聖なる光
ここまで追い詰められても私はこれといった魔術を繰り出せていなかった。
そもそもちょっとした火や水を出すのも目を閉じて精神集中をしなければならないのに、逃げ惑って時にはダメージを受けながら魔術を出すなんて出来るはずもない。
異世界に来て早々に魔力を発揮できたタケル君の凄さを改めて思い知った。
「休んでる暇はないぞ」
サバトが放った風刃が空気を切り裂き私とシャーロット目掛けて襲い掛かる。
「きゃあっ!!」
「うああっ!!」
私は何とかジャンプして避けたが、シャーロットは直撃してしまい、血が吹き飛ぶ。
「シャーロットっ!」
サバトは本当にここで私やシャーロットが死んでも構わないのだろう。まるでとどめを刺すかのように巨大な火の玉を頭上に作り始めていた。
「もうやめてっ! シャーロットが死んじゃうっ!!」
私の叫びが空気を振るわせて波状となってサバトに襲い掛かる。
しかしその攻撃はもうとっくに読まれており、彼は難なくそれを交わすと小さな隕石のような火の塊をシャーロットに向けて投げ放った。
「シャーロットッ!!」
私は慌ててシャーロットに覆い被さった。
あんなものをまともに食らえば私だって命の保証はないかもしれない。けれどタケル君が何度も命を救い、逆にタケル君の命を何度も救ったこともあるシャーロットをここで殺させるわけにはいかなかった。
守りたいという衝動が頂点に達した瞬間、私の身体から金色の光が溢れ出す。
その光は瞬く間に辺りいっぱいに広がり、小隕石を粉々に破壊した。
「ヒナタっ……」
シャーロットは目を見開き、私を見詰めている。
「何、これ……」
私の身体は光を纏っていた。
嘘のように身体が軽い。あれほど痛かった傷口が嘘のように癒えていく。
サバトは翼を広げて宙に浮いて黒い焔の玉を次々と放ってきた。
しかしそれらは私の身体から溢れる光に触れると蒸発したように消えていく。
高速で飛び回るサバトを睨みつけ、杖を翳す。
「止まりなさいっ!」
命令すると私から放たれている光が勢いよく伸びてサバトの身体に巻き付いた。
「くっ……」
光に掴まれたサバトは逃げようともがく。まるで私が手で抑えているかのように、その抵抗が伝わってきた。
圧し返されまいと強く念じる。
「ぐああっ!!」
まるで素手で首を絞めている感覚だ。苦しむサバトの感覚まで伝わってくる。
恐怖と興奮で私は更に力を強めた。
「ヒナタっ! もう離してっ!」
シャーロットに腕を掴まれ、慌てて力を抜く。その瞬間に光が消え、解放されたサバトはドサッと地面に落下した。
「す、すいませんっ!」
慌ててサバトに駆け寄る。私は我を忘れ、サバトを殺しかけてしまっていた。
「なるほど……ヒナタの力はその光か……使えそうだな」
彼はゴホゴホと咽せながら笑った。
「今のが……私の力……」
「ああ。どうやらお前ら異世界人は仲間を助けようとするとき力を発揮するようだな……まったく変わった奴らだ」
サバトは呆れ顔で笑った。初めて愉快そうに笑うサバトを見て、私の胸は不意にざわついてしまった。
一応私の力がどんなものなのかは分かったが、それを意識的に繰り出し、制御することはまだ出来ない。それに瞬時にサバトを捻り潰しそうな程の力ではあったけれど、この程度の力ではまだタケル君を抑えることは出来ないそうだ。
何を鍛えるべきかと言うことが分かっただけでまだ特訓はこれからが本番だ。
サバトは鍾乳洞の入口付近に視線を向ける。
「間もなく日が沈む。今日はここまでだ」
「はい……ありがとうございました」
その言葉で全身の力が抜けた。命を落としかねない特訓で私の身体は限界だった。
「ちょっ!? 大丈夫っ!?」
シャーロットに抱き止めてもらえなければ地面に倒れていただろう。
「一日目からその調子じゃ先が思い遣られるな」
「そう思うなら少し手を抜いてよ……」
「ちゃんと手を抜いてやっただろう? まさかあれが私の本気だとでも思ったのか?」
「鬼っ……」
全力で睨みつけてやったのにサバトは愉快そうに笑みを浮かべていた。
やっぱりあのまま捻り潰してやればよかった。
「この鍾乳洞は一応魔族の聖地として神殿になっているからタケルはやって来ないだろうが、気は抜くなよ」
「そうね。気を付けておく」
シャーロットは私に肩を貸しながら頷く。
「それで私たちはどこで寝ればいいんですか?」
「どこで寝る? 別にどこでもいい。その辺に適当に寝転べ」
「…………は? ベッドとかは?」
「そんなものあるわけないだろ? 私たち魔族はあんなもの必要ない」
「嘘っ……ここで……?」
念のために地面を見ると大小様々な石が転がっている。こんなところで寝られるはずがない。
しかしシャーロット達にとってはそれほど驚くべきことではなかったらしく、濡れてないところを探し、その辺りの石を足で払って寝る場所を確保しはじめた。
ふかふかのベッドとは言わない。せめて背中が痛くならない程度の寝床が欲しかった。
受け入れきれない私を無視してサバトは床にゴロンと寝転がる。