ふたりでひとつ
翌朝、日の出と共に予め頼んでいた救援部隊がやって来て、私たちを搬送してくれた。その時には既にその場にサバトさんはいなかった。馴れ合いを嫌うあの人らしい。
快復力の高い私はもう自分で歩けるまでになっていたが、エマさんやリュークさんは緊急治療室へと送られる。
タケル君はダークサイドが解けていたが、やはり人々はまだ怖れているようだったので私がベッドの隣に付き添った。あれだけ人々を恐怖に陥れたのだから仕方ない。
しかし人々は怖れると同時にタケル君の無事も祈っていた。怪物と化した英雄を忌みものとして扱わない人々の優しさに、私は涙を流すほど温かい気持ちにさせられた。
「タケル君はこの世界のために命懸けだったんだもんね……みんなもそれを分かってくれてるんだよ……よかったね」
タケル君の手を握り、語り掛けると「んんっ……」と唸り、瞼が震えた。
「タケル君っ!? 気がついたのっ!?」
ゆっくりとタケル君の瞼が開いていく。意識が朦朧としてるのか、視点が定まっていない。
覚束ない足取りで立ち上がろうとする子供を見守るように、私は固唾を飲んでタケル君を見守った。
ぼんやりとした視線がゆっくりと私に向いて、ようやくタケル君は私に気付いてくれた。
「陽向っ……」
「おはよう。随分と寝てたね……」
「ありがとう、陽向……僕を助けてくれて」
「ううん。助けたのは、シャーロットだよ。闇に飲まれたこと、覚えてるの?」
「いや……シャーロットが教えてくれたんだ」
シャーロットの魂はタケル君と繋がって一つになっている。意識がなくても会話が出来るのだろう。
「そうなんだ……シャーロットとはもう話したんだ……」
「うん……昏睡状態のときに全部聞いた」
「そっか……シャーロットは? 元気?」
「ああ。元気だよ……」
もう彼女が肉体を捨ててタケル君を助けたことも聞いているのだろう。タケル君は沈んだ顔をして目を伏せる。
優しいタケル君はその事実を知り、どれ程胸を痛めたことだろう。それを慰められるのは、シャーロットしかいない。ダークサイドは解けても、タケル君の心には新しい闇が生まれてしまった。
でもきっとシャーロットならばきっとタケル君を支え、時に叱り、乗り越えてくれる。そう信じていた。
「あ、そうだ……タケル君が書いた『異世界を救った男』を読んだよ」
「……えっ、あれ、読んじゃったのっ……?」
「何か読まれたらまずいことでも書いてあったの?」
ジトーッとした目で睨むとタケル君は顔を赤くして惚けていた。
「悪かったわね、おっぱいが小さくて」
「いや、それは……」
タケル君は気まずそうにあたふたする。こんなに頑張って世界を救ったことに免じて、意地悪はこのくらいで赦してあげよう。
「タケル君はこの世界と私たちの世界を救ってくれてたんだね。凄いなぁ」
「僕一人の力じゃないよ……みんなで助け合いながら世界を守ったんだ」
「うん。みんなタケル君を信じて戦ってくれたんだもんね」
タケル君を助けたら話そうと思っていたことはたくさんあったはずなのに、いざこうして顔を合わすとあまり話せない。
「ちょっとヒナタっ。いつまでタケルの手を握ってるわけ?」
「わっ!?」
シャーロットの冷ややかな声が聞こえ、慌てて繋いだ手を離す。
「シャーロットっ! よかった! 無事だったのね!」
せっかく手を離したのに、今度はタケル君の身体に抱き付いてしまった。もちろんタケル君じゃなくてシャーロットに抱き付いたつもりだ。
「な、なに抱き付いてるわけっ!? タケルから離れてっ!」
「あ、ごめん」
タケル君は顔を真っ赤にして気まずそうに宙に視線を泳がせていた。
二重人格とは違うので、二つの意識はいっぺんに現れる。基本的にはタケル君の意志で身体を動かしているようだった。
いずれにせよ慣れるまでは本人達も、接する側も少しややこしそうだ。
「ありがとう……シャーロットのおかげでタケル君は元のタケル君に戻れたみたいだね」
「元のタケルじゃないから。私と一つになった新しいタケルよ。言うなれば完全体のタケルね」
シャーロットはもうタケルと一つの身体を共有する生活に覚悟を決めたのか、戯けた感じでそう言った。もちろんタケル君に気遣ってのことなのだろうけど、笑い話に変えられるシャーロットの強さに尊敬の念さえ感じた。
「確かに完全体なのかもね。タケル君みたいに無茶ばかりする人にはシャーロットみたいなしっかりした人がついていた方が安心だし」
「そういうこと。タケルは馬鹿だから私がしっかり手綱を握るの」
「馬鹿じゃなくて正義感に溢れてるだけだからっ」
「自分で言う、それ?」
「ひ、陽向まで!?」
頼りにされてるタケル君だけど、からかわれやすいのはこの世界でも一緒みたいで安心した。
「これからはずぅーっと一緒なんだから。覚悟してよね、タケル」
「そのことも関係してるんだけど……あのさ、陽向……」
タケル君は申し訳なさそうに首を竦める。なにを言いたいかなんて、聞かなくても分かっている。だから敢えて言わせない。
「一つの身体で二人の魂が融合しているなんて、結婚するより強い結びつきになったんだから、タケル君もしっかりしないと駄目だよ」
「あ、うん……分かってる」
「シャーロットみたいな素敵な人、幸せにしてあげなきゃ怒るからね」
「ありがとう、陽向……」
タケル君ももう、とっくに自分の気持ちに気付いていたんだろう。素直に頷いた。絶対今、シャーロットは顔を真っ赤にしているはずだ。見られないのが悔しい。
「シャーロットと一緒になったんだから、タケル君ももうこっちの世界の人だね……」
「えっ……」
「え? じゃないよ。当たり前でしょ」
「陽向は僕を連れ戻しに来たんじゃないの?」
「連れ戻しに来たに決まってるでしょ。でもシャーロットと一緒になったんだもん。もう諦めるよ」
「陽向……」
「ありがとう、ヒナタっ……」
「きゃっ!?」
いきなりタケル君は抱き付いて、慌てて離れた。いや、タケル君じゃなくシャーロットが抱き付いてきたのか。タケル君の意志じゃなく、シャーロットの意志でも身体は動くらしい。本当にややこしくて困る。
タケル君一人しかいないのに、私の目の前に仲睦まじく寄り添う二人が見えるようだった。
そう思うとなんだかこっちが気恥ずかしくなり、思わず視線を逸らした。
とにかくこれで私の異世界での役割は終わった。寂しく感じるのはきっと幼なじみとお別れするからなんだろう。
私は恋をしたことも、失恋とかしたこともないから分からないけど、きっと今私が感じている寂しさはそれとは違うものだ。そう思うことにした。