エピソード10.5:福岡滞在24時間。㊤
仙台空港を7時半過ぎに飛び立つ飛行機に乗り、約2時間後――目的地の福岡空港へ、滞り無く到着した。
今回は必要最低限の手荷物のみを持ってきているので、航空会社に預けたのは、仙台からのお土産を詰め込んだキャリーバックのみ。それを受け取って自動ドアをくぐり、迎えに来てくれているはずの人物を探す。
ここは、福岡空港国内線第3ターミナル。国内線では地下鉄や高速バスのバス停から地味に遠い場所にある(でも、最近は立体駐車場に近くなったよね)このターミナルは、主にLCCや国内線でもマイナーな地方路線等が到着する場所である。他と比べて人の流れは多くないものの、ツアー客や家族連れなど、団体さんもそれなりにいて、人の流れは出来上がっていた。とりあえず設置されたベンチに座った2人は、それぞれに息をついて……無事に到着したことに安堵。
時刻はまだ10時前だが、朝早くから動いているので時間の流れも遅く感じる。
「やっぱ……福岡はデカイな、空気が全然違う」
大きな荷物を持って行き交う人々をみやり、背もたれに体を預けた政宗がボソリと呟いた。
ユカが言葉を返そうとした瞬間――
「そりゃあそうですよ、ムネリン。ここはアジアの玄関口なんですからね」
背後から笑い声が聞こえ、2人は同時に振り向いた。
その視線の先では、小柄な女性が満面の笑みで2人を見つめている。身長は160センチ前後だが、そのうち10センチはヒールで水増し中。白い襟のついたデニムワンピースに身を包み、背中が隠れる長さの髪の毛は、毛先がふわりとカールを巻いている。
ねこのようなつり目が印象的で、政宗を「ムネリン」と呼んだ彼女は、ユカに向けて片手を上げ、「おかえり」と声をかけた。
「ただいま、レナ。わざわざありがとうね」
ユカからレナと呼ばれた彼女は、「いいってことよ」と胸を張り、ユカが傍らに置いていたキャリーバックの持ち手を握る。
「ムネリンもお久しぶりです、アンド、お疲れ様です。とりあえず、車で移動しましょうか。麻里子様、お待ちかねなんだからね」
ムフフ、と笑みをこぼすレナに、政宗が引きつった笑いを浮かべた。
「お待ちかねなんだね……だよね……あ、カバンいいよセレナちゃん、俺が……」
彼女――セレナが引っ張るキャリーバックを受け取ろうとした政宗だったが、歩き出した彼女が肩越しにウィンクを返す。
セレナと政宗は、政宗が2年前に熊本で一緒に仕事をしたことで顔見知りだ。
「引っ張るだけですから大丈夫ですよ。どうせ中身は私達へのお土産なんでしょう? ムフフ……久しぶりの萩の月が楽しみです」
そう言ってスタスタと先を歩くセレナを追いかける2人は、自動ドアをくぐり、空港の外へ。
次の瞬間、水分を多く含む空気が2人を包む。ユカにとっては久しぶりの感覚だが、仙台の涼しい空気に慣れていたため、思わず顔をしかめて上着を脱いだ。
「やっぱ、空気が違うね……仙台は肌寒いくらいやったとに……」
「本当に、日本は細長いよな。っと……セレナちゃんに置いて行かれるぞ」
「あ!? もー、レナ!! いつも歩くときは後ろを気にするようにって言っとるやろーがっ!!」
ユカの呼び止めを50メートル先で聞き流すセレナにため息を付きながら、2人は彼女の背中を追いかけた。
福岡空港から車で20分ほど移動したところ、天神にほど近い桜坂という地域に、『西日本良縁協会 九州支部&福岡支局』がある。
ここは、九州全域の『縁故』の統括&福岡地区で起こる『縁故』がらみの仕事を請け負っている、いわば元締め。ちなみに宮城県を含む東北に『東北支部』がないのは、名杙家がその役割を兼ねているからである。
地下鉄七隈線の桜坂駅近くにある、6階建ての雑居ビル。1階の駐車場に車を停めたセレナが、助手席で顔を引きつらせている政宗のシートベルトを外した。
「はーいムネリン到着っ! 今の気分はどうですか?」
「……絞首台に行く無罪の死刑囚の気分だよ」
