39.水晶の少女
薄暗い洞窟を抜けた先。青い光に満たされた空洞が、そこにはあった。光源は探すまでもなく、その空洞の奥に広がっていた巨大な地底湖。豊富な魔力を含む水や鉱物が物理的な光を放つ現象自体は珍しくなく、今更驚くような事ではない。
この大峡谷の地下は魔力の溜まりやすい特殊な地形であることは知っていたし、ここに至る道中でそれは十分に実感していた。
『ミラ、大丈夫か?』
暗転。男が、背中に背負った小さな人影に問いかけた。眠っていたらしい彼女は、緩慢な動作で身体を起こすと、努めて平気そうに笑った。その顔はフードを被っていて、伺い知ることはできない。
『……。うん、平気……』
平気だなんて思えない声だった。弱々しくて、今にも止まってしまいそうなか細い声。男は少し不機嫌そうに、顔を横に振った。
『嘘はつくな。顔色があまりよくない。そこで少し休んでろ』
言って、男は背負っていた少女を下ろし、壁にもたれかけさせた。少女はありがとう、とだけ呟くと、そのまま石のように微動だにしない。男はそれを見届けて、その後ろに続いていた黒衣の男に話しかけた。素肌も、その顔すらも見えない黒衣の男だ。
『レクター、ミラの状態は?』
少女に聞こえないように細心の注意を払った言葉に対して、黒衣の男は深刻そうな態度で首を横に振ると、男と同じくらいの微かな声量で応答した。
『……はっきり言ってよくはない。呪いの進行が思ったよりも早い。保ってあと数刻か……少なくとも、夜明けまでは保つまい』
黒衣の男の言葉に、男は大きく息を呑んだ。僅かな沈黙の後、『そうか』という沈痛な声。
『ねぇ』
『どうした、ミラ?』
少女の呼びかけに、男は安心させるような優しい声音で応じ、少女の眼前に屈み込むと、優しい手つきでその頰を撫でる。その手に伝わる感触は、冷たく、硬い。少女は男の手の感触にも反応することなく、言葉を続けた。
『私、もう駄目みたい。さっきから身体は動かないし、もう感覚も……。……だから、ここに置いていって』
男の手が震える。
『ミラ……』
囁くような男の呟きに、少女は何も答えない。少しの沈黙の後、『お願いがあるの』と少女が言った。『何だ?』男が応じる。
『私が完全に石になったら、その時は私の身体をあなただけが見つけられる場所に隠して欲しい。……いつか、二人が呪いを解く方法を見つけた時に、私を見つけられるように』
それは、悲しい申し出だった。僅かな時間とはいえ、共に旅した仲間を、本人の意志とはいえ、こんな所に隠さなければならない。しかし、完全に石化した少女を連れて旅を続けることは困難で、もはやそれ以外の手は残されていない。
あまりに無力だ。あまりに悲劇だ。なぜ、こんな幼い子供がこんな目に遭わなければならない。心中に浮かび上がる想いを飲み込み、男はそっと、少女の手を握った。
『……あぁ、約束する。いつか必ず、お前の呪いを解きに来る。……それまでは、辛い思いをさせるな」
『ふふ……その言葉だけで、私、100年だって待てちゃうわ』
『ミラ……!』
『ありがとう……ミ……キ』
その搔き消えるような言葉を最後に、少女が再び口を開く事はなかった。
暗転。男が、小さな石室から出て来る。そこは、地底湖のほとりに空いた、小さな横穴。半分ほど水に浸かったそこは、僅かに湖と繋がっている以外は一箇所しか出入り口のない袋小路。
その出口で、男はその奥に眠る少女を見た。祈るような格好で水晶となった少女は、何も知らない者が見れば芸術品のように見えただろう。男は最後にそれを目に焼き付けて、腰に帯びたナイフを抜いた。
『さようなら、ミラ。また、君を助けに来る。きっと……。だから、それまでは。どうか、安らかに眠ってくれ。《爆ぜる魔弾》』
ガラガラと音を立てて、岩盤が崩れ落ちる。道は落石で完全に潰されていて、この先の誰かに会おうとしなければ、もはや誰にも見向きもされないだろう。俺はそれを見届けて——
