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エピソード9:そこにあるのは揺るぎない正義。②

 それから、諸々の打ち合わせを済ませたユカと統治が『仙台支局』を後にしたのは、18時40分頃のこと。

 社用車のナビに問題の住所を入力して、長町方面へと車を走らせる。

 運転するのは統治、ユカは助手席に座って窓の外を眺める。

 赤から黒へと色が変わる、その境目の時間帯。車や建物の明かりが眩しくて、たまに目を細めてしまう。

「統治……調子はどげん?」

 統治はハンドルを握ったまま前を真っ直ぐ見据えて、苦笑いを浮かべていた。

「正直、ここまで問題無いとは思っていなかった。ここまでは、佐藤の思惑通りだな」

「それは良かった。でも……ここからが正念場やけん。優先すべきは心愛ちゃんの身の安全やけんね」

「分かっている」

 渋滞が発生している仙台市街地を何とか抜け出し、ユカが先ほどまで仕事をしていた長町へと突入する。

 新興住宅地&大型ショッピング施設多数という場所なので、車の量は多いのだが、一定の流れはある。その流れに沿って移動し――新幹線の高架近くのマンション前で車を停めた。

 白い外観の、10階建てマンション。単身者向けの物件なので、一部屋が狭く部屋数が多いタイプだ。

「近くのコインパーキングに停車してくる。山本は先に降りて周辺を確認、あと、佐藤に連絡しておいてくれ」

「了解」

 一旦統治と別れたユカは、マンションのエントランスを睨み、一度、まばたきをした。

「……特に変な小細工はない、かな」

 周辺に『痕』はいない。ここ数日のユカは狙われすぎているので、怪しい『痕』がいたら今のうちに『縁』を『切って』おくつもりだったのだ。その必要がないことを確認したので、パーカーのポケットに入っているスマートフォンを取り出し、政宗を呼び出す。

「――あ、もしもし政宗、うん、今着いた。これから突入するけん……うん、うん、了解。は? 酒? バカじゃなかとね。とにかく無理せんで待っとかんねよ」

 ユカが通話を終えた時、統治が合流。エントランスのドアを抜け、オートロックのインターフォン前で立ち止まる。

 スマートフォンの画面を見ながら、統治がある部屋番号を呼び出した。

「――はい」

 スピーカーから聞こえたのは、桂樹らしき男声。

「桂樹さん、俺です」

「あぁ、統治君だね。山本さんも一緒かい?」

「そうです。開けてもらえますか?」

 刹那、正面の自動ドアが静かに開いた。扉をくぐった2人はエレベーターのボタンを押し、到着を待つ。

「何階まで行けばよかと?」

「8階だ」

「8階……逃げ道は玄関のみってことやね。了解」

 程なくして到着したエレベーターに乗り、8階へ。静かな廊下を進み、とある部屋の前で立ち止まった。

「インターフォンを押すべきだろうか……?」

「まぁ、悩むなら押してみればよかやんね」

 ユカの言葉に従って、扉脇にあるインターフォンを押す統治。

「――統治君、山本さん、鍵は開いているよ。中へどうぞ」

 半笑いの桂樹の言葉に従って、統治が扉を開き、先を歩く。

 短い廊下の先には、明かりが付いている。その部屋の扉を開くと、リビングダイニングになっていた。

 向かって右側に半対面キッチンがあり、その向こうは家具がほとんどない、ガランとした空間。また、キッチンの延長線上に押入れのような引き戸が見える。

 そして――


「――心愛!!」


 部屋の奥で気を失っている心愛の姿を発見した統治が駆け寄ろうとするが、後ろのユカに思いっきり服を引っ張られ、地団駄を踏んだ。

 肩越しにユカを睨む統治が、激高した声で詰め寄る。

「山本!? 何をするんだ!!」

「目の前に罠があるったい!! このまま直進したら……『生命縁』を切られかねんよ!!」

 ユカは気づいているのに、統治は気づいていない。この差が重たいハンデであることを改めて実感する。

 2人と心愛の間には、床と水平に一本、ピアノ線のような白い『糸』が張ってある。普通の状態では見えないこの『糸』は、この『糸』に触れた人間の『縁』を絡めとり、締め上げた上に切ってしまう……という、非常に厄介な代物だ。

 これは『縁故』ならば見えるのだが、普通の人間には見えない。対処法は『遺痕』の『縁』を『切る』時と同じように、能力者が切ってしまえばいいのだが……今、そのように動いていいものかどうか、ユカも見極められずにいた。