ゲッソリして顔色の薄い政宗に、セレナが流し目で言葉をかける。
「あらら大変、でも、自分が無罪って思ってる時点で認識違いますよ、ムネリン。君は罪人なの。なんてたってこの『福岡支局』から、大事な大事なユカをかっさらうんだからね」
ムフフ、と、意地悪な笑みを浮かべるセレナに、政宗は大きく深呼吸して、真顔で呟いた。
「……分かってる、覚悟はしてきたんだ」
1人、口元を引き締めて気合を入れ直す。その様子を横目で眺めるセレナは、後部座席にいるユカを見やり……ニヤニヤした、実に楽しそうな声でこう尋ねた。
「ムネリン、まるで妻の実家に挨拶に来たみたいな緊張感なんだけど……ユカ、付き合っとると?」
その質問に首を横に振るユカは、苦笑いでレナを見つめた。
「いいやまさか。っていうか、レナなら分かるやろ? あたしも正直……気が重いよ」
ユカの言葉に「ムフフ」と笑みをこぼしたセレナが、「じゃあ、降りましょうか」と2人を促す。
ユカは、約2週間ぶりに……『福岡支局』へ帰ってきた。
そして、約2時間後の12時過ぎ――
「ムネリン凄い! 良かったじゃないですか!! 2時間で説得出来るなんて最短記録ですよ!」
「やれば出来るやん、政宗! あたし、昼ごはんはおやつ時間だろうなーって思っとったよ!!」
ビルの4階にある『福岡支局』、入り口から入ってすぐにある応接スペースにて。
3人がけの長いソファを1人で占領している政宗が、心から疲れきった表情で、レナが運んでくれた麦茶を一気に飲み干した。
無言で空のコップをテーブルに置く政宗に、正面に座っていたセレナが笑顔で麦茶を注ぐ。
セレナの隣に座るユカは、あの戦場を限りなく最短で乗り切った政宗に賞賛を送りつつ……視線の先を、部屋の奥へ向けた。
この部屋の奥、応接スペースをぬけた先には、麻里子が使っている執務室がある。その隣にはトイレとシャワールームがあり、セレナのような常駐スタッフが仕事をするのは、入ってすぐ右にある別室だ。そんな執務室――またの名を尋問部屋では、つい先程まで、麻里子が政宗に対して現状報告と今後の調整……という名目の尋問を行っていた。
ユカも最初の数分は同じ部屋の中で政宗のフォローをしていたが、現状報告が終わった所で出るように言われたため、政宗が彼女に何を言われたのか、それに彼がどう答えたのか……分からない。
麻里子は言葉で他人を精神的にいたぶるのが大好きだ。勿論、肉体的にいたぶるのも嫌いではないが、理詰め&たまに屁理屈を自信満々に言って、相手の反論を待たずに更に畳み掛ける。これが数分ならば反論もできるし耐えられるのだが……麻里子の喉は恐るべき持久力を持ちあわせており、ひとたび彼女に捕まれば、4時間は針のむしろ状態になると思ったほうがいい。その間に許されるのは1回5分間のトイレのみで、飲み物は麻里子の気分次第である。防音設備も完璧なので、室内の様子を知るすべはなく……ゲッソリとした表情で部屋から出てくる人の様子を見て、恐れおののくことしか出来ないのだ。
政宗からの報告と要望を受け、吟味して承諾した麻里子は……明日のための買い物がある、と、先ほどここを出て行った。夕食は一緒に食べる約束をしているので、それまでは自由時間だと告げて。
2杯目の麦茶を一気飲みした政宗は、大きく息をついて肩の力を抜き……ようやく、笑顔を見せる。
「終わった……俺の仕事は終わったんだ……!」
その様子を見たセレナが、両手を胸の前で合わせて嬉しそうに提案した。
「じゃあムネリン、ユカ、お昼食べに行こうよ。何が食べたい?」
彼女の問いかけに、ユカが政宗に視線を移す。
「政宗が決めてよかよ。何かリクエストはあると?」
「俺が? そうだな……」
政宗は少し考えた後、弛緩した顔に苦笑いを浮かべて返答した。
「正直、何だかまだ胃が本調子じゃないから……うどんで」
昼食をうどん屋で済ませた3人(福岡に行ったらとんこつラーメンもいいけど、ごぼう天うどんも食べてね!)は、セレナの運転で、福岡市郊外、七隈にある単身者用マンションにやって来た。
