かつての敵
シャーロットもエマさんも苦い表情を浮かべて黙る。それぞれの抱える苦悩が絡まり合ったような、重苦しい沈黙だった。
「その……『助けるということに間違いはないが、その解釈には違いがある』というのは、どういう意味でしょうか?」
「それはっ……」
聞かれたくないのか、シャーロットは狼狽えながら私を見る。
「今のタケルは自分の意志に反して生きている。それを終わらせてあげることが私にとっての助け方よ」
エマが眉間に力を入れながらそう答えた。
「それって……つまり、タケル君をっ……」
リュークさんは己を律するように目を細め、苦しそうに告げる。
「まだ暴走しはじめた直後のタケルは俺に言ったんだ。『頼むから僕を殺してくれ』と……せめて彼の不本意な生を絶ってやる……それが我々に出来るせめてもの恩返しだ」
「そんなっ……」
命を救うのではなく、命を絶ってやる。それがエマさんやリュークさんのいう救いだった。
「私は認めないっ! タケルを元のタケルにしてあげるのっ! 私ならそれが出来るっ!」
「シャーロット……もう手遅れだと分かっているでしょ」
「そんなのまだ分からないっ!」
シャーロットは目に涙を溜めて訴えた。エマの言い方からして、シャーロットは既にタケル君にダークサイドを解く魔法をかけたのだろう。しかしダークサイドに魂を乗っ取られたタケル君には効かなかった。
「私が意識を取り戻していればこんなことにはならなかったっ! 私がっ……私のせいでっ……」
「そんなことを言うなら私たちがタケルを止められなかったことや軍部がタケルの忠告を聞かなかったことの方がよっぽど問題よ」
シャーロットはタケル君があんなことになったのは私のせいと責めてきていたが、実際は自分を責めていた。
エマさんやリュークさんだって責任を感じている。その上でタケルを討つと誓っていた。タケルの尊厳や世の中の平和の為に。
この世界ではそう割り切って生きるしかないんだろう。
いずれにせよ一つだけ言える確かなことは、この世界では沢山の人がタケル君を愛しているということだった。
行方不明になったと聞いた後すぐにタケル君のことを嘲笑ったあちら側の冷たい世界の人とは違い、こちら側の世界の人はタケル君を大切な仲間として信頼し、愛していた。
そんな人たちを苦しめている今の現状は、確かにタケル君にとって何よりも堪え難い苦しみなのかもしれない。
どうしようもない悲しみが神殿を埋め尽くしたとき、祭壇から黒い煙が立ち上がった。
「えっ!? なにっ!?」
驚いて後退る私をよそに、他の三人は気にした様子もなくその煙を見ていた。
煙はやがて一塊になり、物質のように固まっていく。そしてそこに黒い翼を持った人型の魔物が姿を現した。
「相変わらずお前達は罪の被り合いが好きだな……そんなに悔やむくらいなら全て俺に責任を擦り付けろと言っているだろう?」
人型の魔物は息を飲むくらい端整な顔立ちをした男だった。
物憂げでありながら鋭い目、シンメトリーな顔、シニカルに歪んだ薄い唇、病的なまでに白い肌。
冷酷そうに浮かべた笑みを見て、思わず背筋がゾクッと震えた。
「人間とはこういう悩みを持つ生き物だ。全て魔族のせいと思い込んだところで、心では自分を責めてしまう。魔族のサバトには分からないだろうがな」
騎士団長リュークは不快そうにそう言い返した。
「サ、サバトっ!? 大参謀サバトなの、この人っ!?」
驚きのあまり、逃げることも身構えることも出来なかった。足が竦み、ただ呆然と立ち尽くしてしまう。
「なんだ小娘、俺を知ってるのか?」
「なんでサバトがこんなところにっ……」
驚いたことにシャーロットもエマさんもリュークさんも戦おうとせず、ただ迷惑そうに睨むだけだった。
「神殿に魔族がやって来て驚いたか? ここは魔族の聖地でもあるからな。我々魔族でも入ることが出来るんだ」
「い、いえ、そういう問題じゃなくて……敵、なんでしょ、サバトは……」
訊ねるようにリュークさんの顔を見る。
「ああ。本来はな……しかし今は共に戦う同盟関係だ」
「同盟関係っ……?」
「正気を失ったタケルは魔族であろうが人間であろうが殺し続ける。今は魔族とでも手を組んで生き延びるしかない」
予想もしていなかった展開だった。魔族と戦っていた人類は、今や魔族と共闘していた。
驚く私の顔を見て、エマさんが力なく笑う。
「皮肉なものよね。魔族と和平を望んだタケルの言葉を無視し、私たちは魔族と戦った。それなのにタケルを止めるために魔族と手を組むことになるのだから……」
皮肉というより、それはもう悲劇だ、
世界から愛されたタケル君は今や世界を恐怖に陥れ、世界と戦っている。
これではあまりにもタケル君が浮かばれない。
私の幼なじみはどこまで悲しみを背負わなくてはならないのか?