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閑話:ミカエラの長い一日

ほのぼの回です。

 大峡谷のバジリスク退治が終わって数日。メタルジアの冒険者たちは、かつてないほどに賑わっていた。理由は簡単だ。大峡谷の危険な魔物が討伐された事により、大峡谷に足を踏み入れられるようになったのが一つ。そして、もう一つが、「大峡谷の安全確認」という名目で大峡谷の探索依頼が破格の報酬金で張り出されたこと。そして最後の一つが、大峡谷の地底湖の水が上質な聖水として扱えるということが分かったこと。


 これら複数の要因が重なって、今、メタルジアの冒険者達は稼ぎ時になっているのだそうだ。そして、冒険者が稼ぎ時ということはメタルジアの主要産業である武具の販売なんかも当然稼ぎ時になるわけで、とにかくメタルジアは活気に溢れ、勢い付いていた。

 余談にはなるが、どこかの冒険者がこの繁忙期を繁盛の神アニムス・スライヴの奇跡に例えたらしく、「スライヴの祝福」なる呼び名が付いているとかいないとか。


 とはいえ、良いことばかりではない。何処から聞きつけたのか色々な所から冒険者が集まり、右も左も冒険者だらけ。何処の宿も連日満室が続き、中には周辺で野宿する者が現れる始末。冒険者同士の諍いも増えたし、満足な稼ぎを得られないで浮浪者同然になる冒険者まで現れたという。

 その処理に追われ、領主代理の二人は嬉しい悲鳴を上げながら朝から晩まで駆けずり回っているそうだ。


 俺は毎晩疲れ果てた二人に癒しの光を使っているが、彼らはいつも満身創痍で帰ってくる。予定ではそろそろ街を出ることになっているのだが、ちょっと心配になるレベルだ。というか、彼らの方が俺を手放してくれるのかが怪しい。最近はミラじゃなくて俺を専属の治療師(そういう職業は立派にあるらしい)として雇用しようと画策している、というのを本人達から聞かされた。いや、俺はヴィスベル達と一緒にアンリエッタを助ける旅を続けるんだけどね?


 閑話休題


 元々バジリスクを退治した後すぐにバルバトスに向かう予定をしていた俺たちが、今もこうしてメタルジアに留まり続けているのには理由がある。


 まず一つ目は、これは二つ目にも関係しているのだが、新しく増えた仲間、ミラのための装備を整えること。ミラはほとんど全裸の状態だったので、戦える装備を整えるのはまさに最優先の課題だった。幸いにも多少の貯蓄とバジリスク退治の報酬があったので、それについてはすぐに達成できた。問題は、そのために貯めていた路銀まで底をついてしまったことだ。


 たちまちバルバトスまでは大峡谷を徒歩で越えることになったのだが、(往復便の復旧は来月までかかる予定らしい)その先の宿泊費や馬車代、食費などの必要経費が足りなくなってしまったのだ。それが、二つ目の理由だった。


 ちなみに、ディレルは白蛇退治の報酬を受け取るや否やすぐにバルバトスに向けて出発した。最後に会った時に「このペースなら何とか依頼人の指定通りの日に約束の場所に着ける」と言っていたので、結構カツカツなスケジュールになっていたみたいだ。ディレルにはとりあえず「頑張れ」とエールを送っておいた。


 さて、その路銀稼ぎだが、ヴィスベル達はミラの冒険者ランクを上げるついでということで今日も大峡谷へ行っているらしい。受ける依頼は、大峡谷の馬車道周りの魔物退治と地底湖の水汲みだと聞いている。どれも日帰りでそれなりに割りがよく、今メタルジア中の冒険者がこぞって受けている依頼なのだそうだ。


 ここまで全て伝聞調なのは、理由がある。まぁ、そんなに大層な理由がある訳ではなくて、俺が皆と行動を共にしていないからだ。


 みんなと離れて俺が何をしているかというと、


「はい!これから始まるのは今日一番の大目玉!ヘパイストスの秘境、フラグニスの竃にて受け継がれて来た火の大神の奇跡!原初の火種をご覧あれ!」


 今日も今日とて、俺はメタルジアの出入り口前の大通りで大道芸を披露していた。


 指先に小さな火種を作り出し、踊りと共に勢い良く燃やす。そして最後に大きな火の塊を口元で吹いて、所謂火吹き芸の真似事。踊りと派手な炎に歓声が上がる。今日初めての演技だが、観客のウケはいい。この芸のためだけに、わざわざフレアが祀り火の儀で行なっていた踊り、「導き手の舞」の一部の手ほどきを受けたのだ。ウケなければ困る。


