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エピソード2:歓迎!東日本良縁協会仙台支局!②

 少し早めに約束の相手方へと向かった政宗を見送り、ユカは改めて……椅子に座っている2人の少女を見下ろした。

 政宗がいなくなってから、誰も言葉を発していない。華蓮は相変わらず顔が白くなるほど緊張していて、心愛はそっぽを向いてスマートフォンを操作している。

 現在の時刻は14時を過ぎたところ。説明にも時間がかかることが予想されるので、メンバーは揃っているし、さっさと始めても問題はないだろう。

 そう判断したユカは、2人に話を切り出した。

「とりあえず、何か飲む? って言っても、コーヒーくらいしかなかったっけ……」

 政宗を使って、1階のコンビニで何か買ってこさせれば良かった。心の底から悔やむユカに、華蓮は足元のカバンからおずおずとマイボトルを取り出す。

「あ、私は大丈夫です。お茶を持ってきていますので……」

「をを、マメだね。心愛ちゃんは?」

 心愛はスマホから顔をあげずに、ぶっきらぼうな声で答えた。

「……いらない。コーヒー飲めないし」

「そ。じゃあ、ちょっと資料も取ってくるけんが……このまま待っとってね」

 そう断って、ユカは一度、衝立の向こうに引っ込んだ。先程から目をつけていた、コーヒーメーカーの隣にある小型の冷蔵庫を開き、中に入っていた未開封のミネラルウォーターを取り出す。

 予想通り、思わず笑ってしまいそうになる。

 うっすらと果物のフレーバーが混じったミネラルウォーターは、彼が好んで飲んでいたものだから。

「……統治、もらうね」

 ここにいない誰かへ一言断りを入れて、ユカは、冷蔵庫の扉を閉めた。


 机上に用意した資料と、空っぽの紙コップを持ったユカは、とりあえず心愛の前に腰を下ろした。

 そして、紙コップを彼女へ差し出して。

「とりあえず、あたしが飲む水でいいならあげられるけど……どげんするね?」

「わ、私が持っているお茶でもいいですよ。熱いほうじ茶ですけれど……」

 隣から華蓮が頑張って笑顔を向ける。心愛はスマホから顔を上げると、チラリと華蓮に視線を移して、一言。

「……お茶ちょうだい」

「はっ、はい、分かりました」

 ユカから紙コップを受け取った華蓮が、持っていたボトルからお茶を注いだ。

 はい、と優しく手渡されたそれを両手で受け取った心愛は、お茶の水面を見つめて、ため息をつく。

「片倉さん、私物なのに悪かったね……政宗にはあたしからネチネチと言っておくけん」

 「いいえ……」と、少しリラックス出来たのか、先程より落ち着いた声で返事を返す華蓮に、ユカは資料を一枚手渡して。

「じゃあひとまず、コレ。あ、心愛ちゃんも取ってね」

 コップを机上に置いてから、むしり取るように資料を奪いとった心愛に、ユカは呆れ混じりの笑みを浮かべた。

「まるであたしが化け物みたいやん……まぁ、実際そう思われてもしょうがないのか」

 自嘲気味に呟いた言葉に、2人がフォローなど出来るわけもない。自分の言葉に少し反省したユカは、一度息をついてから、改めて2人を見渡した。

「じゃあ、改めて自己紹介しようか……まずはあたしから。名前は山本結果、肩書は『西日本良縁協会』所属の『特級縁故』、こんな姿でも今年の8月で19歳。お聞きの通り、ずっと九州におったけんが、言葉が分かりづらいことがあるかもしれんね。分からんかったら遠慮なく聞いて。あと、特に敬語を使う必要もなかよ。判断は各自に任せるけど」

 そう言って、とりあえず華蓮に視線を向けた。年齢順、ということで。

 華蓮は一度大きく息を吐いてから、両手を膝の上で握りしめて。

「片倉華蓮です。年齢は15歳、市内の高校に通っています。先の災害がキッカケで、『縁』と呼ばれるものが見えるようになってしまって……浮ケ谷先生を通して、こちらを紹介していただきました」

「浮ケ谷先生?」

 初登場の名前に、ユカが顔をしかめる。

「浮ケ谷先生は、医療センターで精神科を担当しているお医者さんです。見えなかったものが見えることで悩んでいた私は、カウンセリングに通っていました。あ、今でもお世話になっています」

