エピソード1:結果、仙台に降り立つ。④
「そういえば、打ち合わせするんじゃなかと?」
お弁当の中身を半分ほど食べたところで、ユカが話を切り出した。
既に食べ終えてゴミを片付けていた政宗は、彼女の言葉に無言で立ち上がると、一度、奥に引っ込む。
数秒後、手元にA4のクリアファイルを持ってきた彼が、そこから取り出した資料を2枚、ユカの前に置いた。
履歴書のような様式に、名前、年齢、住所、家族構成等が記載されている。添付されている写真を見ると、二人共女性だ。1人はツーテールが似合う勝ち気な少女、もう1人は、ゆるい1つ結びが似合う穏やかな女性、という印象。
ユカはまず、ツーテール少女の名前を確認して……息を呑み、軽く目を見開いた。
「名杙、心愛……!? ちょっと待ってよ政宗、この子、まさか統治の妹!?」
「そうだ。ケッカは会ったことがないと思うが、名杙家のお嬢様だな」
「統治に妹がおったんね……まったく、どういうつもりで失踪なんて……!!」
ユカはそれ以上語らず、憮然とした顔で牛たんを咀嚼する。
頭の中に、写真で見た彼の顔が浮かんだ。
名杙統治。ユカが今回、この地に呼ばれるキッカケとなった男性だ。
政宗と統治が所属する『東日本良縁協会』、ここは、人と人を繋ぐ『縁』を見ることが出来る能力を持った人間――『縁故』が、その能力を活かして働く組織である。
仕事内容は主に、この組織の存在を知る政治家や経営者等に頼まれて、特定の人物との『縁』を繋いだり、また、ライバルを蹴り落とすために誰かの『縁』を切ったり。
人との繋がりを自在に操ることが出来るので、主に裏の世界では絶大な権力を握っている。
ユカは『西日本良縁協会』所属なのだが、西日本東日本合同で行われた新人研修の際に、政宗や統治とチームを組み……そして、切っても切れない『腐れ縁』が発生してしまった。
そして名杙家は、東日本で『縁故』の頂点に立つ一族。代々強い『縁故』を生み出す家系であり、『東日本良縁協会』という組織を作り、運営している。
統治は親が本家第15代目当主、自身も第16代目当主になるべく育てられた人物である。
期待以上の能力を発揮した統治は、同じく叩き上げながら優秀な実績を残している政宗と2人で『仙台支局』を切り盛りし、これから、先の災害から派生した大仕事に挑むはずだったのだ。
そんな彼が……沿岸部での仕事中に行方不明になったのは、今から1ヶ月ほど前のこと。
そして……福岡で『縁故』として働いていたユカに、統治の捜索と『仙台支局』へのヘルプ要請が来たのが、3週間ほど前のことになる。
「でも、統治の妹がおるんやったら、あたしが来んでもよかったっちゃなかと? なんてったって名杙の娘、あたし達凡人とは才能が違うやろうに……」
資料を手元に近づけて一読したユカが、容器に残ったご飯粒を食べながら尋ねる。
そんな彼女に、政宗は首を横に振った。
「心愛ちゃんは、色々あって『縁故』としての教育をしっかり受けていないんだ。勿論、名杙の娘だから素質は十分すぎるほどあるんだが……本人にちょっと問題があってな」
「本人に問題?」
「後から改めて説明する。ただ、事態が事態だ。統治が行方不明になったことで、名杙の家でも心愛ちゃんに最低限度の修行を、という声が上がってな。しかも、本人もノリノリ」
何か思い出したのか、政宗がゲンナリした表情で、ペットボトルのお茶を喉に流し込んだ。
全てのご飯粒を食べ終えたユカは、空になった容器を重ねて、ビニール袋にお片づけ。
政宗が手渡したペットボトルのお茶を口に含み、ふぅ、と、一度、浅く息をついてから。
「……何となく分かった。政宗、あたしにこの子の教育係をさせるつもりなんやろ?」
ジト目で尋ねるユカに、政宗は満面の笑みを返す。
「その通りだ。察しが早くて助かるぞ」
刹那、ユカの顔が怒りで歪んだ。そんな仕事まで聞いていない、と、まずは表情で訴える。
「いやいやいや、そういうことは政宗がやるべきじゃなかと!? あの名杙の教育係とか荷が重すぎるし、統治の妹ってことは絶対あたしの話なんか聞かんし、っていうかどうしてあたしが――!!」
「――お前の存在が特異的だからだよ、ケッカ」
ポツリと呟いた彼の言葉に、ユカは言いかけた言葉を飲み込んだ。
政宗の言葉が、全ての答えだったから。
「……知っとる」
怒りが急速にしぼんでいく。チラリと見た政宗の表情は、先ほどの笑みとは打って変わって……隠し切れない悔しさが全面に出ている。
わざわざこんな、縁もゆかりも無い土地まで呼ばれて後輩育成に抜擢された理由は、自分でも何となくわかっていたことだった。ただ、それをはっきり言われると……やっぱりという諦めの感情が襲ってきて、不思議と、少しだけ気が楽になる。