福岡大学という巨大な私立大学が近くにあるため、この辺りは遠方からやって来た学生向けの一人暮らし物件が多い。地下鉄の駅からもほど近い場所にある10階建ての8階、その角部屋の前で、セレナが鍵を取り出す。
「一応、ユカに頼まれてたから、分かる範囲で荷物は整理したつもりやけど……何を持って行って何を処分するのか、自分で確認してね」
「ありがと、レナ」
セレナが銀色の鍵を回し、扉を開く。
扉の向こう、玄関からすぐに広がる8畳のワンルームは、シンプルという言葉がピッタリくるほど物が少ない。目につくのは部屋の角にあるパイプ製のベッドと、折りたたまれたミニテーブル、空っぽの3段ボックスの上に置かれた14インチの液晶テレビくらいだ。
洋服は備え付けのクローゼットの収まる枚数であり、そのほとんどが宮城にある。奥にあるキッチンは、冷蔵庫の上に電子レンジがある程度で……生活感がまるでない。
床にはダンボールが3箱、蓋が開いた状態で置かれていた。
ユカは靴を脱ぎ、自室の空気を入れ替えるためにベランダの窓を空けに行く。初めて入るユカの部屋が予想以上にシンプルだったため、政宗が玄関先で固まっていると……セレナが彼の肩をポンと叩く。そして、靴を脱がずにくるりと踵を返した。
「あ、ユカ、私、そこのコンビニで飲み物とか買ってくるけど……何がいい?」
唐突に尋ねられ、ユカは驚いた顔で振り返る。
「え? いいよレナ、お昼食べたばっかりだし、後からあたしが……」
「まーまーいいからいいから。何もなければ適当に買ってくるけど……ムネリンは?」
大きな瞳で見上げられた政宗は、彼女のウィンクに内心苦笑いを浮かべつつ……。
「じゃあ俺は、100円コーヒーをアイスで」
「了解しました。じゃ、ユカもそれでよかね。行ってくるー」
ユカに手を振ってその場から消えるレナを呆けた顔で見送ったユカは……気を取り直し、玄関先で突っ立っている政宗にジト目を向けた。
「ちょっと、いつまでそこに突っ立っとるつもりなん? 入ってこんね」
「あ、ああ……」
我に返った政宗が扉を閉め、施錠してから靴を脱ぎ、室内へ入った。
ユカはミニテーブルの足を組み立て、部屋の中央に置く。
そして、部屋を見渡して呆けている政宗を、ギロリと睨みつけた。
「政宗が意外って顔しとるの、なんかむかつく」
「そうか? だって意外だろ? 女子の部屋は、何というか、その……細かい物が溢れかえっているという先入観があってだな……」
「レナの部屋はそうかもしれんね。でも、あたしは……あんまり物があるのって落ち着かんけん、これくらいで丁度よかよ」
そう言って、ユカは帽子を脱ぎ、ベッドに腰を下ろす。
ここは、彼女なりに考えた結果生まれた空間。
自分がいつ死ぬのか、自分の体がどうなるのか分からないから、不要な物は持たないようにしてきた。サイズが変わらないので洋服も靴も十分着回せるし、気になる漫画やCDはレンタルやダウンロード、電子書籍の購入や図書館で済ませる。洗濯は週に一度のコインランドリーで十分だし、この部屋くらいならば夏も冬もエアコンのみで対処出来る。
加えて、『福岡支局』は会議という名の呑み会も多いため、この部屋にはほぼ寝るために帰ってきているようなものだった。
いつ自分に最悪の事態が訪れても、残された人に極力迷惑をかけないよう……そう思ったら、本当に必要なものだけが残った。それだけのことだ。
フローリングの床に腰を下ろした政宗は、ベッドに座っている彼女にニヤニヤした笑顔を向ける。
「これなら……俺、手伝いいらないじゃねぇか。中洲で呑んできていいか?」
刹那、ユカの政宗を見る目に強烈な侮蔑がログインした。
「サイッテー。酒バカ宗」
心から軽蔑しきったユカの視線に、政宗も笑顔を苦笑いにして取り繕う。
「冗談だ、冗談だからな。でも……本当に俺、何をすればいいんだ?」
