらすじをあとがきに追加致します。
右を見ても左を見ても、あるのは草木と岩ばかり。変化といえば、時たま現れる魔物くらい。そんな殺風景な情景に、俺は小さくため息を吐き出した。
「街にはまだ着かないんです?」
大峡谷を抜け、その先の平原を進むこと二日ほど。もう随分歩いたというのに、未だに街の遠景すら見えない。この二、三ヶ月で随分体力が付いたらしく、ほぼほぼ日通し歩いていても疲労はほとんどないのだが、いかんせん何の変化もない道程というのは体力不足以上に苦痛だった。
これが馬車の旅などであれば魔導書を読み耽る事も出来たのだろうが、生憎と現在、ヘパイストスからバルバトスへ向かう馬車は全線停止中である。
「なに、もうすぐだよ」
ちらり、先行するカウルがこちらを振り返って言った。この答えを聞くのも何度目だろうか。4回を超えた辺りで数えるのをやめてしまったから分からない。代わり映えしない答えに、俺は再びため息を吐く。
「カウルさん、ずっとそれしか言わないじゃないですか。……具体的に、あと何日くらい歩けばいいんです?」
この二日、何となく怖くて聞けなかった言葉を、俺はついに口にした。具体的なゴールが分かる。それは、希望を齎すものであると同時に、その内容によっては絶望を齎すものでもある。祈るような俺の言葉に、カウルはにやり、とびきりの笑みを浮かべた。
「まぁ、歩きならあと三日って所だな!」
「まだ折り返してないんですか?!」
聞かなきゃよかった。いや、早めに知れてよかったのか?俺には分からん。ともかく、あれだけ歩いたというのにまだ折り返しでもなかったことに愕然とする。
「……あれ、でも、もう少し行ったら村がありますよね?」
そのまま崩れ落ちそうになる俺の体を、何やら軽やかな動きで抱きとめてそんな事を言ったのは、肩にかかる程度のローズブロンドの髪を小さなバレッタで留めた少女、ミラ。彼女は赤と緑のオッドアイをぱちくりと瞬かせて小さく首を傾げる。
「まぁな。ここからなら半日、よりも短いか。ともかく、少し進むとメタルジアと魔工都市アンドレアルフスの中間地点、ジオの村がある。そこからアンドレアルフスまでは馬車で向かう予定だ。馬車の本数にもよるだろうが、明日中にはアンドレアルフスに着けるんじゃないか?」
あっけらかんという様子でカウルが言ってのける。
明日と三日では随分違うのだが。
俺は胡乱な目をカウルに向けるが、カウルはどこ吹く風である。
「ちょっとカウルさん、さっきと言ってる事が違うじゃないですか。あと半日で着くならそう言ってくださいよ」
指摘すると、カウルはフッと勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「街まで歩いた時の時間を聞かれたからな。俺は正しく答えたぞ」
その言葉に反論しようと自分の言葉を思い返す。確かに、俺は街に着くのに歩かなければならない日数を聞き、カウルは「歩きなら」と前置きして答えていたような気がする。
「ぐぬぬ……!屁理屈なのに言い返せない……!」
内心で地団駄を踏んでいると、カウルの隣を歩いていたヴィスベルが苦笑してこちらを向く。
「はは……。でも、よく知っていたね、ミラ。……って、ミラはバルバトスから大峡谷を超えてたんだっけ」
「はい。アンドレアルフスから大峡谷に向かって、ジオの村で大空洞を超えるための準備をしたんです。あっ、そこでミカヅキに買ってもらったお芋のパンがすっごく美味しいんです!」
その時の事を思い出しているのか、ミラがニコニコと幸せそうな笑みを浮かべる。その様子を見ていると、不思議とほっこりした気分になる。俺の隣で、フレアも優しく微笑んでいる。
「ミラちゃんは本当にそのミカヅキさんが大好きなのね」
「はいっ!」
元気よく答えるミラ。
……なんだろう、自分のことを言われているわけではないと分かってはいるのだが、少しむず痒い気がする。いい加減慣れないと、こんなんじゃ本物のミカヅキさんとやらと遭遇した時に混乱しそうだ。
——そんな日が、来れば良いんだけど。
不吉な言葉が心をよぎる。実際のところ、ミラが一体何年あそこに居たかは分からないのだ。暦は誰もが答えられるほど普及している訳でもないし、大道芸の合間に聞いて回った話では地底湖で水晶の像が発見されたという噂も無かった。
冒険者は危険な職業だ。そのミカヅキさんやレクターおじさんとやらが今まで生き延びている可能性も、心苦しいが100%とは言えない。
もし、万が一。ミラが心の支えにしている二人の冒険者が、この世を去っていたら。ミラは、果たして今のままで居られるのだろうか。
そんな漠然とした不安が胸中を渦巻く。
「お、村が見えてきたぞ」
俺の暗い想像を、カウルの声が止める。言われて目を凝らして見ると、遠くに柵で囲まれた集落が見えた。立派な木製の門と大きな見晴台が目についた。村の周りには畑が広がっているのか、幾らか人が作業しているのも見える。それなりに大きな村らしかった。
「僕とカウルはこれから村長の所へ行って、馬車の予定を聞いてくる。三人は好きに時間を潰しておいてほしい。小さい村だし、合流するのに苦労はしないと思うから」
村に着くと、ヴィスベルがそんなことを言った。その言葉に、俺は思わず首をかしげる。何で別行動なんだろ?
