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エピソード9:そこにあるのは揺るぎない正義。③

「姉を生き返させる、だと? 俺は君の夢物語を聞きに来たわけじゃないんだがな」

「夢じゃありませんよ、統治さん。この場にいる全員の協力があれば可能です」

 断言する蓮には、その自信に見合うだけの根拠があるのだろう。統治はユカの様子を気遣いつつ、彼にその言葉の真意を尋ねる。

「そこまで言うなら、具体的な話を聞かせてもらおうか」

「まず、姉さんの『因縁』は僕が2本とも持っていますから問題ありません。問題は『生命縁』と生きた肉体です。そこで僕は山本さんに目をつけました。非常に不安定な状態の『生命縁』を持っている山本さんなら、他の人より上手くいくんじゃないかって」

「……」

 統治は無言で思案する。ユカは無言で立ち尽くす。

「ですが、それで姉さんの寿命が短いのも可哀想な話です。なのでもう一人、健康な女性を用意しました。それが心愛さんです」

「……何が言いたいのか分からないな。どういう意味だ?」

「要するに、まずは山本さんで実験するんですよ。『生命縁』以外の全ての『縁』を切った山本さんの体に、ここにいる姉さんを入れて、僕が持っている『因縁』を繋ぎます。正直、どうなるか分かりませんが……この方法が成功したら、次は心愛さんで本番です。姉さんが僕より年下になってしまうのは違和感がありますが、ワガママは言っていられませんね」

 それは、理論上不可能ではないけれど……机上の空論と揶揄されてもしょうがない挑戦。

 これまでも興味をもった人間が果敢に挑み、誰一人として成功しなかった実験の1つだ。

 だから……どれだけ『縁』に干渉しても、死んだ人間は生き返らない。

「要するに君は……山本を殺して、心愛の体を乗っ取るつもりなんだな」

「まぁ、そういうことですね。姉さんが生き返るためには必要な犠牲です」

 自信満々に言い放つ蓮に、統治はもう一つ、別の疑問をぶつけてみることにした。

「それよりも、どうやって心愛をここまで連れてきたんだ? 心愛には知らない人についていかないよう、厳しく言っておいたつもりなんだがな」

「生憎、片倉華蓮は心愛さんと同時期に『仙台支局』に入った、何も知らない女の子なんです。何も知らないフリをして話を聞いたり、一緒にスイーツを食べて楽しんだり……楽しかったですよ。一人暮らしをしているからとここまで何の疑いもなくついてきましたので……防犯に関しては再考された方がよろしいかと、お兄様」

 にべもなく言い放つ蓮に、統治は拳を震わせて殴りかかる機会を伺っていたのだが……統治の前に立つユカが、首を横に振った。

「ゴメン、統治。ちょっと動揺したけど……後は任せて」

 そして、一歩前に踏み出して――自身の右手を突き出し、指でピースサインを作る。

 ユカの指がくっついた瞬間、パチン、と、何かが弾けたような音がした。

 その光景を見た蓮が、少し驚いて眼を開く。

「驚きましたね……『縁』が見えない状態で、あの罠を切りましたか」

「一応、最初は見えとったけんね。距離感を間違えんかったらいけると思った。それよりも……随分自分勝手に妄想を垂れ流しとるね。そげなことにあたしが協力するはずがなかろうもん」

 フン、と鼻息荒く吐き捨てるユカに、蓮はあくまでも笑みを絶やさず、言葉を続ける。

「そうですか……ですがご心配なく、山本さんが協力してくれないのならば、心愛さんでいきなり試すだけです。その結果、成功率が下がって彼女が死んでしまうことになるかもしれませんが、その時は……僕の体でもう一度挑戦すればいいんですよ」

 その目は本気で、自分の体を傷つけることを厭わない様子だ。底が知れない蓮の闇を感じながら……ユカはもう一歩前に踏み出し、蓮を睨む。


「へっ!? え、えぇっと……心愛、今週は……ちょっと……」


 ここまで話を聞いて、月曜日、煮え切らなかった心愛の態度の理由が分かった気がした。心愛は蓮と――正確には華蓮とこれまでに何度が会っていたんだろう。『縁故』のことを先輩である心愛に教えて欲しい等と理由をつけて、彼女が仙台市街地に行く口実を作った。

