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そして異世界は続く

 私はタケル君が書いた『異世界を救った男』の続きを綴っている。特に理由はないけど、せっかくここまで書いたのだからその結末まで綴っておきたかった。

 しかし体験したことをいざ文章にしようとすると、どうしても日記みたいになってしまう。簡単そうに書いていたタケル君を改めて尊敬した。


「うーん……」


 どう表現しようかと悩んでいると突然ベランダが開いた。


 私がこの世界に戻ってきて二つ目の驚いたこと。

 それは──


「鍵締めてないのか? 無用心だな」


 盗っ人猛々しくそう言いながらサバトさんが勝手に部屋に入ってくる。


「また来たんですか? もうっ……」


 二つ目の驚いたこと、それはサバトさんがちょこちょここちらの世界にやって来るようになってしまったことだ。


「なんだ、その言い方は? 私はお前の魔術の師匠だぞ。敬意が足りない」

「そりゃ感謝してますけど……言いにくいですけどこんなに頻繁に来られたら迷惑です」

「言いにくい割には随分はっきりと言うんだな。私はこちらの世界をなかなか気に入ってしまってな」


 悪びれる様子もなくそう言うと、クッションに座って買ってきたコーラを飲みながら漫画を読み始める。ちなみにコーラのことは『悪魔の水』と呼んでいて、大層お気に入りのようだった。


「勝手に人の部屋に来て……お母さんに見られたら怒られますから」

「大丈夫だ。私は姿を消すことも出来るからな」

「ほんとにもうっ……」


 呆れながら私もサバトさんの向かいに座った。


「そんな顔するな。せっかく今日は面白いニュースを二つも持ってきてやったんだから」

「面白いニュース? え、なになにっ!?」


 私が前のめりになった瞬間、部屋のドアが開いた。


「なに騒いでるの、陽向? あっ……」

「あっ……」


 ノックもせずに部屋にやって来たお母さんはサバトさんを見て唖然とする。前のめりに近寄っていた私は慌ててサバトさんから離れた。


「やだ、陽向! 彼氏っ!? スゴいイケメンじゃないっ!!」

「ちょっ……違っ……」

「はじめまして、お母さん」


 サバトさんは否定も肯定もせずに会釈する。いや、「お母さん」と呼んでしまっているからやや肯定気味の態度だ。


「ちょっとサバトさんっ! 消えてくれるんじゃなかったんですかっ!?」

「消えるって……なんてこというの、陽向! すいませんねぇ、礼儀のなっていない娘で」

「お気になさらず。照れてるだけなんでしょう」


 サバトさんは誤解を解こうともせず、むしろこの状況を愉しんで悪ノリしている。


「陽向に彼氏がねぇ……しかもこんな歳上のイケメンさん。いい歳していつまでも子供っぽい顔だし、お洒落もいまいちだし、おっぱいだって小さいから彼氏なんて出来ないだろうって心配してたんですよ」

「いえいえ。胸が小さいのもヒナタさんのチャームポイントですよ」

「まあ! いい人見つけたねぇ、陽向」

「も、もうお母さんは出て行ってよっ!」

「はいはい……」


 お母さんは冷やかしの笑みを浮かべながら部屋を後にしていった。

 実の母にまでおっぱいをディスられ、多感な年頃の心はズタズタだ。


「さっ……さっきの話、本当なの?」

「ん? ああ。本当に面白いニュースだ」

「あ、うん……」


 訊きたかったのはそっちじゃなかったけど、まあいい。


「陽向が言ってたタケルを虐めていた奴ら、みんなタケルにしたことを書面にして学校に提出すると言ってきた」

「えっ……?」


 タケル君のイジメの問題をどう解決すべきか、大参謀と呼ばれたサバトさんならいい案があるかと思い相談してしまっていた。

 彼らが自主的にそんな反省文など書くはずがない。嫌な予感しかしなかった。


「な、何をしたのよっ!?」

「心配するな。殺したりはしてない」

「あ、当たり前でしょっ!」

「ちょっと反省してもらおうとお仕置きしただけだ。はじめは随分と威勢がよかったのに、ちょっと可愛がっただけですぐに心が折れてたな」

「こ、心を折るくらい無茶苦茶しちゃったんですか?」

「まあ心以外にも骨も何本かは折ってしまったがな」

「ちょっ……やり過ぎでしょっ!」


 サバトさんに相談したことを今さら後悔しても遅かった。恐らく彼らは死ぬほど怖ろしい目に遭わされたことだろう。なにせこのサディスト男に狙われたのだから。


「全員裸にして土下座させたのを写真に撮ったんだが、ヒナタも見るか?」

「見ませんっ! そんなものは消して下さいよっ!」


 カメラが物珍しいらしく、古いデジカメを貸してあげてからというもの、サバトさんは自動販売機とか廻り寿司のレーンだとか無駄に色んなものを撮りまくっていた。


 それにしてもイジメの実態を自供したら彼らはどうなるだろう。タケル君が失踪しているということもあるから、事態を重く見られて停学では済まない気もする。そう思うとちょっと意地悪な私はザマァ感がこみ上げてきて嬉しくなった。


「もう一つの面白い話というのは向こうの世界で荒れ果てた街や田畑、森や川などをみんなで修復する作業が始まったことだ。復興作業のリーダーはもちろんタケルだ」

「そうなんだ。よかった」

「しかも人類と魔族が一緒に復興作業をしている」

「魔族と、人類が……一緒に?」

「そう。そんなことはもちろん初めてのことだ」


 サバトさんは愉快そうに歯を見せる。無感動なサバトさんをこんな笑顔に出来るタケル君がなんだか誇らしい。


「タケル君はまだ世界を救う仕事をしてるんだね……凄いな」

「愉しい話というのはここからだ」


 サバトさんは先ほどまでとは違う、どこか下世話な笑みを浮かべた。


「それが原因でタケルがシャーロットと揉めててな」

「シャーロットと?」

「ああ。シャーロットは新婚旅行に行きたいといっているのだが、タケルは新婚旅行はおろか、使える時間を全て復興に費やしてしまっている。はじめのうちは人のため、魔族のため、復興のためと堪えていたシャーロットだが、遂に最近堪忍袋の緒が切れてな。激しい喧嘩が始まった」

「ええーっ!?」

「とはいえ二人の意思があっても身体は一つだ。喧嘩といっても口喧嘩や身体の奪い合いだ」


 それは実に滑稽な姿だろう。タケル君には申し訳ないけど、想像しただけで可笑しかった。それに口喧嘩でタケル君がシャーロットに勝てるはずがない。


「夫婦喧嘩は好きなだけしてもらっても構わないが、復興作業が滞ってしまってかなわない。」


 嘆いているわりに、サバトさんはやけに愉しそうに声を弾ませていた。


「うーん……それはタケル君が悪いよね。やっぱり女の子はそういうの愉しみにしちゃうし」

「ほぉ……それは復興作業よりも大切なのか?」

「うん。そりゃそうでしょ。少なくとも女の子にとっては」


 はぁ、と私は溜め息をつく。

 取り敢えず私が異世界に行ってシャーロットとタケル君の仲を取り持ち、二人がハネムーンを愉しんでる間は私が代わりに作業を手伝わなくてはならなそうだ。

 せっかく解放されたと思ったのに、私はまだしばらく幼なじみを救わなくてはならなそうだ。





『異世界を救った男』を救いたい幼なじみの女の子  〈終わり〉


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