 一通り火吹き芸をした後は、今ではもう十八番となった導の光のお手玉からの打ち上げ花火で、一度の公演は終わりである。


 全ての演目を終えて一礼すると、足元に置いていた鉢に小さなコインがいくつも放り投げられる。日に日に増えるそのコインは、ギルドの依頼で大峡谷に行っているヴィスベル達と比べても遜色ない金額。これが、俺が街に残されている理由だった。


 鉢から溢れ落ちた硬貨を拾い集めていると、ぱちぱちと拍手をしながら誰かが近付いて来た。


「いやー、毎度毎度思いますけど見事なモンっスねー」


「あっ、リー。今日も来てくれたんだ」


 すっかり常連になっているリーが、そこには居た。


「最近はミカ以外の芸人も増えたっスけど、やっぱりミカ以上の芸ができるヤツは中々いないっスからね」


「あはは……。でも、同業者が増えちゃったからか1日の収入は落ち着いて来てるんだけどね」


 カウルに教えてもらって、最近は大道芸で稼いだ分のお金の帳簿を付けてみているのだが、最初の1日2日の増え幅に比べ、最近の稼ぎは落ち着いて来ている。


 俺が最初に芸を始めた頃は似たような事をしている人はまず見なかったのだが、俺の大道芸が余程目についたのかここ最近は色々な所で魔法を(無駄に)駆使した芸をしている人たちが見える。奇しくも「マジシャン」という、向こうの世界に近い称号を得た俺たちであるが、その世界は過酷である。


 毎日無数のマジシャンが路傍で生まれては、泡沫のように消え、一定数のお客をキープできる猛者だけが残る。今やメタルジアは大マジシャン時代だった。


「くっ!変幻の白銀!その技、今度こそ盗んでやるからな!」


「あっ、はい。頑張ってくださいね」


 今日も足繁く通ってくれた同業者の人に手を振って、俺は再びリーの方を向いた。変幻の白銀というのが、どうやら最近俺に付けられた二つ名らしく、同業者の人とかよく見に来てくれる人はすっかりその名前で呼んでくれる。……二つ名で呼ばれる理由は、俺が自分の名前を伝えてないからというのが大きいのだろうが。まぁでも、自己紹介するまでもなく「変幻の白銀」として認知されているなら別にいっか。


「……ミカ、最近ずっとここで芸してるっスよね。ヴィスは大峡谷の方でも見るっスけど、一緒に行かないんスか?」


「うーん、マナ・ポーション以外のポーションが割と安価で出回るようになったっていうのと、大道芸の収入が向こうの一人より若干多い額だっていうので、ポーション代も一人分浮くし、私はここで芸をしてるのが一番効率がいい……らしいよ、カウルさん曰く」


 実際、今の大峡谷に出現する魔物はそこまで強力じゃない。一度だけ付いて行ったが、俺の出る幕はほとんどなかった。誰も怪我をしないのだ。回復役が不要となると俺が同行する意味は正直ない。こういう時に役に立てるように、もっと魔法を勉強しないとなんだよなぁ。


「ミカは優秀な魔導師なのに、勿体ないっスねぇ……」


「……私もたまに、何でこんな所で芸なんてしてるんだろうって思うことがあります。考えないのが一番ですよ……」


 考え出すと心が辛いので、その思考には蓋をする。硬貨を数え、今日の目標金額を達成している事を確認。ちなみに余裕の2割オーバーだった。


 硬貨を袋に入れ直し、きつく紐を結んでリュックに放り込む。それなりの大金だから、しっかりしないと危ないからな。


「……ぅわぁぁぁぁぁあ!」


 そんな事をしていると、背後から奇声。振り向くと、必死の形相の男がこちらに走って来ていた。またかと、俺は少し頭が痛む。どうも、この背格好からか商売終わりに襲ってくる冒険者がたまにいるのだ。