引っ越しに際する力仕事が必要かと思って覚悟していた政宗は拍子抜けしてしまう。ユカはズボンのポケットに入れておいたスマートフォンを取り出して時間を確認してから、再び政宗を見やる。
「別に……何もせんでよかよ。政宗の仕事は麻里子様の話し相手やけんね。第2ラウンドが始まるまで少し休まんと、体がもたんっちゃないかなーって」
そう言ってユカは立ち上がり、今まで座っていた自分のベッドを指さした。
「一昨日から、まともに休んでないっちゃなかと? フローリングは痛いけん、ここで少し寝てよかよ」
この提案に、政宗は目を見開き……一度、首を縦に動かす。
「マジか……それ、すげー助かる……」
急に気が抜けた政宗は、フラフラとベッドに近づき……敷布団の上から突っ伏した。
ベッドにもたれかかるように床の上に腰を下ろしたユカは、肩越しに振り返り、全身から脱力した政宗を見やる。
一昨日に蓮と桂樹、統治の問題は解決したが、そこから今朝に至るまで、政宗はユカを正式に『仙台支局』の所属にするため、必要書類の準備に負われていたのだ。
そもそも所属から変わるため、ユカを受け入れる側となる『東日本良縁協会』のトップの実印から必要になる。加えて、ユカの加入はほぼ事後承諾となってしまったため、昨日の午前中、政宗は名杙本家で当主に説明&言い訳&印鑑を押してもらう&軽く呑む、という仕事を終え、午後からはユカを『仙台支局』に招いて、移動理由や健康状態等の形式的な書類作成&生ものでないお土産を購入して荷造り&軽く呑む、という、過密スケジュールだったのだ。
ちなみに、『西日本良縁協会』トップの実印は麻里子も持っているため(本人曰く、『九州支部』の運営に必要だから、とのこと。真偽は不明)、麻里子が許可して印鑑+サインをくれた移動願いを諸々の書類と合わせて『東日本良縁協会』に提出すれば、ユカは晴れて仙台の所属となれる。
通常の移動ならば、遅くとも2週間前に通知され、そこから動き出すので……いくら名杙家の長男の知り合いで融通が利くとはいえ、わずか1日で準備するのは大変だったに違いない。
眠れるはずの飛行機でも、その後に待ち受けている麻里子との直接対決で政宗は一睡もできず……朝から彼の横顔を見ていたユカは、一度、ゆっくり休ませたいと思っていたのだ。
「お疲れ様」
声をかけると、彼は顔をユカとは反対方向の壁側に向けたまま、声だけで返答した。
「……ああ、疲れた」
その背中には、年齢上の貫禄と……哀愁を感じる。
年齢以上の責任とプレッシャーを背負い、それに押しつぶされないように必死で立ち続けてきた。一段落ついた今だからこそ、少しくらい寝転がったって……誰にも文句は言わせない。
「何だか変な感じやね。普段なら、あたしが福岡に残って政宗を見送るとに……明日はあたしも一緒に宮城に行くげな」
そう呟いてから、ユカは白い天井を見上げた。
何度となく見てきたこの部屋の景色。一生ではないにしても、もうしばらくここで暮らすと思っていたけれど……見納めともなると、物悲しさを感じる。
「寂しいか?」
声だけで尋ねられ、ユカは「うん」と頷く。
「そりゃあ、多少は。人生の半分以上を過ごした場所から離れるのは……寂しかよ。宮城はごぼう天うどんないし」
「今度統治に作ってもらえばいいだろ。多分、麺から自家製で作るぞ」
「本当、統治が料理男子になっとるっているのが衝撃的やったね……」
思い出したユカが含み笑いを浮かべると、風が入り込んでカーテンを揺らした。
気持ちいい、春の空気が髪を揺らす。新生活を始めるには少しタイミングがずれてしまったけれど、ここからユカの新しい、それでいて前代未聞の挑戦が始まろうとしている。
その挑戦に挑んで、無事に勝つことが出来たら……また、ここに戻ってこよう。そして、笑顔でみんなに報告しようと、改めて思う。
そのためには、ここにいる彼の協力が不可欠だ。
「政宗、改めて……これからヨロシクね」
返事はない。その代わりに聞こえてきたのが、規則正しい寝息。
再び肩越しにベッドを見やるユカは……政宗が寝落ちしていることを確認。予想していたオチに苦笑いを浮かべた時――玄関の扉が開いた。
