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40.ミラ

最近物書きに時間が取れない……つらみ

 ひと段落して、テントの中。天井部分に吊り下げられていた比較的新しい魔力灯の灯りが内部を明々と照らしている。


 いつまでもミラを全裸にはしておけないので、ミラにはテントに運び込まれていた毛布に穴を開けて簡易の貫頭衣を作って着せた。流石に毛布に穴を開けただけでは簡単に脱げてしまいそうだったので、バジリスクの抜け殻を腰紐代わりにした。

 碌な裁縫道具もないこの環境ではこれが精一杯だった。や、裁縫道具があったとしても服なんか作れないけども。


 野営地まで帰れば神火の里で貰った「導き手の舞服」が入ったバッグがあるのだが、バジリスク退治には邪魔だからと置いてきてしまった。


 ミカエラの為に作られた服ではあるが、「まだまだ成長期の子供だからちょっとサイズに余裕を持たせておくわねぇ」というおば様の計らいで結構大きめに作られているからミラでも十分着れると思う。ていうかサイズが足りなくなった時に軽く仕立て直すやり方だけは教えて貰ったし、いけるはずだ。


 まぁ、それは置いておいて。ようやくひと心地ついて、俺たちはテントの中で向かい合っていた。


 毛布を纏ったミラはどこかソワソワとした様子で。上着を纏い直したディレルは少し怪訝そうな顔で。俺は、そんな二人の様子を伺う。


 少し長めの沈黙。それを破ったのは、大きなため息を吐いたディレルだった。


「まぁ、なんだ。何にせよ自己紹介だな。さっきはそれどころじゃなかったし……。俺はディレル。傭兵だ」

「さっきも言いましたけど、ミカエラです」

「あ、うん。私はミラだよ……です」


 再び沈黙。しかし、今度の沈黙は先程よりもかなり短い。


「で、嬢ちゃん……ミラ、お前さんは、何でまたこんな所に?というか、何がどうなってたんだ?」

「えっと……その説明は、多分私よりもミカヅキか、レクターおじさんの方ができると思うんだけど……二人はどこにいるの?」


 困った風に首を傾げたミラに、俺は首を横に振る。さっきは急にミカヅキなんて言い出すものだから俺の事を言われているのかと勘違いしてしまったが、ふつうに考えて名前が同じだけの別人だろう。今の俺はミカエラであって、ミカヅキとしてはこの世界にはいないし。事実、ミラは俺を見て人違いだったと訂正している。


