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32.メタルジア・タワー1

お久しぶりの更新です皆様。お待たせしました!

 メタルジアの中央に聳える黒鉄の巨塔。その麓から天辺を見上げてみれば、頂点は遥か雲を突き抜けて霞んでいた。神樹様ほどではないだろうが、この世界で見る最大級の建造物である。隣でカウルが塔の建築や歴史についての蘊蓄を垂れ流しているが、それが耳に入らないくらいには、俺は夢中で巨大な塔に見入っていた。


 ディレルと別れ、現在位置はメタルジアのシンボル、その名もメタルジア・タワー。通称「ヘパイストスの竃」とも言われるらしく、(この話はフレアにはウケなかった。)その内部には100層にも渡って、他国でも名のある所謂ブランドショップが所狭しと並んでいるのだとか。ブランドショップとは言っても、丁稚達が手掛けた習作なんかも安くで取り扱っているようで、駆け出し冒険者からベテラン冒険者、貴族らしい格好の人まで、客層はかなり広いらしい。


 最近は無名の個人商店でも基準を満たせば出店できるようになったとかでこれから益々活気が増していくだろうというのは、塔の前で拡声魔法を使って宣伝しているおっさんの言である。


 とまぁ、メタルジア・タワーに関してはこんな所で置いておいて。何故俺たちがこんなところに来ているかというと、話は数時間前に遡る……のだが、別に回想するほどの事でもないので割愛する。簡潔にいうと、バジリスクと戦うのに装備が不安だから可能な範囲で整えておこう、という事である。バルバトス行きの馬車代はバジリスク退治の報酬金で充分賄えるどころかしばらくの旅費まで足りるそうなので、本当に全財産ぶちまけるつもりでいいらしい。まぁ、財布を握ってるのはカウルだからカウルが認めたら、だけどね。


「……さて、この塔についてはこんなもんだな。歳を取ると話が長くなっていけねぇや」


 数分に渡ったカウルの演説は無事終了したようで、俺は意識を戻して社交辞令的に小さく拍手をする。正直途中から何を言っているかわからなかったが、この塔がなんだか凄いものだってことだけはわかった。カウルが咳払いをしたので、俺は拍手をやめる。


「で、だ。これからこの塔で装備を用立てる訳だが……。すまんが、俺はちょっとした用事があってな。しばらく別行動になる。いくらか金は渡しておくから、それは三人で自由に使って欲しい。あぁ、あまり荷物になるものは買うんじゃないぞ?塔の50階層が休憩所になっているから、そこで落ち合おう」

「目印は?」

「昇降機の近くには像が並んでいるんだが、その中に一体、大きな獅子の像がある。そこで待っていてくれ」


 カウルの言葉にヴィスベルが頷く。カウルはヴィスベルにじゃらりという音がする小袋を手渡すと、じゃあな、と言って塔の中に入って行った。


「それじゃあヴィスベルさん、はやく行きましょう!まずはどこに行きましょうか!?」


 今にも駆け出したくなりそうな逸る気持ちを抑えつけてヴィスベルの袖を引っ張るが、所詮は幼女の非力な膂力、ヴィスベルはビクともしない。


「ミカエラはこういう時本当に元気だね」

「そりゃあ、もう!口うるさい人もいませんし、こんな立派な塔を探索するなんて心が踊らないはずありませんて!」


 そう、塔である。ファンタジー、ダンジョンの鉄板中の鉄板である。俺だって男の子だからね、そういうのにはちょっとワクワクする。


「何がどこにあるかもわからないし、ひとまず地図を探そうか。興味があるものが見つからないとそれこそ勿体ないからね。フレアもそれでいい?」

「ええ、もちろん。フラグニスの竃を差し置いてヘパイストスの竃とまで言われる場所ですもの。どんなものか、この目で確かめたいわ」


 そう言ったフレアの目は何故か据わっていて、口元からはフフフ、と不気味な笑い声。さっきから喋らないなと思っていたら、ずっと不機嫌が抜けていなかったらしい。そう言えば、さっきカウルもフレアの方は見ないようにしていたような……。これ以上は精神衛生的に良くなさそうだからやめておこう。

