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36.5.白蛇、邂逅1

ヴィスベル達の視点です。

 

「ミカエラ!ディレル!」


 ミカエラが白いバジリスクに突き飛ばされ、ディレルがミカエラと共に谷底へと落ちたすぐ後。

 状況を理解して駆け出したヴィスベルは谷底に向かって身を乗り出したが、その下は底も見えない深谷。既に、二人の姿は見えない。悔しげに地面を殴りつけるヴィスベルの背中に、カウルの大声が飛ぶ。


「ヴィスベル!戻れ!お前まで落ちたらシャレにならん!」

「今でも充分シャレにならない!」

「落ち着け!ミカエラなら何だかんだ生きてる!ティンデル火山の事を忘れたか?!今離れるのは危険だ、ここで全滅なんてことになったら、それこそミカエラとは合流できなくなる!」


 カウルの言葉に、ヴィスベルは苦々しい面持ちで広場の中央に戻る。ヴィスベルが戻るのを確認して、カウルはミカエラが谷底に落ちたことにショックを受けへたり込んでいるフレアにも落ち着け、と声をかけている。


 何故カウルはここまで落ち着いていられる。


 ヴィスベルはいっそ淡白にも思えるカウルの言葉に苛立ちを覚えたが、その拳が自分と同じように硬く握り締められているのを見て、その考えを改める。


 目の前で仲間がやられて、平静な人間なんているはずがない。カウルが平静を保とうとしているのは、それこそミカエラが生きている事に賭け、そして合流する事を考えてこそ。


 それに気付き、ヴィスベルは胸中に溢れたやり場のない想いをため息として吐き出した。

 ミカエラを助ける。そのためにも、今は三人で生き延びなければならない。


 ヴィスベルは剣を構え、再び白いバジリスクが姿を現したらすぐに戦えるよう、神経を集中させる。


 しかし、その後白いバジリスクが再度現れる事はなく、発煙筒の煙で駆けつけた冒険者達と共に、三人は野営地へと帰還した。


 野営地に帰還してすぐに、三人はレビィのテントへと向かう。テントに入ると、書類を検めていたレビィが片眉を上げて出迎えた。


「君達か。発煙筒はこちらの野営地でも確認している。バジリスクの討伐、ご苦労だった」


 僅かに微笑んだレビィの言葉に、ヴィスベルは首を横に振る。


「まだ終わってない」

「何?」


 途端に、レビィは眉を顰め、怪訝そうな顔をする。カウルはレビィの机に両手をついて、彼女の両目を見据えた。


「正直に答えてくれ。白いバジリスクの情報はあったのか?」

「白いバジリスク、だと?」

「あぁ、そうだ。一般的な成体バジリスクより一回りは大きい白色のバジリスクだ。あったんだろ?」


 そう詰め寄るカウルに対して、レビィはその眉間の谷をますます深くした。


「いや、待て。そんな報告は受けていない」

「白を切るのか?ディレルとミカエラ、俺たちの仲間はそいつに襲われて消息を絶った。情報があったなら何故寄越さなかった」


 カウルの言葉に、レビィの表情が強張った。彼女は手に持っていた羽ペンをペン立てに置くと、机の上で手を組んでカウルを見上げる。


「……君たちの仲間というと、あの少女とツィーバの一番槍か?」

「あ?ほかに誰がいる」


 苛立ちが混ざったカウルの声。対するレビィは静かな口調で口を開いた。


「……落ち着いて聞いて欲しい。まず、一つ信じて欲しいのは、私はその白色バジリスクの成体については本当に認知していない。私は部下に報告を徹底させるし、今回指揮を任された冒険者達は皆、私によく従ってくれる者たちだ。欠員も今日に至るまでなかったし、報告漏れがあった事はまずありえない」


「なら、あのバジリスクはどう説明する!バジリスクは縄張り意識の強い種だ、既に番が縄張りを作っているところに、別の成熟個体がいることはありえない!」


 レビィの説明に、カウルが机を両手で叩いた。バン!という大きな音が響き、テントの外で控えていた冒険者が慌てた様子で中に入ってくる。冒険者はレビィを睨み付けているカウルを取り押さえようと動いたが、レビィはそれを片手を上げる事で制する。レビィは冒険者達に下がれ、と一言命令して、何か考え込むように口元に手をやり、目を瞑る。


