異世界を救った男のハーレム生活
家に帰り、受け取ったメモリーカードを買ってもらったばかりのノートパソコンに射し込んで立ち上げる。
(まさかウイルス入れてるとかのイタズラじゃないよね……)
恐る恐るメモリーカードを開くと中には一般的なワープロソフトで作成されたファイルが一つ入っていた。
『異世界を救った男』
ファイルにはそんなタイトルがつけられていた。頭の中ではてなマークがいくつも踊った。
「異世界を救った男……? なにこれ?」
イジメられていたことを告発するヘビーなものや、ラブレターの類ではなさそうで安心する。
なぜこんなタイトルのものを私に見せたかったのかは分からないが、タケル君の最後の願いだと思ってファイルをクリックした。最後といってもまだ生きてるんだろうけど。
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新月の夜、僕こと本郷タケルは網嘉神社の境内を歩いていた。といってももちろん賽銭泥棒をしにきたわけではない。ただの散歩だ。
この神社は子供の頃よく幼なじみの陽向と遊んでいたが、ここ最近は初詣ですら来たことがなかった。
「変わんないなぁ……」
街はいつもどこかで工事が行われ、新しい建物が建ち、古い店がなくなることの繰り返しで景色がいつまで経っても定まらない。そこにいくとこの神社は昔とまるで変わらない景観を保っている。
僕は昔と変わらない『何か』を見たくてここにやって来たが、そんな期待を上回るほどこの神社は昔と変わっていなかった。
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(これってタケル君の書いた小説……?)
普段小説を読まない私でも抵抗なく読めるくらい、しっかりしつつも適度に崩れた文章だった。伊達に普段から小説ばかりを読んでいたわけではないと感心してしまう。
ただ主人公の名前が『本郷タケル』というところに少し抵抗を感じた。どうしても読んでいると幼なじみの姿が頭に浮かんでしまう。
そもそも『僕こと本郷タケル』という冒頭のヘンテコな自己紹介は一人称小説に不自然なんじゃないかと感じた。でも最近の本はそういうものなのかもしれないと解釈し、違和感を無理に払拭した。
それよりも私の名前が出て来たり、近隣の神社が出て来たことに驚いた。小説に勝手に登場させられているのはなんだか気恥ずかしい。タケル君が見つかったら文句を言ってやろうと思いながら先を読む。
タケル君は神社にあるご神木の前にやってくる。
月のない、いわゆる新月の夜の十二時、その木の股が突然光り始め、穴が空く。そこが異世界に繋がるゲートであった。
「異世界へのゲート? あり得ないし……」
しかし荒唐無稽ぶりはまだまだこれからが本番だった。異世界に行くと主人公、タケル君は物凄い能力の持ち主になるという展開が待ち受けていた。
たとえば物凄く怪力だったり、炎、雷、水、風、氷などを操れる魔力だったりとやりたい放題の無敵状態だ。文脈から読み取ってそういう力のことを「チート」と呼ぶらしい。
更にその異世界でタケル君はなぜか女の子にやたらモテた。
見た目は変わらないらしいが──いや実際には少し美化されて書かれてるところもあるが──とにかく異世界の美少女達はタケル君を『異能の救世主』と囃し立てて言い寄ってくる。正にハーレム状態だ。
「なにこれ?」
三人目の女の子が現れ、みんなでタケル君を取り合う場面まで読んでパソコンのディスプレイから目を逸らした。
読むに堪えない恥ずかしさやら虚しさを感じたからだ。
私は心理学者じゃないけれど、彼の心の奥底にある歪んだ欲望や認められたいという願望を目の当たりにした気持ちになった。
「なんでタケル君はこんなものを私に見せたかったんだろう……」
はぁと溜め息をつく。
真っ先に思い付いたのは自分の小説を書く能力を私に見せたかったという理由だ。しかしそもそも読書家ではない私にそんなものを見せてどうしたかったのだろう?
まだどこかの出版社に送った方がいい気がする。採用はされないだろうけど。
読むのをやめてしまおうかとも思ったが思い留まる。この小説を読むことでタケル君の失踪について何か分かることがあるかもしれないからだ。
それにもし『僕が死んだら』と言っていたことも気にかかる。タケル君は何か危険なことに巻き込まれたとのだろうか?
