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エピソード2:歓迎!東日本良縁協会仙台支局!③

「……嘘……『生命縁』が、『疎縁そえん』になってるの……!?」

 心愛がポツリと呟いた言葉にユカは首を縦に振って、帽子をかぶり直した。

「人間は、色々な人間と関わりながら生きとる。その中には当然、自分に合わなかった人がおって……そんな人との縁が徐々に無くなっていくことを『疎縁』って呼んどると。ただしそれは、『関係縁』がほとんど。引っ越すことで『地縁』に発生することもあるけど、『因縁』や『生命縁』に起こることは考えられんかった。というか、『生命縁』と『縁』が切れたら、肉体が持たんけんね」

 眼鏡をかけ直した華蓮が、確認するように尋ねる。

「じゃ、じゃあ、山本さんの肉体の成長が遅いのは……」

「そう。過去にちょっとヘマをして、あたしの『生命縁』は傷ついた状態から回復しきれとらんと。そういう状態まで『疎縁』って呼んで良いのかどうかは、前例がないけん分からんけどね。その時に、統治……心愛ちゃんのお兄さんも一緒におったから、後日、名杙の家に呼ばれて話を聞かれた。おんちゃん、心愛ちゃんのお父さんとはそこからの付き合いやね」

「……」

 心愛は無言でユカを見つめた後、数秒……まばたきよりも長めに目を閉じて、再び開いた。

 これは、『縁故』が『縁』の可視不可視を切り替える動作。

 ユカは手元のミネラルウォーターを喉に流し込んでから、改めて、2人を見据えた。

「2人がどう思っとるんか分からんけど、特に……心愛ちゃん、今から君が足を踏み入れようとするのは、あたしみたいな存在になるかもしれないリスクが付きまとう非日常なんだってことを覚えとってね。こうなったら当然、どれだけ名杙家に権力があったとしても、今までどおりの日常を送ることなんか出来ん。片倉さんも、ここに出入りしていることで狙われることが増えるかもしれんね。殊更、今の宮城は……『こん』が多いけん」

「『痕』、ですか?」

「幽霊を指す言葉だと思ってくれればよかよ。『痕』になる確率が高いのは、この世に相当の未練があったり、心の準備が出来ないまま突然死んでしまったりした人間。あたし達は自動的に、『縁』と同じ世界にいる『痕』も見えるようになってしまうんよ。4年前の災害では、多くの人が唐突な死を迎えてしまったみたいやけんね」


 4年前、世界の反対側からはるばるやってきた『招かれざる客(つなみ)』は、一瞬で、多くの人を唐突に、『死』の世界へ放り投げた。

 突然切れてしまった、この世界との繋がり。自分の『死』を理解できない『痕』が数多く生まれ、また、数人の『縁故』やその親類も犠牲となった。

 前代未聞の緊急事態に、名杙家は頭を悩ませることになる。『痕』を残しておくことは世界の循環を滞らせることになってしまうので対処しなければならないけれど、突然亡くなった方々の気持ちを考えると、同じ被災地に住む人間として冷静に対処することも忍びない。

 そして何よりも、当時はインフラが全て破壊しつくされていた。道路には流されてきた瓦礫やヘドロが堆積し、人が住んでいたはずの家々は壁をぶち抜かれて柱と屋根だけの東屋と化し、世界中の支援者が手を差し伸べても、被災者全員の手を取ることが出来ないほど、物理的にも精神的にも困窮していたのだから。

 そんな状況を鑑みた名雲家が、名杙家にこんな提案をする。

 発生から4年間は、基本的に手出ししなくても良いのではないか、と。


「あたしたち『縁故』が『痕』の『縁』を切る理由は、この世界に存在出来る『生命体』の数は決まっているから、という考え方にある。放っておけば『痕』はいずれ消えてしまうけれど、多くの『痕』がこの世界にとどまり続ける限り、新しい『生命体』が生まれない……って感じやね。実際が本当にそうなのかは分からんけど、『良縁協会』がそういう考えなんだってことを覚えとってね」

 こう言ったユカに、華蓮が何か聞きたそうな表情で手を挙げようとするが、「まぁまぁ、もうちょっと聞いてよ」と、とりあえず制止して。

「じゃあどうして、『良縁協会』は宮城の現状を4年間も放っておくことにしたのか。大量の……多くの『痕』が生まれたことを知りながら放置した最大の理由は、放っておいても自然と数が減っていくだろうと思ったから。要するに自然淘汰やね」