目が覚める。身体を起こすと、テントの外で警戒していたらしいディレルが顔を覗かせた。
「おう、どうした?……大丈夫か、顔色悪いぞ?」
「いえ、少し、嫌な夢を見たもので」
「夢?」
「はい。いや、何でもないんです、本当に」
ただの夢だ。疲れやストレスで嫌な夢を見ることくらい、おかしな事じゃない。その筈なのに、なぜこんなにも胸が締め付けられるような心地がするのだろうか。気が付けば、頰を何か温かい液体が伝っていた。
「まだ夜中だ。もう少し、休んだ方がいいんじゃないか?」
気遣うように、ディレルが言う。少し心配させてしまったらしい。少し眠って多少身体は楽になったが、成長期真っ盛りの肉体にはまだまだ寝足りないのか、頭の奥にずん、とのしかかってくるような疲労感が残っている。
もう一度眠りにつこうと少し目を瞑ってみる。しかし、どれだけ心を落ち着かせようとしても、胸を締め付けられるような感覚が無くならない。それどころか、その感覚はますます強くなるばかりだ。これでは気が休まるどころの話ではない。
——そういえば、さっき夢で見た景色、このフロアに似ていたような……。
ふと、そんな思考が脳裏を過る。この感覚はあの夢を見てからのもの。その夢が原因なのは明らかだ。事実、はっきりと覚えているあの夢の景色を思い出すたび、胸が締め付けられる感覚は強まっていく。
——あの夢が気になって気が休まらないなら、あの夢が現実ではない事を確認した方が良いかもしれないな。
そう思い立って、俺は毛布から飛び出した。テントから顔を出すと、手持ち無沙汰に槍を撫でていたディレルがこちらを向いた。
「何だ、どうかしたか?」
「ちょっと、散歩に行こうと思いまして。今のままでは、気が休まらないので」
「あぁ……。なら、俺も行こう。危険がない保証は無いからな」
ディレルの申し出をありがたく受け入れて、俺たちはテントの外に出る。夢で見た景色とは対照的に、地底湖の光は赤色。しかし、その大まかな地形は間違いなく一致している、気がする。
——確か、こっちの方に……
俺は夢の景色をなぞるように、そこへ向かう。地底湖のほとり。フロアの端の方にある、夢の中で、「彼」が道を閉ざしていた袋小路。そこに辿り着いて、俺は大きなため息を吐き出した。
果たして、そこに袋小路は無かった。崩れた岩盤も、通れそうな道もない。ただ浅い水場が広がっているだけだ。水面下に目を凝らしても、夢で見たような大きな塊は見えない。
——やっぱり、夢は夢か。
そう、ホッとしたのも束の間。
顔を上げた俺は、視界の端に深緑の塊を見つけた。見つけて、しまった。
それは祈る少女の姿を象った水晶像だった。
深緑の水晶から削り出したような少女の像は腰の辺りまで水に浸かっており、遠目にはアンリエッタが普段、儀式の前に行っていた禊をしている様のようにも見えた。衣服のような意匠がここからでは伺えないから、余計にそう見える。
少女の顔は俯き気味で、ここからでは伺い知ることはできない。
その姿を見た瞬間。身体中に、何か不可思議な感覚が走り抜けた。電流のような鋭さと熱を持つ、言語化不可能な感情。俺は、その感情に突き動かされるまま湖に足を踏み入れた。
足が水に入ると、ずきずきとした痛みが走る。それが水の中に満ちる魔力の影響であることは、直感的に理解できた。
赤く光る水の中に満ちるのは、来る者すべてを拒絶するような意思。害意。もしくは、憎悪。それが、水に溶けた魔力によって顕在化しているのだろう。
だが、それがどうした。俺は自身の魔力を回し、解き放つことで俺を蝕もうとする魔力を押し退ける。
歯を食いしばり、先へ、先へと進む。足首までしかなかった水深は、進むにつれて膝下を超え、腰を超え、やがて胸の辺りにまで深くなる。水深はギリギリ足が底に届くかどうかというところにまで達したが、少し泳ぐとまた徐々に浅くなっていき、祈りを捧げる少女の像の眼前にたどり着いた時には、その水深は俺の膝より少し下くらいになっていた。
