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エピソード10:結果、杜の都で縁故採用。①

「……あ、切れた。やぁーっと切れた!!」

 刹那、室内に甲高い女声が響く。

 これまで無言を貫いていた華、人形のように変わらなかった表情がぱぁっと明るくなり、堰を切ったように喋りだしたのだ。

「あーもーようやく喋れる、長かったー……蓮ったら、無理やりこんな『因縁』くっつけるだけじゃなく、私のやつまで勝手に持って行くなんて信じられない。これはお仕置きが必要ね」

 うんうん、と、気を失っている蓮を見下ろしつつ頷く彼女の背中に、ユカが恐る恐る声をかける。

「あ、あのー……華、さん?」

 ユカの呼びかけに、クルリと華麗なターンと共に応じる華は、ユカを正面から見据え、首を傾げる。

「はいはい、何かなケッカちゃん」

「うっわーまさかのケッカ呼び……」

 ここまで自分の愛称(?)が浸透していることに、ユカはゲンナリしてしまうが……気を取り直し、すっかり調子が戻った華に改めて色々と聞いておくことにした。

「華さんが今まで喋れんで人形みたいやったのは、統治の『因縁』がくっついとったから?」

 華の年齢を忘れて友達感覚のユカ。華はそれを咎めることなく受け入れ、苦笑いを浮かべる。

「うん、だと思うよ。私も一応名杙の『因縁』は持ってる人間だったけど、個人個人の資質によって色々異なるみたいだからね。その影響なのか、人形みたく喋れないし表情も変えられない、加えて、私のモノホンの『因縁』は蓮と桂ちゃんが管理してたし、そもそも肉体がないから自力で取り戻せないし……いづいったらありゃしなかったわー」

 あっけらかんと、それでいて一気に告げる華に、ユカは思ってたイメージと違う人だなぁと脳内を修正しつつ……華と同じ苦笑いを浮かべた。

「華さんがこの2人をけしかけて、自分を生き返らせようとした……わけじゃなさそうですね」

 この言葉に華も頷き、深いため息をつく。

「今回のことは、本当に申し訳ないと思ってるわ。まさか2人がここまで暴走するとは……一方的な愛が重すぎるのよ。私がうっかり弱気になって呟いた言葉を真に受けて……私がそんなことを望むような人間じゃないって、2人なら分かってくれてるって思ってたけど、結局それも、私の思い込みだったのよね」

 少し寂しそうに呟く華にユカがフォローしようとした瞬間、華は「それよりも!」と自分で話題を切り替えると、スススと移動し、統治と心愛の前に立つ。

 先程からせわしない人(?)だなぁとユカは肩をすくめつつ、目線で、華の行方を追った。

「初めまして。2人が……領司おんちゃんの子どもなんだよね?」

 領司――2人にとっては父親の名前を呼ばれ、驚きで互いを見つめ合う統治と心愛。

 ニコニコして楽しそうな華へ、統治がオズオズと問いかける。

「領司……父を知って……ご存知なのですか?」

 華が年上だったことを思い出し、敬語に訂正する統治。華はコクンと嬉しそうに頷くと、懐かしそうに目を細めた。

「多分、統治君は何となく知っていると思うけど……私はかつて、名杙を追い出された。でも、領司おんちゃんだけは、私が初めての姪っ子だからってずっと可愛がってくれたし、私達が名杙から去った後も、こっそりコンタクトをとり続けてくれたの。入学や卒業なんかのお祝いも貰ったし、何かと気にかけてくれてて……正直、実の父親よりずっと感謝してるし、おんちゃんの存在があったから、私も名杙を恨みきれなかった」

