閑話:事情聴取と決断
ミラのお話です
「わざわざ時間を取ってすみません。今回の事で君の鑑別を担当する事になった、レビィです。ミラちゃん、肩の力を抜いて、一つ一つ、しっかり答えてくれたらいいからね」
レビィが、仕事モードをオフにしてミラに微笑みかける。ミラはそれに少し肩を硬くしながら、小さく頷く。
ミカエラ達と共にメタルジアに着いて二日目。ミカエラ達がギルドマスターの部屋で報酬の授受を行なっている間に、ミラはギルドの別室に居た。服は、シルヴィアのお下がりだという白いワンピース。その左手は、指先から肘までを包帯で覆われている。
ミラは心細いのを腕をきゅっと握りしめる事で何とか打ち消してレビィを見る。これは、必要な事だ。それは、カウルやシルヴィアから説明されて十分に理解している。それでも、ミラにとって「普通の」人間は、恐怖の対象でしかない。
以前、呪いが悪化していた時。普通の人間にはその漏れ出た僅かな呪いでさえ猛毒になると、ミカヅキ達を巻き込んで外で野宿する事が増えた。水晶の身体を目撃した冒険者に魔物と間違えられて攻撃されたこともあった。何より、忌むべき存在だとしてミラを迫害したのは、精霊から祝福された「普通の」人間だった。
ミカエラ達がその「普通」ではないことはこの数日でよく分かったし、シルヴィアなんかは行くところがなければメイドとして雇ってくれるとまで言ってくれている。だから、彼らに対する恐怖というのはほとんどない。しかし、やはり初対面の人間というのは、恐ろしかった。
ミラは部屋の隅に立つエミリーを見た。人間が怖いミラが事情聴取を受けると聞いて、付添人を買って出てくれたのだ。正確にはシルヴィアが付添人を申し出てくれたのだが、彼女には領主代行としての仕事があったので、エミリーがその代理を志願したのである。
エミリーは優しげにミラに微笑みかける。その笑みで、ミラは少し勇気が湧いた。
「よろしくお願い、します」
おどおどとした様子のミラに、レビィは再び微笑みかけた。
「はい、よろしくお願いします。それじゃあ順番に聞いていきますね。家名は何かありますか?」
「私の居た集落では、皆「クリステラ」を名乗っていました」
レビィの質問に、ミラは小さいながらも、確かな口調で答える。レビィはそれを手元の書類にメモをしながら、質問を続けた。
「集落、ですね。どこの国にあったかとかは?」
「吟遊の地シーカだと聞いています」
「シーカからヘパイストスまでは一人で?」
「いいえ、ミカヅキとレクターおじさん、二人の旅人と一緒でした」
「二人のフルネームはわかりますか?」
レビィの言葉に、ミラは一瞬、うっと詰まった。ミカヅキにせよ、レクターにせよ、「そう呼べ」としか言われていなかった。だから、フルネームと言われてもミラには分からない。
「わかりません」
答えると、レビィは少し残念そうに、「そうですか……」と呟いた。
フルネームが思い出せれば彼らの居場所が突き止められるかもしれないというのは、館でシルヴィアにも言われていた事だった。しかし、そもそも知らないのだから思い出しようもない。それからいくつか質問が続き、ミラはそれにしっかり答えていく。
「それじゃあ、これで最後の質問です。あなたはこれから、どうしたい?」
「……質問の意味が、わからないです」
レビィの質問の意味が分からず、ミラはレビィに聞き返した。レビィは手元にあった書類に目を落とし、口を開く。
「ワルトロア側の調書には、あなたを侍女として雇い入れる可能性について書かれていたわ。でも、それだけじゃなくて、あなたには沢山の選択肢がある。ギルドではあなたのような身寄りのない子供を職員として育てる制度もあるし、魔法が使えるなら冒険者や、魔導具の職人としても働ける。あなたは、これからどうしたい?」
——私は、これから。
どうしたいんだろう。
この二日間、それについて考える機会はいくらかあった。だが、未来を思い描こうとしても、その先が思い付くことはなかった。
以前は、呪いが解けたら何がしたいか、とミカヅキと毎晩話し合って、酷くなる呪いを憎んだものだったが、その頃抱いていたものが何だったのか、ミラには思い出せなかったのだ。
あの頃に戻れるなら。そんな想いが湧き上がる。
「あ——」
ふと、ミラの脳裏に考えが浮かんだ。それは、今の自分には一番しっくりくる妙案。しかし、それが実現できるかどうかは、わからない。
『できないことはできない。それは仕方がないことだ。だけど、できるかもしれない事なら、俺は全力で手を尽くすよ』
かつてのミカヅキの言葉が蘇る。
「私は——」
そして、ミラは決断した。
「あ、ミラ!どうだった?」
部屋から出てロビーに向かうと、ミカエラ達がミラのことを待っていた。ディレルやシーラ、リーがいないことから察するに、本当にミラのことを待っていてくれたのだろう、
「結構掛かってたみたいだが、何かあったのか?」
「ちょっと、冒険者登録の手続きしてて」
「冒険者の?何でまた」
てっきりミラはワルトロアのメイドになるものだと思い込んでいたミカエラは、予想もしなかったミラの言葉にきょとん、と首をかしげる。その驚いた顔が何だか面白く思えて、ミラはくすりと笑った。
「私ね、やっぱりミカヅキに会いたいんだ。レクターおじさんもだけど……」
「それで、冒険者……」
「うん。幸い、私には魔法があるから。それでね、ミカに……ううん、ヴィスベルさんに相談があるんだけど」
ミラはグッと自分の手を握りしめて、力強い目でヴィスベルを見据えた。
「僕に?何かな」
