プロローグ
あたり一面血の海だった。
飛び散った鮮血が壁や地面を濡らし、町を赤く染めている。
生きている人の姿は、おそらくない。つぶれたトマトのように中身をぶちまけられた、人間と思われるものの死体があるだけだ。
「うう・・・・・・」
その中でただ一人、地に伏しながらもかろうじて生きている人間がいた。服も身体もぼろぼろで、彼もまた体中に無数の擦り傷と爪痕を負っていた。
傷口から滴り落ちる血が今もなお、じわじわと地面を濡らしていたが、まだ死んではいない。
町の住人とは違う衣服を纏う彼は旅人なのだろう。震える身体に力を入れて身を起こす。途端、鼻腔をつく、むせ返るほどの血臭に絶望する。
「どうして・・・・・・」
静まり返った町の惨状を目にした彼は、瞳を見開いたまま呆然と呟く。
あちらこちらに飛び散った血が壁や床を濡らし、まだ乾ききっていないそれはぬらぬらとあやしい光沢を放っていた。
ここで一体どれだけの人間が殺されたのだろうか。
めちゃくちゃに喰い荒らされた遺体はもう誰のものとも判別がつかない。
この中で生きている人間はおそらく彼を除いていないだろう。この惨状の中、彼だけが生きていることが不思議なほど、血臭に溢れていた。
(みんな死んでしまった)
彼の目の前で多くが殺された。
犬のような熊のような大きな獣だった。
奴らは突然大群を引き連れて、雑草を食い散らかすかのように町を蹂躙した。そこに一切の容赦などない。
助けられると思っていたのに。
助けたいと思っていたのに。
「あっ――――」
見覚えのある服を見つけて、彼はその場にへたりこむ。
つい数時間前まで一緒に逃げていたうちの一人で、獣に追いつかれて引きずられていくのを見たのが最後だった。その少女は無惨にも引き裂かれてすでに息絶えていた。
「どうしてっ!」
握り締めた拳を力任せに強く地面に叩きつける。
引きずられていきながら、泣き叫んで助けを求めていた彼女の悲鳴が頭から離れられない。
彼女は死んでどうして自分は助かってしまったのか。
誰一人。目の前で泣き叫ぶたった一人の女の子すら助けることができなかったのに、どうして。
「どうして――――っ」
また生き残ってしまったのだろうか。
みんな死んでしまったのに、どうして自分だけが生き延び続けているのだろうか。
「もう・・・・・・いや、だ」
喉の奥で嗚咽が漏れる。
こうして滅んでいった町を見るのはもう何度目になるだろうか。
助けてと。死にたくないと泣き叫ぶ人々の悲鳴を幾度となく見てきた。
お前のせいだとなじる声がどこからともなく聞こえてくる。
「誰か、助け・・・・・・て・・・・・」
誰もいなくなった町の恐ろしいほどの冷たさに、震える身体をかき抱く。
「オレを・・・・・・ひとりにしないでくれ・・・・・・・・・・・・うっう・・・・・・」
たったひとり生き残った彼の嗚咽が、廃墟となった町にいつまでも途切れることなく聞こえていた。
少し短編を離れて、連載形式でやっていきます。
最終話までの話は概ね決まっているので、がんばって少しずつ書いていきたいなと思います。
今回は滅んだ後の世界の話でちょっとダークなファンタジー。
あらすじは進行状況に合わせて書き加えていく予定です。