「皆で行かなくていいんです?」
俺の疑問に答えたのは、ヴィスベルではなくカウルだった。
「あんまり大勢で押しかけても邪魔なだけだろ。なに、少し予定を聞いてくるだけだから二人で十分だよ。ま、適当に飯でも食っててくれや。芋のパンが美味いんだろ?」
その言葉に、俺はなるほどと納得する。ざっと見たところ、この村の家屋はあまり広いものではない。確かに、五人で動く必要はないのかもしれない。
「それじゃあ、そうします」
俺が答えると、ヴィスベルは頷いて、何かに気付いたらしく俺の前で少し屈んで視線を合わせてきた。何だろう、と目の前に降りてきたヴィスベルの目を見る。ヴィスベルは真剣な眼差しで俺を見ていた。その手が、ぽん、と俺の肩に乗せられる。
「ミカエラ、分かってるとは思うけど、くれぐれもフレアやミラから離れないようにね?」
「ヴィスベルさんからの信頼の厚さで、私、泣きそうです」
そんなに行く先行く先ではぐれてたかなぁ、俺?ちょっと落ち込む。気分を落としていると、前後ろで他の三人が笑った声が聞こえた。
「ちょっと、今の笑う所? 私、そんなに子供じゃないよ?」
「この中じゃ一番ガキだろうがよ。それと、セダムの事は忘れてねぇぞ」
「ちょっとカウルさん、まーだ言いますか、それ?」
セダムの街に寄ったのなんてもう二ヶ月は前の話だ。俺だってあの頃に比べたら成長しているし、もう飾られている鎧だの盾だのに気を取られてはぐれるような真似はしない。あと、一番ガキっていうけど中身はカウルの次に年長者なんだからな?
「っと、それじゃあ、そろそろ行くか。予定は早い所確定させたい」
「そうだね。じゃあ、行ってくる。フレア、ミラ、ミカエラをよろしくね」
「もちろん。ミカもミラも、私が面倒を見るわ」
フレアが自身満々に頷く。ミラが増えてからというもの、フレアの姉力の成長は留まる所を知らない。実に頼もしい限りである。
「わ、私だって年齢ならミカよりお姉さんですから!」
そんなフレアに張り合うように、ミラがどん、とささやかな胸を張る。
「あー、はいはい、私はお姉さま方に面倒を見られるとしますよ」
こういう時、子供じゃないと張り合うのは却って子供っぽい行動だと悟った俺は、大人しく従うことにした。大人だからね、多少の不満は飲み込むさ。大人ですもの。
俺の返答に満足したらしいヴィスベルが、カウルを伴って村の奥に歩いていく。そういえば最近、ヴィスベルのパーティーリーダーらしさも上がって来ているような気がする。前はこういう時にはヴィスベルの方がカウルについて行っていた気がする。
「成長って、確かにあるんだねぇ」
「急にどうしたの、ミカ?」
「いえ、何でも。……ところでミラ、さっきも話してたパンのお店がどこにあったとか覚えてます?」
「うん、そりゃもちろん!こっちだよ!」
そう言って、ミラが俺の手を引いて歩き出す。俺はミラに手を引かれるまま、村の中を歩き始めたのだった。
「この村はねぇ、元々開拓村だったらしくって、お芋をたっくさん作ってるんだって!」
水を得た魚のように、ミラがいきいきと語る。
「それで、お芋のパンなんかがあったりするのね。私、お芋のパンなんて食べたことがないから、楽しみだわ」
それに対して、ウキウキとした様子でフレアが微笑む。
俺も、芋のパンというのは聞いたことがないので楽しみだ。
「あ、ここだよ!」
そう言ったミラの指差す先には、何故か日本語で「芋パンベーカリー」と書かれた看板が掲げられた平屋が建っていた。建築様式は、他の家屋と同じ石と木を組み合わせて作られたものだが、他よりも少し古いような気がする。
「えっと……この建物です?」
「そうだよ!不思議な模様が書いてあるのが看板で、お芋のパン屋さんって書いてあるんだって!」
いや、まぁ、それで間違いはない。間違いはないのだが……。異世界情緒溢れる田舎の片隅に突然現れた日本語に、俺は僅かに混乱してしまう。
入り口であろう扉には、今度はこの世界の文字で「営業中」の立て札がしてある。何かの店であることには違いないらしい。残念ながら扉にガラスなんてないので中は伺えないが、そこはかとなく美味しそうな香りが中から漂ってくる。
「こんにちはっ!」
