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20.長旅

馬車での旅って憧れるよね。

 セダムの街から東に向かうこと二、三日。辺りには代わり映えしない草原が広がっていた。時折現れる魔物を討伐するのに馬車を止めて冒険者の人達が外に出る以外は本当に平穏な道のりである。


 俺?馬車に防御魔法張ったらあとは高みの見物してるだけだよ。戦闘参加しようとしたら他の冒険者みんなに止められちゃったよ。回復魔法と広範囲の防御魔法を使える魔導師って結構貴重なんだって。


 そのおかげで楽ではあるんだが、ここに至るまで守る以外の戦闘経験がゼロに等しい。由々しき事態だと思う。この馬車には非戦闘員も多く同乗してるから、それを気にせず戦えるのは助かるとみんなには言われるのだが、イマイチ貢献できてる感じがしない。みんなミカエラが幼い感じの娘だからって気を遣ったりしてない?


「んー。しかし景色も変わり映えしませんねぇ」


 馬車の外を見ると、遠くで呑気そうな草食の魔物がもしゃもしゃと草を食んでいるのが見える。牧歌的といえば聞こえはいいが、退屈といえば退屈だ。


 初日や二日目は、カウルが購入した、アスベル曰く安物の魔導具達に魔力を充填する作業があった。効果とかは知らないけれど、空になってる容器に魔力を詰めるだけだったので魔力で染めるよりも幾分か楽だった。魔力で物を染めるのは物体からのちょっとした抵抗を感じるのだが、この空の容器に魔力を詰める作業は殆ど抵抗もなく、いとも容易く詰めることができたのだ。


 この時、他の冒険者達も余裕があれば、と言って魔力が空になった魔導具を出してきたので適正価格らしい中銀貨一枚で引き受けることにした。それでも破格な値段設定のようで、初日は入れ食い状態だった。みんな魔導具代はケチりたいらしい。無償で引き受けるのは何か嫌だったのでお金を取ったが、カウルが言うには「それで間違いない」とのこと。アスベルの時に何となく感じたが、どうやらこの世界、魔力は商品になるらしい。


 あとは空いた時間で魔導書を読み耽ったり、覚えた新しい魔法の魔法式を展開式として出力して粗探しをしたりとやっていたのだが、それもいい加減飽きてきた。馬車は相変わらず乗り心地は悪いし、景色もここしばらく代わり映えがしない。こう言う時は寝て時間を潰すのがいいような気もしたが、仮眠中の冒険者には悪いがこんな環境ではとても眠れそうにない。夜は馬車を止めて野営するから問題なく寝られるんだけどね。食事も道中倒した魔物の肉がたっぷり出るから豪華だし。そのかわり魔物を捌かないといけないからちょっと大変だけどさ。……早く今日のキャンプ予定地に着かないかな。


「この辺りは、たしかにそうだな。けどまぁ、それもヘパイストスとの国境を超えるまでだ」


 誰に言うでもなく呟いた俺の言葉に、さっきから俺が魔力を充填した魔導具の一つを弄っていたカウルが応じる。


「なんだ、お前さんたちもヘパイストスに行くのかい」

「おじさまもですか?奇遇ですね」


 ずっと対面で暇そうにしているおっさんが興味深そうに片眉を上げた。非戦闘員の人で、確か職人さんだったと思う。


「おうよ。俺っちは帰郷だけどな。この間まで聖都にいたんだが、最近どうもキナ臭いもんで、ここらで一旦潮時かと思ってね」


 聖都プロエレスフィ。確かこの宗教国家レーリギオンの中心部で、聖堂やら教会やらがそれはもうたくさんあるらしい、と前にカウルから聞いた。本人も直接訪れたことはないそうだが、結構有名なところらしい。


「キナ臭い?何かあったのかい?」


 カウルが身を乗り出しておっさんに聞くと、おっさんはおう、と短い言葉で応えた。


「俺っちも詳しくは知らないんだが、何でもトンでもない預言だか神託だかがあったらしくてよ。上級司祭殿方がドタバタしてんのよ。でもって急に魔物も凶暴化するし、剣だの鎧だのの依頼は増えるしで商売としては儲かってたんだが……」