改めて心愛の資料に目を落とした。あの頃の――初めて会った時の統治に似た印象がある写真の中の少女。彼女にユカが叩きこむのは、どうしようもない不条理が存在する世界だ。
そして、その不条理の中心でもがき続ける自分が彼女に教唆することで、その世界が現実であることを彼女に実感してもらわなければならない。
――取り返しがつかないことなんて、この世にいくらでも存在することを。
無言で資料を読み込むユカに、政宗はソファに座ったまま、深く頭を下げた。
「俺が頼める義理じゃないことは分かってるつもりだ。ただ……今は俺に力を貸して欲しい」
ユカは顔を上げて、ヤレヤレと両肩を落とす。
「……頭、上げんね。あたしが脅してるみたいやん……」
「……」
「それに、頼める義理じゃない? むしろ逆じゃなかとね。こげな厄介事を政宗が気兼ねなく頼めるのなんて……あたししかおらんよ。そうやろ?」
ユカは自分でそう言って、思わず笑ってしまった。
内心、ちょっと嬉しかったのだ。彼が自分を頼ってくれることが。彼の役に立てるかもしれない、それだけで十分すぎる報酬になる。
ユカは、ペットボトルに残っていたお茶を飲み干した。そして、空っぽになったそれを政宗へ投げつけて、言葉を続ける。
「よかよ、その仕事受ける。ただし当然、名杙のお嬢様でも容赦せんけん、覚悟しとってよね」
顔面に飛んできたそれを受け止めた政宗は、ニヤリと意味ありげな笑みを浮かべているユカに、苦笑いでため息をついた。
「未来ある若者に、あまり乱暴な授業はしないでやってくれよ」
「それは本人次第やねぇ……って、そういえばもう一人の彼女は何者? 聞いたことない名前やけど……」
ユカは心愛の資料に重なっているもう一枚を拾い上げ、改めて目を通した。
そこには、見知らぬ名前と、見知らぬ顔写真があった。ふわりと長い髪の毛に大きな瞳、頬を赤くして、少し硬い表情で真正面を見つめている。
「片倉……華蓮……? 今年から高校生……知らん顔やね、政宗のコレ?」
空いている左手の小指を見せるユカに、政宗は首を横に振って……再びため息をついた。
これもまた、今の政宗の懸念事項なのだから。
「今年度から来てもらう予定の、アルバイトの子だ。俺が実務に出る時間が増えるし、仕事量も増えるから、事務作業を手伝ってもらうつもりでいる」
「なるほどアルバイト。でも、こげな子……『協会』におったっけ?」
いくら西と東に分かれているとはいえ、『縁故』の世界は割と狭い。殊更福岡と宮城は同じ地方都市という共通点と、政宗とユカ、そしてここにいない統治の3人は互いに気心も知れた実力者なので、人手が足りない時の応援に駆けつけたりしたこともあるのだ。
現に政宗も2年前、九州でのトラブルに助っ人で介入したことがある。その時はユカともう1名、泊まりがけで事態に対処したのだが……それはさておき、名杙家が外部の人間をすんなり介入させるという話は聞いていなかった。ここ最近の愚痴メールを思い返しても、外部の人間を研修している様子はなかったのに。
ユカの率直な疑問に、政宗は……殊更大きなため息をついて、首を横に振る。
「いいや、片倉さんは今のところ『協会員』じゃない」
「へー……って、はぁ!? 全くの部外者をいきなり内部に入れるってこと!? 正気!?」
心愛の名前を見た時以上の大声が響き、政宗が顔をしかめた。ただ、ユカの反応はもっともだ。ただでさえ秘匿性の高い仕事を行う『良縁協会』は、その存在を知る者から限られている。まして、その内部処理を手伝わせるのだから、よほど身元が安定した人間でなければ、組織の破滅も招きかねないのだ。最低でも半年の研修は欲しいところだというのに……。
そんなこと少し考えれば分かるだろう、信じられないと言いたげな表情と、汚物を見るような目で見つめるユカに、何かを思い出した政宗は、ゲンナリした表情で重苦しい息を吐いた。
「俺だって、部外者に仕事を任せたくはない。ただ……彼女は先の災害で家族を亡くし、そのショックなんかのせいで『縁』が見えるようになってしまったそうだ。そのことで苦しんでいるから、彼女に居場所を与えて欲しいと……お得意様から直々に頼まれたんだよ」
頼みを無碍に断れない『お得意様』らしいことは、政宗の反応から一目瞭然。しかし、ユカの表情は硬いままで、彼女――華蓮の資料に目を通しながらこう言う。
「『縁』が見えるだけなら、『協会』主催のカウンセリングにでも通わせればいいっちゃなかと? 多少時間はかかるやろうけど、ある程度コントロール出来るようになるし……」
「俺もそれを勧めたんだが、本人が学費の足しにするためにアルバイトをしたい、カウンセリングに時間を費やするくらいなら、ここで働きながら自分のことを受け入れていきたい……と、涙ながらに訴えられてな……」