 もいかしたら最初は心愛も乗り気ではなかったかもしれない、でも、あの土曜日の午前中……強引なユカの手法に嫌気が差し、ユカと対立して、自分の愚痴を聞いてくれる華蓮に心を開いたのであれば、2人の距離が近づいてもおかしくはない。


「相変わらず……気が回るんだな、ケッカは」


「んー、こういう仕事やってると、人の考えが何となく分かることがあるっちゃんねー。上手く言えんけど、直感が鋭いって感じかなー」


 以前、政宗に言われた言葉と華蓮に向けた言葉に嫌気が差す。

 自分は何も気づいていなかった、分かっていなかったじゃないか。


 今だってそうだ。目の前に助けたい相手とねじ伏せたい相手がいるのに、自分の能力をまんまと封じられて、八方塞がりになってしまっている。


 ……八方塞がり? 本当に?


 そんなことない、大丈夫だ。今度こそ……守れなかったなんて誰にも言わせない。

 目の前で嘲笑う彼らをギャフンと言わせて、今度こそ、胸を張って『彼女』に……福岡にいる本当の上司に報告するんだ。


 ――今回は3人でやり遂げたよ、と。


 ユカは蓮を睨み、心愛や桂樹の行動も気にしながら、今回の事件の核心に迫ることにした。

「そこまでしてお姉さんを生き返らせたい理由は何ね? 確かにお姉さんは、亡くなってから良くも悪くも注目されたみたいやけど……」

「……ええ、本当に、最悪でしたよ」

 疲れた声でため息とともに吐き捨てた蓮は、自分の後ろで佇む華をチラリと見やり、自嘲気味に笑った。

「姉が公民館に地域の方を誘導して、そこに居た方が多く亡くなったこと……そのニュースが悲劇的に報道されてから、姉のFacebookや僕のところには、誹謗中傷ばかりが届きました。身勝手な人殺し、と、何度言われたか分かりません」


 あの時はそうするしかなかった。実際、間違いではなかった。

 ただ……想像していた未来とは大幅に違うケッカが待っていただけだ。


「僕は運良く、学校の屋上に逃げることが出来ました。そこで、僕の故郷が死んでいく音を……聞き続けることしか出来なかった」



 息を、吐く。

 白い空気が吐出され、霧散して……消えていく。

 屋上から空を見上げると、夜が明けたはずなのに太陽は見えない。どんよりした鉛色の空から雪が舞い落ちてくる。

 折り重なった車はバカになって、クラクションが鳴りっぱなしの状態だ。遠くからサイレンのような防災無線のような音も聞こえるが、警鐘ならばもっと早くに鳴らして欲しかった。そんな音が多方向から聞こえてきて……耳が、おかしくなりそうだった。

 いやいっそ、おかしくなって欲しかった。そうすれば、クラクションに混じる別の音を聞くこともない。


 ――助けて。

 ――助けて。私はここにいる、まだ生きている、助けて、助けて、助けて……。


 どうしろというのか、この非常識な世界で。出来ることならば今すぐに助けたい、助けたいけれど……陸の孤島となったこの学校から出ることが出来ない。

 フェンス越しに見下ろす足元は、仄暗いただの湖だった。校庭との境目に設置されたフェンスが網のように車を絡めとり、どこから流れてきたのかコンテナが積み重なり、流木が積み重なり、家の屋根が積み重なり、家財道具が積み重なり……人が、積み重なる。

 信じられるだろうか。つい数十分前まで、この足元に自分たちの生活があったことが。

 ついさっきまで、変わらない明日に愚痴をこぼしながら、今日を安穏と生きていこうとしていたことが。


 一瞬で、世界はひっくり返った。



「実は僕は、姉さんに連れられて学校に行ったんです。それは単純に学校が僕らの家から最も近かっただけで……姉さんはその後、忘れ物があるからと家の方へ引き返しました。そして、人助けをしているうちに、あの公民館の近くに行き着いた。あの辺りはお年寄りが多い地区ですし、公民館が皆さんの集会所でしたから、学校に行くよりも行き慣れた公民館で良いと判断したのです。弟を学校に逃し、他人は公民館へ……その事実を盾にして攻撃されたことも、一度や二度ではありません」