「えっと、私たちはそのミカヅキさんともレクターおじさんとも面識はないです。ここには偶然足を踏み入れて、偶然あなたを見つけて……」

「ほんとに?でも、たしかにあの時ミカヅキの声が……したような……しなかったような?うーん?」


 不思議そうな顔でミラが首を傾げる。しかし、現実にそんな人たちはこの場に居ないのだから仕方ない。


「ともかく、お前さんが説明できる範囲でいいから説明してもらえるか?」

「あっ、うん……じゃなくて、はい。とはいっても、私はあんまり説明うまくないんだけど……ですけど」

「構わない。あと、言葉遣いも気楽にしてくれていいぞ」

「わかりました……わかった。うん、敬語とかって難しくって。どこから話したらいいのかなぁ」


 そう言って、ミラはその膝の上で水晶の腕を撫でる。


「そういえば、その腕は?さっき、呪いがどうの、って言ってたけど、その腕も呪い……なんです?」


 聞いてしまってから、もしかして答えにくい事だったろうかと思い当たる。慌てて言葉を変えようとしたが、それよりもミラが「あぁ、これ?」と口を開く方が早かった。


「呪いだったんだろうけど、今もこうだってことは、多分もう呪いじゃないんだと思う」


 ミラの言葉の意味がいまいち掴みきれず、俺は首を傾げる。元々は呪いで、今は呪いではないというのはどういうことだろうか。


「私の一族は、みんなどこかしらこんなだからね」


 ミラは水晶の腕をきゅっと握りしめて言った。


「一族……?」


「うん。えっと、クリステラの末裔……って、族長さまは言ってたんだけど。生まれた時から、身体の一部が水晶なんだよ」


 生まれつき体の一部が水晶とは、またファンタジックな一族がいたものだ。この世界の不思議に少し感動する。


「ん、待って。生まれつきそんな身体なんだよね?さっき、呪いだったって、言ってなかったっけ?もう呪いじゃないとかって……」


 その俺の問いに対して、ミラはにこり、と微笑んだ。


「呪いだったよ。私は、精霊さまに嫌われた忌み子だから」


 あっけらかんと放たれた言葉に、俺はまじまじとミラの顔を見た。ミラの瞳は何か虚ろな光を宿していて、ここではないどこかを見ているようだった。そこはかとない危うさを感じるその目に心がざわつく。俺は、思わず腰を浮かせてミラの方に身を乗り出した。


「話しにくいことなら、それ以上は……」


 話さなくてもいい。そう続けようとした俺の言葉に、ミラは虚ろな表情のまま首を振った。


「いいんだ、平気」


 そう言って、ミラは再び、自分の水晶の腕に視線を落とした。彼女にそう言われてしまっては、俺に止める権利などない。俺は半分浮いていた腰を落として、ミラの顔を見た。未だに虚ろなその表情に、微かな不安が首をもたげる。


「私たちの一族は、むかしむかし、神代が終わるかどうかくらいの昔に、一匹のバジリスクから呪いを受けた人の末裔なんだって」


 抑揚のほとんどないその言葉に、俺はかつて耳にしたお伽話を思い出した。水晶の鱗と瞳を持つ、巨大なバジリスクの物語。水晶の樹々が立ち並ぶ不思議な樹海を根城にしていたバジリスクと、そのバジリスクに呪われた男の物語。


 男は呪いに半身を侵されながらも果敢にバジリスクに立ち向かい、死闘の果てにそのバジリスクの息の根を止めた。

 その勇敢さに感銘を受けた命の精霊が、神でもなければ癒せないとまで言われたその呪いを自らの命と引き換えに癒したのだという。男はその後、その精霊の生まれ変わりである少女と結ばれて幸せに暮らしたのだと締めくくられるお伽話だったが、もしかするとミラはその男の末裔なのかもしれない。


「呪いは末代まで続くとても強いものだったけれど、精霊さまのご加護のおかげで、一族の人間は呪いから守られた。だから、この水晶の体は精霊さまから祝福された証なんだ。……でも、精霊さまに祝福されない子供も、たまにいる」


 ミラは微笑みとも悲しみともつかない複雑な表情で自身の腕を見下ろし、撫でる。そのミラの姿に、何故だか胸が締め付けられるような気がした。


「成長するたび、この部分がどんどん広がる子供がいるの。その子は大人になるまでに全身が水晶になって、固まってしまう。精霊さまに祝福された一族に生まれて、精霊さまに嫌われた存在。それが、忌み子」


「つまり、お前さんはその呪いで水晶になっちまって、嬢ちゃん……ミカエラのお陰で呪いが解けた、ってことか?」


 ディレルの言葉に、ミラが頷いた。


「うん。多分命の女神さまのご加護のチカラだと思う。私たちはそれを求めて旅していたからね。レクターおじさんはちょっと違ったみたいだけど……」


 レクター。夢の中でも耳にした人名に、先程の夢が、かつてこの場所であった出来事なのだと悟る。


 もしかすると、ミラの助けを求める声が俺の中の命の女神の加護と呼応してあんな夢を見たのかもしれない。俺は内心で、その偶然に感謝した。こんな子供が、呪いなんかで自由を奪われて良いはずがないのだ。


「えーっと、それで、二人は何でここに?親子……とかじゃないよね?いや、親子でもだけど、こんな所、そうそう人が好んでくる所じゃないだろうし……」


 自分の話を終えたミラが俺たちに聞いた。もっともな疑問である。別に彼女に隠し立てするような話でもないし、正直に話してしまって構わないだろう。


「まぁ、中には好んで来るような物好きもいるそうですけどね」


 そう前置きすると、ディレルとミラ、二人の視線がこちらを向いた。


「魔物に襲われて、谷の上から落ちてしまって。今は、地上を目指してる最中なんです。長いこと歩き続けてたからここでちょっと休憩しようって話になって、それで、ミラを見つけたんだ」

