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エピソード10:結果、杜の都で縁故採用。④

 東北の春は少しだけ遅い。

 ようやく桜が満開に近づいた4月中旬、あの騒動収束から1日が経過した日曜日の朝7時過ぎ……ユカは1人、仙台空港で、福岡行きの飛行機までの時間を潰していた。

「眠い……」

 あくびと売店で買った牛たんジャーキーを奥歯で噛み、肩をすくめる。

 日曜日の朝、空港はにわかに騒がしい。旅行客などの家族連れが大きな荷物を持って行き交っており、ユカのような子ども1人は、相変わらず見受けられない。検査場を抜けたところで1人、ソファに座る彼女には、奇異な眼差しが向けられることもある。

 それらを全て無言で無視しながら……ユカは、これからのスケジュールを脳内で復唱し、ゲッソリとため息を付いた。

 七分袖のシャツの上からパーカーを羽織り、ミニスカートの下はレギンスとスニーカー。予め福岡の天気と予想気温を確認し、体感温度によって調節できるよう考えた服装だ。

 当然、室内でも帽子は欠かせない。昨日里穂からもらった真新しい缶バッチが、ガラスから差し込む日の光に反射する。

 笑顔ならば美少女なのだが……その表情は、圧倒的に不機嫌だった。

「……あーもー本当になんこれ……労りの心が圧倒的に足りんやん……」

 ユカのこれからのスケジュールは、朝一番の飛行機で福岡へ飛び、諸々の手続きと福岡での自室を引き払ってから、明日の午後には再び仙台へ戻ってくることになっている。

 要するに、実質24時間で引っ越しを含めた福岡での用事全てを片付けなければならない。ゆっくり別れを惜しむ時間などないのはユカのせいではなく、麻里子と心愛の都合だった。

「ったく……自分が旅行したいけんって、人を巻き込まんでほしかっちゃけどね!?」

 麻里子の直筆書類を最短でもらうためには、明日から5月の連休まで、沖縄へ出張――という名の個人旅行へ発つ彼女を今日までに訪ねる必要がある。そして、週明けの月曜日夕方――要するに明日は、心愛が『縁故』として仕事をする予定になっており、ユカもそこに立ち会う必要があるのだ。

「別にあたしがおらんでもよかろうもん……」一昨日からそう言い続けているユカに心愛が非難じみた視線を向け、無言で首を横に振ったのは昨日の午前中のこと。

 かくしてユカの弾丸スケジュールが組まれ、今に至る。

 ゆっくり出来るのはこれから2時間――飛行機が空を飛んでいる間だけ。飛行機から降りたら、分刻みのスケジュールが笑顔でユカを出迎えてくれるだろう。

 しかし、今回の犠牲者は……ユカ1人だけではない。

「おいケッカ、人が用を足している間にジャーキーを食べつくすんじゃねぇよ!」

 トイレから戻ってきた政宗が、半分以上減っている牛たんジャーキーの袋を見下ろし、非難の声をあげる。

 その声に嫌々顔を上げたユカは、わざと表情と声をつくり、悲しそうにボソリと呟いた。

「お父さんがユカに全部食べていいよって言ったのに……」

「言ってねぇよ! っていうか俺は父親じゃねぇ!」

 誤解しか生まないであろうユカの言葉に突っ込みつつ、政宗が隣に腰を下ろす。

 半袖のTシャツの上から襟のないジャケットを羽織り、細身のジーンズに足元はスニーカー、肩からはスポーツブランドの肩掛けバッグという、普段のスーツから考えるとラフな格好だが、その表情にいつもの余裕はなく、必死で言い訳を考えている小学生のような切迫感があった。

 そう、今回の福岡行き強行軍、もう1人の犠牲者は、休日出勤(?)の政宗である。

 ユカを仙台へ移管する手続きと、麻里子への説明等のため同行するように……というお達しがあったのだ。

 統治は名杙家の会議があるため同行出来ないが、「土産は茅乃舎だしでいいぞ」というメールを受け取っている。

 今の政宗は、麻里子がどんな質問をしてくるのか、それにどう受け答えすればいいのか……そんなことばかり考えて、飛行機に乗る前から吐きそうになっていた。

 顔色の悪い相棒を眺めつつ、ユカは再びジャーキーをかじり、ため息1つ。

「とりあえず……トランドールのパンが食べたかー……」

 ユカが駅ナカにあるパン屋を妄想してため息をついた瞬間……福岡行き飛行機の搭乗アナウンスが流れたため、2人は立ち上がって歩き始める。

 ガラス張りの窓から見える空は、雲が流れ、これから綺麗な晴天になりそうに見えた。


「――麻里子様、あたし、もうしばらく仙台で頑張ります」

 ユカがその決意を電話で本当の上司へ告げたのは、金曜日の夜のこと。

「勿論、福岡でも働きがいはありますし、麻里子様やレナ、古賀さんに川上さん、徳永さん……みんなと離れるのも寂しいです。でも、今のあたしは仙台でやらなくちゃいけないことが出来てしまって……しばらく武者修行させてください。必ず、大きくなって戻ってみせますから」

 それは、ユカが決めた答え。

 もう少しこの場所で……再生途上の仙台で、新しく出来た仲間と共に働くこと。

 そして、10年越しの問題にピリオドを打つべく、自分で考え、行動すること。

 この決断に100%の自信があるとは言い切れないし、慣れ親しんだ土地から離れるのは寂しい。でも、それを乗り越えてでも……今のユカに必要なのは仙台であり、『仙台支局』であると判断したのだ。