 僅かな静寂の後、レビィは眉間に深い皺を刻んでカウルを見上げた。


「……白が1匹、茶が2匹。赤と黒が3匹ずつに、色が不明が2匹程」

「何?」


 突然告げられたレビィの言葉に、カウルが怒り半分という様子で食ってかかる。レビィは落ち着いた様子で言葉を続けた。


「私が報告を受けた、バジリスクの幼生体の体色だ。複数人の目撃証言を元に再構築し直した。数は10匹から12匹程度と推測される」


「だが、今回襲ってきたバジリスクは明らかに成熟個体だ、昨日今日産まれたばかりの幼体とは思えない」


「確かに、報告があった時点では幼生体の大きさは一般的なそれだったと聞いている。

 ……しかし、今は異常事態だ。原因不明の魔力の変質、それに端を発するバジリスクの出現。

 過去の事例の中に、一つだけ心当たりがある。唯一かの迷宮国家の大氾濫(スタンピード)の時に確認された現象だが……」


「ッ!まさか、貪食進化!」


 貪食進化。魔物が同種の魔物を喰らい、急激に成長・進化する現象だ。


 かつて、大規模な迷宮(ダンジョン)を中心に栄えた国家があった。「迷宮国家」と呼ばれたその国は、その迷宮から産出される特殊な素材や食材を取引することで長い期間の栄華を誇った大国だった。だが、その長年の栄華は、僅か七日七晩で全て無へと帰してしまうことになる。


 迷宮の内部、複数の階層で同時多発的に生じた、強力な魔物の大量発生。そして、その暴走。それは内部に対して堅牢だった筈の迷宮国家の守りを食い破り、一気に外へと流れ出した。


 迷宮国家を支えた探検家(エクスプローラ)……迷宮国家では迷宮探索者をこのように呼称した……達や、近隣諸国の精鋭達の健闘も虚しく、迷宮国家は一瞬で過去の存在へと変わってしまったのである。それこそが、近隣諸国では過去最大の災厄として語られる『迷宮国家の大氾濫(スタンピード)』である。


 そして、その時に初めて確認され、それ以降一切確認されていない異常な現象。無論、それらの異常現象は他にもいくらかあるが、そのうちの一つが貪食進化である。


 カウルの言葉に、レビィは重々しく頷いた。


「この異常な状況で産まれた魔物が、正常に育つ筈がない。貪食進化を起こす個体が産まれても、何ら不思議はない。

 ……これを予期できなかったのは、私の失態だ。……すまなかった。こんな言葉で到底贖えるものではないのは理解している。……いくらでも罵ってくれて構わない。君たちには、その権利がある」


 レビィは悼ましげな表情で俯き、ヴィスベル達に頭を下げる。それは却って、ヴィスベル達の心に掻き毟るような激情を喚起させた。ヴィスベルは何と言っていいのかも分からず、ただなにかを吐き出そうと口を動かす。しかし、その口からは、何の言葉も紡がれはしなかった。代わりに、先に平静を取り戻したらしいカウルがレビィに問いかけた。


「それで、副ギルドマスター。アンタはこれからどう動く。貪食進化の個体となれば、同族を食い尽くした後は見境いなく生物を襲うぞ。放置はできない」

「……先程、メタルジア・ギルドから伝令があった。別の討伐依頼に出掛けていたAランカーのうち、何名かが帰投しているそうだ。彼らをすぐさまこちらに呼び寄せる。仲間を失った所で悪いが、君たちも彼らの到着次第、協力して白いバジリスクの討伐に当たって欲しい」

「……失ってなんか、ないです」


 レビィの言葉に、それまで俯いていたフレアが呟く。皆の視線が、フレアに向いた。


「ミカは……ああ見えて、凄い魔法使いなんです。それに、エドさんから頂いた守護の魔導具も着けていました。ミカは死んでません。一緒にいる、ディレルさんだって、きっと……!」


 フレアの言葉に、レビィは苦しげに言葉に詰まる。それは、大人として子供に現実を突き付けなければならないことへの責任か、それとも現実を受け止められないフレアへの憐憫か。


「……白色バジリスクの討伐が確認され次第、こちらで、捜索隊を派遣しよう。今は、Aランカーの到着まで休んでいて欲しい。トール、彼らを仮眠室に案内して差し上げろ」


 レビィはそれだけ言うと、近くに控えていた冒険者に指示を出して再び書類に目を落とす。ヴィスベル達は、それぞれ暗い面持ちで案内の冒険者に追従した。


 仮眠室と呼ばれていたテントは、さながら野戦病棟の雰囲気を醸し出していた。四角いテントの中に、簡易のベッドが複数並んでいる。中には怪我人が寝かされている床もあり、そこが病棟としての機能も果たしている事が伺えた。


