ダークサイド作戦
僕の身長の倍以上はあろうかというトロールがニタニタと笑いながら近寄ってくる。無抵抗のものを痛みつける悦びと残忍さが溢れ出したような笑顔だ。その様子は僕に暴力を振るヤンキーとよく似ていた。
「てめぇを殺す日をどれだけ夢見てきたか……分かってんのか、この糞野郎っ!」
巨人は武器ではなく、素手で僕を殴りつけてきた。
「ぐふぅ!!」
痛みよりも先に衝撃が襲い、僕は数メートルすっ飛び転がった。転がる僕を脚で蹴るようにして止めたのはハイリザードというトカゲのモンスターの親玉のような奴だ。
「殺されていった仲間の恨み、ゆっくりと味わしてやるぜ」
切れ味鋭い円月刀で太ももを突き刺される。
「ぐあぁっあ!!」
少々の刃物なら弾き返せる僕の肌だが、さすがにリザード王の刃は弾けなかった。
「タケルッ!!」
「何をしているっ!? やめろっ! いたぶるなっ! すぐに首を刎ねて殺すんだ!」
慌ててサバトが怒鳴り声で命令するが、集めたモンスターが多すぎたのが裏目に出た。興奮する魔物達は指揮官の声を掻き消すほどの下卑た叫び声を上げていた。
背中を鞭で打たれ、顔を蹴られ、腕の関節を無理矢理曲がらない方向へと曲げられる。
「やめてっ! やめなさいっ! タケルっ! 逃げてっ!」
(心配すんなよ、シャーロット……)
痛みに強く治癒力も高い能力もある僕からしてみれば、不良どもにトイレでリンチされているのとそうは変わらない。
一方的に攻撃されても怯まず冷静にいられるのは不良共の日頃のイジメのお陰と言えなくもない。
とはいえヤンキー生徒どもには人を殺すほどの度胸はないが、こいつらにはある。僕を殺す気満々だ。
とどめを刺さないのはゆっくりいたぶりたいという卑しい舌なめずり的根性と、誰がとどめを刺すかという譲り合いの精神によるものだろう。
「愚か者どもがっ!」
サバトが叫び、杖を掲げて振り下ろした。
その瞬間、僕の周りでいたぶっていたトロールやリザード達の身体が硬直し、口から煙の塊を吐き出した。
その煙はすごい速度で洞窟の天井まで飛び、そこにいたコウモリの身体へと侵入した。
次の瞬間、そのコウモリ達は僕に向かって飛び掛かってくる。
「なんだ、これはっ!?」
「何をしたっ!!」
コウモリは先ほどのトロールやリザードの声をあげ、僕に体当たりをしてくる。一方煙を吐いた方のトロール達の身体はぴくりとも動かず、絶命しているようだった。
どうやらサバトの術で魂を抜かれ、コウモリにその魂を移植されたようだった。もちろんコウモリごときでは僕に致命傷を与えることは出来ない。
「貴様ら、早くとどめを刺せっ!」
サバトの怒声が響き、取り囲んでいた魔族達は正気に返り、僕に迫り来る。
しかし僕としては充分に時間は稼げた。
──そして、その時が来る。
ひたすら痛みつけられ、生命の危機にさらされた僕の意識が遠退いていく。
宙に浮いた場所から自分の身体を見るような、不思議な状態。自分の身体なのに自分ではコントロール出来ない。
僕は瀕死の時に訪れるダークサイド状態に堕ちいっていた。これが僕の狙いだった。
「ちっ……しまった……」
「タケルっ……」
こうなってしまうともう敵も味方もなく暴走してしまう。
なにが起こっているのか見えているし、思考回路はちゃんとしているのに、自分では制御出来ない状態だ。
「ガアアアアァアッ!!」
魔物のような咆哮を上げ、近くにいる者を手当たり次第に攻撃していく。掴みあげて投げ飛ばし、信じられない力で相手の身体を半分に引きちぎったり、頭を掴んで握り潰したり。
魔物達が悲鳴をあげて逃げ出し、僕の足許には血溜まりが広がっていく。
それでもまだ殺し足りないとばかりに逃げるモンスターを噛みちぎって殺していった。
サバトは青ざめた顔でこちらを睨んでいた。
とどめを刺さずに弄べば僕がダークサイド状態になることはサバトも知っていたはずだ。だからすぐにとどめを刺すように部下達に命じたのだろう。
そこまで知っているなら理性を失った状態の僕には、敵味方の判断もなく暴れてしまうことも知っているはずだ。
「動くなっ! タケルッ!! シャーロットが殺されてもいいのかっ!」
それでも一縷の望みに賭けたのか、人質を盾に脅してくる。
「今よ! 私もろともサバトを殺してっ!」
脅したところで今の僕は自分でも自分の身体を制御できないし、そもそも今のサバトにシャーロットは殺せない。
ダークサイドに陥った僕を正常に戻せるのは、今のところシャーロットしかいないからだ。
もしここでシャーロットを殺してしまえば、僕は元に戻ることが出来ない。そうなれば逃げ場のないこの洞窟の中でサバトは僕に殺されるしかなくなる。
「グワァアアアッ!!」
僕の身体は意志とは関係なくサバトに飛び掛かっていた。身体が勝手に動くのを、冷静な僕が見ているような感じだ。
「も、元に戻せ、シャーロットッ!」
「きゃあっ!?」
サバトはシャーロットの背中を押して僕の方に飛ばしてきた。
(まずいっ!!)
言うことを聞かない身体は目の前に現れたシャーロットに襲い掛かる。今の僕には敵も味方もない。
「目を醒ましてっ! タケルっ!」
シャーロットは慌てて魔術を唱えた。その瞬間、白い光りが辺り一面に広がる。
清らかな御光に包まれた途端、僕の身体から邪気が剥がれ落ちた。それと同時に身体は再び僕の意志の支配下に戻ってくれた。
「サバトッ!」
人質も奪還し、身体も自由に動く。さあ、反撃の開始だ。僕は付近に落ちていた剣を手に取り、大参謀の姿を探す。
しかし既にサバトは混乱に乗じて姿を消していた。魔物達もすっかり戦意を喪失し、我先にと逃げ出していく。
「逃がすかっ!」
追撃しようとした途端、身体が傷を思い出したかのように激痛が走った。
「痛っ!!」
「無茶しないでっ! もういいからっ! タケルは勝ったんだよっ!」
シャーロットは背後から僕を羽交い締めにして動きを止める。そしてそのまま身体を密着させたまま癒やしの魔法を唱えてくれた。
いつもより回復する効果が高いように感じる。肌を密着させると効果が増すのだろうか、それともただの錯覚なのか?
「自分からダークサイドに陥って戦うなんて、そんな無茶な作戦ないでしょっ……ほんと、馬鹿なんだからっ……」
「ごめん……でもそれ以外の作戦が思い浮かばなくて」
「馬鹿っ……馬鹿バカばかっ……タケルが死んだらどうするのよっ……でも、助けに来てくれて、ありがとう……」
そうした方が回復効果が更に高まるのか、シャーロットはぎゅうっと力強く抱き締めてきた。回復してくれるのはありがたかったが、背中で潰れるシャーロットの大きな胸の柔らかさはどうにも気まずかった。