 ともかく、俺たちはカウルの後を追うようにして、塔の中に足を踏み入れたのだった。




 塔の中に入り、俺は再び感嘆のため息を漏らした。塔の内部は優しげな魔力灯で照らされており、カウルの説明通り、沢山の店舗が並んでいた。一番近いのは、(ミカヅキ)の世界で言うところのショッピングモールだろうか。さまざまな商品が陳列された区画がそれこそ数えきれないほど並んでいるように見える。


 入り口から入ってほど近い場所には広場が作られていて、広場の中央には大きな地図が設置されている。近付いてみると、地図には何やら仕切られた箱の中に小さな文字が書き込まれていることが分かった。


 単語が部分的にしか分からなかったので指輪を着けて見てみると、どうやらこのフロアは丁稚が手掛けた習作を陳列しているフロアらしく、何々工房の習作販売所、という名前がずらりと並んでいる。


 その大きな地図の根元にパンフレットらしい小冊子が置いてあったので、手にとって開いてみる。どうやら塔の地図を印刷したものらしく、この階層以外の地図も載っているようだ。どうやら自由に持って行っていいものみたいだし、持って行くことにしよう。


「沢山のお店があるんですね……」

「武器の新調はカウルと合流してからにしたいから、まずは色々見て回ろうか」


 ヴィスベルの提案に対し、頭を大きく縦に振ることで応える。ここまでの旅では保存食ばかりが置かれた食料品の店くらいしか足を踏み入れたことがなかったので、色々な武器や防具が並んでいるのを見るだけでも楽しそうだ。俺たちは、ひとまず手近な販売所に向けて歩き始めた。


 丁稚の習作ばかりを並べた、とはいえ、一定の基準は設けてあるのだろう。どれもこれも芸術品だと言われても信じられそうな出来の装備が置かれていた。


「これは、見事ね……」


 最初は懐疑的だったフレアも、これだけ並ぶ立派な鎧や剣に感動しているのか、ほう、というため息を吐いている。鏡のように磨かれた鎧に顔を写してみる。映るのは、キラキラと少年のように目を輝かせる少女(ミカエラ)の笑顔。自分では気付かなかったが、ニンマリと口角が上がっている。いけない、これじゃまるで玩具屋ではしゃぐ子供じゃないか。どうやっても吊り上ってしまいそうな口角を何とか下げて、平静を装う。鎧に写る自分の顔が落ち着いた表情になったのを確認する。


「……あれ?」


 自分の表情を直していると、鎧の隅にヴィスベルの何やら浮かない表情が写り込んでいることに気付く。振り返って見上げてみると、やはり少し浮かない顔だ。俺と目が合うと、ヴィスベルはかすかに微笑を浮かべるが、それが作り笑いであろうことはひしひしと伝わってくる。


「ヴィスベルさん、浮かない顔ですけどどうかしましたか?」

「そうね、さっきから何も言わないし……」


 そういえば、とフレアの言葉で思い当たる。いつもの旅路とかだと気を張っている時以外はそれなりに楽しく話をしているのだが、今日は話を振ってもあまり食い付きがよくない気がする。どうかしたんだろうか?


