まるでかにふうみ
あれから今日で一年になるのか…
12月24日 09:13
そう表示されたスマホの画面を見て、俺はしみじみと感慨に耽った。
俺は今、都内にある大型ショッピングモールに併設されたスーパーにて買い物をしている。
先ほど流れた館内アナウンスで、9時30分から屋上のふれあい広場にてヒーローショーが開催されると知った。
別に興味もなかったのだが、ふと今の時刻を確認しようと思い、スマホで確かめてみたのだ。
だから、本当は時刻を見るだけのはずだったんだけど。
そう思いながら、俺は一つの蟹風味カマボコを手に取る。
今夜は蟹風味サラダを作ろうか。
しかし…
それにしてもコレ、まるでかにふみのようだな。
何を言っているのかと心配される方もいるかもしれないし、ふうみの“う”が抜けていると思われるかもしれないが、なんのことはない。
丸出 蟹文
それがかつての俺の名前だっただけだ。
皆さんには信じられないかもしれないが、かつて俺は“地球”と呼ばれる星に住んでいた。
そこでの俺は、哀しい独り身だった。
そう、ちょうど一年前の12月24日。
その日の晩、俺は一人物悲しいクリスマスイブを送っていた。
もちろんBGMは山下達郎のクリスマスイブだ。
「君のおでこに乾杯」
杯は空を切る。
会ったこともない達郎に俺は親近感を抱いていた。
だから、これはほんの出来心だったんだ。
けっして達郎のおでこをバカにしたわけではない。
なぜなら、俺の方が広かったからだ。
むしろすでに、頭頂部とでこは繋がっていた。
だからこそ、俺はよけい、親近感を抱いていた。
広くても、頑張る。
そんな君がまぶしかった。
…物理的に。
それが決定打となってしまったのだろうか?
俺は急に浮遊感を感じた。
「…え?」
いやなんか、浮いてるというか…体が透明になってきている!?
あれか、あれなのか!?達郎をバカにしたのがいけなかったのか!?
ああ、だとしたらごめんなさい、もう言わないからぁ!
だが現実は無情だ。
透明化の止まる気配はみじんも感じられない。
ポトリ…
ついに杯が手をすり抜けてしまった。
中の液体が足元までこぼれ出す。
だが、その液体のかかる感覚さえ、もはや感じられない。
焦りが噴き出す。
「ああっごめんなさい!ちょっとした出来心だったんです!だから許してえぇぇぇ…………」
その辺りまでで、俺の意識は途切れていった。
最後に感じたのは、毛髪が爆発四散し、全ての毛根が焼け死ぬ感覚だった………。
☆☆☆
まぁそうやって気がついたらこっちの世界にいて、なんかよくわからんけど電子画面みたいなのが出てきて、それで国籍とか住民票とか原付免許とか、もろもろのことを取得出来た。国名は、ニホォン国だった。ギリギリだな、おい。
スーパーアルティメットグーグルアースとかいう電子画面のデタラメな機能に翻弄されながらも、なんとかたどり着いた住民票にあった俺の住所は、出発地点からわずか20メートル先にあった、ただのぼろアパートだった。
そこに行くまでに1時間30分もかかったんですけどね!?
ちなみに部屋は二階の203号室だった。
まぁ、ぼろい分家賃も安かったので、助かった面もあったのだが。
あ、ちなみに住民票とかもらった時に自分の名前も設定した。
なんでも、こっちの世界じゃ英語っぽい名前が主流だそうで。
シザー•スライク•サラディ
それが、俺の新しい名前になった。
丸出 蟹文
↓
まるで蟹風味
↓
ライク シザース
あ、英語だから名前と名字は反対か。
↓
シザース ライク
うーん、これだけだとちょっと…
あ、蟹風味サラダにしとこ。
↓
シザース ライク サラダ
ちょっと文字って……
↓
シザー•スライク•サラデイ
ハイ、出来上がりっと。
まあ、そんな感じだ。
国名からなんとなくそんな気がしてたけど、よくわからんことにこの世界は元の地球、ってか日本とほぼ同じ感じだった。
おかげで、お金はなかったけど、バイトしながらなんとかやっていくことができた、ってことですわ。
それよりツラいのは。
俺は自分の頭をニット帽の下からさする。
そこには、何もなかった。
そう、ここに来る前に感じたあの最後の感覚は、やはり気のせいではなかったのだ。
今は帽子かぶって誤魔化せるからいいけど、夏はツラかった。
だって、俺まだ二十代なんだよ!?
アパートの子どもたちには既に照る照るおじさんとか呼ばれてるし、俺おじさんじゃないし。
それに俺は知っている。
近隣の住民たちが皆、裏で自分のことを光の君とか光頭部とか呼んでいることを。
俺は、光源氏になりたかったよ。
いや、ホント。
ああ、現実のなんと無慈悲なことか。
転生して成功を収めるという話はよく読んだものだが、やはり現実はこんなものか。
収入も前より減った、てゆうかバイトだしね。
毛根は完全に無くなるし。
まぁ、むしろ潔くていいか。
ムダに抵抗するというのも哀れなものよ。
そう思って、強く生きよう。
「そのうちいいことあるさ」
言ってて涙が出そうになった。
「ああ、今年のクリスマスもまた独りか……」
ここに達郎はいない。
杯は今年も、空を切る。