 ユカの言葉に目を見開いた統治は、悔しそうに拳を握りしめ……心愛の隣にある椅子に腰掛け、文庫本を読んでいた桂樹に視線を移した。

 心愛は気を失ったまま、後ろ手と両足をロープで拘束されて床に転がされている状況。目立った外傷はないが、この騒動で意識を取り戻さないところを見ると、何か薬を使って眠らされているようだ。

 そして……この部屋の主らしき、黒いスーツで全身を包んでいる彼――桂樹は、以前会った時よりも鋭く、冷たい目線で、部屋に入ってきた統治とユカを見やる。

 その姿を目の当たりにした統治は、一瞬目を伏せたが……すぐに顔を上げて、桂樹を睨みつけた。

「桂樹さん……これは、どういうことですか? どうして心愛を巻き込んだ!?」

「落ち着きなよ、統治君。あまり大声を出すのは近所迷惑だ」

「誰のせいで――!!」

 今にも桂樹に殴りかかりそうな統治の服を再び引っ張り、ユカが、統治より前に出る。

「そろそろ種明かしと答え合わせをしてほしかね、桂樹さん。どういうつもりで今回の騒動を起こしたのか……わざっわざ福岡から呼ばれて巻き込まれたあたしには、それくらい聞く権利があると思うっちゃけど」

 桂樹は立ち上がり、文庫本を椅子の上に置く。

「そうだね……何も知らずに死ぬのも悲しいだろう。それよりも、彼は本当に来なかったんだね。前々からあまり気に入らなかったけど、ここまで腰抜けだとは思わなかったな。『仙台支局』支局長の名が泣くよ」

 含み笑いの桂樹。彼が政宗のことを指していることに気づいたユカは、「フン!」と息を吐いて牽制した。

「政宗がいないって、どうして断言出来るん? この部屋の前とか下とか車とかで待っとるかもしれんやん」

「このマンションの入口付近から監視しているから、彼がいないことは確認済みだよ」

「ふーん……で、心愛ちゃんは無事なんやろうね?」

「ご心配なく。今は薬で少し眠ってもらっているだけだよ。彼女の体に傷をつけるつもりはないから、安心して欲しい」

「体に、ってことは、体じゃない部分には傷をつけるつもりって解釈が出来るっちゃけど……それよりも、片倉さんは一緒じゃなかとね?」

「片倉さん? ああ、『彼』なら――」

 最早隠すつもりのない桂樹が、引き戸の方へ視線を移した。

 押入れかと思っていた引き戸は、隣室への扉であり……その扉が、ゆっくりと開く。

 そして。


「……お疲れ様です、山本さん」

 扉の向こうから出てきた彼が、ユカに向けて満面の笑みを向ける。

 短く切りそろえられた髪の毛、白いTシャツにカーゴパンツというラフな格好で、中性的な声と顔立ちをした彼は……特に驚いていないユカに、「やっぱりバレてましたよね」と、苦笑いを浮かべる。

「今日は焦って、色々と見苦しい姿をお見せしました。改めて――こんばんは、僕が、片倉華蓮です」

 悪びれる様子もなくいけしゃあしゃあと自己紹介する彼に、ユカは苦々しい表情で吐き捨てた。

「白々しい……あたしの知っとる片倉さんは女性やし、何よりも……」

 言葉を切って、彼の右奥に佇む女性を指差す。

 そこには……先ほど写真で見た『彼女』が、悠然と佇んでいたのだ。

 特に言葉を発するわけでもなく、ただ静かに、絵に描かれたような優しい笑顔を浮かべている。

「名波華さん、やったっけ? ってことは……君は、弟の蓮君、そういうことやろ?」

「ご名答ですよ、山本さん。そこまでバレているなら話も早い」

 後ろ手で扉をしめた彼――蓮は、桂樹の隣に立ち、ユカの後ろで目を凝らしている統治を見やる。

「初めまして、名杙統治さん。貴方に姉の声は聞こえないと思いますので、僕が色々とご説明します」

「説明、だと?」

 眉をしかめる統治。蓮が悠然と頷く。

「そうです。今回、貴方の『因縁』がどこにあるのか……山本さんならお気づきだと思いますが、そこに至るまでの理由をお話しますので、是非、名杙家に持って帰ってください。あと、妙な動きをすると妹さんの命の保障もなければ、統治さんの『因縁』も破壊しますので、何も出来ないご自分の立場をご理解くださいね」

