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決戦前夜

「タケルの力は日に日に強さを増しているわ。そしてそれに比例するように正気を失いダークサイドに取り込まれている」


 シャーロットの言葉は静かに私の胸を締め付ける。

 はじまりの村で会ったとき、タケル君はまだ私のことを覚えていてくれた。けれど明日会うとき、既に私のことは覚えてくれていないかもしれない。

 十年以上ほぼ毎日顔を合わせていた幼なじみが私のことを忘れてしまう。


「強大な力を持つタケル相手だからチャンスは一度きりと考えた方がいい」

「……時間がないと言っていたのはそういうことなんだね」

「それもあるけれど……タケルがヒナタを忘れないうちにと言う意味もある」

「私を……? どういうこと?」

「ヒナタを見たタケルは明らかに動揺していた。変わり果てた姿を見られてその動揺はかなり強かったはずよ。あなたを覚えているうちに対峙すればタケルはまた必ず動揺する。そしてダークサイドの力に抗おうとするはず。その隙を衝くの」

「分かった……」


 シャーロットの説明を継ぐように、サバトが具体的な作戦を告げてくる。


「ヒナタの力でタケルを拘束する。光のオーラでタケルを動かないように縛り付けてくれ。私やエマ達は抵抗してくるタケルと応戦する。たとえ私たちが殺されてもヒナタは動揺するな。とにかく意識はタケルを掴まえておくことだけに集中させるんだ、いいな?」

「はいっ……」

「タケルの動きを封じたら、後はシャーロット、お前だ」

「分かってる」

「シャーロットがタケルのダークサイドを浄化させる。それに全てかかっているからな」


 シャーロットは無言で力強く頷いた。


「それでもタケルが戻らないときは──」


 サバトは私とシャーロットの顔を射抜くように視線を鋭く尖らせた。


「タケルを殺す。いいな?」

「ッッ……!!」

「…………ええ。分かったわ」


 シャーロットは血を吐くような顔をして了承の言葉を吐いた。でも私は首を縦に振ることさえ出来なかった。


 殺す……?

 私が……タケル君を……?

 この世界を救い、私たちの世界も救ってくれたタケル君を?

 子供の頃からずっと一緒だったタケル君を、私が殺すの?


 止めようのない涙が溢れ、頬を伝う。


 タケル君を殺すなんて、そんなこと出来ない。


「安心しろ、ヒナタ……」


 サバトは目を伏せ、私の頭を撫でる。そんなことをサバトにされたのははじめてだったので、思わず身体がびくんっと震えてしまった。


「恐らくタケルは殺せない。殺されるのは我々の方だろう」


 サバトがブラックジョークを言ってると気付くのに数秒を要してしまった。

 こんな冷徹で面白みのなさそうな人でも冗談を言うんだと驚いた。


「それ、全然安心なんて出来ませんから……」


 涙を拭いながら無理矢理笑い、私は頷いた。


「分かった……助けられない場合は…………」


 それ以上は言えなかった。サバトは大きく頷き、私の頭から手を離す。


 その日の夜は、緊張と興奮と不安で眠れなかった。

 地面の上で何度も寝返りを打ち、タケル君のことを思った。

 何も語らないけど隣で寝転がるシャーロットも寝付けない様子だった。


「ねえ、シャーロット……」

「なに?」


 シャーロットは私に背を向けたまま返事をする。


「シャーロットは怖くないの?」

「……怖くないわ。明日死ぬかもしれないなんて夜は何度も経験してきたから」

「そっか……やっぱり強いな……シャーロットは」

「ううん……本当は少し、怖い」


 シャーロットは仰向けになり、天井を見上げて呟いた。


「タケルが私のことを覚えていないんじゃないかって思うと怖い……私の魔力で闇に飲まれたタケルを元に戻せたとしても、私を覚えていなかったらどうしようって思うと怖い」

「大丈夫だよ……きっと覚えてる。タケル君なら、きっと」

「そんなの分かんないじゃないっ……もしそうだったら……私は今までなんのためにっ……」

「大丈夫」


 手を握るとシャーロットは涙を滲ませた震える目で私を見詰める。普段の強気な彼女からは想像も出来ないほどの弱々しい表情が、失礼ながらもとても可愛かった。


「覚えてくれているかな……?」

「ふふっ」

「な、なんで笑うのよっ!」

「ごめん。可愛いなって思って」

「はあっ!? 何なのよっ! 馬鹿にして!」


 怒っているけど手は繋いだままだ。元々細くて綺麗な指だったんだろうけど、戦い続けたことで手はゴツゴツとしていた。

 私たちの世界に生まれていれば友達と遊んだり、恋をしたり、部活をしたりと青春を謳歌していたんだろう。


「タケル君のことが本当に好きなんだね」

「なっ……ば、ばかっ……私はっ……」


 照れる顔をじぃっと見詰めるとます生す顔が赤くなって可愛い。

 シャーロットは顔をぷいっと背け、ふて腐れた声で呟く。


「好きとか、そういうのじゃないから……私はタケルを助けたいだけ」

「人を好きになるってちょっと恥ずかしいけど、素敵なことだよ。タケル君だってシャーロットに想いを寄せられて絶対に喜んでるはず」

「……そうかな?」

「うん。間違いない」


 励ますようにぎゅっと手を握ると、シャーロットも強く握り返してくれた。


「まあ、タケル君を選ぶっていうセンスは変わってるなぁって思うけど」

「はあっ!? それ絶対ヒナタには言われたくないしっ!」

「なんで私のセンスの話になるのよ」

「別に。おやすみっ」


 シャーロットは私から手を解いてごろんと寝返りを打つ。

 こんなに可愛い女の子を悲しませるとは、タケル君もご立派な身分になったものだ。救出したら少しお説教してやらないといけない。


 がりがりがりっという音が背後から聞こえ慌てて振り返ると、杖を使ってサバトが地面に線を引いていた。私の視線に気付いた彼は面倒くさそうに顔をしかめる。


「ほら、女子エリア? とやらの境界線を引き忘れていただろ? 自分ではじめたのに忘れるな」

「ちょっと。そこじゃなくてもう少しうしろですから」

「知るか」


 サバトはそう吐き捨てて踵を返した。ヒカリゴケの淡い光を浴びる姿はどこか幻想的に見える。


「ありがとう、サバト」


 サバトに鍛えてもらわなければきっと私はなんにも出来なかっただろう。もう少し優しくしてもらいたかったけれど、お陰でタケル君を助ける可能性が生まれた。


「……明日は厳しい戦いになる。今日はよく寝ておけよ」


 振り返ることなくそう言い残し、サバトは夜の闇に消えていく。

 私はしばらくその闇を見詰めていた。


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