「それなら何で帰郷するんです?今聖都にいたら大儲けじゃないですか」


 聞くと、おっさんはハハッ、と乾いた笑いを浮かべた。


「この間、とうとう教会側から武器を安くしろっていうお達しが出てな。その価格が殆ど原価なんだよ。こうなると、俺ら職人は聖都じゃ食っていけなくなる。今聖都に残ってるのは教会から金を出して貰ってる職人か他にツテがない奴か……。ともかく、今の聖都は職人に厳しいから出国するのさ」


 へぇ、と俺は相槌を打つ。おっさんはもうそれ以上話す気が無いのか、今度は俺たちの方に身を乗り出して来た。


「それで、あんさんらは何しにヘパイストスに?」

「や、なに。ちょっとした観光っすよ。ティンデル火山の方まで」


 ティンデル火山。火山の多いヘパイストスの中でも特に大きな大火山で、火の大神が棲まう聖地とされている場所である。

 カウル曰く、そこで産出される金属は国内でも最上級で、未加工の鉱石ですら目玉が飛び出る程の価格になるとの事だ。


 しかしながら、ティンデル火山はその過酷な環境から人を殆ど寄せ付けない。昔、ヘパイストス全体で鉱石の需要が高まった際などには当然、ティンデル火山にまで多くの冒険者が訪れた。しかし、鉱石を入手すべく火山に踏み込んだ冒険者の殆どは、その過酷な環境に為すすべもなく蹂躙されたのだという。それ以後、ティンデル火山の中に入れるのは山の管理を任されている一族と彼らの許可を得たごく少人数のみに限定されているそうだ。


 まぁ、そのせいでこの火山で産出される鉱石の価値が高騰し、無断で立ち入る輩が増えたというのは笑い話にもならない話である。


「へぇ。そうかい。ま、気を付けな。お嬢ちゃんも、兄貴どもから離れんなよ。最近は本当に物騒だからよ」


 そう、おっさんが言った頃、不意に空気が変わったような気がした。知らない空気だ。何やら熱を秘めている空気で、その空気は荒れているような気がした。何だか少し、怖い。外に目をやるといつのまにやら景色が変わっている。


 新緑の溢れていた草原からはいつの間にやら抜けていて、辺りは赤茶けたゴツゴツした岩が転がった荒野へと突入していた。





 ヘパイストスの関所を超えると、ほんの数日とはいえ一緒に過ごした冒険者達が減り、また見ない顔の冒険者が増える。それを何度か繰り返した頃、カウルが「そろそろだ」と口にした。


「明後日中にはコッペルの街に着く。そこでもう一度荷物を確認して、不足分を補ったらそこからは徒歩だ」


 カウルの言葉に、俺もヴィスベルも気を引き締める。コッペルの街は、ティンデル火山に続く唯一の道、ティンデル石原の近くにある唯一の街だ。ティンデル石原は火山への道というだけでなく、豊富な石材などの産地としても有名だそうで、コッペルの街はこの石材を用いた取引で賑わっているとのこと。これは、カウルではなく職人のおっさんが教えてくれた。


 コッペルに着いたのは、それから一日程した朝方頃だった。乗合馬車から降りて、俺たちは街の端にある馬車の停留所で降りる。職人のおっさんが降りるのはまだまだ先らしく、降りるときに馬車の中から手を振っていたので手を振り返しておいた。俺は凝り固まった筋肉をほぐしつつ、ぐるりと辺りを見回した。石材の街。そう言われて腑に落ちるくらい、コッペルの街は石で溢れていた。見渡す限りの石畳。大きな噴水の中央には一流の石工が手掛けたであろう戦士の彫像が剣を天に向かって掲げている。


 建築物は白い石を削り出したものを組み合わせて作っているのか、全体的に白っぽい。しかし、屋根は明るいオレンジ色のレンガを使っているためか、総括的な視点で見ればなかなか味がある街並みだった。


 新しい街の景観を一頻り楽しむと、俺ははぐれないうちに二人の近くに寄る。セダムの二の舞はごめんだ。

 二人は地図を覗き込んでいるようだったので、俺はその二人の顔を下側から見上げた。俺の身長では二人が見ている地図はどうやっても見ることは叶わないのである。まったく、この巨人どもめ。


「これ、このまま北に進めばいいのか?」

「おう。この村がここだから、石原を抜けて大体二日か、三日くらいだな」

「三日か……。食料を買い足さないとな。今ある保存食では少ないかもしれない」

「なに、石原は食える魔物も多い。買い足すのは最低限でいいだろう」


 二人の会話に特に口を挟める事も無いので、俺は取り敢えず適当に相槌を打っておく。多少旅慣れたとはいえ、俺はまだまだ冒険者としては初心者だ。こういうことについて、初心者は下手に口を出すべきではない。