「体調でも悪いんです?」


 疲労回復にはとっておきの魔法もありますけど、と手元に魔法の展開式を浮かべてみるとヴィスベルは「いや、そうじゃないんだ」と首を横に振った。


「じゃあどうしたんですか?」

「ここの装備が、ちょっとね」

「?普通に綺麗に見えるけど……」


 フレアと二人で首を傾げていると、ヴィスベルは困ったように笑って言った。


「見る分には、綺麗なんだけどね」


 と、そこで区切って、ヴィスベルは近くにあった長剣に目をやる。


「フレア、あの剣、どう思う?」

「あの剣?……そうね、綺麗だし、刃の表面の模様もお洒落よね」

「使ってみたい?」


 ヴィスベルの質問の意図がわからず、俺は隣に立つフレアの顔を見上げた。フレアは少し黙っていたが、やがて飾られていた剣に手を伸ばしその感触を確かめるように何度か持ち上げたり下ろしたりを繰り返す。


「これは、使いたくはないわね。変に手前に重心が偏っているし、なにより持ち手の装飾が邪魔だわ」

「だろ?さっきミカエラが見ていた鎧も、あれだけ鏡みたいに磨かれていたら目立って仕方ない。周囲の魔物を刺激して襲われる頻度を上げるだけだ」


 そこまで言われて、俺はようやく、ヴィスベルが言わんとしていることに気が付いた。改めて周囲を見回すと、飾られているほとんどの装備は「芸術品」でこそあれ、「実用品」とは程遠い。カッコいいけど明らかに不要なトゲのせいで重そうな鎧。一見防御力が高そうだけど関節までがっちり固まっていて着たら動けなくなりそうなフルプレート。よく見ると持ち手の装飾が邪魔になりそうな剣や斧etc……。短剣くらいしか使ったことのない俺でも、よく観察すれば使いにくそうだということがわかる装備が大半だった。


「ここは、よくも悪くも丁稚の習作が並んでるってことですね」

「そういうこと。中には使いやすい物もあるんだろうけどね。……どの道、武器の新調はカウルと合流してからだし、別のものを見ようか。確か、魔導具とか小物を扱ってるフロアがあったよね?」


 ヴィスベルに言われ、俺は入り口付近で手に入れたパンフレットに手を伸ばす。


「あれ、ミカエラ、それは?」

「なんか、さっき地図があった所に置いてあったんです。自由に持って行っていいこの塔の地図みたいなので持って来ちゃいました」


 手短に答えて、パンフレットを開く。ページごとに1フロアの全景と、そのマップの中に細かくお店の名前が書いてある。正直、ちょっと読みにくい。幸い、フロアごとで扱われているアイテムの傾向だけは各ページの左上のあたりに書かれていたので、ページをめくりながらどのフロアで何が扱われているかを確認する。


「あ、ありました。26階がそのフロアみたいです。ここは……丁稚とかでは分けられてないみたいですね」


 ページをめくったり戻したりしてみるが、魔導具や小物に関してはそのような区切りは設けられていないらしかった。最低限売り物になるレベルが明確に決められている、とかそういう理由ならいいんだけど。玉石混交で売られていたら目利きの自信なんてないし。


 何はともあれ、俺たちはカウルも言っていた中央の昇降機に乗って目的の階層へと向かうことにした。



 目的の階層は、まだ人が少ない階だった。それでも人が少ないと言う訳ではなく、ゴミゴミしない程度の往来はある。パンフレットには店の名前しか書いていなかったが、ぐるりと見回った限りでは、日用品レベルの魔導具から戦闘に使える魔導具まで、随分幅広く取り扱っているらしかった。


「魔導具っていっぱい種類があるのねぇ」

「私も水差しと照明と、あとは旅の道具くらいしか知らなかったからびっくりだよ」

「……この振動するだけの棒は何に使うんだ?」


 なんて、色々なお店を冷やかして回っていると、ふと、一店だけ浮いたお店を見つけた。他の店が展示会みたいになっているのに対し、そのお店だけはコンテナ、というか部屋のようになっているのだ。窓はあるにはあるが、暗い色のカーテンで遮られていて中の様子を窺う事はできない。一瞬スタッフ用の休憩室か何かかとも思ったが、『エドワードの魔導具店』と書かれた看板が置かれているので何かのお店であることは間違いない。よく見ると、扉にも営業中の掛け看板がかかっている。