「自然淘汰……ですか?」

「そう。自浄作用と言うべきかもしれんけど……最初は自分の死が信じられなくても、時間が経過すれば嫌でも実感する。そして、目の当たりにするんよ……残された家族が自分を思って泣いたり、お墓参りをする姿をね。そういう姿を見ちゃうと妙な諦めが発生するらしくて、憑き物が落ちたみたいに、自分の死を受け入れて消えちゃうんだってさ……って、あたしも実際の宮城の『痕』の声を聴いたわけじゃないっちゃけど……ん? 片倉さん、どうかした?」

 ここで、華蓮が少し驚いた表情でユカを見ていたことに気づき、首を傾げてみる。

 自分が注目されていることに気づいた華蓮は、落としそうになったペンを慌てて握りなおして。

「す、スイマセン……ただ、山本さんが私の聞きたいことをすぐに説明してくださったから、驚いてしまって……」

 萎縮して頭を下げる華蓮を、ユカは口元に立てた人差し指をあてると、ニヤニヤした表情で見つめた。

「んー、こういう仕事やってると、人の考えが何となく分かることがあるっちゃんねー。上手く言えんけど、直感が鋭いって感じかなー」

「それは、凄いです……」

「まぁとにかく、名雲家の助言通り、放っておいても東北の『痕』は大分減ったって政宗も言いよったし、データにも出とる。そして『良縁協会』も、この4年間に何もせんかったわけじゃなか。この『仙台支局』が出来たのだって、今後の事態に対処していくためなんよ。さすがに4年も放置して、それでも消えない『痕』は、地縛霊みたいにその場に留まって、悪影響を与える可能性があるけんね。そんな『痕』は『遺痕いこん』って区別して、より早く対処せんといかん」

「『遺痕』、ですか……」

「そう、『遺痕』。宮城の『遺痕』に関しては、感傷期間も終わりってことで『縁故』が手を下しても問題ないって事になった。そのためには一人でも多くの『縁故』がいたほうがいいから、心愛ちゃんが率先してやってくれるっていうのは、『良縁協会』としても非常にありがたいことなんやけど……」

 そう言って、心愛の方を見ると……彼女は先程から手元の資料に視線を落としたまま、顔をあげようとしなかった。

 色白の顔が、余計に白くなっているように見える。無理もないことだとユカは感じていた。今の自分の存在は、心愛にしてみれば……『痕』と、大して変わりないようなものだから。

 だからこそ、彼女には真剣に考えてもらわなくてはならない。

「心愛ちゃん、今日一日で決めろって言うのは難しいかもしれんけど、あたしも政宗も、無理はしてほしくなかとよ。確かに統治がいなくて、名杙家的には心愛ちゃんの活躍を心待ちにしてるかもしれんけど……」