 亡くなった遺族の方からなじられるのは、まだ我慢できるし諦めも付く。

 突然に身内を亡くし、財産をなくし、全てを失った人が、行き場のない悲しみを自分にぶつけているだけなのだから。

 ただ……実際には無関係の人間が束になって、言葉を武器に、正義感という刃を振りかざした。

 振りかざした刃の先にいるのが同じ人間だということを完全に忘れて、心を殺しに来たのだ。

 蓮が受けた屈辱は、今のユカには計り知れない。「分かる」なんて言葉、言えるわけがない。

 でも、それでも……彼が今、行おうとしていることは、間違っている。それだけは分かる。

 ユカは唇を噛み締め、首を横に振った。そして、蓮を見据えて問いかける。

「でも、こんなことをして……心愛ちゃんの体で華さんが生き返ったとして、華さんの名誉を回復することになると思っとると?」

 ユカの問いかけを、蓮は鼻で笑った。

「勿論、表面上は何も出来ないと思います。そんなことは僕も分かっていますよ。だから、気付かれないようにこっそりと、陰湿に、復讐するつもりです」

「そんなことを……華さんが望んでいるとでも?」

 刹那、蓮の口元が歪む。でも、すぐに口角を上げた彼は、背後に佇む華に笑みを向けた。

「仮に姉さんが望まなくても……僕は、それを成し遂げるつもりです。桂樹さんという協力者もいますからね」

 そう言って蓮が桂樹を見やる。

「どうして僕らが心愛さんの体を使おうとしているか、分かりますか? 姉さんはかつて、名杙によって追い出されました。女であるという理由でね。でも、ここにいる心愛さんは、長男である統治さんがいること、当主の娘であるということだけで、名杙家に留まり続けている。これは不公平でしょう? だから……心愛さんの体で姉さんを名杙家に戻して、あの家を根本から叩き直すんですよ」

「なっ……!?」

 突拍子もない計画を聞かされたユカは、気を失っている心愛と、彼女の傍らに無表情で立ち尽くす桂樹を交互に見つめた。

 何かを悟っている桂樹は、先程から言葉を発することなく……状況説明を蓮に任せ、心愛の様子に変わりがないかどうか、見張っているようだ。

 饒舌な蓮が、統治の目を見据えて言葉を続ける。

「当然、『因縁』を無くした統治さんは名杙家から『縁切り』をされて部外者ですから、口出しすることは出来ません。僕が統治さんにこの事実を伝えたのは、部外者となった貴方が外野から悔しがる様子を見たかったからですよ。いずれ、姉さんは桂樹さんと結婚でもしてもらって、内外共に実権を握ります。これで……古い慣習に囚われたあの忌々しい家を、ぶち壊すことが出来る。これが、僕の復讐の1つです」

「はっ……自分でバカなことを言っとると思わんとやか? 第一、そげなこと、うまくいくわけが――!」

「そうでしょうか? 今の名杙は対外的な体裁を気にする傾向が強い。仮に心愛さんの中身が姉さんだと気づかれたとしても、未成年の当主の娘をいきなり放り出すとは考えにくいですね。そのモラトリアム期間があれば、名杙家を乗っ取ることも容易いでしょう」

