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エピソード10:結果、杜の都で縁故採用。②

 それから、予め連絡をして近くに待機してもらっていた名杙家の人間に蓮と桂樹の身柄を預けた3人は……統治の運転する車で、『仙台支局』へ向かっていた。

 心愛も他の名杙家の人間と一緒に家へ帰ることを勧めた統治だったが、本人が頑なに拒否。ユカが苦笑いで首を横に振ったので、統治も諦めて……2人と一緒に行動することとなったのだ。

「それにしても統治……今、『因縁』を何本持っとると?」

 今は後部座席に座っているユカが運転席の統治を覗き込み、感嘆の声を漏らす。

 今の統治には、残っていた自分の『因縁』+政宗から借りた『因縁』+戻ってきた名杙家の『因縁』=3本の『因縁』が繋がっている。まぁ、3本の『因縁』は普通の人間でも許容範囲内のことでがあるが……こうも唐突に増えてしまうと、普通の人間ならば気分が悪くなったり、精神的に不安定になったりするらしい。

 余談だが、「マリッジブルー」と呼ばれる現象は、結婚すると互いに『因縁』が増えるので、心身共にストレスを感じることで起こる……らしい。

 しかしながら、さすが名杙家次期当主。安定した運転と冷静な眼差しはいつも通りで、特に変化は見当たらない。

「予定外の『因縁』を持っとるのにいつも通りとは……さすがやね」

 ユカが1人で関心していると、助手席に座っている心愛がカーナビの画面を見て、「あれ?」と首を傾げた。

「兄様、今の信号……まっすぐじゃなくて左に曲がるんじゃないの?」

 統治は真っ直ぐに先を見つめたまま、ボソリと呟いた。

「……すまん、間違えた」


 その後、何度かナビの指示を無視してグルグルと遠回りをしてしまい……通常ならば15分で辿り着けるはずなのに所要時間は30分。3人が『仙台支局』に戻ってきたのは、20時を過ぎた頃になってしまった。

「もー信じられない! どれだけ遠回りしたの!?」

 駐車場に停めた車から降りた心愛が、運転手を睨んで毒づく。

 車の鍵を閉めた統治が、そんな妹にジト目を向けた。

「文句をいうならここで帰れ。駅から電車で帰れるだろう?」

「絶っっ対に嫌! こんなポンコツなお兄様、放っておけるわけがないじゃん!!」

「ポンコツ……」

 統治が何か言いたそうに心愛を見やるが、ユカに促され、憮然とした表情で建物の中へ入った。

 今は、政宗に『因縁』を返すのが最優先事項なのだから。

 エレベーターで24階まで上がり、非常灯のみの廊下を抜け、扉のロックを解除する。


「――ケッカさん!! うち兄!!」


 扉の向こうにいた里穂が、2人に気づいて大きな声を上げた。

 里穂の後ろには仁義と分町ママの姿も見える。政宗は来客用の長いソファで横になっているため、ダラリとはみ出した足しか見えない。

 それよりも……既に帰宅したと思っていた人物の出迎えに、ユカは目を丸くした。

「里穂ちゃん!? 仁義君も……帰らんねって言ったとに……」

 何となく予想していたが、まさか、本当に残っているとは思わなかった。

 高校生である2人は帰宅するよう伝えて欲しい、と、分町ママに言付けていたのだから。

 半分呆れ、半分諦め顔のユカに、里穂が真顔で詰め寄る。

「帰れるわけないっすよ! 心愛ちゃんが誘拐されて、政さんも大変で、ケッカさんとうち兄が戦っている時に……帰れるわけないじゃないっすか!」

「里穂ちゃん……」

 2人の後ろにいる分町ママが、無言で首を横に振った。

 この私でも説得できなかった、そう言いたそうだが……実際は説得する気もなかったのが本音。

「と、いうわけで、政さんが変な『遺痕』に狙われないよう、ボディーガードに志願したっす!!」

 そう言ってビシっと敬礼をする里穂。里穂の後ろから顔を出した仁義は、3人に軽く会釈をした。

「とりあえず、政宗さんのお体は本調子ではありませんが、生命の維持には影響が及んでいないようです」

 彼の言葉を待たずに、政宗がのそりと体を起こし、背もたれに体を預ける。顔が少し青白く、全体的に疲れが溜まっているような雰囲気だが……その顔に笑みを浮かべ、右手を上げる。