「《ヘヴィ》」


 突っ込んでくる冒険者の顎を、リーの魔法が乗った蹴りが打ち抜く。リーの蹴りに全く反応できなかった男は、泡を吹いてその場に崩れ落ちた。


「今日もありがとうございます」


「まぁ、ヴィスにも頼まれてるっスから。それに、今だってギルドの治安維持クエストの途中っスから、こういう輩を成敗するのもあーしの仕事っスよ」


 治安維持クエスト。増えすぎた冒険者による治安の悪化を何とかすべく、急遽B級以上の冒険者向けに解放された依頼である。


 時間給+捕まえた悪漢のボーナス制が採用されているようで、この依頼が大々的に行われるようになってから、悪化していたメタルジアの治安は随分と持ち直していた。


 こちらは水汲みや探索の任務に比べると少し実入りは少ないが、専用の腕章を付けて街を練り歩くだけでお金になるということで、こちらはこちらで結構人気の依頼である。


「んじゃ、あーしはこいつをギルドまで届けなきゃなんで、これで」


「あ、それなら、今日の分のノルマも終わったし私も付いて行っていい?」


 ここ数日はこの場所でずっと芸をしていたので、正直言ってこの景色にも飽きてきた。目標も達成してるし、ちょっとくらいは観光みたいなこともしてみたい。他の同業者が実際にどんな芸をしているのかに興味もあるし、リー、というか、治安維持クエストがどんな仕事なのかにも興味があった。


「んー?別に良いっスけど……。そうだ、折角っスし、ミカも治安維持クエストやってみたらどうっスか?」


 リーが、倒れた冒険者を縛り上げながら言った。思いがけない提案に、少し心が躍る。しかし、それと同時にちょっとした疑問も首をもたげた。


 先日のバジリスク退治の功績が認められて昇格する事ができたとはいえ、今の俺の等級はD。一方で治安維持クエストはB級以上が推奨だ。俺がこのクエストを受けられるのかというと、ちょっと怪しい気がする。


「私、まだD級なんだけど……」


 言うと、リーはニカッと笑ってサムズアップする。


「あーしとパーティ組めば良いんスよ。B級以下でも何人かで組んでこの依頼を受けるヤツらもいるにはいるし、B級とパーティ組めば普通に受けられるんスよね、この依頼」


「へぇ」


 それは知らなかった。まあ、確かに治安維持の人手は多い方がいいし、考えてみれば妥当である。そうと決まれば善は急げだと、俺は冒険者を担いだリーと共にギルドの支部へと向かった。



 治安維持クエストは、メタルジア・ギルドの本部だけでなく、「治安維持支部」という張り紙の出されたテントなどでも受注できるようになっているらしく、リーが冒険者を届けたついでに俺も受注することができた。俺は受け取った腕章を腕に付け、それが綺麗に見えるように調整する。鏡はないが、これで多分平気だろう。


「しっかし、びっくりしたっスね。まさか受付嬢にまでミカの名前が知れてるなんて」


 リーが心底感心したように言う。尤も、名前と言っても、「ミカエラ」という名前ではなくて、大道芸人……マジシャンとしての二つ名「変幻の白銀」であるのだが。俺は先ほどのちょっとした騒ぎを思い出して、思わずため息を吐いた。


 治安維持支部でクエストの受注をしようとしたら、どうやら受付嬢が俺のファンだったらしく手続きに手間取ってしまったのだ。それだけならまだしも、受付嬢があまりに騒ぐものだからゾロゾロと人が集まってきてしまい、揉みくちゃにされる羽目になった。


「ミカ、すっかり有名人っスねぇ」


「嬉しいやら悲しいやらでミカエラさんちょっと複雑な心境です……。それで、治安維持クエストってどんな感じでやるんです?」


 気を取り直し、俺はリーに聞いた。

 採集や討伐、届け物の依頼は受けたことがあるのだが、治安維持クエストというのはこれが初めて。勝手がわからないままではやりようがない。


「まぁ、特に難しいことはしないっスよ。ぐるっと街を回るくらいっス。で、人様に迷惑をかけてそうなのが居たら鎮圧して近くの支部に届ける感じっス。まぁ、1日に四、五人見かけたら十分っスかね」


「結構いるんだねぇ、そういう人……」


 人が増えれば迷惑な人も増える、という事なんだろう。そんな話をしていると、通りの端の方に結構大きな人だかりができているのが目に入った。


「あ、あそこの人だかり何だろう」


「行ってみるっスか?」


 リーの言葉に頷いて、俺たちは人だかりに向かって歩き出した。


「さぁ!寄ってらっしゃい見てらっしゃい、巷で噂の天才マジシャン、変幻の白銀が一番弟子!変幻を継ぐ者とは俺のこと!本日お見せするのは変幻自在の氷の彫像、その美しい姿を是非、ご覧ください!」


 人だかりを押しのけてその中心が見える位置まで行くと、そこに居たのは銀色の髪の少年だった。いや、銀色の髪はウィッグのようで、少しズレたウィッグの下に黒っぽい髪が微かに見える。その口上に、思わず引きつった笑いを浮かべてしまう。


