幼なじみの素顔
「なにが『どうにも気まずかった』よっ! キモいっ! タケル君のスケベっ!」
つい熱くなってしまい、声を上げてしまった。
幼なじみがそんなに大きなおっぱいが好きだったとは知らなかった。
敵の罠に引っ掛かった振りをして、わざと危険に晒してダークサイド状態になり戦うという捨て身の作戦に感動したのも帳消しにしたくなる。
それにしてもタケル君は女心が分かっていない。
せっかく命を賭けてヒロインとも言うべきシャーロットを助けに行ったのに「シャーロットも人類の中の一人だ」はない。そりゃ目を逸らされて「馬鹿」と叱られても仕方ないだろう。
あそこは「お前がいなきゃ人類を救ったって意味がない」くらいは言ってあげてもよかった。感じの悪いシャーロットだけど、さすがに少し同情してしまう。
でもヤンキー達からのイジメもあんな風に肯定的に捉えてやれるのはすごいと感じた。
もちろん強がりのジョークなのだろうが、それでも普通言えることじゃない。だからといって不良達のイジメを私が許したわけではないけれど。
「あ、もうお昼だったんだ……」
あまりにも夢中で読んでいたから時間の経過も忘れてしまっていた。風邪など引いていない健康体なのだから当然お腹も空いた。
コンビニにでも行こうかと思い、未だにパジャマのままだったことに気付く。着替えは暑いからカットソーとショートパンツでいい。
パジャマを脱ぎ、ふと慎ましい胸が気になって鏡の前に立つ。
「うーん……」
ぺちぺちと叩いてみたところで弾みもしない。それでも横から見るとささやかながら成長しているのは分かった。
だいたい私みたいな地味で子供っぽい顔立ちにはこれくらいのサイズの方が似合ってる。
そんな自衛本能的な言い訳で少し納得してからさっさと着替えた。コンビニに行くために着替えたのだが、結局面倒臭くなり適当に作ったチャーハンで食事を済ませてパソコンの前まで戻ってきた。
タケル君の失踪の謎を解明するためにも『異世界を救った男』を読み終えなければならない。
私は急かされるように続きを読んだ。
タケル君とシャーロットが無事生還したことで人々は希望に沸き立った。この出来事がタケル君の立場を大きく変えた。
それまでのタケル君は異世界からの救世主という崇められる存在だった。仲間というよりは距離を置かれていたが、これを機に同じ人類の仲間として更にみんなから愛されはじめた。
人類は志気も高まり、魔王軍に占領されていた拠点も次々と落としていく。
タケル君の功績で人々は命に対する考え方も変わった。
自らの命さえも捨て駒のように扱っていた人類がタケル君の諦めない姿に感銘を受け、無鉄砲な戦い方をしなくなった。人々は助け合い、命を大切にし、知恵を絞って戦いはじめる。
モンスター達は基本的にその圧倒的な力で人類に恐怖を与えていたが、仲間達の連携などは疎かだった。それというのも魔族は人類との戦いだから結託しているだけであり、実際はまったく違う種族達の集まりという理由があった。
体勢が押されはじめると仲間割れも目立ちはじめる。
そんな中、人類はタケル君を中心に魔王軍四天王と呼ばれる幹部を全て駆逐し、魔王軍は魔王と参謀のサバト以外の重要人物を失っていた。
指令系統が寸断された魔族達は更に自滅するようにその規模を縮小させていった。
これだけ魔族を圧し返せばもう人類は常に魔族に怯えなくても大丈夫。そういう状況になってからタケル君は私たちの住む現実社会へと帰還した。
「異世界を救った男、かぁ……」
確かにタケル君は異世界を救いつつある。しかし物語はそこで終わっていない。この物語にはまだ続きがある。
ここまで読んで私はほぼ確信していた。タケル君は間違いなく今あちらの世界にいる。現実世界に見切りをつけ、異世界に永住することを決意したのだ。
この物語を読む限り、タケル君は今の世界に何一つ幸せを見出していない。それに比べ異世界では救世主となり、仲間も沢山いて、ついでにおっぱいの大きい美少女達にもちやほやされている。
比べるまでもなく異世界での暮らしの方が幸せだ。
現実世界ではおっぱいの小さい地味な感じの幼なじみにもしょっぱい対応をされてるくらいなのだから。
そんな決断を下したタケル君を責める資格も、連れ戻す資格も私にはない。
確かにご両親に挨拶くらいはして欲しいとは思うが、なんと言えば納得して貰えるのか。
「これから異世界で生きるんで」
