19.錬金術のお手伝い
「ここが儂の工房じゃ」
アスベルがそう言って、部屋の隅にあるスイッチを操作する。天井に備え付けられた魔力灯が灯ると、そこにはなかなか壮観な光景が広がっていた。
大きな机の上に置かれた、何をするのかよくわからない機械の数々。部屋の隅に置かれた大鍋や、何かの液体やキラキラする破片が詰まった小瓶。何かの本が所狭しと詰め込まれた本棚の周りには、入りきらなかった本が散乱していた。
めっちゃ雰囲気ある。俺はこれから何をするんだろうとわくわくしながらアスベルの顔を見上げた。
「今日お前さんにやってもらうのはだな、よっこいせ」
言って、アスベルが部屋の奥から大きな木箱をいくつか引っ張り出して来た。開けられた木箱の中には、金属のインゴットらしい塊や透き通った水晶のような石、動物の牙や骨のように見える何かがびっちりと詰まっていた。
「こいつらに魔力を込めて欲しいんだ。これまで素材を魔力で染めた経験はあるか?」
「ええ、一応は」
「そりゃあ頼もしい。儂はほかの商品を作っとるから、何かあったら言ってくれ。ああ、魔力が尽きそうになったらマナ・ポーションくらい用意してあるから遠慮なく言ってくれ。あと、染め上げた素材はそっちの空いた木箱に入れてくれたら良い。ああ、そうだ、染めた素材は絶対にこの魔導具を通して青の光が点灯するのを確認してから入れてくれよ。赤や黄色はまだ染めが不十分な証拠だからな」
俺が頷くと、アスベルは机の上に置かれた機械を操作し始めた。フラスコとかビーカーっぽいのに小瓶の中に入っていた液体や破片を入れて火にかけたりしている様はまさに錬金術師といった風情である。
さて、俺も負けてられないな。
とりあえず、大きな金属のインゴットから手を付ける。
「おおぅ」
当たり前の事だが、結構重い。青い光沢を持つ金属のようだが、これは何という金属だろうか。少なくとも鉄とかでないのは確かだ。魔力を流してみると、ビアンカ婆さんの所で染めたどんな素材よりもすんなりと魔力が流れる。どの程度の魔力が入るのかと少し多めの魔力注いでいくと、ほんの一、二秒で満杯になった。これ以上は入らない、と押し返される感じだ。気付けば金属は自身の光沢とは違う光を放っていた。きっちり属性で染めた時の反応である。ビアンカ婆さんの所でも何度か見た事がある。
アスベルが言った通り装置に通してやると、カチ、と青い光が灯る。この感じなら両手でサクサク進めて良いかもしれない。
試しに片手で拾い上げてみると、うん、何とか片手で持てるくらいだし、やれそうだ。両手に持ったインゴットに魔力を注ぎ、装置に通して木箱に入れる。何度か繰り返していると大体このインゴットの容量が分かったので触れた瞬間には限界まで魔力を詰めることができるようになった。ただし装置で青のランプが点灯するかの確認は忘れない。
一時間半程度で金属のインゴットは終わったので、次は水晶である。魔力を注いでいくと、透明な水晶のそこに白い光が貯まるのが見えた。光は容器に注がれた水のような動きをしている。しばらく振ったり揺すったりして遊んでしまったが、すぐに我に返って作業を続行。魔力を限界まで注ぐと、透明だった内部は白い光で満たされた。容量はインゴットの倍程度のようだ。機械に通すと青のランプが点灯。これで良いらしい。
これも両手でサクサク進める。こちらも一時間と少しで全て染めることに成功。少し凝ってきた肩を解す。魔力はこれで残り六割という所。ビアンカ婆さんの所で染めた時よりもずいぶん楽なのは、命の女神様から加護を受けたからかもしれない。神様から加護を受けたら魔力の量が多くなるってビアンカ婆さんも言ってた気がする。
休憩もそこそこに、骨やら牙やらも魔力で染めていく。こちらは形も不揃いで、一つずつ込められる量が違っていたので杓子定規にやる事が出来なかった。とりあえず両手で、別々の容量を注いでいく。この手の素材は一気に容量オーバーまで魔力を注いでしまうと割れたり壊れたりするので、かなり慎重目にやっていく。これが結構大変で、インゴットや水晶の倍は時間がかかったのでは無いだろうか。集中してたから時間の経過は把握できなかったけども。
ふぅー、と大きく息を吐き、俺は近くの丸椅子に腰掛ける。ギシ、という椅子に座った音か俺の息の音かに反応して、アスベルが顔を上げた。
「何だ、休憩か?魔力がキツくなったならポーションを持ってくるが」
残り魔力は約五割。魔力的には充分余裕である。俺が首を横に振ると、アスベルは怪訝そうな顔をして、魔力で染め切った素材が詰まった箱に目をやった。
「……んん?ちょっとまて、どんだけ終わった?」
「出された三箱は全部染め終わりました。ずっと手を動かしていたのでちょっと肩とか背中が痛くて……」
あ、そうだ、こんな時こそ優しき癒しの光を使おう。背中や肩の辺りから出力すると、じんわりと疲労が溶けていく感じがする。いいなぁ、これ。
俺が一人で癒されていると、アスベルは伝票らしき紙とランプのついた魔導具とを見比べて、何やら眉間に皺を刻んでいる。何かあったんだろうか。
「スキャンの数と伝票の数は一致、木箱の重さも……合ってるか。おい、娘。魔力はもうちょっと余裕なんだな?」
「え?ええ。まぁ、まだもう少しは」
言うと、アスベルは腰の道具入れっぽい小さな鞄から青っぽい液体の詰まった小瓶を投げて寄越した。それを受け取ると、飲め、と手で合図される。