「そうなんだ。魔物に襲われて落ちたって、怪我とかは平気なの?」

「ええ、それは。私、こう見えても回復魔法が得意なんですよ」


 ささやかな胸を張って主張すると、ミラが小さく笑った。その屈託のない微笑に、俺はホッと胸を撫で下ろした。

 少しして、ミラが真剣な眼差しで俺たちを見据える。俺は、緩んでいた頰を引き締めて、同じようにミラの方を見つめ返した。


「……ねぇ、しばらく二人について行ってもいいかな?その、迷惑になるかもなんだけど」

「えぇ、えぇ!」


 恐る恐る発せられたミラの提案に、俺は一も二もなく頷いた。こんな所に女の子一人残してどこかに行くなんてとんでもない話だ。もしそんな事をしようとする奴がいるなら、まだうまく使えないけど裁きの火でも浴びせて改心させることも厭わない所存である。


「元からこんな所に女の子一人置いていくつもりはありませんて!ね、ディレルさん?」


 若干食い気味に言ってディレルの方を見ると、ディレルは少し面食らったような顔をしながら頷く。


「あ?あぁ、そりゃあな。ウチのツレが呪いを解いちまったんだ、メタルジアまでくらいなら面倒も見てやるさ」


 ディレルの言葉にミラの顔がぱあっと喜色に染まった。俺も思わず頰が緩む。俺とミラは二人して、「ありがとうございます!」とディレルに向かって感謝の言葉を放つ。その勢いがあまりに良かったからか、ディレルがあっけにとられたような顔をした。それが何故だかおかしくて、俺とミラは顔を見合わせて笑ってしまった。ディレルが小さく咳払い。俺たちは慌ててディレルに向き直った。


「……で、嬢ちゃん、いや、ミラ。お前さん何ができる?」


 ディレルが言わんとする意図が汲めず、俺は思わず首をかしげた。ミラも同様のようで、「えっ。えっ?」と戸惑うような声を漏らした。


「何がって、私ができることだよね……えっと、お料理でしょ、お裁縫でしょ、あとミカヅキが教えてくれたから字の読み書きもできるし……」

「あー、聞き方が悪かった。戦闘関係ではどんな事ができる?」


 指折り数えるミラを、ディレルが片手で制して言い直す。ここに来て俺も、ディレルの発言の意図にピンと来た。ミラの方を伺うと、彼女はその言葉に一瞬目をぱちくりさせたが、すぐにディレルの言わんとした事を察したらしく、あぁ、と大きく頷いた。


「それなら魔法がいくらか使えるよ。んーとねぇ、攻撃魔法と防御魔法が一通りと、あと補助魔法が少し。癒しの魔法は使えないけど……」

「なるほど。武器は何か使えるか?っつっても、予備の短刀がいくつかあるだけなんだが」

「えっと、武器は平気だよ。『ソード』の魔法が使えるから」


 聞きなれない魔法に、俺は首を傾げた。ディレルはというと、思い当たる節があったのか目を見開いてミラを見ている。


「珍しいな」

「そうなんです?」


 聞くと、ディレルが不思議そうな目で俺を見る。この目には覚えがある。カウルやヴィスベル、ついでにフレアが俺の非常識を目の当たりにした時の目だ。ごめんね、ミカエラさんは神樹様暮らしが長いから意外なことを知らないんだ。誰にも聞こえない弁明が伝わったのか、ディレルはあまり気にしていない様子で説明してくれた。


