31.メタルジア・ギルド
お待たせしました31話です。一ヶ月空いてしまいましたね。申し訳ない
メタルジア・ギルドは停留所から程近い大通りに建てられていた。中に入るとまだ昼間だというのに随分と騒がしい。どこからともなくお酒のような匂いもするし、酒盛りでもしているのだろうか。見回してみると、食堂の方がかなり混雑しているのが目に入る。
この世界のギルドは大体簡易な食堂が併設されている。俺も朝食なんかを食べるのに何度か利用したことがあるが、他の宿泊施設や食堂に比べて安くて量が多い印象だ。味は……まぁ、値段なり、とだけ言っておく。不味くはないよ、うん。
遠目に見る限り、客席はほぼ満席。食堂のものではない制服を着た女性職員やら男性職員まで駆り出されているので、今日は普段に比べてもかなり忙しいのだろう。てんてこまいのギルド職員にご愁傷様、と憐れみの念を送る。
大混雑の食堂と違って、受付などの窓口の人は疎らだ。窓口の人たちも食堂に回されているのか、その窓口も一つしか開いていない。俺達は、その唯一空いている総合受付、みたいな言葉が書かれた窓口に向かった。
この程度の単語だけならもう理解の指輪無しで読める。地味だけど、こういうちょっとした成長の証って凄く嬉しいよね。
「本日のご用件は?」
カウンターに着くと、手元で書類仕事をしていたらしい職員の男が顔を上げてこちらを一瞥した。なんだか冷たい顔付きで、少し苦手だ。思わずカウルの後ろに隠れる。身体が小さくなったからかミカエラの性格なのか、知らない大人の人って怖いんだよね。
「大峡谷のバジリスクについて聞きたい」
俺たちを代表してヴィスベルが言う。男は片眉を上げ、そのコバルトブルーの目を俺たちに向けた。探るような、試すような、そんな視線だ。
「ギルドカードの提示を」
事務的に、男が言った。ギルドの施設を使うにはギルドカードが必要になる。それは、この短い間で何回も経験したことだ。代表してヴィスベルがシルバーのカードを取り出すと、職員はわずかに眉を顰めた。
「申し訳ありませんが本件はB級以下には開示できないことになっていますので。お引き取りを」
ヴィスベルの差し出したシルバーのカードを片手で押し返して、男が言う。取りつく島もないとはこのことか。職員は再びお引き取りを、と繰り返し、再び手元に視線を下ろす。
B級以下はダメってことは、A級かS級でなければダメということ。俺がカウルを見上げると、カウルは丁度懐に手を伸ばしているところだった。しかし、カウルがギルドカードを取り出すよりも早く、誰かが、カードをカウンターに置いた。
「これなら良いかい?」
ディレルがカウンターに片手をついて言う。少し背伸びして見てみると、そのカードの色は混じりっけなしのゴールド、つまり、A級のギルドカードだった。職員は顔を上げて、そこで初めて、驚いたような顔をした。
「これは、失礼を。こちらで読み取らせて頂いても?」
職員の物腰が少し変わる。ディレルは「応よ」と言って机の上のカードを押した。
職員は受け取ったカードを何かの魔導具に翳し、そこに表示された内容を検分する。あれを使って実績とかのデータを読み込むから提示を求められたら間違いなく提示するように、とカードを作る時に、ミアに口を酸っぱくして言われたのを思い出す。
やがて、必要な情報の確認が終わったらしい職員は畏まった態度でディレルにカードを返却し、口を開いた。
「ディレル・カミンスキ様、カードを確認しました。バジリスクの情報についても開示致します。ですが、その前に少しお時間よろしいですか?」
「あん?あぁ、俺は構わないが……」
お前はどうだ、とディレルがヴィスベルの方を見やる。ヴィスベルはそれに対し、大きく頷くことで肯定。ディレルはヴィスベルに頷き返すと、職員の方に向き直ってオーケーだ、と言って頷いた。
それを確認した職員は立ち上がり、カウンターに置かれていたベルを鳴らす。少しして、慌てた様子で別の職員がやってきた。