俺は小瓶の蓋を開けて、それをぐいと煽った。ほんのりとした甘味が口の中を抜けると、胸のあたりが熱を帯びて身体中に魔力が溢れる。これがマナ・ポーションというやつなのだろう。一気に魔力が回復した。流石に神樹様の恵みと違って満タンとまではいかなかったが、それでもかなり回復した気がする。
「付いて来い。もう一仕事だ」
言われて付いて行った先には、蔵一杯に積まれた樽があった。樽からはそれぞれ管が伸びているようで、管は部屋の隅っこの方に集められているようだった。
「この樽の中には特別な水が入っとる。魔力をよく吸う水でな、この樽は水が魔力で染まるのを阻害しておる。お前さんにはこれを魔力で染めてもらう。こっちだ」
そう言ったアスベルさんの視線の先には、樽の蓋から伸びた管の終点。大きな水晶玉のようなものから無数の管が伸びる光景は、ファンタジーというよりSFだった。
「この水晶玉に魔力を注ぐんだ。無理のない範囲でいい」
「わかりました」
俺は水晶玉に手を触れて魔力を注ぐ。少し魔力を注いだ瞬間、俺はびっくりして手を引っ込めた。
「どうした?」
「や、なんか注いだ感じが全くしなくて」
虚空に向かって魔力を放出したかと思うような奇妙な感覚。出した魔力が、その残滓すらも感じられないほど急に「消失」した、かのような感覚は初めて感じるものだ。言うと、アスベルは何やら納得した様子で頷いた。
「まぁ、気にすんな。そういうモンだ」
そういうモンって、そんなアバウトな。……まぁ、別に異常な反応でないなら続けるけどさ。
再度、水晶玉に触れて魔力を注ぐ。容量がわからなかったからおっかなびっくり注いでいたさっきとは異なり、今度は一気にたくさん注ぎ込む。結構注いでも大丈夫そうだからね。魔力を注げば注ぐほど吸い取られるというのは、慣れてくれば結構面白い。
えーっと、どれくらいまでなら無理のない範囲なんだろうか。魔力枯渇で胸のあたりがぐるぐるし出すのが一割越えて五分を切り出してからだから……うん、残り一割くらいまでなら無理のない範囲かな。
なんて思っていると、底の見えなかった水晶玉の中にちょっとずつ魔力が溜まってきた感覚。残り魔力一割五分。一割。八分……。
もう少し注げるか?六分。まだもうちょっと……。五分を切る。胸のあたりが少しぐるぐるし始める。だが、あれだけ注いでも全く魔力がたまらなかった水晶玉の中にかなりの魔力が蓄積されているのが感じられた。この溜まり方だったら、もう少し注げば満杯にできるかも。……魔力が枯渇しても、本当に使い切るまでは気絶もしない。ちょっと頭の奥とか胸のあたりがぐるぐるするだけだ。残り三分。もう少し。二分、一分……。慌てて止める。呼吸が荒くなる。以前、女神を下ろした時に似た疲労感。あの時に比べて気絶するほどの疲労ではないが、もはや魔力を操作できるほどの余力もない。酔った勢いとはいえ、完全に魔力が枯渇するまで魔法を使うことができた一昨日あたりの自分は本当に凄かったのだとぼんやり思う。遠くで何かの音がして、口の中に甘い液体が注がれる。それを飲むと、胸のあたりのぐるぐるは随分と楽になる。
「無理のない範囲でと言ったじゃろうが」
気が付くと、呆れたようなアスベルの顔が目の前にあった。いつのまにかへたり込んでいたらしい。俺は起き上がって、まだ少しぐるぐるする頭を抑える。
「儂が止めるのも遅かったから、少し悪いことをしたかのう。しかしお前さん、前の魔力測定では手を抜きおったな?」
「え?」
何のことかわからないと首をかしげると、アスベルは少し愉快そうな顔で続けた。
「この樽全ての水を染め上げ、水晶玉すら殆ど染め上げるなんぞ、たかだかB+程度の魔力量でできる筈がない。まぁ、そもそもの魔力測定なんてのが適当なモンだしな」
そう言ったアスベルの顔が、何だか少しホッとしているように見えて、俺は内心で首を傾げた。アスベルはそのホッとした表情のまま、魔力で染まった水晶玉に手をやった。
「お前さんのような魔導師がいるなら、あやつらも安心じゃろうて。こんなことをお前さんにいうのはちと筋違いかも知らんがな、カウルを頼んだぞ。アレは、強かだが脆い所がある。支えてやってくれ」
言って、アスベルが頭を下げた。らしくない。アスベルとは会って日が浅いどころか一日と少ししか付き合いがないのだが、この人が頭を下げるのはらしくないと、何となく思う。だけど、その「お願い」の内容の当たり前さに、俺は思わず笑ってしまった。アスベルが怪訝そうに俺の顔を見る。
「すいません、つい。……支えるなんて、そんなの、当たり前ですよ」
言うと、アスベルは驚いたような顔をした。
「だって、私達はパーティなんですから」
思い浮かぶのは、ダスティ・ハウンドの三人組。友情とも愛情ともつかない関係性。互いに対する絶対的な信頼感。ああいう風になれたらいいなと、何となく思う。アンリエッタを助け出すために同行したのが切っ掛けではあるが、何だかんだあの二人との旅路は、不謹慎と言われるかもしれないが楽しいのだ。だから、いつかアンリエッタを助け出して神樹様に帰るまでは……そういう関係で在りたいと、心からそう願う。
俺が笑うと、アスベルも少し笑った。
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