サバトがタケルを助ける理由
「今日からヒナタとシャーロットは別々で特訓する」
陽が昇るとすぐにサバトが女子エリアに入ってきてそう指示してきた。一応日の出まで女子エリアに入ってこなかったところだけは評価してあげよう。
「シャーロットはこの鍾乳洞の奥にある『夢幻の岩戸』で魔力を高めさせる」
「夢幻の岩戸?」
「ああ。我ら魔族が魔力を高めるときに修業する場所だ。その中には歪な魔力が充満している。精神を統一し、それらを撥ね除け続けなければ死ぬこととなる」
「し、死ぬっ……!? 訓練でしょっ!? そんな命懸けのものじゃなくてもう少し安全なものはないんですかっ!?」
驚きのあまり叫んでしまったが、当の本人であるシャーロットは「分かった」と顎を引きながら頷く。
「人の心配などする余裕があるのか? ヒナタ、お前は再び私と特訓だ。もちろん死ぬ確率はヒナタの方が高いから覚悟しろ」
「そんな無茶苦茶な……」
「タケルを救いたいならそれくらい乗り越えろ。それとも助けたいというのは口先だけか?」
下手くそな挑発には乗らず、サバトを睨むだけに留めておいた。
「言っておくがな、ヒナタ。昨日のお前のあの程度の魔力じゃタケルは止められない。もっと死ぬ気でかかってこい」
「死ぬ気じゃなくて殺す気でかかっていってもいいんですか?」
「ほぉ……そうだ。その調子だ」
精一杯の虚勢を張るとサバトは口許だけで笑った。
このあと私はサバトの言葉に嘘はなかったことを身をもって知らされた。
彼は相手に合わせて加減をするなどという気遣いは微塵も持ち合わせていないようだった。たとえか弱い女の子でも彼のその哲学は曲がったりはしない。
次々と繰り出されるサバトの術を交わしたり喰らったりしながら、私も術が少しづつ操れるようになってきた。死にかけじゃないと出せなかった光のオーラも、繰り返しているうちに自分の意志で出せるようになってくる。
チート能力というものはただ持っているだけではあまり役に立たず、使いこなせてこそのものだと知った。
特訓も四日目になると空まで飛べるようになり、優位に戦いを進めることまで出来るようになっていた。
一人で魔力鍛練を積むシャーロットの方も毎日ヘロヘロになりながらも着実に力をつけているようだった。
特訓四日目の日没、サバトは疲労で蹌踉けながら壁を背にしてずるりと腰を下ろした。特訓をつけてくれている彼の方も、かなりの疲労を蓄積させているようだった。
「特訓はここまでだ……明日の夜、タケルとの実戦を行う」
「えっ……もうですかっ!?」
「なんだ? あれほど嫌がっていた特訓が終わるのがそんなに嫌なのか?」
「そ、そうではないんですけど……」
タケル君は魔王をも倒した力の持ち主だ。確かに私も力を使えるようになってきたけれど、まだまだ実力不足な気がした
「いつまでも時間を費やせない。こうしている間にもタケルはこの世界を破壊し続けているからな」
「それは、確かにそうでしょうけど……今の力で勝てますか?」
勝ち目のない戦いをするサバトではないはずだ。しかしまだまだ未熟な私が加わったくらいで勝てる相手ではない気がする。
「はははははっ!!」
サバトは大声で笑う。
その笑い方は馬鹿にした失笑ではなく、どこかぎこちない演じたような笑い方だった。
「勝つ? ヒナタ、お前はタケルに勝つために訓練していたのか?」
「それは……」
「違うだろ? お前は、私たちはタケルを助けるために特訓をしていた。違うか?」
その大前提を言われ、今さら私は自分の目的を思い出す。そう、私はタケル君を助けるために訓練をしていた。
「サバトの言う通りよ。タケルを討つんじゃない。私たちはタケルを助けるんでしょ、ヒナタ。ヒナタ一人で戦って勝つためじゃない。私たち全員でタケルを助ける。それが目的でしょ」
シャーロットも憔悴した顔で力なく笑った。
しかし私にはどうしても理解できないことがあった。それをモヤモヤさせたままタケル君救出には向かえない。
「サバトにとってタケル君を助けるというのは、その……殺すことじゃないの?」
エマさんやリュークさんはタケル君の名誉や尊厳のために討つと覚悟を決めていた。サバトも当然タケル君を打ち倒すことを願っているのではないだろうか?