「ソードっつーのは、まぁ、簡単に言えば武器を作り出す魔法だ。一回一回使い捨てなのと、結局普通の武器を担ぐ方が効率的だってので覚えようとする奴は極端に少ない。

 ミラ、お前さん何でまたソードなんて習得してるんだ?」

「あはは……。えっと、村で暮らしてた頃は良かったんだけど、外に出るようになって呪いが進んじゃって……。その、武器とかが呪いでダメになっちゃうから苦肉の策で……」


 ミラは照れ臭そうに笑う。本人は気にしていない……のか、気にしていない風に振舞っているのかわからないが、呪いで随分と苦労したらしい。ミラの苦労をなんとなく想像して、同情の念が湧き上がってくる。


「うん、ミラ。もし呪いが再発しそうになったらいつでも言ってね。私の魔力でしっかり解呪してあげるから」


 そう言って肩をポンと叩いてやると、ミラは「もう、縁起でもないこと言わないでよね!」と冗談っぽく笑った。


「まぁ、なんだ。ここから上まではまだ少しある。二人は休めるうちに休むといい」

「ディレルさんは休まないの?」

「見張りは必要だからな。……なに、お前さんらが十分に休めたら、見張りを交代して少し休むさ。だから、まずは二人にしっかり休んで貰わないと困る。……それじゃあ、俺はテントの外で見張りをしているから十分に休めたら言ってくれ」

「了解です」


 ディレルがテントから出たのを確認して、俺はテントの隅に置かれた木箱から毛布を取り出し、ミラに渡す。比較的平坦とはいえゴツゴツした岩肌に布を引いただけのテントで心地よく眠るには毛布に包まるほかない。ヴィスベル達と野宿する時は寝袋があるからもう一段快適なのだが、無い物ねだりをしても仕方ない。ミラも心得ているらしく、ありがとう、と毛布を受け取って包まる。俺も同じように毛布に包まって、魔力灯を消して横になった。テントの外で白っぽい光が揺れているのが見える。先程まではまだ赤が混ざっていた筈だが、湖の光はもう完全に白に統一されたらしい。白は赤よりも目に優しいし、先程よりもしっかり休めそうだ。


「ねぇ、ミカエラ……ちゃん?」

「ミカでいいよ。どうしたの、ミラ?」

「ううん、もう一回、お礼を言いたいなって。呪いを解いてくれてありがとう」


 ミラの心からのお礼に、何故だか少し、胸が痛んだ。俺は、ミラを助けようと思った訳じゃない。身体が勝手に動いて、行動して。それが結果的にミラを救うことになっただけで。なのに、彼女はこんなにも俺に感謝してくれる。そのことに、少し、罪悪感が湧いた。


「……ミラを見た時、身体が勝手に動いたんだ。呪いを解こうとか、呪われてるとか、そんなの全然分からなかった。だから、お礼なんていいんだよ」


 言うと、ミラがこちらに体を寄せた。ミラが額と額がくっつくくらいまで近付いてくるものだから、少しどきりとしてしまう。目の前に、屈託のない少女の微笑み。


「私にとっては、ミカが私を助けてくれただし、それが全てだよ。ミカヅキだって、話を聞いたらとってもとっても感謝してくれると思う。この場にミカヅキとレクターおじさんがいないのは少し寂しいけど、呪いが解けたのはすっごく嬉しいんだ」


「呪いが解けたのはすっごく嬉しいんだ」。彼女の声が、不思議と胸に響いた。その言葉を本当に待ち望んでいたのは。今、待ち望んでいるのは、誰なんだろう。なんとなく、そんな考えが頭を過ぎった。


「そう言ってくれるのは私も嬉しいよ。……そのミカヅキさんとレクターおじさんて、どういう人だったの?」


 ふと気になって俺はミラに聞いた。さっきは一緒に旅をしていた、くらいしか触れなかったが、何となく興味が湧いた。

 ミラは少し照れ臭そうに笑って、「そうだねぇ」と言ってはにかんだ。


「私も、何ヶ月かしか一緒に居なかったんだけど。ミカヅキは特に優しい人だったよ。珍しい真っ黒な髪と目の人でね。レクターおじさんの方は、いっつも顔も肌も隠してたからわかんないんだけど……」


 ミラが懐かしむように口を開く。俺はそれに相槌を打って——



 ——その直後、フロアに轟音が響き渡った。

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