「……その程度で負けたんだ。チョロかねー」
「密室で女性二人から1時間訴えられた俺の心情を察してくれ。当然、『良縁協会』に入ってもらうことになることは了承済みだし、名杙家も認めている。そして今日は入学式だけで学校も早く終わるから、午後2時から顔合わせ兼説明会を行うつもりでいる」
「顔合わせ兼説明会? って、まさか……」
資料から顔を上げたユカの顔は引きつっていた。そんな彼女に、政宗は大きくウンウンと頷きながら。
「心愛ちゃんと片倉さんに、ケッカから『良縁協会』への入会手続きをやってもらうつもりだ」
刹那、ユカが大声で不平不満をぶちまけた。
「だーかーらー! そげなことは政宗の役割だって言っとるやん!! 政宗がココのトップやろ!?」
芋づる式に増えていくユカのお仕事。到着早々容赦の無い支局長に反論するが、彼はポケットに入れていたスマートフォンを取り出し、日付と時間を確認した。
「生憎だが、俺は2時半から『お得意様』の仕事が入ってる。いきなり小娘だけを向かわせるのは失礼すぎるし……ケッカ、こういう類の仕事には関わってこなかっただろう?」
政宗が抱える『お得意様』が誰なのか分からないけれど、今までの経験から、ある程度の年齢を重ねた権力者であることは容易に想像出来る。
そして、ユカ自身が……そのような人物に対する礼儀をあまりわきまえていないことは、本人も嫌になるほど分かっていた。
しかし、だからといって乗算で増えていく仕事を無視することは出来ない。ユカは頑張って政宗に食い下がる。
「それは……でも、だからって……!」
「何だお前、入会に関する説明の進行役、やったことないのか?」
「それはあるっちゃけど……」
「俺、ケッカに二言があるとは思ってなかったんだけどなー」
わざと意地悪に呟く政宗に、ユカはもう……全てがどーでもよくなった。
「あぁもうよかよかっ!! その代わり、夕ご飯もおごりやけんねっ!! 回らない寿司!!」
一日分の夕食くらいで面倒な役割を引き受けてしまう自分の甘さに内心で号泣しながら……ユカは改めて、二人の資料を見比べ、ため息1つ。
「政宗がハーレム状態になるっていうのは……ムカつくよね」
「ハーレム? 肩身が狭いの間違いだろ」
「どーだかっ!! 中学生と高校生の女の子を部下に従えるとか、他の支局から見れば羨ましい状況やろうもん。極めつけに、あたしみたいな薄幸の美少女が……」
「薄幸? ケッカの場合はヨーグルト的な発酵の間違いだろ」
「失礼な……まぁよか。あと1時間しかないけん、さっさと準備せんとね」
携帯電話で時間を確認し、椅子から立ち上がったユカは、仕切りの向こうにある事務スペースへ移動する。
そこには、ビジネス用の机が5組と、脇にファイルが並ぶスチール製の棚、コピー機、シュレッダー、コーヒーメーカーが配置された、シンプルなオフィス。机の1つが全体を見渡せる部屋の奥にあり、残り4つが2×2で向かう形に配置されている。ユカは迷わず、手前の左側にある、ノートパソコンのみが配置されているデスクに腰を下ろすと、パソコンの電源を入れた。
「それにしても……あの名杙が外部の介入を事前研修なしに認めるげな……薄気味悪かね」
ユーザーIDとパスワードを入力し、デスクトップ画面に切り替わる。キーボード手前のパッドを操作して、画面の左隅にある、『協会』内ネットワークフォルダをダブルクリック。慣れた手つきで階層を移動し、目当ての資料を開く。
後ろから覗きこんでいた政宗も、予想外の手際の良さに口笛を吹いた。
「覚えてるのか? さすがだな……いい加減、昇級試験受けろよ。麻里子様も嘆いてたぞ」
印刷ボタンを押して立ち上がったユカは、肩越しに政宗をジト目で見上げる。
「試験とかせからしか。それに、麻里子様がいる間は誰も彼女の代わりなんてやりたがらんし……離れようとも思わんよ」
「……それもそうか」
政宗が嘆息して納得した瞬間、複合コピー機が動き出して、ユカの指定した印刷物を吐き出した。
『縁故』は縁結びをする……というよりも、縁切りをすることが圧倒的に多いです。特にそれを仕事にして金銭が発生すると、8割は『縁切り』となります。
そして、請負価格は『縁切り』の方が圧倒的に高く設定されています。目的(ライバル会社の大口取引先との『縁切り』や、早期退職して欲しい職員と会社の『縁切り』など)と関係性によって料金は変わりますが……1回につき、最低でも軽自動車が買えるくらいのお金がかかります。でも、そんなお金を払ってでも、誰かの『縁』を切りたいと思っている人は多いのです。だから、名杙家は発展してきました。