「ミカは死んでない……。あんな小さい子が、死んでいい筈がないもの。そんなの、アニマ・ノゥトがどれだけ(こいねが)おうとも、アニマ・アンフィナが許さない……。あんなにいい子なんだもの、アニマ・フォトゥンだって、きっと見捨てたりなんてしないはずよ……」

「フレア……」


 うわ言のように繰り返すフレアに、ヴィスベルは掛ける言葉が思いつかない。結局何も言えず、ヴィスベルは自分に割り当てられたベッドに腰掛けた。ヴィスベルとて、一月と少しとはいえミカエラと共に旅をしてきた身だ。今この場に彼女がいない事実を受け入れる事などできない。


 今にもそこの入り口から顔を覗かせて、『皆、置いてくなんて酷いよ!』と膨れっ面で言い出すんじゃないかというような、何の根拠もない妄想が頭を過る。


 そして、心配かけやがって、とカウルが拳骨を落とし、ミカエラはそれに対して嫌そうな顔をしつつもどこか楽しそうに笑う。その周囲で、ヴィスベルやフレアも小さく苦笑するのだ。


 そんな微笑ましい光景を思い浮かべて、そして、それが実現しないものだと理解してしまって、ヴィスベルは心の中の何かが抜け落ちたような音を聞いた。






「アンタらがバジリスク退治の依頼を受けてくれた冒険者っスか?」


 深夜。仮眠を取っていた三人の下に、二人組の女性が現れた。片方は、踊り娘のような服を着た男勝りな少女。もう一人は、修道服に似た服を纏った、落ち着いた雰囲気の女性。


「リー、初対面の方にその態度は無礼ですよ。すみません、うちの子が……後で躾けておきますので」


「いえ、構いません。……あなた方が、応援のAランカー?」


「はい。私はシーラ。この子はリー。今は親子で冒険者稼業を生業としております」


「僕はヴィスベル。こっちがカウルで、こっちがフレアだ」


「はい、伺っております。寝起きの所申し訳ありませんが、レビィさんがお呼びですので、私たちと来て頂けますか?」


 断る理由もなく、ヴィスベル達はシーラ達に続いてレビィの元へ向かった。


 テントに入ると、レビィは相変わらず忙しそうに書類を捲ったりなにかを書き込んだりしている。ヴィスベルの目から見ても、その姿には確かな焦りが見えた。否、思い返して見れば、レビィの振る舞いにはずっと、焦りがあった。それに気付く事ができるようになったのは、休息を取ったことで余裕を取り戻すことができたということなのだろう。ヴィスベルはどこか客観的に、そんな分析をした。


 ヴィスベル達の入室に気付いたレビィは、少し目を離した間に少しやつれたような顔を五人に向けた。


「……あぁ、シーラ、ご苦労。諸君らに伝えなければならない事ができた。白いバジリスクについてだが、こちらでもその存在を確認した。同時に、その活動区域の中で小さなバジリスクの遺骸と思しき骨が散乱していることも確認された。

 当ギルドはこの状況で貪食進化が生じたものと断定し、該当のバジリスクを名前付き(ネームド)、『蠱毒の白』と命名、これをA級討伐目標に設定した。現在蠱毒の白は大峡谷の北部、君たちがバジリスクを討伐した高台を陣取っているらしい。仲間を失って辛い所申し訳ないが、君たちには今すぐ討伐に向かって欲しい」


「バジリスクは夜行性だ。昼間に動くのがベストじゃないか?」


「信じられない話だが、件のバジリスクは月の光を浴びると同時に休眠状態に入ったらしい。かのバジリスクの生態にはまだまだ不明な点が多いが、要救助者の捜索を考慮するなら討伐は可及速やかである事が好ましいと私は考えている」


「……そうか。他には何かあるか。どんな情報でもいい」


「……探索に特化した魔導師が数名、大峡谷奥地にて何らかの大規模な魔力反応を感知している。これが何かの予兆なのか、それとも何かの結果なのかは現在調査中だ」


「そうかい。ま、気には留めておくよ」


「……捜索隊の編成は完了している。今回は赤と青の発煙筒を支給するが、止むを得ず撤退する場合は赤の発煙筒を焚いてくれ。討伐が完了したなら青の発煙筒を。それを確認し次第、捜索隊を出発させる」


「そりゃあ、ありがたい話だ」


「すまない、私にはこれ以上のことは……」


「いいんです。あなたは、あなたが出来る最大限のことをしてくれている。僕たちも、自分達でできる最大限をしてきます」


「ヴィスベル、と言ったな。……すまない、君達に頼るしかできない私を……どうか許して欲しい」


 沈痛なレビィの声に、ヴィスベルは答えない。そして、ヴィスベル達はまだ暗い夜の中を、大峡谷に向けて出発した。

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