「たっだいまー……って、あれ? ムネリン、寝ちゃったの?」
コンビニの袋を両手に持ったセレナが、ベッドに突っ伏している政宗に首を傾げる。
ユカは立ち上がって彼女に近づき、袋を1つ受け取った。
「政宗も色々あって疲れとるところに、今日の麻里子様やけんね……夜の呑み会まで休んでもらおうかなって」
「なるほど。そういえば、トーチ君の問題が終わったばっかりやったね。飲み物、1つペットボトルにして良かったー……」
ちなみにトーチ君とは統治のこと。セレナと統治は3年前の一件で面識がある。
テーブルを挟んで向かい合う2人は、とりあえず、セレナが購入してきたコンビニのアイスコーヒーを飲んだ。
セレナは購入してきたお菓子をテーブルに並べつつ、一服するユカを見つめる。
「本当に……宮城に行っちゃうんだね」
どこか寂しそうな口調に、ユカはストローから口を離し、ペコリと頭を下げた。
「突然、こげなことになって……ゴメン。レナにも相談して、どうするか決めるのに自分でも思ったより時間がかかったけど……でも、やっぱり今のあたしは、宮城で自分の問題を解決すべきだと思ったんだ」
「謝ることじゃなかよ、ユカ。私もそれがいいと思うってメールにも書いたんだから。でも……伊達先生だっけ? いきなりチートなキャラが出てきたものねぇ……」
お菓子袋の1つ、九州しょうゆ味のポテトチップスを開いて中身をつまみつつ、セレナが問いかける。
「んで、結局……宮城で何があったの? トーチ君、大丈夫なんだよね?」
「あぁ、それは大丈夫。聞いてよレナ、本当に大変でさぁ……」
ユカはコーヒーで口内を潤しつつ、今回の事件の顛末を簡単に説明した。
まだ未確定な事項があるし、管轄が違うのであまり詳細に話すことは禁止されているけれど……細かいことに囚われない、2人以外がいる場所でこの話はしない、というのがのが、暗黙のルール。
ユカの話をウンウンと聞いていたセレナは、政宗が使った奇策の所で目を見開き、ユカの後ろで寝ている彼に視線を向ける。
「自分の『因縁』を他人に譲渡するなんて……それをやるムネリンも、受け取って使いこなしたトーチ君も、もはや人間やめてるスペックだよ。いやー、さすが名杙家のお膝元、宮城は恐ろしかねー」
「あたしも正直、あげん上手くいくとは思っとらんかったよ」
「あと……えぇっと、仁義君! 若くて優秀な情報家なんて引く手数多だよ。宮城の待遇に不満だったら、えぇっと……そう、里穂ちゃんと一緒に福岡においでって言っといてね」
「えー? 福岡には古賀さん達がおるやん。仙台にはそげな専門チームもないし、事務処理も分担みたいやけんが、益々仕事が増えそうで……ふぐへっ!?」
はぁ、と、重苦しいため息をつくユカの口に、セレナはポテトチップスを5枚ほど突っ込んだ。
「ふむっ……な、なんばすっとね!? ビックリしたー……」
バリバリと砕いたそれを飲み込みつつ、目を白黒させるユカに……セレナはストローでコーヒーをすすり、優しい笑顔を向ける。
「ん、安心した。ユカは宮城でやっていけそうやん」
「レナ……」
「ムネリンもトーチ君もいい人だって知っとるけど、他の人がユカを見たらどげん思うかな、って……ちょっと心配しとったとよ、これでも」
「……ん、ありがとね」
そう言って、ユカもまた、自ら口を開けたセレナの口にポテトチップスを入れる。
年齢が同じ2人は、セレナが『縁故』として『福岡支局』に配属された5年前から、ずっと、コンビで仕事をしてきた。
高校に通い、実家暮らしで家族の理解を得ているセレナと、通信制の高校で単位は取得していけるものの、身内もなく、基本は1人で生きてきたユカ。
人懐っこい性格のセレナと、一定の距離を取って人と接してきたユカ……育ってきた環境も培ってきた信条も何一つ一致しない2人だからこそ、ここまで上手くやってこれたのかもしれない。