「お願いします。私を、あなたの旅に連れて行って下さい」
そのミラの「お願い」に、一瞬その場の時間が止まった。一番驚いているのは、ミラの目の前にいるミカエラだ。彼女は透き通った銀色の目を大きく見開いて、ミラの赤翠の瞳を見た。信じられないという様子で、その桜色の唇が震えている。その目に浮かぶ感情は、困惑と心配。
ミラは、ミカエラが自身の胸元で右手親指の付け根を強く握り締めるのを見て、そういえばミカヅキにも似た癖があったかな、と思い出す。ミカヅキも、何か困り事や考え事があるといつも片手の親指を握り込むか、もしくは片手でもう片方の手の親指の付け根を握っていた。
「今、僕たちの旅に同行させて欲しいって、言ったのか?」
確認の意味を込めて、ヴィスベルが問いかける。ミラは、それに力強く頷くことで応える。断られるかもしれない。彼らの旅路が道楽なんかではないことは、シルヴィア邸に滞在させてもらっている間にも聞いた。
ミカエラは、攫われた自身の姉を助ける為に。ヴィスベルは、世界に危機を齎す邪神を倒す為に。フレアは、神火の担い手としてヴィスベルを導く為に。カウルは、そんなヴィスベル達を助ける為に。
皆が皆、何かの理由があって、絶対に諦められない旅路をしている。
「僕たちは、多分、世界樹……命の女神の聖地には、もう向かわない。君の探してる、ミカヅキって人は命の女神に会いに行ったんだろう?出会えるかは分からないよ?」
「……あなた達と一緒に居たら、いつか出会える気がするの。何でかは、分からないけど。そんな予感がする。導きの神、アニマ・ペンドリードの声が聞こえた気がしたんだ」
ヴィスベル達と行動を共にすれば、いつかミカヅキ達に逢える。その予感が、ミラにはあった。確証はない。しかし、それが運命的に定められているような奇妙な感覚は、確かにあった。それこそ、失せ物探しの神の1柱にも数えられる、アニマ・ペンドリードの声が聞こえたかのように。
「私、出来ることなら何だってするよ。魔法だって、回復魔法は使えないけど……他は結構使えます。ちょっとくらいなら文字の読み書きだってできます。他にも……私に出来ることなら、なんだって」
決意を込めたミラの言葉にヴィスベルは他の仲間に目をやった。
「……私は、別に構わないと思うわ。ここまで言ってる子を止めるのは……私にはできない」
フレアが、少し悩んで言った。
「まぁ、ミカエラの時と違ってミラは14、ほとんど成人だ。どうしても止めなきゃならん理由はない。正直言うとシルヴィアの館で雇われるのが一番なんだが……」
「シルヴィアさんは良い人だけど、私は、できる事をしないで諦めたくない。付いていけないって分かったら、その時は諦めるけど……ちょっとでもできるかもしれないなら、私はやるよ」
カウルの言葉に、ミラは強い決意で応える。
残るミカエラに目をやると、彼女は深刻そうな顔で、ミラの事を見つめていた。てっきりノータイムで賛成すると思っていただけに、ヴィスベルは僅かに動揺する。ミカエラの顔は、普段の少女然としたものではなくなっていた。それは、知らない誰かの顔。
「……私も無理言って連れて来てもらったタチだから、何も言えないんですよね」
長い長い沈黙の後、ミカエラはそんな風に口を開いた。
「楽しいことばかりじゃないのは覚悟してましたけど、思った以上に辛いですよ。
はぐれるし、夢魔には攫われるし、やたらとカウルさんには怒られるし、足を引っ張ってるのを意識すると何とも言えない気分になりますし……」
カウルに関しては本人がちょっかいをかけに行っている気もしないではないが、ヴィスベルはそこには目を瞑る事にした。はぐれる事についてはノーコメントである。
それよりも驚いたのは、ミカエラ自身が「足を引っ張っている」という自覚を持っている事だった。ヴィスベルとしては、ミカエラの魔法にはいつも助けられているし、ミカエラ自身も上手くやっているように見えていたから尚更だ。もしかすると、ヴィスベルが向き合おうとしなかった所にミカエラ自身が足を引っ張ったと感じた所があったのかもしれないと、ヴィスベルはやや、苦い気持ちを噛み締めた。
「そりゃ、私も最初は足を引っ張っちゃうかもしれない。でも、私頑張るよ。
……できることなら何だってする。役に立てるように頑張る。だから、お願い」
そのミラの言葉に、ミカエラがびくり、身体を震わせた。ミカエラはしばらく感情が抜け落ちたかのような無表情をしていたが、やがて大きなため息を吐き出すと、困ったような笑みを浮かべた。彼女が小さな声で「その言葉は反則だ」と呟いたのは、その場にいる誰にも届かなかった。
「そこまで言うなら、私にも止める理由はないです。完全にヴィスベルさん次第ですね」
言って、ミカエラがヴィスベルの顔を見上げる。ヴィスベルは今度こそ、何かを決意した目でミラの目を見た。ミラの、赤翠のオッドアイが僅かに揺れる。
「ミラ、君の決意がどれだけ固いかは、よく分かった。……さっきもミカエラが言った通り、この旅は辛い。これから先、名前付きよりもっと強い魔物と戦う事もあるだろう。命がけの旅になる。……それでも、本当に構わないんだね?」
「覚悟はできてる」
力強く返事をしたミラに、ヴィスベルは片手を差し出した。その手と顔を見比べて、ミラは小さく首を傾げた。
「歓迎するよ、ミラ。これからよろしく」
ヴィスベルのその言葉で、ミラは開花の時を迎えた蕾のように顔をほころばせて、ヴィスベルの手を握りしめた。
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