「なるほど……じゃあ次、心愛ちゃんね」

 ユカから指名された心愛は、頑張ってふぅふぅと冷ましていたお茶を、意を決して一口すすってから。

「……名杙心愛。13歳、中学2年」

 ぶしつけに最低限度の情報だけを呟いてから、ふいっと誰もない方向へ視線を逸らしてしまった。

 先ほど政宗に見せていた、屈託のない中学生の姿はどこにもない。まぁ、いきなり見た目小学生が年上でしたー、なんて言われたら混乱するよな、と、ユカは心愛の心中を察しつつ。

「じゃあ今から、『東日本良縁協会』の説明会を開催するけど……トイレはご自由に、あと、話を聞いて「やっぱり辞める!」っていうのも全然問題なし。疑問は1セクションが終わるごとに受け付けるから、わからないことはメモを取っとってね。あと……」

 ここまで言い終えたユカが、ニヤリと口元に笑みを浮かべて、でも、目元は全然笑っていない状態で、2人を交互に見やり。

「今から聞くことは、当然だけど他言無用。万が一、誰かに話したりしてしまった場合は……2人に説明をしたあたしが、しかるべき処置をする必要があるけんが、覚悟しとってね」

 言葉と目線で圧力をかけるユカに、華蓮は無言で何度も頷き、心愛は「そんなことするわけないじゃん、心愛、名杙の人間なんですけど……」と、憮然とした表情になる。

 2人の反応を確認したユカは、特に自分は資料を持つわけでもなく、頭のなかで組み立てた構成に従って話を進めていく。

「じゃあまずは、『縁』について簡単に説明するね。心愛ちゃんには今更の話かもしれんけど、自分の思い込みと違いがないかどうか、確認の意味でも聞いてほしいな」

 刹那、そっぽを向いていた心愛がユカをギロリと睨んだ。

「思い込みって……心愛のこと、バカにしてんの?」

 明らかな敵意を向けられても、想定内だったユカには何のダメージもないので、いけしゃあしゃあと言い返す。

「いいやちっとも。ただ……君のお兄さんが、思いっきり思い込みで入ってきてたから。あ、お兄さんの小っ恥ずかしい勘違い、聞く?」

「いらない!! 早く進めてよね!! 心愛、PARCOにも寄って帰りたいんだから!!」

「残念。じゃあ、改めて……この世界に生きている人間は、あらゆる『縁』に繋がれて生きている。あたし達が『縁』と呼ぶそれは、大きく分けて4種類あるね。まず、足元から出てる、生まれた土地や今住んでいる土地と繋がっている黄色い『地縁』。次に、両手の先から出てる、家族や友人と繋がる赤い『関係縁』。そして、頭の先から出てる、先祖から続く青い『因縁』。最後は、首の後から出てる、その人の命を繋ぎ止める緑の『生命縁』。この4つの要素が全て揃って、『人間』として生きることが出来る」

 そう言ってユカは、自分の右手を眼前にかざし、目を細めた。

 今は見えないようにしているけれど……彼女の指から伸びる『関係縁』も、地味に本数が多くなってきた。

 指は両手合わせても10本しかないけれど、10人としか繋がれないということはない。普通の人は1本の指から複数の『関係縁』が伸びているので、見える人間からしてみれば、蜘蛛の妖怪のようにも見える。

「普通は当然見えないものなんやけど、それが見えるあたし達には、全ての人間が天から糸で繋げられた操り人形みたいに見えるし、知りたくない情報も見えてしまう」

 『関係縁』は必ずしも、相手と繋がっているとは限らない。

 例えば、ストーカーや片思いなど、一方的に想いを寄せている場合、その相手とは『関係縁』が繋がっておらず、虚しく伸びた『縁』が、だらしなく宙を漂っているのだ。

 また、本当は相手が嫌いでも上辺で仲良くしている場合、自分側の『関係縁』の色は薄い赤となっている。こんな感じで……特に指先からの『関係縁』が見えてしまうと、相手が自分をどう思っているのか、また、誰が誰に好意を寄せているのか……口に出さなくても、全て、見えてしまうのだ。

「心愛ちゃんは、ご先祖様からの『因縁』によってそういう能力が受け継がれているから、生まれた時から『縁』が見える世界やったやろうし、家族や周囲も同じ能力を持った人間ばっかりやったと思うけど……突然、1人だけ見えるようになった片倉さんみたいなタイプが、一番可哀想かもしれんね」