「あのお店、何を売ってるんだろう?」

「ミカ、あのお店って、どのお店?」

「ほら、あそこの……コンテナみたいになってるお店です」


 俺は店を指差す。ヴィスベルとフレアはそちらを見て、二人して怪訝そうな顔をした。


「あぁ……あれは店……なのか?」


 うん、ちょっと不安になるよね。他の店と違いすぎるもの。


「営業中ってなってますし、看板もありますし、多分店だと思うんですけど……」

「とりあえず入ってみましょう。それではっきりするわ」


 フレアの言葉に頷いて、俺達は店の中に足を踏み入れた。扉を開けると、カラン、と小さな鐘の音。粋な演出である。

 その音で俺たちが入店したことに気付いたらしく、店の奥で書物に目を落としていた店主の男がジロリとこちらに目を向けた。


 カウルと同年代か、少し上くらいか。医者のような白衣を纏い、伸び放題の薄紫の髪は肩より下まで伸びている。手入れがなされていないのか、枝毛だらけだ。やつれた神経質そうな顔は不愉快そうに歪められており、細身の眼鏡の奥に見える紫紺の瞳には、何故だかあまり歓迎されていないような感情が浮いているような気がした。


 おっかない。今にも怒鳴り散らされて追い出されそう。それが、俺から店主への第一印象だった。


「いらっしゃい。ようこそ」


 店主はぶっきらぼうに言い放つと刺々しい気配のまま手元の書物に目を下ろす。ようやくあの恐ろしい目から逃れることができて、俺はすこしホッとする。お客さんを威圧するってお店としてどうなんだろう。


 ともあれ、待ちに待った物色タイムの始まりだ。ちゃんとした魔導具屋に足を踏み入れるのは今日が初めてだから、どんなものがあるのか非常に興味がある。


 入り口近くから順に見ていくと、小さな水晶玉のような魔導具や、一見手錠や拘束具に見えるもの、そして見慣れた魔除けの魔導具なんかが並んでいる。ラインナップはアスベルのところよりも小物に寄っているのか、片手に収まるくらいの魔導具が殆どだ。奥に進んでいくと、何に使うのかわからない歯車が重なったような見た目の魔導具や、ハンドベルのような形の何か、一見ただのホイッスルにしか見えないものまで並んでいる。さらに進むと、それらとはまた趣が違うものが並んでいた。俺は立ち止まり、そのうちの一つを手に取った。


 そこに並んでいた物には、見覚えがあった。前の世界で馴染み深かったもの。文字の書かれた小さな長方形の布袋の中に、おそらく紙か何かが入れられたアクセサリ。


「これ……御守り……?」


 神社ででも売られていそうな御守りが、そこにはずらりと並んでいた。

 この世界にもお守りはある。しかし、西洋的な飾り物(チャーム)とか、護符(タリスマン)とか、あとは装飾品アミュレットが主だと聞いていたので、ここまで御守りらしいお守りは初めて見た。


「ほう?何故そう思った?」

「えっと……何となく、ですけど……」

「ふむ、興味深いな……」


 あれ、これ誰だ?

 話しかけられたから半ば反射的に答えてしまったが、今話していた声の主がヴィスベルでも、当然フレアでもないことに思い当たって、俺は思わず振り向いた。


 そこには、先ほどに比べると随分上機嫌に見える表情の店主が立っている。まぁ、とても酷い仏頂面がただの仏頂面に変わった程度の違いなんだけど。


 彼は、俺の頭越しに手を伸ばすと棚からいくつかの商品を手に取って、俺の前にぶら下げた。


「小娘、この中で一番良いのはどれだと思う?」


 突然の質問。訳も分からないまま、俺はぶら下げられた御守りに目をやった。御守りなんてものは気休めとか、安心を買うものであって実際の効力に意味はない……というのか(ミカヅキ)の持論であるが、この世界はファンタジーだ。本当に効果があるのかもしれない。俺は魔力を感じ取る感覚を鋭く研ぎ澄まし、並んだ御守りを観察してみる。