「父が、そんなことを……」

 それは、当事者しか知らない物語。

 名杙から追い出した重宝人とも言える人物が、ごく最近まで華と繋がっていたなんて……統治は思ってもいなかった。

 そんな彼の心情を察した華が、目を細めて言葉を続ける。

「名杙は確かに、古いしがらみが多い旧家だと思う。でも、それには理由と体裁がある。おんちゃんみたいに、しがらみから外れてでも義理をちゃんと果たそうとしてくれる人がいること……そこで倒れてる2人にも伝えたつもりだったんだけど、伝わってなかったかぁ……」

「……」

 思うことのある統治は、華の言葉に口をつぐんだ。すっかり話について行けない心愛が事情説明を求めるように兄の服を引っ張り続けるが、特に反応がないので諦めるしかない。

「心愛、訳わかんない……後でちゃんと説明してよね」

 プクッと頬を膨らませて顔を背けた心愛に、ユカが「後で説明するけんが、今は黙っとかんねー」と苦笑いでフォローを入れ、再び華に問いかける。

「蓮君と華さんの繋がりは分かっとるけど……華さんと桂樹さんの繋がりはどういうことなんですか?」

「桂ちゃんは、大学時代の後輩なの。学部は違うけどサークルが同じで……最初は『名杙』って名前に私が拒否反応を示したけど、色々あって親しくなって、告白されたりしてねー」

「こっ、告白!?」

 ユカは気を失っている桂樹を見下ろした。寡黙で、女性に対しても勝手に奥手だと思っていただけに、見方が変わるのはしょうがないこと。

 当時のことを思い出したのか、華の目にどこか淋しげな光が宿る。

「でも、私がどうしても自分の出自をはっきりさせたくて、色々調べてみたら……私達が異母兄弟だってことに気づいたんだ。だからこんなに気が合ったんだ、って、2人して笑って……本当、運命なんて大っ嫌い」

「華さん……」

「私が先の災害で死んでしまって、その後、私の行動が問題視されたのよね? 正直、それは仕方ないことだと思うし、言いたい奴らに言わせておけば勝手に収まると思ってるんだけど……その時期に丁度、名杙が私達の捜索から手を引くってお達しがあって、桂ちゃんの名杙不審に拍車がかかってしまった。そして、同じ思いを抱く蓮と結託して、名杙をひっくり返そうと画策した……とまぁ、こういうわけ。本当、お騒がせしました」

 そう言って頭をペコリと下げた華は、不意に、統治の隣で状況を飲み込めない心愛の前にずいっと顔を出す。

「うひへやふぁっ!?」

 突然現れた華に、心愛は目を見開き、大声とともに素早く統治の背中に隠れた。

 そんな心愛に苦笑いを浮かべる華は、自身の左手を心愛の前にかざし、右手で左の薬指の先を指差す。

「えぇっと……心愛ちゃん、そんなに怖がらくても大丈夫なんだけどなー……あと、私の余分な『関係縁』がココに残ってるの、見える?」

「へっ!? あ、ふへっと……その……」

 オズオズと顔だけを出した心愛は、差し出された左手の先、少しだけ紫ががった『関係縁』が残っていることに気付き、首を縦に動かす。

 それを確認した華は、心愛を真っ直ぐに見据えて、こんな提案をした。

「この『縁』……心愛ちゃんが切ってくれないかな?」


「……へ? え!? 心愛がっ!?」

 華の言葉の意味を理解した心愛が再び声を張り上げた。

 ユカと統治も驚きを隠せず、穏やかな笑みを浮かべている華を見つめる。

「華さん……心愛ちゃんのこと、知っとったとですか……」

 ユカの言葉に華は彼女にドヤ顔を向け、胸を張った。

「当然、お姉さんを甘く見ないでよねケッカちゃん。心愛ちゃんが怖がりさんで、『痕』の『縁』を切れないことくらい知ってるんだから。んで、そんな現状から抜け出したいって思ってることも」