「……そげなことなか、って、素直に反論出来んのが悔しいところやね」

 ユカが苦笑いでため息をついた、次の瞬間――


「……ん、あ……れ……?」

 今まで身じろぎ1つしていなかった心愛が、かすれた声と共に目をあけた。

 そして、自分を見下ろす桂樹に気付き、首をかしげる。

「あれ? 桂樹……さん?」

「おはよう、心愛ちゃん。気分はどうかな?」

「気分? 何だか体がだるんだいけど、一体――」

 体を起こそうとして、自分の両手と両足が拘束されていることに気付く。

 腹筋の力で何とか上半身を起こし、周囲を見渡した心愛は……自分を見つめているユカと統治、蓮と華の存在に気が付き、顔を引き攣らせた。

「ひっ……!?」

「心愛ちゃん! 良かった、気がついたとね!」

 前に踏みだそうとしたユカを、蓮が目線で制した。そして、予想していたけどユカにとって面倒な事態となる。

 華の存在を確認したことで意識が一気に覚醒した心愛は、彼女を凝視したたま、固まってしまったのだ。

「け、ケッカ……? 何なの、これ、一体どうなってるのよ!?」

「落ち着かんね! とにかく動ける? 何とかこっちに来れる?」

 ユカの大声に、心愛は座り込んだまま、必死で首を横に振る。

「む、無理……! 足が……体も動かっ……!」

 そんな心愛を嘲笑うかのように、華がゆっくりと桂樹の隣に移動する。心愛とは手を伸ばせば届く距離まで近づいた。

 両手両足を拘束されていることもあり、上手くその場から逃げることが出来ない。心愛は必死で顔をそらし、ヒステリックに叫ぶ。

「いやぁっ!! 来ないで……来ないで!!」

「心愛ちゃん落ち着いて! あぁもうこうなったら――!」

 業を煮やしたユカが彼女を助けるために一歩踏み出した瞬間、桂樹がジャケットの裏側からナイフを取り出し、怯える心愛の額に突きつけた。

 目の前にいる彼は、敵だ――現実を理解した心愛が、目を大きく見開いて、唇を震わせる。

「けい、じゅ……さん……!?」

「申し訳ないね、心愛ちゃん。少し大人しくしていてもらえるかな」

「そ、んな……どうして……どうしてこんな……」

 これまで信頼していた人間に目の前で裏切られた、虚ろな眼差しで理由を尋ねる心愛に、桂樹は表情を変えることなく、飛びかかれないで悔しそうなユカを見やる。

「山本さん、貴女が変な動きをすれば、彼女が痛い思いをすることになる」

 ユカは振り上げた拳を握りしめて俯き、ゆっくり、息を吐いた。

 自分の中の怒りを必死で制御しつつ、低い声で、彼に問いかける。

「……そこまでして、華さんを生き返らせたいとね?」

 桂樹は感情を殺した声で、ただ一言。

「そうだ」

 そんな答えは聞きたくなかった。でも、それが彼の意思だ。

 ユカもまた、俯いたまま淡々と言葉を紡ぐ。

「『縁故』は、世界の循環を守る存在。人の生死を左右する権限はなか。それを理解した上で……今を生きる心愛ちゃんが犠牲になってもいいって、本気で思っとると?」

 桂樹はユカを見据え、はっきりと答える。

「そう思わなければ、こんなことは出来ない」

 彼の答えを聞いたユカは……握っていた手を開き、普段通りのトーンでこう返した。

「そうね……よー分かった。桂樹さんと蓮君の歪んで腐りきった性根がね!!」


 顔を上げたユカが足元を蹴って走りだす。

「きゃあっ!!」

 心愛や桂樹との距離は5メートルほど。数歩の踏み込みで桂樹の射程距離内に入ったユカに対応するため、彼は心愛を一旦突き飛ばし、ユカに向けてナイフを振り上げた。


 ――ばちっ!!


「がはっ……!」

 刹那、ナイフを取り落とした桂樹が全身を震わせ、膝をついた。肩を大きく上下させ、荒い呼吸を繰り返す。

 右手に確かな、それでいて大きな痺れが残っていた。ユカがナイフを避けたと同時に何か攻撃をしてきたのだと思うが、唐突な事態に頭が追いつかない。

 そして、首を持ち上げて見上げると――不吉な電流がバチバチと音を立てているスタンガンを持ち、怒りに満ちた表情でそれを振り下ろすユカと、目が、あった。

「もう一発!!」

 桂樹の右太もも、服の上からでもキツイ、容赦無い一発で、彼の意識は闇に沈む。

「桂樹さん!?」

 突然の奇襲に動揺した蓮が、ユカを取り押さえようと背後から掴みかかろうとするが――


「……これで終わりだ、何もかもな」


 蓮の背中に回りこんでいた統治が、蓮の余分な『因縁』2本を――懐に携えていたペーパーナイフで、『切った』。

 ここでなんと、プロローグ部分をそのままコピペするという暴挙!!

 ……いえ、皆さん忘れていると思って……決して文字数を稼ぎたいわけではないのですよ?

 冒頭の場面は、全て蓮の視点から見た世界でした。私も避難した建物から階下を見下ろし、瓦礫や車が浮かびクラクションの音が鳴り響く非常識な海のような目の前の現実に、足元がクラッとしたことをよく覚えています。願わくば二度と見たくない光景です。

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