 すると、どれも微弱ながら魔力が宿っているらしい事に気が付いた。これも何かの魔導具、ということだろう。しかし、それが分かったところでどれが一番良い御守りか、なんて全然分からない。直感で決めてもいいけど……。

 

 と、御守りをじっくり眺めていると、ひとつだけ、魔力の流れがおかしいことに気が付いた。何というか、他の御守りに比べて魔力の流れが綺麗に見える。

 魔力の流れ自体がすごく主観的、というか感覚的のものだからうまく言語化できないけど、あえて表現するとしたら、他の御守りが荒削りな岩石なのに対し、この御守りだけはきっちりカッティングまでしてある宝石……みたいな。一か八か、俺はその一つだけ異質な気配のする御守りを選ぶことにした。


「これです」


 黒っぽい色合いの小さなひし形が描かれた御守りを指差すと、店主の片眉がピクリと動いた。


「何故これを選んだ?」

「えっと、上手く言葉にできないんですけど……なんていうか、この中で一番綺麗だったので」


 答えると、一拍の間を置いて、店主がクククと笑う。


「綺麗か、そうか、そうか。ならこれはどうだ?」


 店主は俺が選んだ御守り以外を乱雑に近くのテーブルに放ると、また違う棚から新しい御守りをいくつか持ってくる。


 今度は先程の三つとは違い、魔力の量がそもそも違っている。俺は一番大きい魔力の御守りに手を伸ばしかけて、踏み止まる。確かに大きさで言うならこの御守りだが、力強さで言うなら、その隣の御守りの方が力強さを感じる。少し悩んだが、力強さを感じた御守りの方を選ぶことにした。


 またも、店主がクククと笑った。同じように、店主が御守りをいくつか提示し、俺が選び、選ばられなかった御守りが粗雑にテーブルに投げられるという試行を何度か繰り返す。


 十数分程が経過した時には、テーブルの上には放り投げられた御守りが小さな山を作り始めていた。


「これで最後だ。この三つの御守りの中で、もしお前が着けるとしたらどれが良い?」


 最後だけ、違う質問。これまでは「どれが一番良いと思うか」だったが、今回は「自分が着けるならどれか」だ。いや、まぁ、どの道一番良いのを着けたいことには間違いないんだけど。


 提示された御守りは、どれも似たような見た目の赤茶色の長方形。魔力の強さも質も、どれもあまり変わらないようだ。なら、どれを選んでも一緒かな。


 俺は適当な一つに手を伸ばそうとして、嫌な気配を感じて手を止めた。これは、着けたくない。


 感覚を研ぎ澄ます。量でも、質でもなく、その気配を感じる。すると、提示された御守りの全てから、質は違うものの何かしら嫌な気配を感じた。俺は伸ばしていた手を下ろし、店主の顔を見上げる。店主は目に見えて、心底楽しそうに笑っていた。


「……この中で、なら。どれも着けたくはない……です」

「くくく……はははははははははは!」


 そう答えると、店主はこれまでで一番大きな笑い声を上げた。これには集中して商品を見ていたヴィスベルやフレアも驚いたようで、目を見開いてこちらを見ている。

 俺がタスケテ、と視線で援護を要請したのと同時に、がしり、店主の両腕が俺の両肩を捕らえた。視線を戻すと、目の前にマッドな笑顔を浮かべた店主。背筋に冷たいものが走る。


「小娘!良い目と勘をしているな!名前は何という?」

「うぇあ?!あ、えと、ミカエラ、です」

「そうか、ミカエラか!よし、ミカエラ、少し待っていろ、私のとっておきをくれてやる!」


 そう言って、店主は店の奥に消えた。俺はひとまずヴィスベル達の側まで後退する。体格で負けてる相手に肩を掴まれるのが、まさかこんなに怖いとは思わなかった。思わずまだ感触の残っている肩を抱きしめる。


