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憩いの温泉

 そういう世界なんだと分かりながらも、せめてゆっくりと休みたかった。


「じゃ、じゃあお風呂は? お風呂もないの?」


 無駄だと分かりながらも訴えてみた。


「風呂? ああ、鍾乳洞の奥の方に温泉が湧いている。入りたければ勝手に入れ」

「あ、お風呂はあるんだ……」


 ダメ元で言ってみたから、あっさりあると言われて喜びよりも驚きが勝ってしまっていた。しかも天然の温泉。入りたいが、モンスターが入る温泉というのは人も入れるような代物なのだろうか?


「なんだ? 案内してやらないとこんな鍾乳洞も歩けないのか?」


 面倒臭そうにサバトが起き上がる。シャーロットに肩を借りていたのも忘れ、私は慌てて彼を手で制した。


「こ、来ないでっ! いいからっ! 自分で行けますからっ!」

「何赤い顔をしてるんだ? 行くならさっさと行け」

「そ、それとっ! ここからっ……!!」


 私は大切な魔道の杖で地面に線を引きながらサバトを睨む。


「ここからこっちは女子の空間だから入ってこないでよねっ!」

「はぁ? 女子の空間? 誰が貴様の真っ平らな」

「真っ平らな? 真っ平らななに?」


 大参謀まで務めた割にサバトは学習能力がないのかもしれない。睨みつけると大人しく黙った。

 もう一度女子エリアに立ち入らないように釘を刺してからシャーロットと温泉に向かった。


 サバトが言う通り、鍾乳洞の奥には天然の温泉が湧き出ていた。魔族が入る温泉だから人間が入れないほどの熱湯だったり、酸的なヤバい液体なのかと心配したが、見たところごく一般的な温泉のようで安心する。


 辺りは剥き出しの岩肌で、その岩に生した光る苔だけがぼんやりと辺りを照らしていた。手を入れただけでその心地よさが伝わってくる。


「あー、気持ちいい……シャーロットも入ろう」

「……うん」


 シャーロットはか細い声で答え、服を脱ぐ。たゆんっと弾むものを見せられ、同性なのに恥ずかしくなって目を逸らす。

 でもここで躊躇っていたら余計からかわれると思い、私もひと思いに凹凸の乏しい身体を曝してしまう。


 てっきり憎まれ口を叩いてくると思っていたが、シャーロットは静かに足首から湯に浸かっていった。

 練習が終わってからシャーロットはずっと浮かない顔をしている。


「大丈夫。私が必ず力をつけてタケル君を助けられるようになるから」

「うん……そうだよね…………ヒナタがタケルを助けてくれるんだよね」


 まるでそれが不本意であるかのような口振りだった。シャーロットは目許の滲みを隠すようにばしゃばしゃと荒っぽく手のひらで顔を洗う。

 異世界から突然やって来た私がタケル君救出の重要な役割を担うのが悔しいのかもしれない。転校生がやって来て突然クラスの中心人物になるくらい受け入れがたいことだろう。


「もちろん私だけじゃないよ? シャーロットがダークサイド状態を解くんだから一番重要な役割なんだから」

「結局ヒナタなんじゃない……私はタケルを助けられなかったし……私が好きだって言っても、タケルはヒナタを選んだし……」


 シャーロットの強気は弱い自分を隠したい反動なのかもしれない。精一杯無理して、不器用に生きる。そんな彼女が無性に愛しく感じた。

 私は手のひらで水鉄砲を作り、シャーロットの顔にお湯をかけた。


「ぷはっ!? ちょっと何すんのよっ!」

「シャーロットは私のせいでタケル君が大変な目に遭ったとか言ってたけど、私に言わせればシャーロットだって同じだよ?」

「はあ? なんで私のせいなのよっ! タケルはヒナタのために異世界を守ろうとしたのよっ」


 私の挑発にたやすく乗ってきたシャーロットは少し元気を取り戻してきた。


「タケル君が魔王を倒した後になんでこの世界に戻ってきたと思ってるの?」

「それは……そっちの世界が嫌だったからでしょ」

「違う。タケル君はシャーロットに会いたかったから戻ってきたの」


 恐らくそれはシャーロット自身も気付いていたのだろう。反論をせずに視線を逸らす。


「私たちの世界に戻ってきたタケル君は、私に告白しようとしてたの。でもね、シャーロットのことが気になって仕方なくて、私にはなんにも告げずにまたこの世界に戻ってきたのよ」

「それは……お別れでも言いに来たんじゃないの?」

「そんなわけないでしょ。タケル君はもうだいぶ前からシャーロットのことが好きだったの。タケル君も失いかけてようやく気付けたんだと思う」


 まだ温泉に浸かって間もないのに、シャーロットはのぼせたようにその白い肌を真っ赤に染めていた。


「タケル君が酷い目に遭ったのを私のせいだけにしないでよね。タケル君はシャーロットの為にこの世界を救おうとしたんだから」

「ヒナタ……」

「責任を感じるんだったらもっと魔力を鍛えてタケル君のダークサイドを解いてあげてよ。私も頑張るから」

「うん……ありがとう、ヒナタ」


 話はこれまで、というように私は伸びをしながら肩まで温泉に浸かる。

 本当は私もシャーロットにお礼が言いたかった。

 私の幼なじみを本気で好きになってくれて、ありがとう。タケル君を支えてくれて、強くしてくれて、最後まで見捨てずにいてくれてありがとう。


 でも今はまだそれを言う時じゃない。タケル君を助けてから言おうと心に誓った。


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