二つの予期せぬこと
私が異世界から戻ると、両親はおろか警察まで捜索中という大変な事態に陥っていた。タケル君の失踪の件もあったから余計心配をかけ、こっぴどく叱られてしまった。
何の言い訳も考えてなかった私はなんでいなくなったのかも、どこに行っていたのかも当然答えられなかった。もちろんありのままを話すわけにもいかず、私は黙るしかなかった。
しかしその無言が親に勝手な解釈を与えてくれ、向こうもなぜか反省していた。ちょっと申し訳なく思ったけれど、お説教が終わってくれたのでその勘違いに乗っかることにした。
そんな騒ぎも一週間もすれば何事もなかったように元の生活に戻っていた。
日常生活が落ち着いてから、私はタケル君の実家に行った。おばさんに事実を伝えることは出来ないけれど、タケル君が無事に生きていることは教えてあげたい。
「あら、陽向ちゃん。久し振りね」
おばさんは私の顔を見るなりそう言って笑った。私が家出騒動を起こしたことは知ってるはずだけどそのことについては言及してこなかった。
そんな優しい気遣いをしてくれるおばさんに真実を伝えることすらしてやれないのが辛かった。
おばさんは必要以上の陽気さで私をリビングへと通してくれる。
「タケル君は……きっとどこかで元気に暮らしてると思います。きっと優しい人に囲まれ、幸せに生きてます」
淹れてもらったコーヒーを一口飲んでからおばさんの目を見て伝えた。おばさんは優しく微笑み、小さく頷く。
「私もそう思うわ。きっとどこかで元気にしてる」
「今は無理でも、いつかふらっと顔を見せに来るかもしれません」
「そうね。きっとそんな日が来るわね……ありがとう、陽向ちゃん」
おばさんは私の言葉を慰めと感じたのだろうか、それとも信じてくれたのであろうか?
それは分からないけれど、とにかく嬉しそうに笑っていた。
すぐには無理でも、いつか必ずタケル君に里帰りさせようと心に誓った。
これが私の幼なじみを救う物語のすべてである。
ちなみに余談になってしまうけど、こちらの世界に戻ってきた私は驚くことが二つあった。
一つ目は、異世界で得たチート能力について。
光のオーラを纏う能力は異世界にいるときだけのものだと思い込んでいたが、驚くことにこちらの世界に戻ってきてもその力は使えた。
お風呂に入ってるとき冗談半分で精神を集中させてみたところ、いきなり光が溢れ出してしまった。何か疚しいことをしてしまったように焦り、親にバレる前に慌てて消した。
もちろん意識して力を出そうとしなければ勝手に出ることはないので、日常生活には影響はない。
ちなみに驚異的な身体能力の方はまるで発動しなかった。超人的運動能力の方も期待し、すぐにお風呂から上がって腹筋をしたが十回もすると限界で腹筋は悲鳴を上げていた。
光を出す魔法なんて現代社会ではマジシャンにでもならない限り、なんの使い道もない。
「なぁんだ……意味ないじゃん……」
無駄に汗をかいてしまったことを悔やんでいた次の瞬間、心臓がどくんっと大きく跳ねた。
(えっ……タケル君もこっちの世界で魔力が使えた……ってこと!?)
その事実を知り、私の脈拍はどんどん加速していく。
確かに私は魔力なんて使えても何の役にも立たない。しかしタケル君の場合は役に立ったはずだ。
理由もなく繰り返された不良生徒達からの暴力。タケル君は魔法を使えば彼らに復讐することなんて容易だった。
タケル君は私みたいなショボい魔法ではなく、火や雷、風、氷結など様々な魔法が使える。それらを使えば、想像するのも怖ろしいが原因不明の方法で殺すことだって出来たはずだ。
ボーッとしてる私ですらこちらの世界で魔法が使えるのか試してみたのだから、タケル君が試していないはずがない。『異世界を救った男』の中には描かれていなかったが、必ずタケル君も試してみたはずだ。
「タケル君はそれを知りつつ、使わなかったんだ……」
『異世界を救った男』を読みながら、私はタケル君が異世界での能力があればこんな奴らを倒せるのにと歯を噛みながら読んでいたが、異世界の能力はあったのだった。ただ、使わなかっただけで。
「なんで……」
殺すまでしなくても反撃は出来たはずだ。何故しなかったのだろうか?
真っ先に浮かんだのは魔力を見せればすぐに大騒ぎになり、タケル君が変な実験のために捕まってしまうのを怖れたという理由だった。しかしそれはすぐに否定した。
離れたところや人混みに紛れて魔術を使えばタケル君の仕業だとバレないからだ。
本文に書かれていなかっただけで魔力を使って復讐したのかとも思ったけど、それならば騒ぎになってるはずだ。しかしそんな話は聞いていない。
考えても理由は分からなかった。本人に訊くのが一番早いけれど、惚けて誤魔化されそうな気がした。
私が辿り着いた結論は「チート能力に頼りたくなかった」ということだった。
その理由は分からないけど、もしかするとこちらの世界では魔法の力に頼りたくなかったのかもしれない。自分の力で何とかしたかったと考えると何となく腑に落ちた。
タケル君はズルをしたり、他人に迷惑をかけるのを嫌う正義感の強い性格だから。
「あー、でもなんかすっきりしない……私だったら絶対仕返しするけどなぁー……」
そもそも私と違いタケル君はこちらの世界では異能が使えなかったという可能性もあるけれど、それならそれで「こちらの世界ではチート能力は使えなかった」という一文くらい書いてあるはずだ。
復讐出来るけれどしないというタケル君の性格が歯痒くもあり、誇らしくも思えた。
でも魔法を使って防御くらいはしていたのかもしれない。だから殴られても痛くなかった。そう考えるとほんの少しだけだけど、救われた気持ちになった。
タケル君が魔法の力に頼らなかったんだから私も魔法の力で彼らに復讐するのはやめよう。
もっと普通の方法であのヤンキー達には償いを受けさせなければならない。