そこで改めて、俺は少女の像を見下ろした。
見る者を魅了する、透き通った深緑の水晶像。その小さな躯体を覆い隠す物は何一つなく、水晶の少女は生まれたままの姿で祈るように手を組み跪いている。
年齢は、十四か、十五か。俺よりも歳上に見えるが、アンリエッタやフレアと比べればまだ少し幼い……気がする。
屈んでその顔を覗き込むと、彼女の顔は苦痛に歪められているように感じられた。
俺は彼女の前に跪いて、硬く組まれた彼女の手に自分の手を重ねた。明確な理由があった訳ではない。ただ、何となくこうしなければならないという予感というか、使命感があっただけだ。
果たして、少女の手と俺の手が重なった瞬間、沢山の「声」が頭の中に流れ込んできた。
『嫌だ』『怖い』『痛い』『暗い』『寂しい』『痛イ』『憎イ』『辛い』『許サナイ』『ニンゲン』『殺ス』『助けて』『眷属』『来タレ』『寒い』『喰ラエ』『誰か』『苦しい』『苦シイ』『殺セ』『嫌』『死ネ』『死にたくない』『誰か』『誰か!』『助けて!』
ノイズの混ざった誰かの声。怨嗟と、助けを求める声。その声を聞いた瞬間、俺は何故か、懐旧の情に駆られた。何故だか涙が溢れて来る。苦しい、悲しい。しかし、どこか嬉しい。複雑な感情。俺は少女の像を抱きしめて、その背中にそっと手を回した。
「……辛かっただろう。苦しかっただろう。長い間、待たせてしまった……」
それが誰の言葉なのか、自分でも分からなかった。ただ、口から流れ出る言葉に、心から湧き上がって来る感情に、身体を委ねる。
少女の像の奥に、弱々しい命の灯火を感じた。以前、命を失いかけたバンに感じた物と似た、消えかけの命。バンの時と違うのは、その火に絡まりついた何か良くないものがその勢いを奪っていること。
その何かは、俺の魔力……正確には、命の女神の加護が宿った魔力に触れると火に晒された氷のようにあっさりと溶けていく。そして、何かが溶けて消えるたび、灯火はその勢いを増していった。
俺は、その灯火に薪をくべるように、その周りの何かを溶かし尽くすように、自分の魔力を注ぎ込む。
「もう苦しまなくていい。もう、悲しまなくていい。もう……辛い想いはさせない」
魔力を注ぐたび、怨嗟の声が消えていく。命の灯火が強くなる。
『暖かい……優しい、光……』
「——目を覚ましてくれ……ミラ」
私の口から漏れ出た言葉は、しかし、私じゃない「誰か」の声。湧き上がるのは、優しい感情。
やがて、冷たかった少女の像に、暖かな命の温もりが戻って来る。固まっていた少女の手が解け、俺がしているのと同じように、少女の手が俺の背中に回される。
頰に確かな熱を感じる。耳元に、小さな吐息が感じられる。やがて、その吐息は嗚咽に変わり、さらに大きな泣き声へと変わった。彼女を安心させるように、俺はその背中を撫でた。胸中に暖かい感情が満ちる。
「寂しかったよ……怖かったよ、ミカヅキっ!」
少女のその叫びに、背筋が凍り付いた。
この子は今、なんと言った?今、ミカヅキと、たしかにそう言わなかったか?混乱。困惑。疑念。頭の中にぐるぐると色々な考えが巡る。
少女はそのまましばらく泣いていたが、少しして安心したらしい。泣き止んで俺の体からそっと離れた。少女の、左右で異なる色彩の瞳と目が合った。
片や、深いワインレッド。もう片方は、神秘的な深緑の瞳。少女はその目を大きく見開くと、俺の姿を上から下まで矯めつ眇めつ検める。
そして、俺の頰を触り、胸を触り、最後に下半身に手を伸ばそうとして……俺はそこで我に返り、伸ばされていた少女の手を何とか止めた。妙に痛い沈黙がその場に流れる。
