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異世界を壊すもの

 タケル君は異世界に行った。しかしそれは永住をしに行った訳ではなさそうだった。

 だったらタケル君はこの世界に戻ってきていなければならない。だけどタケル君はこの日を境に行方不明になってしまった。

 

 きっと気が変わってタケル君は異世界に永住することに決めたのだろう。目覚めたシャーロットと気持ちを通わせ、結ばれたのかもしれない。これでよかった。おばさんたちは気の毒だけれど、でもタケル君が幸せならばそれが一番だと思う。タケル君にはタケル君の人生があるのだから。


 駄目だ──

 つじつまが合わ過ぎる。

 もし私が異世界に行かなけければそんな素敵な終わり方で満足出来た。ファイルを閉じ、異世界で幸せに暮らすタケル君に好き勝手な思いを馳せられたかもしれない。

 でも私は見てしまっている。荒れ果てた『はじまりの村』も、私を恨めしげに睨んだシャーロットも。

 そんな素敵な幕が引かれたわけじゃないのは間違いなかった。


 結局最後まで読んでも謎は解けるどころか深まってしまった。


 タケル君は魔王を倒したはずだ。まだ魔族が残っているとはいえ、あんなに荒廃するほど激しい戦いが何故起こったのだろう。

 最後まで読めば分かると思い込んでいただけに、期待を裏切られたモヤモヤ感が凄かった。

 ただ「これから異世界で住もうと思う」という終わり方をしていないのだから、意図せず戻って来られなくなったのは間違いなさそうだった。

 

(やっぱり、行くしかないよね……)


 タケル君の身に何が起こったのか、その答えを知るためには異世界に行くしかない。

 時刻は午後四時。多分今から行って帰ってこれば親が帰宅するまでには真相が分かるはずだ。夕ご飯を作るのは多分間に合わないけれど。


「って、夕ご飯なんて気にしてる場合じゃないしっ!」


 取るものも取りあえず私は神社へと駆け出していた。

 一度異世界に行った人は月の満ち欠けやら時間など関係なく、神社の裏のご神木から異世界に転移することが出来る。

 何度も繰り返しタケル君の小説で読んできた事実だ。


 私が木の根元に近付くと、当たり前のようにその木の股から光りが溢れ、異世界に繋がるホールが生まれる。

 私は迷わずにそこに飛び込んだ。

 前回着地に失敗したので、今回は落ちていくときから着地を意識した体勢を整える。


「とぉっ!」


 その成果もあり、異世界に着いた私は見事転けずに着地できた。


 しかしこういう時に限り、教会の中には誰もいなかった。

 いや、正確には真っ暗闇で誰かいたとしても見えない状況である。どうやら真夜中に着いてしまったみたいだ。

 前回も宵の口に到着したし、どうも私と異世界は相性が悪い。


「誰かいませんかぁ……」


 電気のない世界というのはこんなにも夜の闇が濃くて深いのだと改めて感じる。

 私の声は聖堂内に虚しく響き、返ってくる反応はなかった。


「夜中に着くとはついてないなぁ……」


 時差のある海外に旅行したのならホテルで寝ればいいだけたけど、こんな異世界で夜を過ごすのは些か不安だ。


 取り敢えず教会を出てみようかと歩き始め時、突然獣の唸り声のような轟音が聞こえてきた。

 前回井戸に飛び込む前にも聞いた地響きを感じるような唸り声だ。


「えっ……なにっ!? なんなのッ!?」


 人々の叫び声が聞こえた次の瞬間、勢いよく教会の扉が開いた。


 「はやく! こっちだ!」「待ってっ! まだ子供がっ!」「急ぐんだっ!」「きゃああああっ!!」


 怒声、悲鳴、怯える声、子供の泣き声。様々な声が狭い教会内に響く。


「静かにっ! 声を出さないでっ!」


 潜めた声でみんなを注意したのはシャーロットだった。前回来たときはシャーロットが死の淵を彷徨って生還したという事実を知らなかったが、それを知った今となっては元気に生きる彼女を見るだけで少し嬉しさを感じてしまう。


「ねえっ……いったい何があったの!?」


 質問事項だらけだが、取り敢えず今何が起こっているのかが知りたくてシャーロットに訊ねた。


「ヒ、ヒナタっ……なんでまたあんたがここにっ……」


 村人達は一斉に私の顔を見る。中には救世主の登場とばかりに手を合わせて拝む年寄りまでいた。


「タケル君が魔王を倒して戦いは終わったんじゃなかったのっ!?」

「それは……」


 シャーロットは言葉に詰まる。


 一体ここでは何が起こっているのか?

 人々は何と戦っているのか?


 その答えが与えられる前に、外から人々の悲鳴が聞こえた。逃げ遅れた人々の声だろう。


「まずいっ!!」


 シャーロットは慌てて扉を開ける。


「ちょっと待ってっ!」

「ヒナタは来ないでっ! そこで待っててっ!」


 シャーロットは身を屈めて飛び出していく。

 何が起きているのかは分からないが、危険なのは間違いない。

 しかしこないだ来たときに分かったが、私も『チートなスキル』とやらがあるようだ。

 もしここでシャーロットの身に何かあったら、命懸けで守ったタケル君の意志が無駄になってしまう。

 本当は脚が震えるほど怖かったけど、意を決して私はシャーロットの後を追った。


 荒廃した村のあちらこちらが燃えている。血が飛び散り、もがき苦しむ人も転がっていた。それは正に地獄絵図だった。

 逃げ遅れた人々が逃げ惑い、シャーロットや若い人達がそんな人達の手を取って逃げていた。


(魔族の残党が攻めてきたんだ……なんとかしないと……)


 空の上からまたけたたましい咆哮が響く。地面を振るわせるほどの轟音だった。


 慌てて声がした方を見上げ、血の気が引いた。

 そこにいたのは──


「タケル君っ……!?」


 宙に浮き、雄叫びを上げ、焔の雨を降らせていたのは間違いなく私の幼なじみのタケル君だった。

 行方不明になったタケル君が常軌を逸した姿でそこにいた。


「なんで……なんでなのっ……」


 タケル君であることは間違いないが、目は真っ赤に染まり、身体からは紫色の禍々しい光のオーラを放っていた。


「タケル……タケル君っ!? 何してるの、タケル君っ! やめてっ!! お願いっ! やめてよぉおおっ!!」


 私の叫び声がタケル君に届いた。

 宙に浮いた彼は私の方を見て、目を剥く。

 それは醜く変わり果てた姿を見られて怯えてるようにも見えた。身体を止めようと必死になるがどうしようもないのか、止まらないようだった。


「なんでここにいるんだ、陽向っ!! 逃げろっ! 頼む! 逃げてくれっ! 僕のことは気にせず、二度とここには来るなっ! はやく井戸に飛び込めっ!」


 間違いなくタケル君の声だった。不意に涙がこみ上げ、溢れ出す。なぜこんなことになっているのか、訳が分からなかった。


「タケル君、もうやめてっ! あなたはこの世界を愛してたじゃないっ!」


 私の怒声は波動となり、辺りの空気を振るわせて飛んでいき、宙に浮くタケル君に衝突した。


「グアァアアッ!!」


 獣の声を上げ、タケル君が飛ばされる。


「何をしてるの、馬鹿っ! 教会に隠れててっていったでしょ!」


 シャーロットは私の腕を掴み走り出す。


「タケル君っ! 帰ろうっ! 私と一緒に帰るのっ!」


 私の必死な訴えも虚しく、タケル君は何か強い力に引っ張られるように凄い勢いで闇夜の空へと消えていった。




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