エピソード8:ユカがお仕事。②
仙台市役所に隣接している勾当台公園は、野外ステージもあり、週末ごとに様々なイベントが開催されている。
季節ごとに花が植え替えられる円形花壇には、現在チューリップが咲き始めており、所々に設置されている彫刻像が、周囲の木々と相まって落ち着いた雰囲気を演出していた。
しかし、平日の夕方近くともなれば、少し早く仕事が終わったサラリーマンや、散歩する老人など、公園を通り抜ける人がほとんど。特に遊具が設置してあるわけではないので、今は子どもが固まって遊んでいる様子もない。
歩いて来るようにと言われたこの公園まで、結局地下鉄を使ってやってきた2人(ユカが自腹を切ってでも歩きたくないと言い張った・政宗には試しに報告書で事後承諾の予定)は、公園入口に隣接した地下鉄出口から出てきたところで足を止めた。
そして、ユカがトートバックから『生前調書』の入ったクリアファイルを取り出し、隣にいる華蓮へ手渡す。
「さて、と……ここに留まっとる『遺痕』の情報、確認しとこうかね。名前と年齢、どうして亡くなってしまったのか……かいつまんで読み上げてくれる?」
そう言って歩き出したユカからの指令に、華蓮は慌てて後に続きつつ、手元の書類に目を落とした。
「え、えぇっと、主にこの勾当台公園での目撃情報が多いのは……遠藤ミリアさん、17歳。生粋の日本人です。元々は仙台市太白区西多賀に住んでいましたが、昨年10月、自転車で帰宅途中に、坂を猛スピードで下り、止まりきれずに電信柱に激突、脳挫傷を起こして亡くなっています。えぇっと……分町ママさんの情報によると、この勾当台公園にある野外ステージの中央で、恨めしい目つきで周囲を睨んでいるので、周囲の空気が重くなり、イベントにおける機材の不調なども相次いでいるそうです」
「なるほど……今日もそこにおるとよかね」
ユカの呟きに、華蓮は目を丸くする。
「え? いない場合もあるんですか?」
まさか、いない可能性を想定していなかった。もしも、対象がいない場合はどうするのか。
「『痕』の移動にはあまり制限がないけん、もしかしたらふらっと県外にお出かけしとる可能性もあるけど……その場合は分町ママに頼んで探してもらうけん大丈夫。それに、『遺痕』の場合はその場所に執着しとることが多かけん、滅多にいなくなったりせんけどね。他に何か気になったことはある?」
「あ、あと……生前、アイドルが大好きだったそうで、自分もアイドルになる、と、周囲に豪語していたようです」
「あの顔で……? あ、いや、失礼なこと言っちゃいかんね。了解、じゃあ行こっか」
華蓮に『生前調書』を持っておくよう指示したユカは、公園入り口の案内板でステージの位置を確認し、再び歩き始める。
特に盛り上がる会話もないままやってきた2人は、公園の少し奥まった場所に設置してある野外ステージの前で足を止めた。
ステージの上には屋根があり、周囲も木々が立ち並んでいるため、ここだけ他と比べて閉塞的な……閉ざされて薄暗い雰囲気を感じさせる。
本来ならば、誰もいるはずがないステージ。
ユカはその中央を見据え、軽く、瞬きをした。
「……おった。片倉さん、見える?」
オズオズと眼鏡を外した華蓮は……ステージ中央で立ち尽くし、虚空を見つめている女性を発見。出かけた悲鳴を喉の奥で何とか噛み殺した。
外見年齢は20代前半というところだろうか。脱色した髪の毛を高い位置で結い上げ、しっかりした眉に鋭い目つき、くっきりした鼻筋。書類上の年齢は17歳となっているのだが、その顔立ちと濃いメイクのおかげで年上にしか……20歳過ぎのキャバクラ嬢にしか見えない。女性にしては恰幅の良い体型をキャミソールにミニスカートという軽装備で覆っている『彼女』は……意図的に自分を見ている視線に気付き、ユカと華蓮を睨んだ。
「……何? あんたら、ミリアが見えるの?」
女性にしてはハスキーな、敵意丸出しの低い声に「まぁそんなとこかな」と返したユカは、隣でどんな顔をすればよいか決めかねている華蓮に小声で問いかけた。
「片倉さん、その『生前調書』には、彼女のどんな『縁』が何本残っとるって書いてある?」
「へっ!? え、えぇっと……右手首から『関係縁』が1本だけ、と、書いてあります」
「実際はどげんね?」
ユカに連続で尋ねられた華蓮は、正面でガンを飛ばしている『彼女』の周囲を確認した。
「確かに、右手首から1本だけですね」
刹那、ユカがニヤリと笑みを浮かべる。
「うん、仙台の情報は正確やね。実際に残っている『縁』の本数が違ったりすると、コチラの段取りも狂ってしまうけど……今回は大丈夫そう」
2人でヒソヒソと打ち合わせをしている様子を、至極不機嫌な表情で眺める『彼女』。
その迫力に萎縮した華蓮は、心なしか一歩、後ろに後ずさりをしていた。
「い、いきなり切るわけじゃないですよね?」
「うん、それは最終手段にしておきたいかな……なるだけ穏便にことを済ませたいけんね」