「――そんなことない!!」


 刹那、心愛が感情的な声をあげる。予想外の絶叫に、ユカは軽く目を見開いて……。

「び……びっくりしたー……心愛ちゃん、いきなりどげんしたとね?」

 全員の注目を浴びた心愛は、ハッと我に返ると……手元の資料を机上に置き、フンっと顔を逸らしてから言い訳を始めた。

「べ、別に……ただ、アンタが誤解してるみたいだから、訂正しておこうと思ってっ!!」

「誤解?」

 顔をしかめるユカに、心愛はコップの中身を一気に飲み干してから、タン!と、軽い音を立てて空のコップを机上に叩きつけて。

「心愛は、どんな話を聞いてもやるって決めてるんだから! だ、だから……アンタはとにかく、心愛を手厚くサポートすればいいのよ!」

 そう言ってユカを睨む。顔の横でツインテールが勢い良く揺れた。

 そんな彼女と数秒見つめ合ったユカは……苦笑いを浮かべながら、机上のペットボトルを口元に近づけて一口。喉を潤してから、息をつく。

「それだけの決意があるんやったら、とりあえず大丈夫かな。あと……アンタじゃなくて、せめて名前で呼んでもらえると嬉しいんやけど。一応、上司だし」

 そう言ってチラリと心愛を見やるが、彼女は露骨に視線を逸らした。

「ま、まだ上司なんて認めた覚えはないんだからね! お兄様の知り合いだかお父様の知り合いだか知らないけど、最終的には心愛の方が優秀に決まってるんだから!!」

「へいへい分かりましたよ。さて……片倉さん、ここまで話を聞いて、考えは変わった?」

 唐突な敵意を向ける心愛を片手であしらいながら、ユカは華蓮に視線を移す。

 資料に自分なりの走り書きをしていた華蓮は、ユカの言葉に急いで顔を上げた。

「い、いえ……大丈夫です。今後とも、よろしくお願いいたします」

 座ったまま、腰から深々と頭を下げる。ユカは失笑しながら「顔、上げんねー」と声をかけて。

「最近の若者は迷わんねぇ……まぁ、話が早くて助かるよ。じゃあ、この書類の下に名前を書いて、フルネームでね」

 ユカは自分の資料の中から書類を2枚取り出すと、それぞれの前に置いた。

「これは、今日の内容をあたしから聞きましたっていうことと、『東日本良縁協会』に入会しますっていう誓約書みたいなものやね。コレに名前を書くと本当に逃げられないけんが……って、もう書いてるし……」

 説明の途中に記名を終えた2人に、ユカは無言で書類を回収した。


「本当は今から、この『仙台支局』についてもう少し詳しく説明しなくちゃいけないんやろうけど……なんてったって、あたしも今日ここに来たばっかりやから、何も分からんとよねー……。これは、政宗の時間が取れるときに改めて説明してもらうとして……じゃあ、今日はもう終わりかな」

 そう言って、壁の時計を確認すると、間もなく15時になろうかという時間だった。

 終わり、というユカの言葉を聞いた心愛が真っ先に立ち上がると、カバンの上に置いていたコートを羽織って、前のボタンを詰める。

「ケッカ、今日はこれで終わりなのよね!?」

「へっ!? あー……まぁ、そうやねぇ……っていうか心愛ちゃんまでケッカ呼び……」

「じゃあ、心愛は帰るから! お疲れ様でしたーっ!!」

 満面の笑みでカバンをひっつかみ、2人にそれぞれ一礼してからそそくさと部屋を出て行く心愛。

 俊敏な動きを見送りながら……扉が完全に閉まったところで、残された2人は自然と目を合わせ、苦笑いを浮かべる。

「な、何だろう……感情の起伏が激しい子だなぁ……」

 椅子に座りなおして、ペッドボトルの水を口に含むと、華蓮が筆記具を片付けながら尋ねた。

「あの、スイマセン……結局、私はいつから働かせていただけるのでしょうか?」

 事務員採用が前提の華蓮にしてみれば、当然の疑問である。

 しかし、今日ここに着任してきたばかりのユカに……そんな情報は、ない。

「それは……とりあえず、この書類が政宗から『東日本良縁協会』の協会長に受理されてから、ってことになるけど、現協会長は心愛ちゃんのお祖父さんだから県内におるし、あんまり時間はかからんと思うよ。とりあえず、両日中に政宗から連絡させるけんが、それまでは普段通りの生活ってことで」

 華蓮へ何も伝えていない政宗に若干の怒りを覚えつつ、ユカの言葉に華蓮が頷いたのを確認する。

「分かりました。では、私はこれで――」

「――うわぁぁっ! 忘れてた! 片倉さんストップ!!」

「ひっ!?」

 突然大声を出したユカに、立ち上がりかけた華蓮が慌てて座り直した。

 ユカは大急ぎで衝立の向こうへ移動すると、すぐに戻ってきて、華蓮の隣に立つ。

「あ、あの……山本、さん?」

「だ……大事なことを忘れとった……! か、片倉さん、今からコレを肌身離さず持ち歩いて!!」

 そう言ってユカが押し付けたのは、長さが10センチほど、銀のクロスと透明のガラス球が揺れるチャーム。携帯電話につけてもさほど邪魔にならない大きさで、可愛らしい一品だ。

 勢いに圧されてそれを受け取った華蓮は、自分の眼前にかざしてしげしげと眺める。

「あの……コレは何ですか?」

「コレは、あたし達が『絶縁体』って呼んでるものやね。片倉さんは『縁故』じゃない関係者だから、今後、性悪の『遺痕』に狙われたりすることがあるかもしれん。ここに出入りしてることで余計な恨みを買うこともあるけんね……とりあえずコレを携帯電話にでもつけてくれれば、片倉さんを守ってくれるから。騙されたと思って付けとってね」