 全員の前でそう宣言したユカは……無言で、電話を政宗へつきだす。

 ある程度回復して、ユカが買ってきたコンビニのティラミスを食べていた政宗が首をかしげると、ユカが渋い顔で理由を告げた。

「麻里子様が……責任者にかわれ、ってさ」

「ひっ!?」

 と、政宗は一瞬顔を引きつらせて息を呑んだが……何度か深呼吸して電話用の声を整え、ユカのスマートフォンを受け取った。

「――あ、もしもし、お久しぶりです……ええ、それはもう本当に感謝しておりまして……はい、ええ、はい、分かってます、分かって……えぐぇぇ!?」

 刹那、政宗が顔を引きつらせ、喉の奥から変な声を出す。

 ようやく戻り始めた顔色は、すっかり真っ白に戻ってしまっていた。

「は、はぁ……も、勿論いずれ時間をとってお話させていただこうと……え? 明日? いやいや明日はさすがに今から書類が間に合わ……あ、明後日!? 明後日ですか!? ですが急に言われましても飛行機が……あ、席は空いてる……ですよねー……」

 何だか嫌な予感がするユカと統治が口元を引きつらせ、現状がよく分からない心愛、里穂、仁義、分町ママが互いに見つめ合って首を傾げた。

「ですが自分も月曜日は仕事が……あり……いや、それは困りますが、その……分かり、ました……」

 数分後、政宗が結局ガックリと肩を落として電話を切る。

 そして……正面に座っているユカを見やり、開き直った笑いを浮かべた。

「喜べケッカ、明後日日曜日、俺と一緒に福岡へ飛ぶぞ!」

「……は?」

 状況が理解出来ないユカに、政宗は半泣きで状況を説明する。

「麻里子様が、うちのエースを何の挨拶もなく引きぬくとはけしからん、と、地味にお怒りだ。そして、仙台へ移動するなら福岡の荷物を片付けて、部屋を引き払えとおっしゃっている。それは俺も当然だと思う。どうせ麻里子様直筆の書類も必要だから福岡へ行くぞ!」

 なるほど、確かに麻里子の言い分は最もである。最もなんだけれども……。

「い、いや、それは分かるっちゃけど……どうして明後日なん? 話が急すぎるよ。せめて今週末はゆっくり休んで、ゴールデンウィークとかに改めて……」

「麻里子様は、週明けから長期で沖縄へ出張だ。その出発までに挨拶へ来なければケッカの移動は認めず、福岡の部屋も引き払うと言われたんだ。俺達の本気度を試したいんだと」

 麻里子は基本的に短気である。そして、よほどの事情がなければ物事の引き伸ばしを認めず、周囲は自分に合わせるべきだというはた迷惑な思い込みも強い。

 要するに……自分の出張前にユカの問題を片付けるべく、責任者である政宗と当事者であるユカを福岡へ呼び寄せているのである。

「はぁ……じゃあ、明後日から3日位滞在出来ると?」

「いや、月曜日に帰ってくるぞ」

「なしてそげな強行軍!?」

 麻里子のはんこをもらうだけならば日曜日で十分だ。部屋の片付けは月曜日以降にすればいいと高をくくっていた。予想以上にハイスピードな計画に驚きを隠せないユカに、政宗は真顔で理由を説明する。

「俺も月曜日には先約があるからだ。時間はずらしてもらえると思うが、日付までは言い出しにくい」

「だったら政宗1人で帰ってくればいいやんね! あたしまで巻き込までも――」

「――ちょっとケッカ! それは無責任じゃないの!?」

 と、会話に乱入してきたのは心愛。

 離れた場所からいつもの調子で早足で近づいてきた彼女は、ユカが座るソファの真横に立ち、仁王立ちでユカを見下ろす。

「月曜日は、記念すべき心愛の初仕事の日(になる予定)でしょ!? 担当者のケッカがいなくてどうするのよっ!!」

「えぇー? 心愛ちゃんなら多分、あたしがいなくても大丈……」

「そういう態度が無責任だって言ってるのよ! 心愛の教育係なんだから、ちゃんと仕事しないさよね!!」

 ユカの言い訳を遮って朗々と宣言した心愛は、「フンっ!」と腕を組んで顔をそらす。

 その横顔には、不機嫌さと……少しだけ、ほんの少しだけ、不安があるような気がした。だから無碍に扱うことも出来ず、大きなため息をついてから……その場に立ち上がる。

「こーなったら……24時間で全部終わらせて戻って来ちゃる! 政宗、明日のあたしがやるべきことは何かある?」

「とりあえず……午後からここに来てくれ。必要な書類を揃えておく」

「了解!」

 かくして――ユカは泣きたくてヤケクソな気分のまま、福岡へ戻ることとなったのであった。

 統治がお土産に指定した「茅乃舎だし」とは、全国的にも人気が高いダシです。(http://www.dashiya.jp/)

 前々から興味があった統治なので、福岡へ行く政宗とユカへちゃっかりお願いしたのでした。

 福岡と仙台は飛行機の直行便があるので、日帰り出来ないわけではないのですが……やっぱりゆっくりしたいですよね。

 麻里子様は原則短気なお方なので、ユカと政宗が大変忙しいことになります。この次の福岡滞在編は外伝扱いですが、地味に長くなってしまったので分割しました……お時間があるときにでも、どうぞ。

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