「そういえば、ミカエラは大丈夫?」

「ん?何が?」


 不意にヴィスベルが俺の方を見た。俺は特に思い付くこともなかったので首をかしげる。


「その、木の実、とか。しばらく食べてないからさ。アプルの実の一個程度なら、ミカエラのお陰で懐具合にも余裕があるから」


 アプルというのはリンゴっぽい果実のことだ。道中の街で見かけたことがある。一瞬それと俺に対する「大丈夫?」の意図が繋がらず首を傾げるが、すぐにその理由に思い当たった。多分、神樹様の恵みばっか食べて来た俺が急に彼らの食生活に合わせるのは辛いんじゃないかって気を遣ってくれたのだろう。


 まぁ確かに神樹様の恵みが恋しい気もするが、どうしても木の実が食べたい気はしない。俺は首を横に振った。


「ヘーキヘーキ。余分に貰えるなら干し肉で良いよ」

「この食いしん坊め」


 言って、カウルがガシガシと俺の頭を押さえつけてくる。最近カウルからの扱いが雑になってきた気がする。俺はミカエラの細腕で何とかカウルの腕を引き離し、「背が縮んだらどうするんですか」と抗議しておく。俺のタイプはスラッとして程々に背の高い女性なのだ。

 ……うん?いや、今は俺がミカエラなんだから、俺のタイプはあんまり関係なくね?どの道ミカエラが俺の理想のタイプに育ったとして、鏡を見てほっこりするしかできないのではただのナルシストも同然である。何という落とし穴。


「はは。まぁ、それだけ元気そうなら平気かな。ここからはティンデル火山まで寄れる街や村落は無いから、ほかにも必要なものがあればここで補充してしまおう」


 先ほどの思考は取り敢えず何処かへ仕舞い込んで、俺はヴィスベルの言葉に頷く。なんか最近よく思考とか考えついた事とか仕舞い込んでる気がする。まぁ、別に気にするほどの事ではないだろうけど。きっとこれからも沢山の思考を仕舞い込むんだろうな。


 今後の方針が決まり、ようやくカウルの腕が離れたと気を抜いた瞬間、俺は突然浮力を感じた。


 それがカウルが俺の首根っこを掴んで持ち上げたことによるものだと気付いた時には、俺の視界は普段よりも幾分か高い所で停止していた。首が痛い。とはいえ、ここでもがいた所で一端の武人であるカウルの腕から高々十二の少女が逃れられる筈もなく。自力での脱出は不可能だと即座に見切りを付けた俺は、非難の目でカウルを見上げた。


「ちょっと、その首根っこ掴むのやめてくれませんかね。痛いんですけど」

「こうでもしないとまたはぐれるだろ?セダムの街ではベル爺のとこでうまく合流できたが、今度もそううまくいくかはわからんだろうが」

「だからってこんな、どこぞの小動物を相手にするような扱いはナシだと思うのですが」


 などと反駁をしてみるけれど、つい先日の失態を持ち出されては苦しいのも事実だ。確かに、あの時は物珍しい剣やら盾やらが飾られた風景に興奮して二人から離れてしまった。俺は罪悪感に耐えきれなくなってカウルの方から目を逸らす。カウルははぁ、とため息を吐くと、俺の首根っこを掴んでいた手をパッと離した。危なげなく着地。ようやく地面に足が着いた事に少しホッとする。


「次離れそうになったら問答無用で担ぎ上げるからな。そうなったら最早荷物同然の扱いだとしっかり心得るように」

「はーい」


 言われなくても、とささやかに胸を張って返事をすると、カウルが疑わしげにこちらを見てくる。


 失敬な。俺だって元は成人だ。先日は少しばかり失態を演じたが、そう何度も繰り返すほど子供ではない。断じて。


 カウルから顔を背けヴィスベルの方を見ると、彼は何故だか苦笑を浮かべて俺を見ていた。




 数分後。俺が荷物と一緒にカウルの肩に担がれていた事は、少なくとも俺の記憶には残さないことにした。

分かり辛い表現、このあたり飛躍し過ぎ、ナニコレ説明不足でしょってのがあったら遠慮なくお願いします。

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