エピソード9:そこにあるのは揺るぎない正義。④
時は遡り、場所は『仙台支局』。全力疾走して疲れきった統治が応接用のソファに腰を下ろし、心愛がさらわれたことを告げた、その続きから。
「そうだな……好都合だ」
「は?」
統治の脇に立ち、ポツリと呟いた政宗の言葉に、彼の隣にいるユカが不快感を表す。誤解を察した政宗が「いや、心愛ちゃんがさらわれたことじゃなくてだな」と、慌てて訂正してから説明を始めた。
「桂樹さん達は、ケッカと統治、2人は必ず来るように指示しているんだろう? 要するに俺はお役御免、向こうにとっては役立たずってわけだ」
「まぁ、そうなるけど……でも、どうしてそれが好都合なん?」
「策を考えていないわけじゃないって言っただろう? 俺のやりたいことは、俺がその場にいると成立しないんだよ」
「どういうこと? 具体的に説明してもらわんと分からんっちゃけど……」
真意が掴めないユカと統治に、政宗は、自身の考えた策を披露する。
「まず、今回の俺はご要望通り、2人にはついていかない。その代わり……統治、お前に俺の『因縁』をレンタルしたいと思ってる」
「佐藤の、『因縁』を……?」
「そうだ。正直成功するかどうかは分からないが、上手くいけば、俺の変質した『因縁』の不思議な力で、統治にも『縁』が見えるようになると思っている。とはいえ、2本中どっちが変質した『因縁』なのか自分では分からないから、ケッカに見て、切ってもらうことになるけどな」
そう言った政宗が自分の頭上を指差した。そこにあるのは政宗の『因縁』、これを一時的に統治へ繋ぐことで統治にも『縁』が見えるようになり、相手の不意をつけるのではないか、というのが政宗の作戦だ。
しかし、あまりにも突拍子のない……それでいて、互いが抱えるリスクが予想出来ない作戦なので、さすがのユカも二つ返事で了承できない。そして統治は、渋い表情で政宗を見やり、言葉をかける。
「確かに理論上はそうかもしれないが、『因縁』が減った佐藤の体がどうなるのか分からない。それに、俺に『因縁』が増えていることに相手が気づいたら、どうするつもりだ?」
「これまでの片倉さんや桂樹さんの行動やケッカへの襲撃を見ていると、多少の焦りが感じられる。俺が桂樹さんを煽ったのも有効だった……と、思いたいところかな」
それは先日、桂樹が華蓮に連れられてこの場所を訪れた際のこと。
「華蓮を諦めさせることは名杙の総意である」――この言葉に、桂樹は心底絶望し、落胆したに違いない。
最終的には外部の人間を拒絶する、そんな名杙家の方針を……改めて思い知ったのだから。
「向こうがどうしてケッカと統治、心愛ちゃんを必要としているのかは分からないが……敵が自分たちの陣地にやって来る絶好の機会に決着をつけるつもりだろう。そこで、相手のスペースに入ったら、ケッカは統治と一直線上に並ぶように立って、基本的な話はケッカが進めて欲しい。そうすれば目線は自然と下にいくだろうからな。後は時間との勝負だ。向こうが統治に対して油断している隙を見て、早期解決が望ましい」
ここでユカが「はい」と手を上げて会話に参入。政宗の提案に悩んでいる統治に代わって質問する。
「でも政宗、具体的にどげんして心愛ちゃんを取り戻して、この騒動を終わらせるつもりなん? 向こうが武器を用意しとったらどげんすればいいのか……」
「目には目を、可能性には可能性を、だ。こっちも武器を用意すればいいんだろ?」
ニヤリ、と、口元に意味ありげな笑みを浮かべた政宗が、一度、衝立の向こう側へ引っ込む。
その背中を見送りつつ……統治はもう一口水を飲んで、呼吸を整えた。
十数秒後、2人のところへ戻ってきた政宗は、ユカに立ち上がって自分に向けて手を出すように指示。
「取り扱いに気をつけろよー」
笑顔の政宗がユカに手渡したのは、片手で握れる大きさのスタンガンだった。
まさか本当に武器が登場すると思わなかったユカは、「はぁっ!」という大声と共に、自分の手に置かれたそれをまじまじと観察して……政宗をジト目で見やる。
「どうしてこげな物騒な代物がすぐに出てくるとやか……?」
ユカのジト目に、政宗はドヤ顔で返答した。
「俺くらい若くて偉くなると、色々と狙われることもあるんだよ。それにさっき言っただろう? 最近物騒だからスタンガンでも持ち歩けって」
「それは、まぁ……」
地下鉄の駅での会話を思い出し、そんなフラグ回収しなくても……と、ため息をつきつつ、命を狙われる可能性があるのだから、これくらい持っていても大丈夫だろう、と、自分自身を納得させる。試しにスイッチを入れてみると、バチバチという物騒な音と共に、端子の間を光が踊った。