「私は此方の方を案内するから、君はしばらくここの受付を頼む……。ディレル様、と、御一行様。すいません、少し時間を頂きます。あちらの扉までお願いします」
職員が指差したのは、カウンターの端っこの方にある関係者以外立ち入り禁止の文字が書かれた扉。俺たちが言われるがままその扉の前に行くと、先ほどの職員が内側から扉を開けて、俺達を中に促した。
扉の向こうは廊下になっていて、ずらり、と沢山の扉が並んでいた。扉には何やら見覚えのない字が刻まれた金属プレートが貼り付けられている。指輪を着けて確認してみると、「素材鑑定室」だの「特殊備品管理室」だのといった小難しい名前が並んでいる。
職員は「来客室」と書かれた部屋の前で立ち止まると、腰に着けていた鍵で扉を開け、その中に入るよう促した。逆らう理由もないので、俺たちはおとなしく部屋の中に入った。
中に入ると、そこは四、五人はかけられそうなソファが低い机を挟んで二つ置いてあるだけの簡素な部屋だった。質の良い調度品とかも置いてあるから、商談とかをする部屋なのかもしれない。や、冒険者ギルドが商談とかするのかは知らないけどさ。
俺たちが部屋に入ったのを見届けた男は、少々お待ちください、と言ってパタンと戸を閉めた。俺は、再度部屋の中を見回す。
部屋の入り口付近には黒塗りの武器立てであろう金属の器具が置かれていて、皆が自分の武器を立てかけている。俺も腰の短剣を外し、取りやすい場所に置いておく。
武器を外し終わって部屋の奥に目をやると、高そうな花瓶が置かれた台と重ねられたパイプ椅子が置かれていた。
あれ、今おかしな物がなかったか?
ぐるりと見回した部屋の中に何か違和感を感じ、俺はもう一度部屋の中の物を順番に見ていく。中央に机とソファ。机の上には灰皿のような金属の皿。何もおかしなものはない。続いて部屋の隅を見回す。入り口近くには武器立てがあり、奥の方には高そうな花瓶が乗せられた台を筆頭に品の良い調度品が飾られ、その傍には折りたたまれたパイプ椅子が重ねて置かれており——
——パイプ椅子?
たっぷり数秒間考えて、俺は違和感の正体に思い当たった。いや、待て。一見してパイプ椅子に見えるだけで、実は全く違うものかもしれない。俺は重ねられたそれの近くに寄ってみて、隅々まで隈なく観察する。
四角い大小の金属の枠が組み合わされた構造で、背もたれと座面には高級そうな革のカバーがかけられたクッション。そのクッションを軽く指で突いてみると、柔らかい、羽毛のような感触がする。
持ち上げてみると、見た目以上に軽量だった。前に持たせてもらったヴィスベルの剣より軽い、気がする。開いてみると、それは見紛うことなくパイプ椅子だった。
「これ……椅子、ですよね?」
パイプの表面に緻密な紋が刻まれていたりクッションが革だったりとなにやら高級感はあるが、シルエットは間違いなく体育館なんかによく並んでいるアレだった。
「……ミカエラ、あんまり触るんじゃないぞ。もしかするととんでもない高級品かもしれん……」
カウルが戦々恐々という様子で言う。俺はカウルの顔とパイプ椅子を見比べて、釈然としない、と首を傾げる。
「たしかにクッションは高そうだけど……」
でもたかがパイプ椅子だよ?という言葉は飲み込み、俺は椅子をたたみ直して元に戻した。パイプ椅子が安っぽいというのはこちらでは通用しない常識なのかもしれないし、あまり深く考えない事にしよう。
俺が椅子から手を離すと、突然パチン、とディレルが指を鳴らした。何事、とディレルの方を向くと、彼は満面のドヤ顔でサムズアップしている。
「お嬢さん方、歩きっぱなしで疲れただろう、ソファに座りな。俺は立ちでいい」
何やらキザっぽく言い放つディレル。
お嬢さん方って言うけど、この場のお嬢さんってフレアだけなような……ってああ、そういえば今は俺もお嬢さんだったね。あんまり意識しないから忘れてしまっていた。
……でもさ、こうして来客室に招かれたってことは何か偉い人か知らないけど話があるって事だよね。とすると、このソファに座るべきなのは話をするであろう人の筈だよな?