 ユカも今までに、唐突に『縁』が見えるようになってしまった人と、何人か出会ってきた。

 世界の見え方が変わってしまった人たちは、大体2つのタイプに別れる。それをひた隠しにして生きていくのか、自分と同じ境遇で生きている仲間を探すのか。

 後者を選んだ人達の中で、『良縁協会』に辿り着いて『縁故』になるのはほんの一握りだ。大体は、対象者から相談を受けた病院から『良縁協会』に連絡が入り、『縁』が見えるようになってしまった元凶の『縁』――大抵は、『因縁』が何らかの原因で変質し、枝毛のように枝分かれしてしまうことで見えるようになる――を切ってしまうことで、解決するのだから。

 その場で才能を見出された場合はスカウトされることもあるが、華蓮のように、自主的に飛び込んでくる例はほとんどない。ユカも正直、華蓮をあまり深入りさせたくない気持ちに変わりはなかった。

 ただ、ここのトップである政宗の意向には従わざるをえない。それに、本人がやりたいと言っていることを、あまり事情も知らないまま、頭ごなしに否定するのも気が引けたのだ。

 ユカに見つめられた華蓮は、何かを思い出すようにポツリと呟く。

「……最初は、びっくりしました。世界中に細い糸が溢れていて、自分の両手や足元にもあって……私、頭がおかしくなったのかって……」

 そこまで言って、彼女の表情が曇る。

 全ての人間から細かい糸が出ているように見えて気持ち悪い、なんて、誰かに相談したところで信じてもらえないだろう。それどころか、何かの病気を疑われてしまう可能性のほうが高い。

 ユカは華蓮の心情にそれ以上踏み込まず、事務的に説明を続けた。

「そして、そんな『縁』が見える人間が……『縁故』が集まって、自分たちに出来る方法でお金を稼いで生きていこうとした、その結果が『良縁協会』ってわけやね。今は組織が大きくなって、西と東に分かれとるけど……西は島根の名雲家、東は宮城の名杙家が幅を利かせとる。あ、名杙のおんちゃんは元気? 相変わらず毎日一ノ蔵ばっかり呑んどるとね?」

「へっ!? お父様を知ってるの!?」

 刹那、自分の身内話が飛び出した心愛が、スマートフォンを取り落としそうになった。寸でのところで握りしめ、目を白黒させながらユカを見やる。

 こんなに驚くと思っていなかったので、ユカの方が拍子抜けしてしまった。

「知ってるも何も……まぁよか、後で説明する。あたし達は人との繋がりも見えるけんが、最初は警察の操作に協力したりしていたらしいけど、その存在に目をつけた政治家や医者、自分のライバルを蹴落とさなきゃいけない立場の人達から、凄まじく重宝されたっちゃんね。その結果が今の『良縁協会』の地位になるわけ」

 華蓮が無言で、手元の資料にペンを走らせている。

 真面目な性格なんだな、と、ユカは内心でため息を付いた。

「話が前後するけど、名雲家と名杙家は、それぞれに同じ役割を担っとる。肉体が亡くなっても強い思いや絆がこの世に中途半端な状態で残ってしまった存在を昇華すること。まぁ、地縛霊みたいなのを成仏させるって言えば分かりやすいかもしれんね。『良縁協会』が起動に乗り始めたことで、生きている人間を相手にする『縁故』と、死んだ人間を相手にする『縁故』、完全に分業制になっとるし。ちなみにあたしは、基本的に死んだ人間を相手にすることの方が多いかな。こんな外見じゃ……」

 そう言いかけたユカは、一度息をついてから、被っているキャスケットに右手をかけた。

 室内でも決して脱ごうとしなかった帽子。そこに隠されているのは、彼女の弱点。

「片倉さん、眼鏡で『縁』が不可視状態になってるなら外して。心愛ちゃんもしっかり見とかんね……あたしの、『生命縁』を」

 言われるままに眼鏡を外した華蓮と、退屈そうな表情で資料から顔を上げた心愛は、同時に息を呑んだ。

 見える人には緑色に見える、人間の命をつなぐ『生命縁』。通常は鮮やかな緑色なのだが……ユカの首から伸びているそれは、腐れた野菜のような色に変色していたのだから。

 山本結果、通称「ケッカ」ちゃん。

 この物語は、元々私の中で「使いたいなー」と思っていた設定に、「最近はリッカとかイチカとかいう名前があるんだから、ケッカっていうあだ名があってもいいんじゃね?」という思いつきから生まれました。

 個人的には、「ケッ」カ、と、前にアクセントをおいています。

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