「……お疲れさん。終わったんだな」

 統治が一度頷き、彼の方へ歩み寄る。

 そして、扉を閉めたユカに目配せをした。

「山本、佐藤の『因縁』を戻す手伝いを頼めるだろうか?」

「了解。あ、心愛ちゃんは疲れとるやろうけん、その辺に座っとってね」

「え!? あ……」

 今まで影に隠れていた2人が相次いで移動したため、急に注目を集めた心愛はその場でしどろもどろになってしまう。

 そんな心愛に里穂が笑顔で駆け寄り、買っておいたペットボトルの炭酸飲料を手渡した。

「ココちゃん! 無事で……無事で本当に良かったっす!!」

 自分をココちゃんと昔からのあだ名で呼び、笑顔を向ける里穂。その満面の笑みが今の心愛には眩しくて、戸惑ってしまう。

 まさか里穂が自分の心配をしているとは思っていなかったから。

「りっぴー……心配してくれたの?」

 戸惑う心愛に、里穂は口をへの字に曲げて声を荒らげた。

「当たり前じゃないっすか! 心配するっすよ! ゆ、誘拐されたって、聞いたら……!」

 その瞳には涙が浮かんでいて……それをみた心愛の方が、泣きそうになってしまう。

「ど、して……こ、心愛……りっぴーに、ヒドいこと、言ったのに……」

 それはまだ、笑い話にするには時間が足りない過去の話。

 名杙家と名倉家、同じ血統のはずなのにそれを認められられない一部の大人が、心愛をそそのかし、里穂や仁義との距離を遠ざけようとしたのだ。

 統治は既に大人だったため、くだらないと吐き捨てた妄言も……まだ全てが幼かった心愛にしてみれば、信じるに十分な内容だった。

 それを信じた心愛が里穂を拒絶し、仁義を否定し……両者の間に深い溝を作ってしまった。

 でも、どうやらその溝は深いだけで、飛び越えられる幅だったらしい。

 涙目の里穂は首を横に振り、少し離れた場所で統治らのサポートをしている仁義に視線を向ける。

「私もジンも、あの時のことは正直そこまで気にしていないっすよ。あれは……ココちゃんの本当の意思じゃないって分かってるっす」

「りっぴー……」

「だから心配もするし、無事に帰ってきてくれたら嬉しいっす! 本当に……良かった」

 里穂がハンカチで涙を拭った時、背後で政宗の唸り声が聞こえてきた。


「政宗ー、『因縁』を戻す作業は終わったっちゃけど……見え方とか、気分はどげんね?」

 再びソファに寝転がって目を閉じていた政宗が、背もたれから自分を覗きこむユカの声にゆっくりと目を開いて……再び目を閉じる。

「物事の全てがだるいぞ、ケッカ。俺は普段二日酔いにならないんだが……こんな気分なんだろうか。だるい、しばらくここから動きたくない……」

「ハイハイ、それだけ喋れるなら大丈夫そうやね。無理せんでもよかよ、どうせ明日は休みやん」

 ユカが安堵の息をつくと、統治のポケットの中でスマートフォンが振動した。着信を受けた統治は、真顔で何度か相槌をうって……最後、「今から俺が行くからそれで手打ちにしてくれ」と言い、電話を切る。

「統治、どげんかしたと?」

「親父からの電話だった。これから2人の処遇を決める緊急会議が始まるから、俺達にも出席しろとのことだ」

「俺達って……あたしや政宗も?」

「親父はそうしろと言っていたが、断った。佐藤は本調子ではないし、山本も疲れているだろう。状況の説明ならば俺だけで十分のはずだ。それに俺もいくつか、提案しなければならないことがあるからな」