「ま、政宗、コレ大丈夫なんよね? あたし、さすがに前科がつくのはちょっと勘弁なんやけど……」
「服の上からなら、最大出力でも気絶する程度だって説明書に書いてあったぞ。とりあえず、体の大きな桂樹さんに黙ってもらうにはこれくらい使わないとダメかもしれないからな。ケッカが桂樹さんの相手をしている間に、統治が片倉さんの動きを抑えれば……そうだな、結局何本が正解なのか分かっていない彼の『因縁』を『切る』ことが出来れば、俺たちの勝ちだ」
そう言ってユカに右手の親指を突き立てる政宗。ユカは改めて自分の手にある物騒な代物を見やり……色々諦め、ため息をついた。
「とりあえずズボンの後ろポケットにでも入れておこうかね……」
彼女の片手に収まるほど小型だが、ポケットに入れて不自然さがないわけではない。相手に背を向けないよう注意しなければ、と、新たな注意事項を脳内に書き加えて、ユカはジーンズの後ろポケットにそれをねじこんだ。
ユカへの戦力補充を終えた政宗が、1人ソファに腰掛けたまま、自分を見つめて何か言いたそうな統治に視線を落とす。
「何か言いたそうだな、統治は。忌憚のない意見を聞かせてくれ」
この言葉に統治は政宗を見上げ、首を横に振った。
「この作戦は佐藤のリスクが高すぎる。これは名杙家の歪みが生み出した問題だから、佐藤にそこまでのことをさせるわけにはいかない」
悲痛な眼差しで見つめられ、政宗は苦笑いで頬をかく。
「一応統治にもそれなりのリスクはあるんだけどな……ケッカは、どう思う?」
「そうやね……」
意見を求められたユカは数秒考えてから……口元に笑みを浮かべる。
「面白いと思う」
「山本!?」
反対すると思っていたユカが賛成したため、統治は驚いてユカを見上げた。
見上げられたユカは……目は笑わずに、自分の見解を述べる。
「多分、それくらいせんと、相手の意表をつくことは出来んと思う。あたし達はまだ、相手の戦力をほとんと把握しとらんけん、どんな隠し球が襲ってくるか分からんけど……統治に対する思い込みがある今なら、隠し球が飛んでくる前に終わらせられるかもしれん」
「それは……だが……」
煮え切らない統治に向けて、ユカは「それに」と言葉を付け足した。
「要するに、さっさと終わらせて戻ればいいだけの話やろ? あたし達の目的は心愛ちゃんを取り戻して、桂樹さんと片倉さんの2人を止める、それだけの話やけんが……うん、問題なかよ」
サバサバと語るユカに、統治は呆気にとられて……思わず、吹き出してしまった。
あまりにも簡単に、彼女が言い放ったのだから。
「それも……そうだな。俺達が問題を片付けて帰ってくればいいだけの話だ」
「そういうこと。あたし達が覚悟決めんと、既に覚悟しとる政宗に申し訳なかよ」
ユカはそう言って右手を握り、前方に突き出す。
そこに政宗が拳を突き合わせ、そして……統治もまた、右手を握りしめ、2人に合流する。
政宗は交互に2人を見つめ、力強く宣言した。
「今度こそ、3人で乗り切るんだ。俺たちの底力、麻里子様に見せつけてやろうぜ!」
「なっ……!?」
姉の『因縁』が切られたことを悟った蓮が振り向こうとするが、統治に後ろで手をねじりあげられ、身動きが取れずにいた。
統治はポケットに入れておいた結束バンドで蓮の腕を拘束し、その場に座るよう指示を出す。
嫌々ながら指示に従う蓮は、振り向きざまに統治を睨みつけ、目を見開いて……嘆息した。
「……佐藤さんが同行しなかった理由がわかった気がします。そういうことですか」
「悪いが、今の俺は『縁』が見える。だから当然、君の『因縁』のどれが偽物で、自分の『因縁』がどこにあるのか……ようやく分かった」
統治は更に取り出した結束バンドで蓮の両足も縛りつつ、目線の先に華を見据える。
「俺の『因縁』は、彼女が持っていたんだな。どれだけ探しても見つからないわけだ」
「姉さんは肉体を持たない名杙の直系ですから、保管場所としては最適なんですよ」
「1つ聞きたい。どうして俺の『因縁』を破壊しなかった?」
統治の問いかけに、蓮はもう一度息をついて……心愛をじーっと見つめている華に、視線を向けた。
「僕は……姉さんの本当の弟になりたかった。名杙の『因縁』が欲しかったのかもしれません」
「……バカバカしい」
懐にペーパーナイフをしまってから立ち上がり、蓮を見下ろす。
「そんなことをしなくても、彼女はずっと君を可愛がってくれていたと聞いている。どうして、それだけで満足出来なかったのか……理解に苦しむ」
そう言い残し、統治はユカや心愛、桂樹の方へ歩き出す。
その背中に向けて、蓮は静かに毒づいた。
「家族がいる人間に……分かりっこないんですよ」