 そう言って再び心愛を見つめる華は、自分の薬指に一本だけ残った『関係縁』に、目を細める。

「この『縁』が切れれば、私はやっと自由になれる。やっと……終われるんだ」

 そう呟いた華に、ユカは言っていいいのか迷いながらも……こんな提案を切り出した。

 華と話をして、考えていたこと。普段のユカならば決して考えつかないような……そんな、思いつきを。

「あの、華さん……もしよければ、このまま『仙台支局』の『親痕』になりませんか?」

「ケッカちゃん……?」

「華さんは生前、稀有な才能を持っていました。体を失ってもここまであたし達に干渉出来るなんて、前代未聞です。今回のことは蓮君や桂樹さんの暴走だし、それに――」

「――ありがとうケッカちゃん、でも、それは駄目だよ」

 ユカの言葉を遮り、華は首を横に振る。

 そして、床に倒れている蓮と桂樹を見やり、ため息一つ。

「私という存在がどんな形であれこの世にとどまり続ける限り、そこに倒れてる2人が、まーた暴走しちゃう可能性があるんだよ。それはもう絶対に、ぜーったいに駄目。それに私は死んだんだから、大人しく成仏しなくっちゃ……それが『縁故』のお仕事、でしょ?」

 その横顔に確固たる意思を感じたユカは、自分の軽率な発言を後悔しつつ、頭を下げる。

「……分かりました。勝手な事をいってごめんなさい」

「ん、よかろう。さて、話を戻すよ心愛ちゃん。誰でも最初は怖いけど、その最初さえ超えてしまえば、次はもっと楽な気持ちになれると思う。心愛ちゃんも……なりたいんだよね、お兄さんみたいな『縁故』に」

 そう言われた心愛は一瞬顔を赤くしたが、すぐに首を横に振ると、統治の後ろから飛び出して、華を真っ直ぐに見据えた。

「お兄様なんかになりたくない……身内に『因縁』を盗まれるようなお兄様なんかすぐに超えてやるんだから!」

 その言葉と視線を正面から受け止め、華は満足気に何度も頷く。

「うんうん、いいよ心愛ちゃんその意気だ! じゃあ……やってみようか。道具は持ってる?」

 華に尋ねられた心愛は、部屋の隅に置かれていた自身のカバンの方へ向かう。

 そんな妹の背中を見つめる統治は、隣に並ぶユカを見やり、ため息1つ。

「……俺は心愛の目標になれなかったのか……」

「なんば地味に落ち込んどるとね。心愛ちゃんが言ったことは事実やし、それに……これから汚名を返上して、尊敬されるお兄様になればよかろうもん」

 ユカの言葉に、華もウンウンと頷いている。

「そうよー統治君、あれだけしっかり君を意識してるんだから、これ以上幻滅させるのは可哀想だぞ」

「努力します……」

 女性2人の容赦無い激励に内心しょんぼりの統治はさておき、鞄の中から銀色のペーパーナイフを持ってきた心愛は、それを両手にしっかり握りしめ、華の前に立つ。

 よく見ると、心愛の膝は小刻みに震えている。しかし、体が感じている恐怖を気合で押さえつけ、華に一度、深く頭を下げた。

「よっ……よろしくお願いします!!」

 その様子を笑顔で見つめる華は、もう一度、心愛の前に自分の左手をかざす。

「心愛ちゃん、『縁』を切るときは躊躇わず、一気にやっちゃってね。そのほうが、互いに感じるストレスも少なくてすむから。切り方は……多分、『因縁』に染み付いてるだろうから、思ったままにやってみればいいと思うよ」

