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囚われたシャーロット

 魔王軍の幹部を撃破したことでタケル君の名前は人間達の間でも魔王軍の間でも知れ渡っていた。

 絶望の淵に立たされていた人類は突如現れた『異能の救世主』に一縷の望みを見出す。

 一方魔王軍は蜂の巣を突いたような大騒ぎだった。実はタケル君が倒した魔王軍の幹部というのは、魔王軍四天王の一人だったのだ。最高幹部の一人とその一個師団をたかが人間一人に殲滅されられたとあっては示しがつかない。


「タケルとやらを必ず見つけ出し、その首を捧げよ」という魔王の命に魔族達は血眼になっていた。


 人類最後の王国は崖に囲まれた天然の要塞に隠れるように存在している。人類の希望の星となったタケル君はその城に到着し、国王と謁見していた。


 その席で国王よりいにしえの宝剣を授かったタケル君はいよいよ魔王討伐のために立ち上がる。

 夢幻沙漠、骸骨斜塔、瘴気の沼。数々の魔王軍の要塞を陥落させていく。

 そこには学校で理不尽な暴力を振るわれ、惨めに耐え忍ぶタケル君の姿はなかった。タケル君はどんな逆境でも諦めず、人類のために命を賭す勇者だった。


 化け物相手に怯まないタケル君は頼もしかったし、正直ちょっと格好良かった。ただ旅を続けるにつれ、なぜか美少女に囲まれていく展開には少しイラッとした。更にその美少女がほぼ全員おっぱいが大きいというのも苛立ちに拍車をかける。


「モテモテのハーレム状態じゃない」


 やや白眼視しながら物語を追う。一応それらの女の子たちはただ可愛いだけじゃなく魔法が使えたり、偵察が出来たり、ヘンテコな魔道具とやらを作れたりと役割があるのだが、なにも全員美少女である必要はないんじゃないだろうかとなかば呆れてしまっていた。


 特に最初から冒険を共にしているシャーロットはタケル君の右腕として活躍している。傍目から観ても彼女がタケル君に仲間以上の好意を抱いているのは明らかだった。

 それなのになぜかタケル君は気付かない。鈍感にもほどがある。


 人類が攻勢ムードになったところで一度タケル君は異世界から現実世界へと帰ってきた。さすがに長い間異世界にいたため、現実世界では朝になっていた。


「やっぱり帰ってくるんだ……」


 いいところでCMに入るようなもどかしさを感じた。

 考えてみればこうして異世界と現実世界を往き来していたということは、当たり前だけれど異世界で活躍していたタケル君と私は顔を合わせていたことになる。それがなんだか不思議な気分だった。


 現実世界のタケル君はいつも通り学校に向かい、やっぱり駅で見掛けた私には声を掛けず、そこがタケル君専用の靴箱かのようにゴミ箱から上履きを拾い上げる。


 あまりの落差に余計に読むのが辛くなった。

 異世界ではチート能力を使い、怪物をなぎ倒していくタケル君が現実世界では日常的にイジメられている。さすがに暴力を振るわれるのは毎日ではないにせよ、陰湿なイジメは毎日続けられていた。


「異世界の力があれば、こんな不良どもなんて一捻りなのに……」


 もどかしさでイライラしてしまった。

 なぜタケル君は異世界の話だけでなく、わざわざ不快な現実世界のことも書き綴っているのだろう。ちなみに現実世界での出来事はほとんどタケル君の心理描写もなく、淡々と事実だけを綴っている。

 異世界の話は面白いが、現実世界に帰ってくる場面はどうしても読むのが辛くなってしまう。


 気分を変えるためにコーヒーを飲もうとキッチンに向かった。時計を見るともう午前十一時を回っている。

 インスタントコーヒーから立ち上る香りを嗅ぎながら、ふとある疑問が湧いてきた。


 タケル君が私に残した小説のタイトルは『異世界を救った男』だった。

 そのタイトル通りならばタケル君はあのファンタジーの世界を救ったはずである。

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 それはタケル君が行方不明になったことに関わっているのだろうか?