「分かりました」

「あ、あと……コレも重要なお願いなんやけど、学校以外の場所で名前を聞かれた場合、なるだけ本名を名乗るのを控えて欲しいんよ。名乗っても苗字だけにしてほしいかな。片倉さんまで偽名を使う必要はないと思うけど、もしも知らない人に名前を聞かれたら、あたしでも政宗でもいいからすぐに報告して欲しい」

「名前、ですか……?」

 意図のわからない頼み事に困惑する華蓮に、机上のペッドボトルから水を煽ったユカが、呼吸を整えながら理由を説明する。

「『痕』や『遺痕』は、地上に生きるあたし達に干渉出来ないけれど……1つだけ、例外があるんよ。それが、『彼ら』を認識できる人間――ほとんどが『縁故』やけど、その人間を認識した場合。あたし達『縁故』が『遺痕』の『縁』を切ることが出来るのも、『遺痕』との間にかなり弱い『関係縁』が成立しているからなんやけど……その状態は逆に、『遺痕』も『縁故』の持っている『縁』に干渉出来るってことになる」

「それと名前と、どんな関係があるんですか?」

「名前を先に知られることで、立場の優劣が決まるんよ。名前を知られた方が、立場が弱くなる。だから、あたし達が『縁』を『切る』時は、相手の名前を告げることで優勢にしとるけど……無駄に力を溜め込んだ『遺痕』は、力任せに『生命縁』まで乗っ取ろうとするかもしれん。ましてや、片倉さんは『縁故』じゃない能力者やけんが、いつ狙われてもおかしくないけんね」

「じゃあ、山本さんや佐藤さんは、本名じゃないんですか?」

 華蓮の問いかけに、ユカは首を縦に動かす。

「そ。この『良縁協会』に入会して『縁故』として生きることを決めた時に、偽名を名乗るのが一般的になっとるんよ。片倉さんは学生やし、まだそこまでせんでもよかやろうとは思うけど、それは今後、政宗が状況を見て判断することになるね」

 と、ここで何かに思い当たった華蓮が、慌てた表情でユカに詰め寄った。

「あ、あの! 名杙さんは大丈夫なんですか!? た、確か……ご自分のことを『心愛』って……!」

「あぁ……あの家は特殊やけんが問題なか。むしろ、積極的に名前を広めていったほうが都合がいいけんね」

「は、はぁ……安全ならいいんですけど……」

 細かいことはわからないけれど、自分の心配が杞憂だったことに胸を撫で下ろす華蓮。

 彼女が『絶縁体』を自身の携帯電話に付けたことを確認したユカは、「とりあえず、今日はここまで」と終わりを改めて告げる。

「一日で一気に説明出来るような内容じゃないけん、続きはぼちぼちやっていこう。とりあえずは、政宗からの連絡を待っとってね」

「分かりました。今後とも、よろしくお願い致します」

 カバンを持って立ち上がった華蓮が、改めて深々とお辞儀をして……ドアを閉じるときも改めて会釈ををして、部屋を後にした。

 扉が閉まり、自動でロックがかかる。華蓮の気配が遠ざかったことを確認したユカは、近くのソファに腰を下ろして天井を見上げ、ため息を付いた。

「とりあえず終わった、終わったんやけど……」

 時計を見上げると、15時を過ぎたところだった。とりあえず政宗の机周辺をあさって予備の鍵を探し、見つけたらコンビニにでも行こう……自分の行動を決めたところで、視線を、先ほど閉じた扉に移し。

「片倉さん……彼女、かなり複雑な『因縁』を持ってる……っていうか、複雑すぎて一度じゃ解析出来んかったけど……政宗、どういうこと……?」

 ポツリと呟いてから、もう一度、ため息をついた。

 色々ゴチャゴチャ書きましたが、普通の幽霊(放っておけばいい存在)=『痕』、悪さをする可能性が高い幽霊(放っておけない存在)=『遺痕』、という区別でお願いします。

 あと、心愛は親の監視の目なく仙台へ来ることが出来たので、ちょっとはしゃいじゃったのでした……。

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