「はっ、はい……!」

 何度も小刻みに頷きながら、ペーパーナイフを右手に持ち直した心愛が、左手で、目の前を漂っていた華の『関係縁』を掴む。

 しかし、フワフワと漂う紐状の『縁』をどうやって切ればいいのか悩む心愛に、統治が「スイマセン、ちょっと借ります」と心愛と同じく華の『関係縁』を掴んだ。

 そして、グーで握った指の隙間、親指と人差し指の間から『縁』を少しだけ出して、輪を作って見せる。

「こうして輪を作り、この輪にナイフを食い込ませると切りやすいと思う」

「あ、あり……」

 それはいつも、統治がやっているやり方。予想外の助言に、心愛は一瞬呆けた後……。

「ふ、フン! 心愛もそうしようと思ってたんだから!!」

 すぐにいつもの調子を取り戻し、改めて、作った輪の先にペーパーナイフをあてがう。

「――あ、心愛ちゃんちょい待ち! 華さんに聞いておかんといかんことがあるっ!!」

「うひやっ!?」

 刹那、隣で大声を出したユカに心愛が怯んだ。我に返って文句を言い出す彼女を目で制したユカは、覚悟を決めている華に、最期の質問を投げる。

「華さん、貴女のご遺体が眠っている場所……分かりませんか? もしも分かるんやったっら教えてください。ちゃんと、埋葬させて欲しいから」

「ケッカちゃん……」

「これからこの土地では、色々なことが起こると思う。そういうこと全部、華さんに報告出来る場所が欲しいんです。それに……」

 ユカは気を失っている2人に目線を向け、苦笑いを浮かべた。

「そうすれば……この2人も、踏ん切りがつけやすいと思うんよ……」

「……そうだね」

 ふぅ、と、一度息をついた華は、ユカにスマートフォンを貸して欲しいと頼んだ。

「地図のアプリとか、あるかな?」

「地図アプリ!? ちょ、ちょっと待ってください……ほい、どうぞ」

 指示されるがままに、ユカは画面にアプリを出し、華に向けて突き出す。

 華はスマホの画面に自身の右手人差し指を向け、クルクルと数回回してみせた。

「……よし、目印、付けられたよ」

 笑顔の華に、画面を確認するユカ。そこは海のど真ん中で……何もない、青い画面の中央に、マーカーが付けられている。

「この辺りには私以外にも数名の方の痕跡が残されていると思うわ。でも、陸地から遠いし海も深いから……捜索にはお金と時間がかかると思うけど……」

「お金? そんな心配せんでよかよ、華さん」

 ユカは口の端にニヤリと笑みを浮かべ、統治を見上げる。

 彼は一度頷いてから、華を真っ直ぐに見据えた。

「後のことは、俺が責任をもってやり遂げます。何年かかっても……必ず、探してみせますから」

 華は一瞬、言葉に詰まった。

 そして、泣きそうになる自分を必死で制して……満面の笑みを浮かべる。

「……任せたよ、名杙の次期当主――領司おんちゃんの長男である統治君にね!」

 そして、隣にいる心愛に目線を送った。

 さあ――やるんだ、と。


 心愛が呼吸を整え、ペーパーナイフのエッジが『関係縁』に食い込むよう、角度を変える。

 華は目を閉じて……笑顔のまま、ポツリと呟いた。


「桂ちゃん、蓮……先に行って待ってる。不甲斐ない生き方したら、承知しないんだからね」


 思い出すことは沢山ある。話をしたかったことも残っている。

 でも、それは……いずれまた。全員がそれぞれの命を全うしてから、ゆっくり話をしよう。


 心愛が右手を動かし、残っていた『関係縁』を断ち切る。

 刹那、その場を一陣の風が吹き抜けて……世界は、静寂に包まれた。

 華と桂樹の物語は、何となく考えていますが……どう頑張っても悲劇にしかならないので、書くことを躊躇しています。いつか書けるといいなぁ……。

 そして、これまでは『痕』をビジネスライクに片付けてきたユカが、初めて仕事を放棄しようとしました。それも華の人柄が成せる技です。彼女が『親痕』として残ったとしても、物語上は特に問題なかったのですが……やっぱり、蓮と桂樹が完全に諦められるように、華は自ら身を引いてくれたのでした。

 名杙に拒絶された女性と、名杙に守られた女性、この2人が出会い、心愛が華の『縁』を『切った』ことは、心愛にとっても大きな意味があったと思っています。

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