 統治こそ疲れているはずなのに、その様子を一切感じさせず……これまでのわだかまりを消すように笑顔で談笑している里穂と心愛の方へ目線を向けた。

「心愛、里穂、仁義、全員一緒に本家に行くぞ」

 この言葉に、里穂が目を丸くする。

「え? 私達もっすか?」

 里穂達が住んでいる石巻は、名杙本家がある塩竈の更に先にある。途中までは一緒に帰れるのだが……統治は「全員一緒に本家へ」と言ったのだ。そんな話は聞いていなかったし、特に連絡もきていない。

 首を傾げる里穂に、統治は右手人差し指を立てて、こんな提案をする。

「今日の会議には名倉のおばさんやおじさんも呼ばれていて、家に帰ってもいいが夜中まで誰もいないそうだ。夕食をコンビニ弁当にするか、名杙名物肉じゃがコロッケにするか……好きな方を選んでくれ」

 刹那、里穂の目に光が宿る。

「それは、おばちゃん手作りの肉じゃがコロッケっすか?」

 この質問に、統治は首を縦に動かす。

「無論だ」

「行く! 行くっす、行かせていただくっす!!」

 光の速度で鞄を掴んだ里穂は、次の瞬間、心愛の手をとって扉を開いていた。

「じゃあケッカさん、お疲れ様でしたー!」

「ちょっ……りっぴー早い、早いよーっ!!」

 里穂に引きずられるようにして部屋を出て行った心愛に続き、荷物を持った仁義がペコリと会釈して2人の後を追う。そして、今まで事の成り行きを見守っていた分町ママも、準備運動なのか大きく背伸びをした。

「じゃあ私も、その会議に参加させていただこうかしら。華蓮ちゃんの動きとかある程度追っていたから、フォローが出来ると思うわ」

「助かります」

 頭を下げる統治にウィンクを返した分町ママも部屋から出ていき……室内には、3人だけが残された。

 まだ起き上がれない政宗が、頭上でスマートフォンの画面を確認している統治に、苦笑いを向ける。

「統治……悪い、お前も疲れてるのにな……」

「佐藤ほどではない。それにこれは元々、名杙家が引き起こした問題だ。事後処理は俺が担当する」

「助かるわ……頼んだ」

 そう言って、政宗が握った右手を突き上げる。

 彼の手を握った左手で軽く小突いた統治は、隣にいるユカを見やり、声をかけた。

「山本、佐藤を頼む。恐らくあと1時間も休憩すれば動けるようになると思うが……何かあったら連絡してくれ」

「了解。統治も無理せんでね。あと、あたしの証言が必要なら行くけん、遠慮せんで」

「分かった」

 2人もまた、握った拳同士を軽く打ち付けて、視線を交錯させる。

 そのまま背を向けて部屋を出て行く統治を見送り……ユカは、政宗へ視線を落とした。

 目を開いた彼が、ぼんやりした瞳でユカを見上げる。

「ケッカ……どうかしたのか?」

「ううん、ただ……終わったなぁって……」

 ここ数時間で事態が動きすぎて、正直、まだ、整理が追いついていなけれど。

 でも、自分がやるべきことは大筋終了した……そう思ったら、少しだけ寂しい気分になった。


 ――違う、即座に否定が入る。終わっていない、感傷に浸るのはまだ早い。だってまだ、最も重要な決断を下していないのだ。


 仙台に残るか、福岡に帰るのか。

 ユカがどうすればいいのか決められないまま、この事件は収束に向かっていく。

 さぁ――どうする?

 統治がアプリのゆるキャラに命名した「リッピー」は、幼い心愛が里穂を呼んでいたあだ名からです。

 里穂と心愛が仲違いしたこと、そして自分も何となく里穂達と距離を置いていることに気づいていた統治が、自分なりのやり方で里穂との距離を、将来的には里穂と心愛の距離も縮められればいいと思って、アプリ開発に勤しんでいたのでした。

 心愛は自分でも里穂や仁義に対してヒドいことを言ったという自覚はありましたが、謝罪するキッカケが掴めないままだったのですが……心愛も根は素直な子なので、ここで和解出来てよかったねぇと思いつつ、その謝罪を「分かってたっす」とすんなり受け入れる里穂と仁義の懐の広さに感心しました。(ヲイ)

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