俺たちはお互いに、何が何だかわからないという目で見つめ合う。先に視線を逸らしたのは、少女の方だった。少女は顔を真っ赤に染め上げて俺の手を振り解くと、顔を両手で隠して俯いた。
「ご、ごめんなさい……私ってば人違いを……きゃー!」
一応、「きゃー」と言いたいのは俺の方なんだが。そんな言葉を呑み込んだのは、その顔を覆い隠す彼女の左手が先程までと同じ深緑の水晶だと気付いたからだ。
しかし、水晶になっているのは左手の指先から肘くらいまでで、ざっと確認した限りでは他の部位は普通の肌色をしている。一体何がどうなって、と混乱する俺の手を、暖かな少女の手が包み込む。水晶の腕は、不思議と柔らかな女性の感触がした。
「あなたが、私の呪いを解いてくれたんですね」
仕切り直し、という様子で、少女が口を開いた。まだ少し顔が赤いが、先程のことは完全になかったものとして進めるらしい。
「えっと、えぇ、まぁ、多分」
呪いを解いた、のだろうか。今更ながら、自分の行いに内心首を傾げる。この少女が先程まで水晶だったあの少女だということは、何故だかすんなり納得できる。抱き締めていたから、とかの状況証拠だけでなく、本質的な所で納得している自分がいる。不思議な感覚だが、この感覚は多分間違っていない。だから、多分彼女が言う「呪いを解いた」は、正しいのだろう。
いや、そんなことよりも、確かめなければならない事がある。俺は意を決し、少女に聞いた。
「その、先程ミカヅキ、とかって……」
「あっ、そうです!私のこと見つけて下さったということは、聖女さまはミカヅキの仲間、なんですよね?ミカヅキはどこに?!」
勢い良く、少女が身を乗り出して来る。その勢いに気圧されて、俺は「どうどう」と少女の肩に手をやって宥める。少女は「待て」と言われた犬のように、ちゃぷんと水の中に正座した。いや、正座までしなくていいんだけど。まぁ、あのままがっつかれてもまともに話が出来そうにないからいいんだけど。
何から聞くべきだろうか。頭の中に様々な疑問が溢れてくる。
そもそもなんでこんな所に?何故俺が「ミカヅキ」だと思った?呪いと言っていたが、それは一体何の呪い?あとその腕何?どうなってるの?というか、
「その聖女サマって私のこと……?」
結局一番核心から遠い問いが、俺の口から漏れ出した。少女が不思議そうに首を傾げたので、俺もつられて首を傾げてしまう。
「だって、レクターおじさんが私の呪いを解くにはアニマ・アンフィナさまの力か、聖女さまの力が必要だって……あなたはアニマ・アンフィナさまには見えないし、こんなに暖かいチカラ、他には聖女さましか思い当たらないし……」
と、キラキラした目で少女が言う。すごくロマンティックな推測をしているところ悪いんだけど、俺は別に聖女様でもなんでも無いんだよなぁ。少女の純粋な期待を裏切ることに若干の罪悪感を感じながらも、俺は少女の言葉に首を振った。
「いや、私は、その、夢を壊すようで悪いんだけど。世界樹の、命の女神様に仕える巫女の、ただの妹だから。女神様から加護は頂いたけど、そんな大層な者では……」
伝えると、少女は少しキョトンとした顔をしていたが、やがて優しげな笑みを浮かべた。何故だろう。この笑顔をずっと見たかったような、もう届かないと諦めていたような、そんな不思議な感慨が湧いてくる。
「命の女神さまの加護なんて、十分大層な者じゃない。面白い人」
少女が笑う。俺はその姿に、何だか色々とどうでもよくなってくるような気がした。何故だか、この少女と共にいると心がぽかぽか暖かくなる。アンリエッタと一緒にいた時や、ヴィスベル達と一緒にいる時と同じ感覚だ。
「……私はミラ。あなたの名前を教えて?」
「えっと……ミカエラ、です」
「素敵な名前ね。改めて、ありがとう、ミカエラ。私を救い出してくれて」
「いや、まぁ、その……どう、致しまして」
そんな風な改まってお礼を言われると、少しむず痒い。俺は一度咳払いをして、立ち上がって岸の方に視線を戻した。
