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物語の終わり

 軍部会議室を出た僕の後をエマが追い掛けてくるが、僕は振り返らずにそのまま城の出口に向かう。


「タケルの言うことは分かるわ。けれど私たちと魔族の遺恨の根は深いの」

「そうだろうね。きっと僕には理解できないほど、それは根深く、複雑に絡まっているんだろう。しょせん異世界人の僕には理解できないんだろう」

「タケル……」

「魔王はもういない。僕の役割は果たしたと思う。あとは君たちの問題だ。僕はこの世界に住む人間じゃないのだから」

「タケルはずっとこの世界にいてっ。お願いっ……シャーロットだって──」

「もう充分だよ」


 一度立ち止まり、僕はエマの顔を見詰める。いつも冷静なエマとは思えないほど、感情が昂ぶっているのが見て取れた。


「もう、僕はここに留まることは出来ない」

「なんでそんなことを言うのっ! 国王は次期国王をあなたに託したいとさえ思ってる」

「やめてくれ。僕はそんな柄じゃない」

「もちろん無理に国王になって欲しいとは言わないわ。でもあなたにはいつまでもこの世界にいて欲しい。それは国民みんなの願いなの。もちろん、私の願いでもある」


 エマの言葉に嘘はなさそうだった。

 正直言えば僕もそれを望んでいた。しかし魔王との戦いを経た僕はある一つの不安に駈られていた。それは次第に僕の中で広がり、今や消せないほどの確信になりつつあった。


「……魔王は僕と同じ能力を持っていた。もしかすると魔王とは、僕のように異世界からやって来た人間だったんじゃないかって、そう思ってしまうこともあるんだ」

「何を言うのっ! そんなわけない! 魔王は、魔王よ。太古の昔からこの世界にいた、悪魔なのっ!」


 聞くだけで耳が穢れると言わんばかりにエマが怒った。こんなに感情的になるエマを見るのははじめてだった。


「まあその仮説はさすがに飛躍しすぎてるかもしれない。でも平和になったこの世界は、将来的に人知を越えたスキルを持つ僕のことを畏れはじめるという可能性は充分にある」

「そんなわけないでしょ! あなたはこの世界で英雄なのっ! 誰もあなたのことを忌みしき者とは見ないわっ!」

「それは分からない。人間といっても異世界人だ。世の中が平和になれば異常な力を持った僕が禍の元凶と見做すときが来るかもしれない。偉大な力を持つ神と凶悪な力を持つ悪魔はほとんど同じ存在なんじゃないのかな? 多分その違いは、立場でしかない」


 僕の話はあくまで予想だ。しかしそれは絶対にないこととは言い切れない。その時僕は彼らと殺し合いをしなくてはならなくなるだろう。そんな悲しい未来は堪えられない。


「さよなら、エマ。君たちと過ごせた時間は、僕の宝物だよ」

「待ってっ! タケルッ!!」


 全力で跳びながら駆け抜けた。僕が本気で駈ければこの世界で追いつける者はいない。

 あっと言う間に王国が遠離っていく。

 最後にもう一度シャーロットの顔が見たかったが、見れば決心が鈍りそうだからやめておいた。


 そのまま僕ははじまりの村へと戻ってきた。

 異世界に転移されたとき、常に到着し、現実世界に戻るための井戸があるこの村だ。

 ここでシャーロットとはじめて会ったときのことが懐かしい。異世界から来たという僕を魔族の刺客だと思い込んだ彼女はいきなり僕に斬りかかってきたのだ。


「懐かしいな……」


 平和なこの村はあの時から何一つ変わっていない。

 小さな教会も、色とりどりに塗られた小さな家々も、村の中心を流れる水路も、家畜たちの泣き声も、ここから見える山々も、石畳の道も。

 全て僕がきた時と同じ長閑さを感じさせてくれる。


 静かに目を閉じ、この景色を網膜に焼き付けた。


「さよなら……」


 お別れの言葉を呟き、僕は井戸の中へと飛び込んだ。



 現実世界に戻った僕を待っていたのは、やはりいつもと変わらない一日だった。

 友達もいないただの小太りな根暗のオタクだ。

 不良達の嫌がらせは続いたし、クラスメイトからは話し掛けられることもない。

 そんな惨めな暮らしも僕にとってはいつも通りの毎日だ。でも今の僕は異世界に旅立つ前の僕とは違う。精一杯生きれば道は切り拓けるということを学んだ。

 それはどんなチートな能力よりも大切で役に立つものかもしれない。


 家に帰った僕はいつものくせで魔王との死闘の続きをパソコンで綴っていた。

 元々陽向に宛てて書いていた物語だが、生きて帰ってきたのだからもう陽向にすら見せることはなくなった。

 それでも僕は最後まで書ききることでこの物語を完結したかった。


 書き終えた僕はそれまでのタイトル『陽向へ』を消し、新しいタイトルに書き直す。


『異世界を救った男』と。


(そうだ……生きて帰ってきたら陽向に告白する予定だったんだっけ……)


 今さらそんな大切なことを思い出す。

 けど、言い訳をするわけじゃないけれど、とてもそんな気持ちではなかった。

 僕を救うために命を張ったシャーロットのことが頭から離れない。

 彼女は無事に目を醒ませたのだろうか?


 異世界にはもう戻らない。

 そう決めていたが、シャーロットのことだけはどうしても気懸かりだった。


 僕が死んだら陽向に渡して欲しいと母さんに託したメモリーカードは無用心に、そして無関心にテーブルの上に置きっぱなしだった。

 どうせ『僕が死んだら』なんていう僕の言葉を母さんはいつもの中二病的な発言とでも思っていたのだろう。


 そのメモリーカードにここまでの記録を念の為に上書きしておく。

 僕はもう一度だけ異世界に行く。

 やり残したことをするために。


 心の整理をつけなければ、僕はきっとここから一歩も前に進めないだろう。





















 ────

 ──


 物語は突然そこで終わっていた。



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