荒廃した世界
騒ぎを聞きつけたのか、次々と教会に人が集まってくる。
タケル君の小説にあったとおり、みんな着ているものは鎧であったりローブであったりとファンタジーの世界そのものだ。
集まった人達は私の姿を見て息を飲んだ。
ちなみに私はファストファッションの店で買ったどこにでもあるような量産型のTシャツとジーンズだ。もう少しオシャレしてくるべきだったかもしれない。どうでもいいことだけど。
「まさか……また『異能の救世主』様が……?」
集まった人達を代表するかのように、長いヒゲを蓄えた絵に描いた長老のような人が歩み寄ってくる。集まった人達に緊張が走るのが見て取れた。
「騙されないで! そいつは異能の救世主なんかじゃないわっ! 災禍の原因の張本人のヒナタよ!」
シャーロットは金切り声で叫ぶ。誰も騙してなんていないのに酷い言われようでさすがにムッとした。
確かに私は異能の救世主なんかではないのだけれど、災禍の原因でもない。タケル君の小説を読む限り、シャーロットは気が少し強いけど性格はいい子と思っていただけにショックだった。
「やめんか、シャーロット。タケルは、異能の救世主は、自ら望んでその命を賭したのじゃ」
『命を賭す』という不穏な単語に背筋が震えた。
今さら物語を途中で読むのをやめてしまったことを激しく後悔する。
あの物語の先、いったいこの世界では何が起こってしまったのか?
シャーロットを除く村人達が私に敵意がないことは分かった。しかし畏れているかのように近付いても来ない。
ここは私が来るところではなかった。そんな後悔で冷や汗が滲んでくる。
確か小説の中ではこの村にある古井戸が現実世界に戻る出口だったはずだ。とにかく一刻も早くここから逃げ出してしまいたかった。
「あの……あっちの世界に戻るための古井戸はどこでしょうか?」
シャーロットのことは無視して長老に問い掛ける。
するとまだ私に好意的だった長老ですら、表情を引き攣らせた。また何かまずいことを言ってしまったのだろうか?
「ほらやっぱりこの女は救世主なんかじゃなかった! こんな女はいっそここでっ」
「落ち着け、シャーロットっ! すまんな、娘さん。古井戸は、こっちじゃ」
長老は杖を突きながら教会のドアを開けた。私は背後で殺気立つ碧い目をした美少女に気を付けながらそのあとに続く。
「えっ!?」
教会を一歩出た私は驚きのあまり、息を飲んだ。
タケル君の小説の中では、ここは小さいながらも美しい村だったはずだ。
色とりどりに塗られた小さな家が建ち並び、石畳の道には馬車なども走っていた。
しかし目の前に現れた景色はまるで廃墟だ。
家々は崩れ、道は荒れ果てて地面が剥き出しになっている。
村を囲む山も木々が枯れ、瘴気のような霧が立ち籠めていた。
「これはっ……いったい……」
「モンスターアタックの影響じゃよ……さあ、こちらへ」
説明する気はないらしく、長老は曲がった腰からは想像できない速度で歩いて行く。
ほぼ村の中心にその井戸はあった。荒れ果てた村の中でもその周辺が一番荒んでいた。
「タケルはいつもその穴から『異世界』へと戻っていった」
「異世界……?」
「あ、いや。あんたらからしたらこちらが異世界になるのか……まあ、元々あんたらの住んでいる世界じゃよ」
少し離れた位置から村人達は私を見ており、シャーロットは相変わらず鋭い目で私を見据えていたが危害を加えるのは諦めてくれたようだった。
「それじゃあの。気を付けてな」
「はい。お騒がせしました」
タケル君はこの世界で人助けなどをして満喫していたみたいだけど、私には到底無理だ。
井戸の奥を覗き込む。暗闇が深く続いており、とても底は見えそうにない。こんなところを飛び降りる勇気はなかった。
その時、突如獣の咆哮が響く。それは地面が震えるほどの激しい吼え声だった。
何かとてもよくないものが近付いてくる気配を感じた。
「しまった。早く行け!」
血相を変えた長老が杖で私を突いた。その力は老人と思えないほど強く、バランスを崩した私は井戸の中へと落ちてしまった。
「きゃああああっー!?」
叫びながらいつ果てるとも分からない闇に堕ちていく。
すると来たときと同じように身体が光りに包まれた。そしてそのままふわふわと漂うように浮かび、気が付くと神社裏のご神木の木の根元に戻ってきていた。
「も、戻って来られたの……?」
時計を見ても先ほどから一分も経過していない。すべては白昼夢だったのではないかと錯覚するほどだった。今は真夜中だから白昼夢というのもなんだか変な感じだけれども。
家に戻ると既に両親は寝ているのか、静かだった。物音を立てないように注意して部屋に戻る。
そこでようやく張り詰めていた緊張から解放された。一気に肩の力が抜け、床にべたーっと這いつくばる。
「なんだったの……あれ……」
すべてが妄想だったと思いたい。しかしそれで片付けてしまうにはあまりにも感触がリアリティーに溢れていた。
ふと机の上のパソコンに目が行く。
あの世界で何があったのか?
なぜシャーロットは私をあんなに責めたのか?
タケル君はあの世界で何をしてきたのか?
そして──
(タケル君……いったいどこにいるの?)
その答えはきっとあのファイルの中にある。
しかしそれを見る勇気がなかった。
それを読んでしまったら、引き返せないところまで連れて行かれる。そんな気がした。