扉を開けて、ミラが元気よく中に入った。俺とフレアも続けて入ると、中は立派なパン屋さんだった。木の棚が並び、その上には今焼いた所のように見えるパンが所狭しと並べられている。台座から漏れ出る魔力から察するに、保存のための魔導具なのだろう。上に並んでいるパンは、食パンやバゲット、一見してお餅のように見える白くて丸いパンなど、そのバリエーションは無駄に豊富である。
「あら、いらっしゃいませ」
にっこり微笑んでカウンターの奥から現れたのは、黒い髪の、柔和な顔付きの女性だった。歳は結構若く見える。20を超えているかどうか、という感じだろうか。
「可愛らしいお客様方ですこと。冒険者さんかしら?」
「えっと、はい。ここで美味しいパンが食べられるって聞いて……」
フレアが女性に答えると、女性はますます笑みを深めた。
「あら。あらあらあら!嬉しいわぁ!是非、たくさん食べて行ってね?」
そう言って、女性が微笑む。なんだか面倒見の良いおばさんという感じだ。
「あの、それとは別なんですが、一ついいですか?」
「あら、何かしら?」
にこにこと笑う女性に、俺は気になっていたことを質問した。
「あの、表の看板なんですけど……」
「ああ、あの看板ね?不思議な文字でしょう?何でも、私のお祖父さんの故郷の文字なんですって。私も詳しくは知らないけれど……。そうだわ、お父さんを呼んできましょう。パンは並んでいるものがどれでも一つ銅貨2枚、ゆっくり選んでて頂戴ね?ちょっと待ってね」
そう言って、女性は奥に戻ってしまった。いや、いくらなんでもそれはちょっと不用心なんじゃないか?
「あれ、ミラ、どうかした?」
店の人が居なくなってしまっては仕方ない、とパンの物色でも始めようとして、俺はミラがフレアの後ろで縮こまっていることに気が付いた。あんなに楽しみにしていたのに、変だ。
「いや、ちょっと、見たことない人で、びっくりしちゃって……」
そういえば、ミラは人見知りが激しいのだった。ここ数日は他の冒険者と会うことも少なかったのですっかり忘れていたが、最初は人当たりの良いシルヴィアにすら怯えていたのだ。むしろ、びっくりしてフレアの背中に隠れる程度で済んでいる分成長したと言えよう。
「なんか、お店の雰囲気もちょっとずつ違うし、前来た時はお店の人も黒髪のおじさんだけだったから。……でも、そうだよね。呪いで固まってた分、私の時間は止まってるんだ」
寂しそうに言ったミラの頭を、フレアが優しく撫でた。ミラは気持ちよさそうに目を細め、フレアの顔を見上げる。
「平気よ。今のミラは、呪いもないんだから。私も、ミカも、ヴィスやカウルさんだっている。……何も、寂しがらなくていいのよ」
「フレア……」
フレアの言葉に心動かされたのか、ミラの頰に僅かに朱が差す。どうやら俺の入る隙は無さそうだ。その事に少し、なんとも言えない感情が湧いてくる。
——まぁ、中身が中身だけに混ざったら混ざったで問題がありそうなんだけども。
一緒に冒険する仲間で仲が良いのはいい事だ。少し、羨ましいくらいに。
とはいえ、このまま見つめ合う二人を眺めていても始まらない。何より、部屋中に満ちる美味しそうなパンの匂いでお腹の方が限界だった。
「二人の世界に入るのはいいですけど、どのパン食べるか見繕ってからにしません?」
俺が言うと、ミラは花の咲いたような笑顔でパッとこちらを向いた。
「あっ、そうだね。どれも美味しそうで迷っちゃう!」
どれにしようかなぁ、と悩むミラの隣で、俺とフレアも各々一番だと思うパンを選び、購入した。
パンはふっくらとした食感で、とても美味しかったとだけ言っておく。
その後、ヴィスベルとカウルの分も合わせてパンをいくつか購入し、馬車の予定を聞いてきたヴィスベル達と合流した俺たちは、アンドレアルフスに向かって出発した。
ちなみに、表の看板、というかあれを書いたと思われる女性のお祖父さんの話は、ふらっとやって来たらしい流れの男が都会で学んだパン焼きの技術で身を立てるというサクセスストーリーで、肝心のお祖父さんは昨年亡くなってしまったらしい。同郷かもしれなかった彼に黙祷を捧げて、俺はパン屋を後にしたのだった。
ご意見ご感想など、コメントをお待ちしております!
追加分のあらすじ
パン屋を開いたお爺さんはどこからかふらっとやってきた日本人でした。
これによるストーリーの変更はありません。