「知り合いっスか?」


「いやぁ、初めて見る人ですね。……ていうか、弟子を取った覚えも何か教えた覚えもないんですが」


「まぁ、天才って褒められてるし、その辺はいいんじゃないっスか?」


「うー……。まぁ、そうですけど……弟子名乗るなら一回くらいこっちに頭下げに来いってんですよね」


 いや、まぁ、来られたら来られたで困るけど。とまれ、せっかく俺の弟子を名乗るマジシャンだ。楽しませて貰うとしよう。……あまりに酷い出来なら直談判もしなきゃだしね。


 俺だって、やるからにはプライドを持って芸をしているのだ。その名前を使うのなら、納得できるくらいのクオリティは欲しい。


 人々の期待のこもった眼差しの先で、少年は小さな杖を取り出して魔力を練り上げるとそれを勢いよく振り下ろした。


「《アイシクル・シリンダー》!」


 よく通る詠唱。それと同時に、地面から大きな氷柱が伸び出る。大人一人分くらいの大きさの氷柱からは冷気の白い霧が溢れている。しかし、これではただの氷柱だ。先ほど言っていた美麗な氷像とは程遠い。それは周囲の観衆も感じたのか、ざわざわと不審に思うような声が所々で上がり始めた。しかし、少年は不敵な笑みを崩さない。


「ご安心ください、皆さま。この氷柱をよくご覧ください。氷柱の中、何か見えて来ませんか……?」


 少年の声で、透き通った氷柱の内部に意識が向く。その氷柱の中で、何かが動く。もっとよく見ようと目を凝らすと、中に一回り小さな氷柱が立っていることが分かる。


「この氷は、中の女神を隠す神秘のヴェール。今、それを取り除きます!3,2,1……《ブレイク》!」


 少年の声で、氷柱の表面が砕ける。パラパラと七色の光を放つ微細な氷片が散った後に、なるほど、確かに美麗な像が立っていた。それは長い髪の乙女の彫像。


 ドヤ顔っぽい笑みを浮かべ、氷でできた球体を両手に構えた乙女の姿には、見覚えがある。いや、実際にそんな姿をしている所を目にした事はないのだが、その顔の形が割に精巧だった事もあって、それが誰かを察してしまった。俺の隣で、リーがプッと吹き出す。


「あれ、演技してる時のミカじゃないっスか?」


 リーが言う通り、少年が作り出した像はミカエラの姿そのままだった。服こそシンプルなワンピースっぽいものに変えられているが、その顔の造形はよく特徴を掴んでいる。


 周りの観衆から、「おおっ」と歓声が上がる。中には「変幻の白銀だ!」という声もあり、少年の目論見が見事に成功したことが伺えた。


 ここまで完璧な似姿を作って見せれば、確かに「変幻の白銀」の一番弟子だという印象は強められただろう。別に精巧な彫像が作れたからといって何かある訳ではないけれど、パッと見せられたものが彼の言う「師匠」に似ていれば、ついつい関連性を想像してしまうのが人の心というもの。そういう意味で、少年の戦略は実に巧みだった。


「おっと、冬の女神の彫像のつもりが、思わず師匠を象ってしまいました。我が師もまさに奇術を司る女神ではありますが……おや、そんなこと言っていると、早速女神が奇跡を起こして下さったようですね」


 パチン、少年が指を鳴らすと、氷像がぎこちないながらも動き出し、その手の球体でお手玉を始める。そして、いつのまにか三つ、四つと増えていた氷球がぶつかり、砕けて大きな塊に変わる。やがてミカエラの氷像はその大きな塊を頭上に放り投げると、その塊が地面に落ちるのと同時にその姿を消した。


「おや、師匠?どちらに行かれたのですか?……師匠も多忙の身、どうやら戻ってしまわれたようです。しかし……可愛らしい兎を残してくださいました」


 少年が氷像のあった場所で屈んで立ち上がると、その手の中には小さな兎の氷像。氷像はぴょこんという可愛らしい動きで少年の手から離れると、彼の周りをくるくると回り始めた。兎は徐々に大きくなって、大型犬の大きさにまで大きくなると今度は細長い蛇へと転じる。


「おっと、これはいけない。どうやら「蠱毒の白」を呼び寄せてしまったようです」


 なるほど、あの蛇は蠱毒の白のつもりらしい。形や骨格が所々違う気もするが、そんなのは実際に蠱毒の白を目にしたことの無い観衆にしてみれば些細なことなのだろう。少年に噛み付こうとする氷像を見て、きゃあ、と小さな悲鳴がどこからか聞こえた。