「お父さんお母さん、今までありがとうございました。異世界に行ってもお父さんお母さんのことは──」
「ちょっと今から異世界言ってくるわ」
どんな言葉で挨拶をしても然るべき施設に連れて行かれてしまいそうだ。そうなれば何も言わずある日突然異世界に移住するというタケル君のやり方は間違いではないのかもしれない。
いずれにせよタケル君が異世界で愉しく暮らせているのならばそれでいい。
タケル君の幸せを願いながら私は続きを読み始めた。
────
──
夕暮れの西日は辺り一面を赤く輝かせていた。
高架に建てられたホームの周りには陽を防ぐものがなく、照り返しの眩しさに目を細めた。完全な暗闇だと当然視界は効かないが、光りが多過ぎて眩しくてもやはり視界というものは失われるものだ。
「あっ……」
ホームにあるガラス張りの待合室の中に幼なじみの陽向の姿があった。
俯いてスマホを弄り、僕のことは気付いていない。ガラスに反射した初夏の夕日に輝く陽向は可愛かった。
陽向なんて陽気な名前だが、彼女は暮れかけた風景や薄暗闇の方が似合う慎ましい美しさがある。
遠い昔、陽向と日が暮れるまで遊んでいたことを思い出す。
あの頃は自分の容姿が醜いことも知らず、世界は常に平等だと信じていた。
両親に守られ、自分が幸せだと考えることもないくらいに幸せの中にいた。
いつも隣には陽向がいて、それも当たり前だと思い込んでいた。
でも成長するに連れ、僕は現実を知らされた。見た目が不細工なことも、運動が出来ないことも、頭だってそんなにいいわけじゃないことも、成長するにつれ理解していった。
そして僕が陽向に話し掛けることで迷惑をかけてしまうことも、知らされた。
陽向は気付いていなかった様子だが、中学生の頃に僕は陰で陽向に纏わり付くキモオタストーカーみたいなことを言われているの聞いてしまった。
それ以降は出来るだけ陽向とは距離を置くようにしている。
それにきっと陽向だって心の中では僕なんかと関わり合いは持ちたくないんだろう。
電車を一本ずらそうと思った時、僕の間の悪さを嘲るように電車が到着するアナウンスが流れた。
スマホを見ていた幼なじみが顔を上げる。陽に当たった黒髪が金糸のように輝き、さらりと流れた。
待合室から出て来た陽向はようやく僕の存在に気付き、草原で肉食獣に出会した草食動物のようにこちらを見ていた。逆光が眩しくて陽向の表情までは見えない。光を浴びたせいで神々しく見えるその姿は、僕にどうしようも出来ないもどかしい喜びを与えてくれた。
ホームに滑り込んできた電車に夕陽が遮られ、纏っていた光を失った陽向の顔は微笑んでいた。
「今帰り?」
「うん。陽向も?」
「ちょっと寄り道してて遅くなっちゃったんだ」
僕たちは自然な会話をしながら電車に乗った。各駅停車の中は空いており、二人並んで座る。
幼稚園の頃からの幼なじみの僕たちには共通の話題はいくらでもあった。しかし僕は会話の糸口すら見付けられずに鞄から読みかけの本を取り出してページを開いた。
「面白いの、それ?」
隣に座る陽向が訊いてくる。あからさまに本に興味があって訊いてきたわけではない言い方だった。
「陽向も読んでみる? 貸してあげるよ?」
僕はその意図に気付かない愚か者の振りをして返事をしてやった。
「いいよー。本とか、苦手だし。読んでると眠くなるから」
「面白いのに」
陽向は困った顔をして微笑む。僕だって分かっている。陽向は僕のこの暗い性格を変えたくて言ってくれていることくらい。
でも僕は好きでこの本を読んでいる。たとえ幼なじみの可愛い女の子の頼みでも、自分の趣味を捨てる訳にはいかない。
「この小説はいわゆる異世界チーレムものなんだけど、意外と人間ドラマが泣けるんだよね」
「ふぅん」
明らかに興味がない、会話を一度打ち切りたい「ふぅん」だった。
「そういうのばっかじゃなくてもっと健康的な趣味も持ったら?」
陽向は少し辛そうな顔でそう言った。彼女なりに心配してくれているんだと思うと、何だか申し訳なかった。僕がもう少しちゃんとしていれば、こんな心配をかけることはなかったのだろう。
「そうだね……」とだけ答えて本をしまう。それからは会話が途切れてしまった。
でも無言でいてもそんなに重苦しい空気にならない。
陽向は隣にいるだけで心が安らげる唯一の女の子だ。陽向以外の女子といると気まずさで息苦しささえ覚えるのに不思議だ。
やはり僕にとって陽向というのは唯一無二の存在なんだと思う。