 朗々と語る蓮に、統治は自分の中に湧き上がる負の感情を必死で制御しながら……先ほどから無言で立ち尽くしているユカに、最も気になっていることを尋ねた。

「……山本、俺の『因縁』はこの部屋にあるのか?」

 背中越しに尋ねられたユカは、慌てて周囲を見渡すが……あることに気付き、一歩、後ろに後ずさりしてしまう。

「嘘……」

 気付くのが遅くなった自分の間抜けさには愛想が尽きていた。それに半信半疑だった、でも……これが現実。

 正直、これまでの傾向からこうなるかもしれないという予測は出来ていた。ただし、実際にその状況になってみると、自分でも驚くほど動揺してしまっている。

 これは、うん、ちょっと……厄介な状況だ。

「山本、何かあったのか?」

 後ずさりしたユカの背中が統治にあたった。彼女の様子に不審を抱いた統治は、目を見開いて何度も周囲を見渡す彼女に、動揺の理由を尋ねる。


「……見えん……」

 かすれた声を何とか絞り出し、ユカは自分の状況を伝えた。

 今まで当たり前に切り替えて、当たり前に見えていた『縁』が……全く見えなくなってしまったことを。

 

「見えん……桂樹さんも、蓮君のも、華さんのも……自分のも、誰の『縁』も見えん……!」

「なっ……!?」

 予想外の言葉に、統治は周囲に何か不審な物体がないかどうか見渡すが……原因となりそうなものは特に見当たらず。

 原因となりそうなのは――先程から楽しそうで仕方ない、蓮だ。

 統治は蓮を睨み、怒りを抑えて静かに尋ねる。

「山本に何かしたのか?」

 焦るユカを横目に捉えている蓮は、口の端に笑みを浮かべて質問に応じる。

「当然です。この部屋に入った瞬間から、山本さんに対する対策はしていますよ。これが……姉さんの能力、『縁』の見え方を変えることが出来るんですよ」

「見え方を、変える……?」

「そうです。今のように、山本さんに対して『縁』の見え方を操作して、全く見えなくすることが出来ます。この能力は強力なのですが、それを使う人間と対象としたい人間が見える範囲にいる必要がある。なので、山本さんがこの部屋から出てしまえばその影響を受けることはないと思いますが……それでは、この問題はいつまでたっても解決しませんからね」

 饒舌に語る蓮に、統治は顔をしかめて問いかける。

「名波蓮くん、と言ったな。君も姉と同じ能力が使えるというのか?」

 統治の問いかけに、蓮は首を横に振った。

「いいえ、この能力を持っているのは姉さんだけ、僕は普通の『縁故』程度の能力です」

「それはおかしいだろう? 君の姉は先の災害で亡くなっているはずだ。それなのに……」

 統治の言葉を遮るように、蓮は自分の頭を指さした。

「名杙統治さん、貴方には見えないと思いますが、僕には『因縁』が4本あります。僕が元々持っていたもの2本と……姉さんが持っていたもの2本です。なので、今は僕が姉の能力を使っているわけですよ」

 平然と言ってのけた蓮の言葉に、統治は全身の血が引くような恐怖を抱いていた。

 それほど、彼が現在行っていることは……道理を外れている。常識では到底考えられない芸当なのだから。

「死んだ人間の『因縁』を生きた人間につなげているというのか!? ありえない、仮に成功したとしても君の体にどれだけの負担がかかるのか……自殺行為だぞ!?」

「分かっていますよ。だから……そろそろ疲れました。こんな芸当も今日限りにしたいと思っています」

 理解が、追いつかない。

 浅く息をついた蓮に、統治はかすれた声で問いかける。

「君の目的は……何なんだ?」

「僕の目的、ですか? 当然……姉さんを生き返らせることです」

 やはり平然と、当たり前のように言い放った蓮の言葉に、統治は背中を嫌な汗が伝う錯覚を抱いていた。

 仙台市内の長町は、個人的に、新しいものとこれまでのものが混ざり合い、せめぎ合っている印象です。そこには今でも(2015年8月の時点で)仮設住宅があり、同時に、市民病院の移設や大型ショッピング施設(IKEAなど)が進出して、街の様子が大きく変わろうとしています。マンションも多く建設されていますね。

 上記のように人の流れが変わった街なので、些細な変化には気づきにくいかなぁという勝手な印象があったため、桂樹の潜伏先となりました。勿論、非常に住みやすい場所だと思っていますよ!


 そして、本当に政宗は来ませんでした! まぁこれには当然理由があるのですが……桂樹は名杙ではない政宗が統治や当主に取り行って出世していくのを内心歯がゆく思っていたので、彼が来なかった=自分から逃げたという事実だけで楽しくてしょうがないんです。

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