 不吉な予感が頭を過ぎったが、それを振り払う。

 続きが気になり、私はやや急ぎ足でパソコンの前へと戻っていった。



────

──


「シャーロットが捕まったっ!?」


 異世界に戻った僕は衝撃的なことを聞かされる。


「すまない、タケル……私がついていながら……」


 王立軍中将のリュークは深く頭を下げて僕に謝った。

『彗星の騎士団長』と呼ばれるこの人で護りきれなかったのだから仕方ない。


「それで……シャーロットはどこに?」


 僕の質問に一同は硬直した。まるで石化の呪文を受けたかのように。

 重苦しい空気が流れる。僕はその間ただ黙して彼らの返答を待った。


「いいタケル? これは戦争なの。毎日何人もの人間が傷つき、殺されてるわ」


 その場にいたものを代表するように答えたのはエマだ。いつも通り冷静沈着な口調だが、気が急く今の僕には感情を逆撫でする効果しかなかった。


「そんな話は訊いていないっ! どこにいるんだと訊いてるんだよっ!」

「……嘆息の洞窟よ。あいつらはあなた一人で来ることを要求している」

「望むところだ!」


 それを聞くなり飛び出そうとする僕の肩をエマが掴んだ。


「なんだよ? 離せっ!」

「武器を持たずに、一人で来いと言ってるわ。そこで休戦協定を結ぼうと提案してきている。そうすればシャーロットは解放するとも……」


 僕はすぐさま宝剣を腰から外して放り投げる。その様子をエマは呆れた顔をして見ていた。


「攫ったのは魔王軍の大参謀、サバト。言うまでもないけれど、これは罠よ」

「だからどうした? シャーロットを助けてサバトを殺す。それでいいだろ?」

「サバトは狡猾よ。力だけで勝てる相手ではないわ」


 エマは翡翠色に透き通った目で僕を射抜いた。エマはいつでも冷静な態度で正しい判断を下す。しかし今の僕に必要なのは『正しいこと』ではなく、『大切なこと』だ。


「だったらどうしろとっ!」

「だから最初に言ったでしょう? これは戦争なの。毎日沢山の人が死ぬ。でもその一人ひとりの報復なんてしていたらきりがないわ。シャーロットのことは、諦めなさい」


 感情を消し去った声でエマは淀みなくそう言い切った。


「ふざけるなっ! 仲間を見棄てることなんて出来ないっ!」

「出来なくてもするのよ。勝つために」


 頭がクラクラするほど僕の脳は興奮で滾っていた。もちろんエマの言うことは理解できる。

 もし僕が死ねばせっかく攻勢に転じはじめた人類は再び魔族に圧し返されるだろう。しかしたとえそうであっても僕はシャーロットを見棄てることが出来なかった。


「そんな勝利じゃ意味がない……シャーロットを見殺しにして戦いに勝ったとしても、それは僕にとって敗北だ」


 エマと言い争うことが今すべきことじゃない。僕は、飾らずに思うがままの言葉で静かにそう伝えた。


「私だって……辛いのよ……こんなこと、言いたくない……シャーロットは仲間だもの……でも、あなたはこの世界が救える唯一の希望なの。それに命を捨ててまで助けに行ってシャーロットが喜ぶと思うの?」


 エマは冷静な表情のまま涙を頬に伝わせていた。最後の方は声が震えてほとんど聞き取れなかった。


「シャーロットがどう思おうが、僕には関係ない。シャーロットを救いたいのは、僕のわがままなんだから」


 そう言い残し、僕はみんなに背を向ける。止めるものは、もう誰もいなかった。止めても無駄だと思ったのか、僕の勝利を信じてくれているのか?

 立ち去ろうとする僕の背中にエマが小さく声を掛ける。


「タケル……生きて、帰ってきて」


 振り返らずに片手を上げてそれに応える。

 心配するな。

 僕は異能の救世主だ。武器などなくても、相手が何万何十万いようが、一人で倒す。


 そして必ずシャーロットを奪還してやる。それが出来ないくらいなら、チートな能力なんていらない。


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