「この流れって多分偉い人とかが来てお話するやつだよね?私が座っても意味ないと思うんだけど」
「そうね。私もヴィスベル君やカウルさんの決定に従うだけだし……」
俺とフレアが二人で言うと、小難しい顔をしていたカウルが頷く。
「まぁ、ヴィスベルは確実にソファだよな。俺たちのパーティリーダーはヴィスベルだし」
「それを言うなら、カードを出したのはディレルさんだからディレルさんが座るべきじゃないかな?」
「いやいや、俺みたいなのは立ちで良いんだって。若いのから席を奪ってるみたいでカッコ悪りぃじゃねーか!」
俺たちは一体何の譲り合いをしているのだろうか。いい加減訳が分からなくなったところで、来客室のドアが開いた。
「お待たせしました」
先ほどの職員の声。
声の方向に目をやると、その先には職員ともう一人、初老の男性が立っていた。白髪混じりの金髪で、細い体躯の男だ。ゆったりとした服の胸の辺りには、金銀の茨が絡みついた十字架の勲章が輝いている。
彼はモノクルの向こうの理知的な光を宿した目で俺達を見て、やがてソファを譲り合う奇妙な五人組をぽかんとした表情で見回した。
「……どうなさいましたか、皆さま。どうぞ椅子に座られて下さいな」
たっぷり数秒の沈黙の後に放たれた男の言葉で、この不毛な譲り合いは終結した。
初老の男性がソファに腰掛け、その対面にヴィスベルとディレルが座る。二人ともガタイがいいから3人がけくらいのソファはそれだけで完全に占領されていた。男性職員の方はそそくさとどこかへ行ってしまって、残りはソファの後ろでパイプ椅子だ。まさか、異世界に来てまでパイプ椅子に座る事になるとは思わなかった。
高級そうなパイプ椅子の座り心地はパイプ椅子とは思えないくらい良い。クッションが良いだけでなく、クッションの下にバネでも仕込んであるのか、ソファのような座り心地になっている。その辺のパイプ椅子とは大違いだ。
カウルは最後までパイプ椅子に座るのを渋っていたが、呆れた男性職員の「その椅子は工房の試作品です」という一言で説き伏せられていた。何かカッコ悪いと思ったのは俺だけかな。まぁ、妙な所でカウルの格好がつかないのはいつものことだけど。戦ってる時は格好良いんだけどね。
しばらくすると、男性職員がトレーにお茶らしきものが入ったカップを載せて戻って来た。職員はお茶を各々に配り終えると、初老の男が座ったソファの後方で綺麗な直立姿勢を取った。
俺は職員から手渡されたお茶を一口、口に含んでみる。紅茶に似た香りと、ほのかな甘みが口の中に広がった。結構美味しい。
「さて、私はこのメタルジア・ギルドを任されておる、ギルドマスターのカイローという。本日君達が此処を訪れたのは、大峡谷のバジリスクについてのことだと伺っているが、間違いないかね?」
男、カイローが試すような目で俺達を見た。ディレルとヴィスベルが頷いたので、俺も同調して頷いておく。
しかし、偉い人とは思っていたがまさかギルドマスターが出てくるとは。俺は少し背筋を正した。
「バルバトス行きの馬車がそれで止められててな。これからバルバトスで仕事だってのに、参ったよ」
ディレルは足を組み、ソファに深く体を沈めて口を開いた。物怖じしないのはいいことだと思うけど、ここまで気楽なのは逆にどうなんだろうか。呆れともなんとも形容しがたい感情が湧くが、カイローはそれに関しては特に思うところはないらしく、至って自然体でソファにもたれかかっている。……まぁ、当事者が気にしてないならいい……のかな。
「『ツィーバの一番槍』としての仕事ですかな。いや、それは申し訳ない。とはいえ、こちらもすぐに動かせる戦力がありませんでな」
「戦力が無い?このメタルジアで?」
思わず、といった様子でカウルが身を乗り出した。カイローが片眉を上げ、顎を撫でる。その目は、変わらず俺達を試しているような気配。この人もあんまり好きじゃないな、とぼんやり思う。
「……君達は、つい二週間程前までこのヘパイストス全域の魔力が不安定になっていた事は知っているかな?」
おそらく、ドレークが竃を占拠していた時の話だろう。俺は頷いておく。横目で見ると、ディレルも含めて全員が首肯していた。カイローはその反応に満足げに頷くと、それで、と続ける。