そこまで言い残して――彼の意識は闇に沈んだ。
統治がユカ達の方へ合流すると、ユカが桂樹の持っていたナイフで、心愛の拘束を解いたところだった。
へたり込んだままの心愛が彼を見上げ、涙をボタボタ流し始める。
「おっ……おにいっ……ふぇっ、こわっ……!」
これまで我慢していた諸々の感情をようやく表に出せるだけの精神的な余裕が、心愛に戻ってきたのだ。
「大丈夫だったか? 気分が悪かったり、どこか体に異変は――」
体を気遣う統治に、心愛は立ち上がって正面から全力で抱きつき、全身を震わせる。
「こわっ……怖かったぁぁっ! 桂樹さんも、華蓮さんも、みんな心愛を……心愛をだまっ……騙して! 誰も、誰も信じられなくて……もしかっ、もしかした、ら……お兄様も、心愛を、って……うわぁぁっ……!」
感情を言葉で爆発させる心愛の背中を優しくさすりながら、統治はゆっくりと、はっきり聞こえるように、心愛に声をかけた。
「俺は大丈夫。最初から最後まで、心愛の味方だ」
「ふぇぇ……お兄様、お兄様ぁっ……!」
心愛をなだめる役割を統治に任せることにしたユカは、とりあえず、気絶している桂樹の腕と足を、統治のポケットから拝借した結束バンドで縛ることにする。
「ぐぬっ……! お、重たっ……!」
意識がない成人男性の体は、小柄なユカには手に余るほど重たい。感動の再会に割り込むのは気が引けたが、統治の脇を小突いて彼にも手伝ってもらいながら何とか桂樹も拘束したユカの肩を……後ろから、誰かがトントンと叩く。
「ちょっと、なんね統治、呼んでくれればよかろうもん」
振り向いたユカに、統治は首を横に振った。
「俺は呼んでないぞ」
「へ? でも今、肩をトントン、って……じゃあ心愛ちゃん?」
統治の隣に立っている心愛も、訝しげな表情で首を横に振る。
「違う、けど……」
「えー? あたしの勘違い……」
訝しげな顔で周囲を見渡したユカは……自分を満面の笑みで見つめている華と目が合い、ため息をついた。
ユカの肩をたたいた犯人が誰なのか、分かったから。
「……っていうか、生きてるあたしに干渉出来るとか、どんだけ桁違いな能力者やったんやろうか……まぁよか、華さん、どげんかしたと?」
ようやく気づいてくれたことに嬉しそうな華は、自分の頭上を指差した。
ユカもまた、彼女の頭上を見上げ……「ああ」と、納得する。
「これ、切って返せばよかと?」
部屋に呪いをかけていた人物の影響力がなくなり、すっかり通常通りの見え方になったユカは、華に結び付けられた、不自然な『縁』に気づいていた。
ユカの問いかけに首を大きく縦に動かす華は、ユカがそれに届くよう、膝をついて高さを合わせる。
その『縁』を切るために自分の方へ手繰り寄せて……違和感。ユカは顔をしかめた。
そして後ろにいる統治を見やり、苦笑いを浮かべて肩をすくめる。
「統治……あたし、これはやめたほうがいいかも。名杙の『縁』は癖が強すぎて触るだけで消耗するし、狙いが定まらんけん、失敗するかもしれん。統治、やれる?」
統治は彼女の言葉に頷き、近づいて、ユカの手からそれを受け取った。そして再び懐からペーパーナイフを取り出して……一度、深呼吸。
室内灯に反射して銀色に光るペーパーナイフを床と水平の位置に固定し、握っている『因縁』をナイフへ近づけていく。
そして、両者が交錯した瞬間――統治と華は、眩しい光に包まれた。
Q1:政宗は自分の『因縁』を切って死なないんですか?
A1:『因縁』は生命活動を直接司るものではないので、すぐに死にはしません。ただ、政宗を構成する大事な線が一本切れているので……まずは体がしんどくなります。それが長時間になるとどうなるか分からないのですが、それを把握した上で統治に『因縁』を渡す政宗には、統治への信頼と責任者としての覚悟がありました。
Q2:統治は政宗の『因縁』で他人の『縁』が見えるんですか?
A2:最初は違和感がありましたが、慣れました。統治の方が『縁故』としての潜在能力が強いため、制御できたようです。
Q3:どうして政宗はスタンガンを持っていたのですか?
A3:彼はユカに対して圧倒的に過保護なので、前日に襲われたことを聞いてからAmaz○nプラ○ムで注文して届いたばかりでした……という冗談はさておき、新規のお客さんなど、得体が知れない相手と対峙する時の護身用として名杙家から持たされていました。
Q4:どうして華はユカの肩を叩けたのですか?
A4:生きている統治の『因縁』が無理やり繋げられたことで、予想外のことが出来たようです。
Q5:どうして蓮や桂樹は、統治の『因縁』が増えていることに気が付かなかったのですか?
A5:慢心していました。