と、不意に立ち上がったセレナがユカの隣をすり抜けて、政宗が寝ているベッド、彼の足元に腰を下ろした。
何事かと首を傾げるユカを、セレナが意地悪な瞳で見下ろす。
「ユカは……ムネリンのこと、異性としては好きじゃないんだっけ?」
「え? あ、うん、そうだけど……ええぇっ!?」
刹那、ユカが大声を上げてその場から飛び退いた。
理由は……セレナが何の前触れもなく眠っている政宗の隣に寝転がり、彼の腰元に自分の腕を回したから。
自分の身に降りかかった異変に気付き、政宗がゴロリと寝返りをうった。
そして……自分を満面の笑みで見つめている&抱きついているセレナと最至近距離で目が合い、その目を血管が浮き出るまで大きく見開く。
「ふはっ!? せ、せせセレナちゃん!? な、なななな何、をして……!?」
「ムフフ。ムネリンが無防備に寝ているので、ちょっと襲ってみました」
「お、襲って……? 最近の女の子が肉食系なのは流行りなのかもしれないけど、さすがにそれは……」
「えー? だって私、ムネリンに言ったことありますよね。一目惚れしたから付き合ってくださいって」
「ぐはっ!?」
セレナの衝撃的な告白に、政宗の顔から色が消える。そして、そういえばそんな話を聞いたなぁと思い出したユカは……自分がいないところでやってくれよ、人のベット使っていちゃついてんじゃねぇよ、と、視線で訴えてみたものの、ユカに背中を向けているセレナには届かないまま。
完全に硬直した政宗を小悪魔の笑みで見つめるセレナは……「ムフフ、今日はこれくらいで勘弁してあげますよ」と、絡めていた腕をほどき、その場に起き上がった。
そして、自分をジト目で睨むユカに視線を向け、「ムフフ」と笑う。
「ユカ、嫉妬した?」
ユカは無表情で首を横に振った。
「いいやちっとも。そういうことやるんなら、あたしの部屋じゃないところで勝手にやってくれんね」
「えーつまんない。三角関係やろうよー。親友と同じ人好きになっちゃったって、目をウルウルさせながら相談してよー」
「そげなことするわけなかろうもん! ったく……」
呆れ顔で視線をそらすユカに笑顔を向けるセレナは、眠気が吹っ飛んだため、彼女の背後で起き上がった政宗の方へ向き直り……ペコリと頭を下げる。
「ご存知の通り色々と不器用な子なので、ご迷惑をおかけするかと思いますが……ユカのこと、よろしくお願いします」
それは、今のセレナが出来る唯一のこと。
仲間であり親友であるユカの未来を政宗達宮城のメンバーに託す――本当は福岡で成し遂げたかった、この場所でユカの問題を解決して、一緒に走りたかったけれど……。
セレナに顔を上げるよう促した政宗は、少し不安そうな彼女にこう言った。
それは、胸の奥にある政宗の誓い。
「俺が責任を持って、この問題を解決するよ。だから……心配しないで欲しい」
その言葉に、セレナは満足そうな表情で頷いた。
長くなりましたが……オマケ扱いなので分割しませんでした。
福岡の麺といえば、とんこつラーメンもいいけどごぼう天うどんも忘れないでください! 麺にコシがない? それがいいんだよ!!
あと、アイスのブラックモンブラン食べたい……ポロポロ落ちるけど食べたい!!
そして、ユカの福岡での相棒であるセレナさんの登場です。彼女は生粋の日本人で、2年前の件で政宗を好きになりましたが……ほぼ同時に失恋しているという、ちょっと可哀想なキャラクターですね。でも、ユカにはそれを悟らせない良い子なのです。
そして、ふんわり登場の麻里子様&『福岡支局』メンバーズ。名字は福岡のローカル番組に出演中の方々を大いに参考にさせていただきました。徳永さんは勿論女性です。(苦笑)
『仙台支局』と比べて年齢層が高いのはしょうがないのですね。宮城にも当然、政宗や統治よりも年上(桂樹と同年齢かもう少し上)の人も沢山いるのですが、『仙台支局』で仕事をしている限り直接関ることはほとんどないと思うので、多分そんなに登場しません。基本は生きている最高齢が伊達先生になるかな?