「その影響で、この近辺の魔物が凶暴化しておってな。公にはされておらんが、レーリギオンの僻地にて討伐されたスカーレットワイバーンの名前付きがいるのだが、その後の調査で奴も凶暴化したヘパイストスのワイバーンがあちらに流れたものだという事が分かっておる」
スカーレットワイバーンの名前付き、と聞いて、隻眼の紅が脳裏を過った。あまり怖かったイメージはないけれど、おっかない魔物だったことは確かだ。あんなのがうじゃうじゃいるとなると、結構怖いかもしれない。
カイローはそこで一旦区切ってお茶を口に運び、話を続ける。
「これを重く見たヘパイストス・ギルド評議会は各地のギルドに対して凶暴化した魔物の大討伐を命じた。
今メタルジアに駐留しているAランカーは軒並み、その大討伐に駆り出されておる状況でな。大峡谷までは手が回らんのだ」
「いや、だが、バジリスクの繁殖期はまだ少し先だろ?まさか原種が現れたわけでも無いだろうし、B級のパーティでも充分対応できるだろうし、情報規制までする程か……?」
「平常であれば、な」
カウルの言葉に、カイローは小さく頷いて、次いで首を横に振った。
「大峡谷に棲みついたのは黒色のレッサーバジリスクの番だ。信じがたいことだが、繁殖期特有の行動もいくらか報告されておる」
カイローの言葉に、ヴィスベルとカウル、それからディレルが息を呑んだ。残念ながら、俺にはそれがどういう意味を持つのか全くわからないので反応のしようがない。カウルはフレアを挟んで向こう側にいるので、隣のフレアに「どういうこと?」と耳打ちしてみる。が、彼女も心当たりはないらしく、「さぁ?」と愛らしく首を傾げたので俺は黙って前を向いた。あとでカウルにでも聞こう。
「しかも、悪いことに不安定な魔力の影響か、随分と凶暴化しているようでな。幸い、奴らは縄張りから積極的に行動範囲を広げるようなことはしておらんから、今は最低限の監視で様子を見ているが……。
討伐の安全性を考慮するならAランカーが数人欲しい所でな」
つまり、ギルドとしてはA級冒険者達が帰ってくるまでは動けない、という事だろうか。A級というのがどの程度の戦力なのかはイマイチピンとこないが、ギルドがこの方針なら数日足止めを食らうつもりでいた方がいいのかもしれない。
そんな風に考えていると、パチン、と。誰かが指を鳴らした。や、この中で指を鳴らすのなんて一人なんだけど。俺は、音の主であろうディレルの方に目をやる。
「オーケー、ギルマス。アンタの言いたい事はわかった。つまり、俺達にバジリスクの討伐を依頼したいんだな?」
体を前に乗り出して、ディレルが言った。
こちらからは見えないが、彼はさぞ得意げな顔をしていることだろう。短い付き合いだが、何となくディレルという男について分かってきたような気がする。カイローはディレルの言葉に対し、顎を撫でて頷くことで肯定した。
「諸君らには無用な前置きだったかな。とまれ、私が言いたいのはディレル殿が言った通りだ。君達はAランカーを擁するパーティだ、まさに我々が求める人材だ。とはいえ、我がギルドには君達に対して拘束力を——」
「それも不要な前置きだぜ、ギルマス」
カイローの言葉を遮って、ディレルが再び指を鳴らした。
「要は、受けるか受けないか。そういう事だろ?俺は受ける。それが信条だ。ヴィスベル、お前達はどうする?」
ディレルの問いかけに、ヴィスベルは力強く頷き返す。
「僕たちも、受けるよ。一刻も早くバルバトスに行きたいからね。そのための協力は惜しまない」
二人の返答に、カイローは僅かに頰を緩めると後ろに立っていた職員に何か耳打ちした。職員が頷いて退出するのを見届けて、カイローはにこやかにこちらを見た。
「交渉は成立だな。とはいえ、この少人数で達成できるとは私も思ってはいない。
当ギルドからは腕の立つ斥候を2名出す。どちらもまだBランカーではあるが、いずれはAランカーにも届く腕利きだ」
「あぁ、助かる」
「依頼はこちらで受注しておく。後でクエストカウンターの方で冒険者カードの登録だけ、よろしく頼むよ。こちらもそちらも準備がある、出発は2日後でどうかね?待ち合わせは早朝、このギルドの待合スペースを使おう。食堂の隣の掲示板の辺りだ」
「了解した」
ディレルが笑顔で片手を差し出し、カイローが握手に応じる。それを終了の合図として、俺達は来客室を後にした。
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