「ミカ、何やったの?」

「分かりませんよ!なんか店主さんが急に笑い出して……」

「楽しそうだったから、悪い事をした訳じゃなさそうだけど……」


 そんな事を話しながら待っていると、奥から小さな箱をいくつか持って店主が戻ってきた。彼は箱をカウンターに置くと、俺を手招きする。フレアに背中を押され、俺、俺の隣にヴィスベル、その後ろにフレアという並びで、俺たちは店主の待つカウンターに近付いた。


「さぁ、ミカエラ、この中から好きな物を持っていくと良い!」


 そう言った店主が小箱を開けると、中には腕輪やピアス、指輪といった小さなアクセサリが入っている。まさかと思って目を凝らしてみると、それらは全て、決して少なくない綺麗な魔力が宿った代物だった。無論、嫌な気配は感じない。


「これ、全部魔導具……なの?何だか、今日見てきた他の魔導具とは何か違うような……」

「ふむ、そこいらの魔導具などと比べてくれるなよ、小娘。これは私が集めた中でも珠玉の逸品達だ。価値の分からん愚か者が叩き売っていた破損品をこの私の手で修復し、補強し、その力を最大限に活かせるよう調整した最高ランクの魔導具だ。然るべき所に持ち込めばどれも金貨の三枚は下らんだろうな!」

「金貨三枚……って、そんなにお金持ってませんよ?」


 ヴィスベルによれば、俺たちがカウルから貰ったのは金貨が一枚と銀貨がいくらか。三枚には足りない。そのことを伝えると、店主はムッとした様子でこちらに詰め寄って来た。


「莫迦者、私が友から金など取るか!」


 そうは言われても、俺は店主の人柄なんて知らない。というか、俺はいつの間に店主の友達になっていたんだ?!


「私たちいつの間に友達になってたんですか?!名前も知らないのに?!」

「む?貴様はミカエラだろう、違うのか?」

「いや、私は名乗りましたけど。貴方の名前は聞いてないですし……」

「あぁ、そうか。そういえばそうだったな。失礼した」


 そこで店主は一度咳払いをして姿勢を正すと、その紫紺の瞳をまっすぐと俺たちに向け、口を開いた。


「私はエドワード。この店の店主をしている。エド、と気軽に呼んでくれて構わん。よろしく頼むぞ、友よ」


 と、とびっきりの笑顔を浮かべてエドワードが言った。目元に隈が浮いているせいでとても胡散臭そうに見える。

 というか、流石にフレンドリー過ぎじゃないか?初対面で友達認定、はともかく、急に態度が変わったんだけど。


 ニコニコと笑うエドワードに、俺は引き攣った笑みを返すことしかできない。ちょっとまって、この人、何かのヤバイ系の人なんじゃ……?


「えっと、店主さ……」

「エドワードだ」

「エドワードさ……」

「エドでいい」

「……エド」

「うむ。何かな、ミカエラ」


 愛称で呼んでやると目に見えてご機嫌になるエドワード。きっと前世は犬か何かだったに違いない。背後にブンブン揺れてる尻尾が見える気がする。そんな現実逃避を振り払い、俺はキッパリと断る事を決断した。


「やっぱり、何の対価もなく頂くのは悪いですし、そんな大金も持っていませんし……ここは一先ず保留、ということでどうでしょうか?」


 ただし、次にここを訪れるのは随分先になるかもしれないが。具体的にどれだけとは言えないけど。俺の提案に、エドワードはむぅ、と不機嫌そうな顔をした。


「しかし、これだけ価値の分かる『目』を持つ者は稀だ。冒険者は一期一会とも言うし、どうしても今贈りたいのだが……」


 なかなか強情だ。しかし、この感じならもう一押しで何とかなるかもしれない。


「でも、私だってそんな高価なものをポンと贈られても怖いだけですよ。それに、もしかしたら盗まれるかもしれませんし……」

「盗難防止は錬金術で彫り込むことができるが……しかし、そうか。ミカエラは無償でモノを贈られるのは苦手なのだな。その気質、益々気に入ったが……うむ、ならばこうしよう。ミカエラ、君は見たところ強力な魔力を持つ魔導師だ。今から空の魔力結晶を持ってくるから、それに魔力を注いで欲しい。その量と質に応じた報酬として、この魔導具の一部を譲ろう。それなら構わないだろう?少し待っていなさい」


