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死亡フラグと幼なじみ

「貧乳を馬鹿にするなっ!」


 つい悔しくて咆えてしまった。

 きっと泣ける場面だったのだろうが、あそこまで胸の小ささを指摘されて違う涙が出そうだ。


 小説を読みながらタケル君を鈍い男とか苛ついていたくせに、私の方がよっぽど鈍い奴だった。

 そんなに長年タケル君に想いを寄せられてるとは夢にも思っていなかった。でもタケル君が言うとおり、私たちは『そういう関係』じゃなかった。


 家が近所で親同士も仲のいいの幼なじみ。それが私たちだった。

 恋愛感情を持つような間柄ではなかった。

 まあそもそも誰に対しても恋愛感情を持ったことがない私が言っても説得力はないんだけれど。


 更に先を読み進める。異世界で逞しくなったタケル君は現実世界でも少し変わってきていた。

 相変わらずイジメは続いているが、不良グループ達に屈しなくなった。しかしそれが逆に彼らの理不尽な怒りを焚きつけてしまう。無抵抗な奴より反抗的な奴の方が苛め甲斐があるのかもしれない。

 それでもタケル君の変化はこの小説の唯一の読者である私を喜ばせてくれた。


 少し逞しくなったタケル君は家に帰ると、電話で私を呼び出した。


(これって……)


 記憶が呼び覚まされ、マウスを握る手に汗が滲んだ。私がタケル君に電話で呼ばれたのは、彼がいなくなる一日前の出来事だ。

 遂にタケル君の失踪の謎が解明される。


 あの時の私はタケル君に呼び出されるなんてことは久々だったので、引っ越すとか、高校を辞めるとか何か重大な話があるのかと思っていた。しかし特になにも大切な話はなくて拍子抜けしたことを思い出す。


(もしかするとこの時タケル君は私に……)


 なにも気付いてやれなかった自分が腹立たしく、また恥ずかしかった。

 鈍い痛みを感じながら、私は文字を追った。



────

──


 陽向は突然の呼び出しにも気軽に応じてくれた。

 シャーロットにはああ言ったが、確かにこのまま思いを伝えずに生きていくのは不誠実な気がした。

 シャーロットや陽向に対してではない。自分自身に対して、不誠実だ。


 たとえそれで陽向に嫌な思いをさせても、それは仕方ない。

 生きていけば人は必ず誰かに嫌な思いを与えてしまうものだ。

 僕は人に迷惑をかけないようにということばかりに気を遣って生きてきた。それを美徳とさえ考えていた。


 でもそんなものは人に嫌われたくないという後ろ向きな自分の欲望を綺麗に包み隠す言い訳だ。しかもそんな努力をしたところで、僕はみんなから嫌われていた。

 好き勝手して生きている奴らに嘲笑われ、気味悪がられ、スケープゴートとして扱われてきた。それは自分の意志を示さず、殴られてもヘラヘラ笑っている自分にも責任があったのかもしれない。

 自ら争いに加わらなければ争いに巻き込まれることもないと思い込んでいたが、それは大きな間違いだった。争いを放棄した者を赦すほどこの世の中は優しくない。むしろ弱者として攻撃される運命に晒される。

 それでも僕は嵐は必ず過ぎると勝手に信じ込んで、息を殺していたんだ。


 でも異世界で生きて分かった。

 言いたいことは言わなきゃ駄目だ。たとえ疎まれようが、嫌われようが、自分の意志を貫くことに意味がある。

 黙っていても誰も自分のいいようにはしてくれない。


 そんなことを考えながら公園のベンチに座っていると、タンクトップにカットソーを重ね着して七分丈のパンツを穿いた普段着姿の陽向がやって来た。


「暑いねぇー……この時間でも全然涼しくないし」


 いつもと変わらない表情をしているつもりなのだろうが、長年の付き合いで陽向の目は少し緊張しているのが分かった。

 でもまさか告白されるとは思っていないのだろう。きっと何か重大なことを聞かされるという警戒心があるのを感じ取った。


「ごめんね、暑いのに呼び出して」

「ううん。大丈夫だよ」


 陽向は少し間を開けて僕の隣に座った。恋人とも他人とも違う幼なじみの距離感だ。

 

「もうすぐ夏だね」

「もう夏だよ。充分暑いし」

「昔は夏休みになると毎日陽向と遊んでたよね」

「虫取りしたりプールに行ったりね。あ、知ってる? なっちゃんっていたでしょ。髪の長い女の子」

「もちろん覚えてるよ」


 なっちゃんは小学校時代よく遊んだ友達の一人だ。

 陽向とは特に仲がよくて、逆に僕とはあまり仲がよくなかった。

 三人で遊んでるときによく陽向に耳許で内緒話をして、クスクスと笑っていた女の子だった。


「あの子留学するんだって。頭よかったもんね。でもそれで彼氏と揉めて大変だったみたいだよ」

「彼氏いたんだ?」

「うん。中学の頃から付き合ってるから結構長いんじゃないかな?」

「ふぅん……」


 易々と恋人の話を切り出すくらいだから、やはり陽向は僕が今から告白しようと思っているなんて夢にも思っていないのだろう。

 もし意識してるとすればそういう色恋沙汰の話なんて意識的にしないだろうから。


 僕たちはそれからもどうでもいい雑談ばかりをした。一つひとつの想い出が僕と陽向の歴史だったし、僕の宝物だ。

 その宝箱の中には小学一年生の頃に交わした僕と陽向との結婚の約束も大切にしまわれている。

 しかし今さらそんなとうに期限の切れた約束手形を振りかざし、履行を要求するような真似はしない。

 それはそのまま、僕の宝箱の中へといつまでもしまっておくつもりだ。


 とりとめもない話をして陽向の笑顔を見ていたら、魔王の恐怖も乗り越えられるような気がしてきた。

 僕はもしかしたら魔王に殺されるかもしれない。

 そうなった時、僕は陽向への思いを告げられないまま、この世を去ることとなるだろう。それがどうしても心残りだった。


 でも笑う陽向を見られて、僕は自分の弱さを笑うことが出来た。

 大丈夫。きっと僕は死なない。

 魔王との戦いが終わったら、僕は陽向に告白する。

 そう心に誓った。


「あっ……」

「なに?」

「いや、なんでもないよ」


 典型的な死亡フラグを自分で立ててしまったことに苦笑いをした。

 そうだ。もし僕が死んだら陽向には僕の異世界での冒険譚を読んで貰おう。

 死んだときの保険をかけておけば死亡フラグも帳消しに出来るかもしれない。


 そうだ。どうせなら読まれたらまずいような恥ずかしいことも沢山描いておくしよう。陽向のおっぱいが小さいことも沢山描こう。

 そうすれば絶対に読ませまいと頑張れる気がした。


 ニヤニヤと笑う僕を陽向は首を傾げならが見詰めている。


 ありがとう、陽向。

 大好きだよ。

 僕は陽向のことがずっと好きだった。

 たとえおっぱいが小さくても、僕は陽向が好きだ。

 小学生になる前から、ずっと陽向だけを見てきた。

 いつかは大きくなると信じていたおっぱいが小五くらいからほとんど成長しなかったのはショックだったけど、それでも僕は陽向が好きだ。


 こんな情けなくてブサイクな奴に好きだと言われても、きっと陽向は困るだけなんだろうけど。

 でも僕は陽向が好きだ。

 どうしようもないくらい、陽向が好きだ。


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