「ご心配なく。ご存知の通り、蠱毒の白は最近大峡谷に現れた強大な名前付き(ネームド)でした。しかし、蠱毒の白はとある勇者の手によって葬られました。そう、こんな風に!《アイス・ブレード》!」


 少年は芝居掛かった動きで言うと、手元に氷の刃を作り出して、蛇の彫像の首をストンと落とした。氷の蛇像が苦しげな仕草で崩れ落ちる。中々のクオリティで、蛇が本当に生きているような錯覚すら覚える。俺は自分の目的も忘れて、次は何だろうとわくわくしながら少年を見た。少年は剣を消し、大きくお辞儀する。


「……さて、名残惜しいですが、そろそろ演目も終盤です。我が師直伝の『氷花火』をご覧あれ!」


 少年が叫ぶと、倒れていた蛇の氷像がゴツゴツした氷塊へと変わり、少年の周りを転がり始めた。それは徐々に大きくなって、ドッジボール大の大きさになるとぽん、ぽんと跳ね始める。その氷塊が増えて、丁度6個になった時。氷塊の一つが一際大きく跳ねて、中空で弾けた。


 なるほど、これは確かに氷花火である。砕けた氷の破片は俺がよくやる導の光を弾けさせた時とそっくりの光を反射させており、パラパラと七色の氷が散らばる様に人々の拍手が連なった。


 続いて2個、3個と氷塊が砕け、氷花火を魅せつける。そして、最後の一つになった時。俺は、その氷塊に何か違和感を感じた。


 何となく、氷塊から感じられる魔力が不安定なのだ。他の氷塊から感じられた魔力は実に淀みない安定した魔力だっただけに、その異質さが浮き彫りになる。思わず少年の顔を見遣ると、その笑みは僅かに引き攣っていた。


 ——まさか、制御できていない?


 よくある話だ。魔法を長時間制御し続けるには集中力を使う。集中が切れた瞬間、魔法の制御が急に失われるというのは魔法が絡んだ「事故」としてよく報告されるもの。一度制御を離れた魔法の制御を取り戻すのは、熟練した魔導師でも至難の業……と、魔導書には書いてあった。少年も制御を取り戻そうとしているようだが、不安定な魔力は一向に安定性を取り戻さない。それを見て、俺は魔力を回し、一歩前に踏み出した。


 氷塊が、ボコボコと異常な膨張を始める。制御から離れた魔法が引き起こすのは、単純明快な一つの結末。すなわち、魔力の暴走。そして、それを原因にした暴発である。この氷塊が暴発してしまえば、きっとこの場の多くの観衆が怪我をしてしまうことだろう。手っ取り早く止めるためには、同等以上の威力の魔法をぶつける他ない。



 ——別に、こいつの評価を守るとかじゃない。観衆を守るのは、治安維持クエストの一環だ。


 そう自分に言い聞かせて、俺は原初の火種から魔力を引き出し、手元で固めた。フレアが見せてくれた「裁きの火」。あれを見て確信したことがある。それは、俺が「裁きの火」をうまく使えなかった理由だ。


 フレアの使った裁きの火からは、純粋な火の気配だけしか感じなかった。それはつまり、原初の火種から引き出した魔力以外を使っていないということに他ならない。俺が裁きの火を作ろうとしてもうまくいかなかったのは、多分俺の魔力に原初の火種の魔力だけでなく、純白の果実の魔力が混ざっていたからだ。その仮説を裏付けるように、新たに作り出した「裁きの火」は崩壊することなく俺の手の中に収まっている。


 それの威力を、氷塊を消滅させるに充分な威力にまで絞る。この威力調整は、普段魔法でやっていることと変わらない。そして、威力を調節した裁きの火を、俺は暴走する氷の塊に叩きつけた。それと同時に、余波で周りの人が怪我をしないように、裁きの火と氷塊を広き守護の盾で覆う。


 球形の盾の中で、裁きの火が氷塊を焼滅させる。氷塊の魔力が完全に消えたのと、内側からの圧力に耐えきれなくなった盾が砕けるのはほとんど同時だった。僅かに殺し切れなかった衝撃で、盾の破片が周囲を舞う。しかし、その衝撃には既に、人を害することができるほどの威力は残されていない。


 氷塊が散った時と似た、七色の光を放つ破片が辺りを舞う。これ、案外新しい発見かもしれない。今度使ってみよう。


 ともかく、観衆の安全を確保できてホッと息を吐くと、周囲がいやに静かになっていることに気が付いた。


 あれ、何かあったかな?