 言うや否や、エドワードはまたも店の奥に引っ込んで行った。有無を言わさない行動に、どれだけ必死なんだこの人はという呆れにも似た感情が湧く。


「ミカ、本当に嫌なら今のうちにお店の外に出ておいて。あとは私たちが何とかするから」


 こそり、耳元でフレアが囁く。本当に心配しているという声音で、その心配りには心底感謝と喜びを伝えたい所だが、俺は首を横に振った。


「依頼の報酬、と言うことなら別にアトグサレもなさそうですから。むしろここまで必死なのを無理矢理回避する方が後で怖そうですし……」


 伝えると、フレアは「それならいいけど」と言って姿勢を戻す。まぁ、エドワードは俺のことを気に入ってくれてるみたいだし、悪いようにはならないだろう。きっと。


 少しして、奥から大きな、透明色の水晶玉を抱えたエドワードが戻ってくる。アスベルの所で魔力を込めた水晶玉と似ているが、それより一回り大きい。エドワードはそれを、高級そうな布の掛かっている台座の上にドスンと置いた。布の下が薄っすらと輝いて、見覚えのない魔法陣がいくつか浮かび上がる。


「この台座は特別製でな。通常幾らかのロスが発生する魔力充填の効率を最大限に引き上げるよう素材や構造レベルで拘っていて……と、今は別に関係無かったな。すまない。さぁ、ミカエラ。この魔力結晶を染めておくれ」


 まぁ、今日の所は魔力を使う予定も無いし、せっかくだからカツカツになるまで注いでみてもいいかもしれない。ビアンカ婆さんも、魔力の増強には使い切るのが一番だとかって言ってたし。俺は魔力を回して水晶玉に触れようとしたが、パチリ、と静電気のような感触がして、驚いて手を引っ込めた。改めて水晶玉に手を伸ばすと、今度は先程より強い衝撃で、俺の手が弾かれる。


 ……どう言うことなの?俺はエドワードを見上げた。


「む……?この反応、ミカエラ、君は複数属性の魔力を持っているのか。珍しいな」


 聞き慣れない言葉に首を傾げる。エドワードは興味深げに頷くと、指でコメカミの辺りをトントンと叩きながら続けた。


「魔力の属性は、人が生れながらにして定められていることは知っての通りだろう。そして、その適正を属性水晶で測り、適正のある魔法を習得するのが一般的だ」


 エドワードの言葉に、俺の知識との齟齬。堪らず待ったを掛けると、エドワードが「何かね?」とこちらに目を向けた。


「魔法を使うには対応する属性の神様から加護を受けることが必要で、でなければまともな魔法は使えないと教わったんですが」

「それはどこの神代のおとぎ話だ?今時神々の加護を持たない魔導師など五万といるし、神々の加護を授かる儀式なんぞ魔法を習得するためだけに行うには手間がかかりすぎる。


 正式な手段であれば世界樹の枝だの水晶花の種だの希少な素材を7日7晩かけて儀式者の魔力で染め上げて祭壇を作り、その上で神界とパスを構築、維持するだけの魔力が必要。しかも万が一自身に釣り合わない格の神々と繋がりでもしたら魔法を使うどころか即座に廃人。バルバトスなどではより優秀な魔導師輩出の為と銘打って簡易な儀式自体は執り行っているそうだが……それでも加護を得られるかどうかは半々、得られた所でよく研鑽を積んだ魔導師と並べては差などほとんどない。魔導師を志す上での話なら、端的に言って時間と資源の無駄、だな」


 ——何か俺の知ってるのと全然違うんですけど?!