いつの間にか、水の色は赤色から白色に変わり始めている。気が付かなかったが、もう痛みも感じない。俺は、岸の方で立っているディレルに大きく手を振り無事を伝える。そうだ、早い所岸まで戻らないと、このまま水に浸かりっぱなしだと風邪でも引きそうだ。思い当たって、俺は隣で立ち上がったミラの顔を見上げた。……やっぱりというか、俺よりも目線が上にある。いいんだ、身長はいつか伸びる。
「あの、病み上がり?で、悪いんだけど、岸まで動ける?」
「んー。うん、身体の調子は良いし、何とかなる……と思う」
「ごめんね、飛行魔法でも使えたら良かったんだけど」
「私も飛行魔法は使えないねぇ……。あっ、でも、足場を作るだけならできるよ!《フォース》!」
ミラが唱えると同時に、ふわりと魔力が舞う。古式魔法特有の気配だ。どういう魔法なんだろう、と魔力の向かった先を伺っていると、ミラが俺の手を引いて、そのまま歩き出した。
「えっ、ちょっと、えっ?」
急に手を引かれ、俺は勢いよくザブン、と水中にダイブ……するかと思いきや、何故か水の上に足がついた。足元を見ると、揺れる水面の少し上に、何か透明な足場があるらしかった。
「これ……立てる……?」
硬いとも柔らかいともつかない不思議な感触。ミラは自信ありげな様子で、俺の手を引いて岸に向かって歩き出した。俺が水中を必死の思いで渡った時よりも随分早く、しかも楽に、俺達は岸まで辿り着いた。
「すごい、すごい!いまの何?!どういう魔法?!」
これまで見たことのないおとぎ話のような魔法に思わず興奮してしまう。俺の態度が気に入ったのか、ミラはむふ、と嬉しそうに顔を緩めて、今のはねぇ〜、と説明を始めようと口を開いた。
それを遮るように誰かの咳払いがして、俺達は口を噤んでそちらを向いた。そこには、何やら困惑した様子のディレルが立っている。
あ、そうだね、先に紹介しておかないと。俺は姿勢を正してディレルに向き直り、ミラを紹介する。
「えっと、ディレルさん。こちらはミラさんです。ミラ、こちらはディレルさん。傭兵の方で……」
「あー、自己紹介の前に、ちょっといいか?」
俺が紹介するのを遮って、ディレルが言う。なんだろう、とディレルの方を向くと、ディレルは自分が羽織っていた上衣を脱いで、こちらに投げて寄越した。その意図がイマイチ掴めず、とりあえずディレルの上衣を拾って、彼の目を見る。何やら「察しろ」と目で言われているような気がしたが、何を察すればいいのかわからない。首を傾げていると、ディレルは頭を手で押さえてため息を吐いた。
「その、何だ。そっちの嬢ちゃん、ミラっつったか?言いにくいんだが……その、色々と見えてる」
ディレルの言葉に、俺は改めてミラを上から下まで見下ろした。彼女の格好は、当たり前だが水晶像だった時と同じである。つまり、端的に言ってしまうと、その身体を覆い隠す物は何もない。膨らみかけの丘や僅かに朱が差した肌が、一切の遮蔽物もなく晒されている。羞恥に顔が熱くなるのを感じて、俺は大切なところが見えないようわずかに視線を逸らした。
そんな俺たちの姿を見ながら、ミラは生まれたままの姿でキョトンと首を傾げた。
俺は黙って、ディレルから受け取った上衣をミラにかける。ふた回りほど大きな大人が着ていた上衣は彼女の小柄な身体を覆い隠すには十分らしく、その肌はほとんど見えなくなる。とはいえ、ただ上着を被せただけでは全てを隠し切ることなどできない。
「ミラ、その……。前、締めてください」
この期に及んでも未だにキョトンとしているミラにそう声をかけると、ミラはゆっくりと自分の姿を見下ろした。彼女の顔が羞恥で真っ赤に染め上げられる。
「ぴゃー」とも「きゃー」ともつかない少女の悲鳴が、フロア中に響き渡った。
ご意見ご感想などいつでもお待ちしております。評価もくれると嬉しいです。