「私はタケルを助けると言ったはずだ。なぜ殺さねばならない?」
「だって……エマさんも、リュークさんもタケル君を討つことが助けることだって言っていたし……てっきりあなたもそうなのかと……」
「馬鹿を言うな。あいつらがタケルを殺すことで助けるというのは、あくまでタケルの尊厳や名誉を守ってやるためだろう? その名誉とはつまり我々魔王軍を打ち負かしたという名誉だ。それはもちろん俺たち魔族にとって名誉ではない。そんなものを守る必要などあるか」
きつい言葉遣いだが、恨みがましい口調ではない。
「じゃあ……助けるというのは」
「お前たちと同じだ。タケルのダークサイドを解き、元に戻すことが私にとって助けるという意味だ」
「なんで……? あなたにとってタケル君は憎い相手じゃないの?」
「いちいち質問の多い女だな……」
「だってタケル君を最後まで殺そうとしていた人が助けようとしてるなんて信じられませんからっ……」
救出作戦を共に行うなら信頼出来なければ不可能だ。サバトの本心を知らないままでは命を預けることなんて出来ない。
「何か勘違いしているようだから教えておいてやろう、小娘。私は友情でタケルを助けるわけではない。必要だから助けるだけだ」
「必要……タケル君が、必要なの?」
「そうだ。魔王様が討たれ、魔族は一気に分裂し、戦意を失った。このままタケル達に押されれば魔族は滅びかねないというところまで追い込まれたんだ。事実人間どもは大群をなして魔族の残党を狩りはじめた」
魔王亡き後、人類は魔族を駆逐するために打って出た。それはタケル君の残した『異世界を救った男』を読んで知っている流れだ。
「あっ!?」
私は今さらながらに気付いた。サバトがタケル君を救いたい理由を。サバトは私が理解したことに気付いたようだった。
「なんだ? 知っているのか? そう、タケルはその魔王様亡き後の戦場に一度も現れなかった。はじめは単にタケルが魔王様との戦いでの負傷で動けない、もしくは死んだと思い込んでいた。タケルさえいなければ魔族にはまだ一縷の望みがある。私は魔族を集結させ、王国を襲ったのだ」
魔族の残党を駆逐することをタケル君は拒んだ。そして現実世界へと帰っていた。そうとは知らない魔族達はタケル君が動けないうちにと逆襲をかけてきた。
「王国にタケルはいなかった。我々はそのままタケルが根城としてる村を襲った。そしてタケルが異世界へと往き来している井戸を狙おうとした。私が仕入れた情報だと、タケルはこの世界にいるときは怖ろしい力を持っているが、異世界ではただの凡夫。そもそも異世界の人類はひどく戦いが弱いと聞いていた。異世界ごと人類を根絶やしにするつもりだった」
しかしその時タケル君はこの世界に戻っていた。それから先は私も知っているとおりだ。
「……タケル君がこれ以上魔族を追い詰めないでと言ってこの世界から出て行ったのを、そのあとで聞いたんですね?」
「まあそういうことだ。タケルが正常に戻り、人類の指揮を執れば魔族と無駄な争いをしないだろう。そのためにタケルには生きてもらわなくてはならないというわけだ。友情ごっこじゃなくてがっかりしたか?」
「……いいえ。がっかりじゃなくてすっきりしました」
「すっきり?」
サバトは不思議そうに眉を歪めた。
「友情が芽生えたとか、タケル君の優しさに感銘を受けたとか言われたら疑ってしまいますから。利害が一致しているというなら、サバトを信じられます」
「ふん……というかヒナタ、ずっと気になっていたんだが敬語で喋るなら『サバト』じゃなくて『サバトさん』と呼べ」
「それは無理です。だってタケル君に酷いことしたサバトのことは大嫌いですから」
にっこり笑顔でそう言ってやるとサバトは不快そうに目を逸らしてごにょごにょと何か言う。その姿を見て少し気が晴れた。
シャーロットは呆れたように肩を竦め、鼻からい気を抜くように笑った。
「ヒナタの心のモヤモヤは晴れた? じゃあ明日の作戦を立てるよ」
「うん。分かった」
サバトは少しモヤモヤしたのかもしれないが、私の知ったことではない。