 もはや「辛辣」の一言で言い換えられそうなエドワードの言葉をゆっくり頭の中で整理して、故郷の師匠に届かない非難を飛ばす。


 エドワードが言うことが正しいなら、女神の加護(アニマ・プロト)なしで魔法使えるじゃん。何のための儀式だったのあれ?

 何が「魔法を学ぼうとする人はみんな最初にこの儀式をやるんだ」なんですかビアンカ婆さん!?


「まぁ、確かに神々から加護を授かれば魔力の質、量やその成長が飛躍的に高まるとされているが、それもそこまで大きな格差を生むものでは……。

 まぁいい、複数属性の話に戻す。複数属性というのは、文字通り幾らかの属性を備え持つ特異体質だ。本来、人がその魂から精製できる魔力は自身の根源、魂の原型に宿る魔力のみとされているが、先天的な神々の加護や特殊な原型を持つが故に複数の属性を持つ者が稀に生まれる。この台座は魔力の充填効率を極限まで上げてあるから、複数属性の魔力を不純物過多の魔力結晶とでも誤認したのだろう。複数の属性を一つの魔力結晶に充填するのは理論上不可能だからな。ミカエラ、複数ある属性魔力の一つに絞って流し込むことは可能か?」


 エドワードが一気にまくし立てて来たのを自分なりに整理する。つまり、魔力の属性が二つ以上あるとうまく水晶玉に入れられないからどれか一つに絞ってほしい、ということか。でも、前の時は普通に入れられたんだよね。今と何が違うんだろ?

 そう考えて、ハッと気付く。以前と今とで決定的に違う点。俺は、原初の火種、火の大神の加護を得ている。この火の属性が邪魔をしているから、元々の光属性の魔力が上手く流れないのだろう。きっとそうだ。

 自分の体内に意識を集中。自身の魔力の根源とも言える場所に、大きな力が二つあるのを感じる。一つは、命の女神から授かった純白の果実。そしてもう一つは、火の大神から授かった原初の火種。その二つを通して、俺の中を駆け巡る魔力に色がついている。

 火種から流れ出している火の魔力と、光属性の魔力を分離するイメージで分離……あ、できた。分離した光属性の魔力を右手に集め、その右手で水晶玉に触れる。


「あっさりやってのけたな。流石だ」


 エドワードが感心したような声を出すが、ここで集中を乱すと分離が解けるかもしれないので注ぎ終わるまでは集中する。水晶玉と手先が一体化したような感覚。まるで、水晶玉が自分の体の一部であるかのような不思議な感覚。そこに魔力を押し込んでやると、その中身は徐々に俺の魔力で満たされていく。まだ入る。まだ少し。もうちょっと……。


 水晶玉が魔力で完全に満たされたのを確認して、俺はふぅ、と息を吐き出した。こんなに魔力を放出したのは久しぶりかもしれない。魔力を使い過ぎた時の酸欠のような痛みを僅かに感じたが、それはすぐに消えてしまう。

 ぱち、ぱち、ぱち。拍手の音が聞こえてそちらを向くと、にこやかな表情のエドワードが立っていた。


「素晴らしい!少し大きめの魔力結晶を持ってきたが、まさか染め切ってしまうとは!」


 言われて水晶玉に視線を戻すと、透明だった水晶玉の奥は薄く輝く琥珀色の液体が揺れており、水晶玉そのものの色も薄く同色に色付いている。


「これだけ上等な魔力だ、対価としては充分だろう!さぁ、好きなものを持って行きなさい。君たちも」


 そう言って、エドワードは水晶玉を抱えて再度、店の奥に戻っていった。その後俺たちは、三人で相談して、カウルの分も合わせた4つを選び、受け取った。

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