 そう思って辺りを見回すと、俺が少年の前に飛び出してしまったからだろう。沸いていた筈の観衆は、冷や水を打ったかのように静まり返っていた。


 まずい、これはまずい。背筋に冷たいものが走る。今は彼の演目の最中。魔導師ならまだしも、魔法に精通していない人が見たら俺がやったのはただの乱入である。


 他のマジシャンの演目に乱入はご法度。何故だかそういうマナーができつつある今、これは非常にまずかった。状況を打開するにはどうすればいいか。必死に頭を回す俺の耳に、観衆の誰かの「変幻の白銀……?」という声が響く。その声に、ピン、と妙案が閃いた。


「わ……」


 俺が口を開くと、観衆達の意識が俺の方に向く。俺はくるりと身を翻して少年を見ると、(ミカエラよりも体格が良いらしく見上げる羽目になった)少年は固まった顔で俺を見ていた。俺が口パクで「合わせろ」と言うと、少年は小さく頷く。


「弟子よ!今の「氷花火」は何?!私と君で作った「氷花火」は、もっと美しかったでしょう!?あまりの酷さに、思わず出てきてしまったよ!」


「ああ、我が師、変幻の白銀よ!どうかお許しください!」


「許すかどうかは私が決めることじゃない!さぁ、今一度、今度は私達二人で最高の氷花火を打ち上げることで皆に許しを請いましょう!」


 そう言って、俺は導の光で「合わせる。氷花火をひとつ」と文字を書く。短い単語で伝わるか不安だったが、幸い少年には伝わったらしい。


 彼は俺にだけ分かるように小さく頷くと先ほどの氷塊をひとつ作り出した。俺は氷塊に触れると、その中に小さな導の光を封じ込めた。これで下準備は完了だ。


 俺は再び導の光で「上に投げて。あとはやる」と短く伝える。少年がその通りに放り投げた氷塊に向けて魔法を放った。


「《爆ぜる魔弾》!」


 導の光を封じ込めた氷塊に魔弾を当てる。この距離なら、外さない。観衆の視線が集まる中、氷塊に魔弾が命中し、爆ぜた。


 氷塊が粉々に砕け散る。先ほどの氷花火よりも細かな破片の一つ一つが、その内部に封じ込められていた導の光により先ほどよりも幻想的な光を放つ。


 観衆に、さっきまでとは違う沈黙が広がった。うまくいったか。内心で肝を冷やしながら、煌めく光の破片の中、観衆の方を振り返り一礼する。俺の隣では、少年も同じように一礼している。


 俺と少年がほぼ同時に顔を上げると、観衆から割れんばかりの歓声が上がった。



「こんなの初めて見た!」

「師弟共闘は反則だろ!」

「最高だったぜ!」

「凄く綺麗だった!」


 わぁわぁと、人々が口々に何事かを叫ぶ。聞き取れたのはそのうちのいくつかしかないけれど、どれも好意的な感想ばかり。歓声と共に、無数のコインが飛び交い始める。なんとか丸く収まったと、俺は安堵の息を吐き出した。





「ご迷惑をおかけしました!」


 硬貨を集め終わり、蜘蛛の子を散らすように観衆が去った後。ウィッグを外した少年が、俺に深く頭を下げる。


「いえいえ、この通り、私は今は治安維持クエストの最中ですからね。そりゃ、人が怪我しそうな状況を見かけたら何とかするのが仕事ってものです。しかし、ちょっと無理し過ぎでしたね。自分のキャパを超える魔法は、自分も周りの人も危険に晒すこと。次から注意して下さいね」


「はい!ご指導ありがとうございます!」


「それじゃあ程々に……。最後以外は結構良い線行ってたので、弟子を名乗ることくらいは許してあげます。以後も精進するように」


「しっ、師匠!一生お慕いします!」


 感涙した様子の少年に苦笑を返し、俺はリーの元に戻る。その後俺は、助けに入った後のことをリーにからかわれながらもつつがなく治安維持クエストを達成。いつもよりも少し忙しい一日を終えたのだった。


 余談ではあるが、助けた彼が後に、「銀氷の奇術師」と呼ばれるメタルジアの筆頭マジシャンになるなんて事は、この時の俺には予想すらできなかったし、知る由もなかった。

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