願望まみれの物語は気恥ずかしいが、失踪の謎を見つけるためと我慢して続きを読んだ。
タケル君が転移したその異世界では『魔族』というモンスターと人類が戦いを繰り広げていた。
強大な力を持つ魔王に押されて劣勢に陥った人間達のもとに現れたのが『異能の救世主』タケル君というわけだ。
タケル君は取り敢えず適当な武器を片手に近隣で暴れている魔王軍の幹部に戦いを挑みに行く。
なぜかシャーロットという碧眼金髪の美少女も一緒だ。
この少女は多少気が強いところがあるが、見たところ一番タケル君を慕ってるようだった。回復魔法が使える白魔法使いらしいのだが、戦うのは苦手なようで案の定あっさり敵に捕まってしまう。
「あーあ。言わんこっちゃない」
読みながらつい呟いてしまう。無茶苦茶なストーリーだが、読み進めていくと不思議と引き込まれるものがあった。幼なじみの意外な文才と発想力に感心する。
人質を取られたタケル君は抵抗できず魔王軍になぶり殺しにされる。早くも訪れた大ピンチだ。しかしその時、タケル君の身体は紫色のオーラに包まれた。
目が妖しく光り、敵は近寄るだけでその禍々しい深紫のオーラに焼き殺されていく。
どうやらその状態は『ダークサイド』というものらしい。
それまででも充分強かったタケル君だが、ダークサイドに陥った状態だと更に強くなった。その勢いであっさりと魔王軍幹部を倒してしまう。
しかしダークサイド状態になると自制が効かなくなるという致命的な欠点があった。思考は正常らしいのだが、身体が意志とは関係なく勝手に動き、制御が出来なくなるらしい。強くなってもそれでは不便で仕方ない。
その状況から正気に戻せるのはシャーロットしかいないらしかった。彼女は昔から憑きもの落としを受け継いできた一族の末裔だからだ。彼女は魔術で見事タケル君を元の姿に戻すことに成功した。
村まで戻ってきたタケル君は再びゲートをくぐり現実世界に帰ってくる。
異世界に数日間滞在していたのに、戻ってきたら二十分くらいしか経過していなかったというところで第一章は完結していた。
「えっ!? 帰ってくるんだ? ずっと異世界にいる物語なのかと思ってた。それにしても……なんだかなぁ……」
悪くはないのだが、どこかで見たことがあるような展開のオンパレードだった。
それなりに面白かったが、オリジナリティというものを感じない。よくあるストーリーの主人公を自分の名前にしただけという感が否めなかった。
なんにせよ取り敢えずそんなに急いで読まなくてはいけないものではないようだ。
私はそこで一旦パソコンの電源を落とす。気付けばもう日も落ちていた。
「あ、ヤバい」
慌ててキッチンに行き夕飯の支度をはじめる。
両親とも仕事のため、夕ご飯を作るのは私の仕事になっていた。
急ごしらえに中華風の炒め物と味噌汁、ほうれん草のおひたしを完成させる。
「うん。上出来」
味見をして自画自賛をする。手抜き料理だが普段から作り慣れているので味の方は自信があった。
タケル君は両親が旅行にいった時に我が家に食事をしに来たことがある。
私が作ったハンバーグを「美味しい」と絶賛して食べてくれた姿を思い出し、少ししんみりした。
タケル君のお母さんが言ったように、本当にタケル君は私のことが好きだったのだろうか?
そんな素振りを感じたことはあまりなかった。
私は今まで彼氏がいたことはないが、何人かに告白されたことはある。でも恋愛に興味が持てなかったから全員断ってきた。
化粧などはほとんどしてないし、髪も染めずに真っ黒のままの私は自分で言うのもなんだが、地味で目立たない方だと思う。
それに目は大きいけれど低い鼻や小さい口のせいで年下に見られることも多かった。
タケル君の小説に出て来る美少女達のように派手な美しさとは対極にあるような存在だ。ついでにいえば胸の大きさも実に慎ましい。そこもタケル君の小説に出て来る女の子とは正反対だ。
タケル君の理想とはかけ離れているはずだと思う。
別にどうでもいいことだけど、彼の理想の美少女像というのが私の真逆というのは何となく腹立たしかった。