ユカは一度呼吸を整えて、舞台の近くまでスタスタと移動する。
慌てて後ろを追いかけてくる華蓮は「あたしより、少し後ろに立っとてね。もしも生きてる誰かがじっと見とったら教えて」と言われ、ユカの斜め後ろになる位置で立ち止まり、周囲を一度見渡し、人が居ないことを確認。
ユカはステージの上にいる彼女を見上げ、軽い声音で問いかける。
「えぇっと、遠藤ミリアさん、だよね。貴女、自分が死んどることは分かっとる?」
呼ばれた名前に反応した『彼女』は顔をしかめ、不機嫌な声で答える。
「どうしてミリアをフルネームで知ってんの? っていうか……死んでる? そんなはずないじゃん、ミリアはこれから、未来の大スターになるんだから」
自分の名前を認めたということは、ユカにこの場を主導権を渡したようなもの。
『彼女』の反応をシメシメと思いつつ、それらを顔に出さないように……頬の筋肉を引き締める。
「はぁ……大スターになるはずでも、死んどるもんは死んどると。んで、成仏出来ん状態でこの場所にしがみついとるったい」
ユカはそう言って、ステージの上に飛び乗った。ついてこようとする華蓮を手で制してから、『彼女』との距離を詰める。
距離は約3メートルほど。身長は『彼女』の方が高いので、自然と見上げるかたちになる。熊と小型犬くらいの体格差がある2人は無言で見つめ合っていたが……ユカがニヤリと笑みを浮かべ、口火を切った。
「でも、写真で見るより実物のほうが可愛いし、細く見えるねー」
刹那、ステージの下にいる華蓮が、手にした書類を落としそうになる。お世辞とおべっかを分かりやすく繋ぎあわせたユカの言葉は、場合によっては「バカにしないでよ!」と逆上しそうなものだが……。
「あらアンタ、ちっちゃくせに見る目あるじゃない」
『彼女』は素直にその賛辞を受け取り、フフン、と、胸を反らせた。
後ろにいる華蓮が呆然と成り行きを見守る中、『彼女』のまんざらでもないという反応を確認しつつ、ユカはもう一歩、距離を縮めた。
「生きてた頃はアイドルになるために、色んなオーディションを受けたっちゃろ? でも、合格出来んかった……本当、最近の審査員は見る目がなかとね」
「そう、そうなのよ! あのオヤジどもは骨と皮だけで同じ顔ブスばっかり選ぶから、ミリアはいっつもはじかれちゃうの! ミリアくらい突出したインパクトがある方が成功するって、どうして気づかないのかしらね!」
フン、と、鼻息荒く力説する『彼女』に、ユカはさり気なく問いかけた。
「この場所に、何か思い出でもあるとね?」
ユカの質問に、『彼女』は一瞬目を伏せたが……すぐに目力を取り戻し、少しだけ、上を見つめる。
「ここは……ミリアが立つはずだったステージだから」
「立つはずだった?」
「そうよ、ミリアが選ばれなかったご当地アイドルが、このステージでデビューライブをやったの。本当ならばミリアが、センターで歌うはずだったのに……!」
立ちたかった、でも、立てなかった。
それが、彼女がここに固執する理由。
ユカは「ふむ」と顎に手を当て、再び質問をする。
「なるほど……ミリアさん、貴女、今でもアイドルになりたかと?」
刹那、『彼女』が目を見開いてユカを見据えた。
「なりたいわよ、当然じゃない!!」
「じゃあ、今のこの状態でアイドルになれるわけがないのも分かる? 今のミリアさんは、言ってしまえばカゴの中のお姫様みたいな状態なんよ。ミリアさんが解き放たれない限り……夢は叶わん」
「ミリアが、解き放たれる……?」
「そ。ずっとこげな場所におって、自分より才能のない連中の白けたパフォーマンスを見せられるのもウンザリしとるんじゃなかと? ミリアさんの才能、解き放たんでよかと?」
「ミリアの、才能……」
「ミリアさんを縛っているのは、その、右手首から出とる糸なんよ。あたしならそれを切って、ミリアさんを解き放つことが出来る。どげん? あたしに掛けてみらんね?」
ユカの言葉に『彼女』は俯いて数秒考えこみ……顔を上げると、満面の笑みで右手をつきだした。
「分かったわ。やって頂戴!」
「了解。痛くないけん、安心して……」
ユカは漂う『彼女』の『関係縁』を左手で掴むと、右手でピースサインを作り、指の間に挟む。
そして――
「……安心して、次に生まれ変わってから夢を追いかけんね」
言葉が届く前に、ユカの右手人差し指と中指はピタリと合わさって――『彼女』の姿は、消えた。
意気揚々とステージから降りたユカに、華蓮が持っていた『生前調書』を手渡し、苦笑いを向ける。
「いつもああやって……思ってもいないことを口に出していらっしゃるんですか?」
「思ってもないことって……片倉さん、随分バッサリ言うねー」
『生前調書』を受け取って自身のカバンに片付けたユカは、ステージの上に広がる空を見上げ、安堵の息をついた。
「あの『生前調書』を見る限り、『彼女』は非常に自己顕示欲が強いというか、自分に対して根拠の無い呆れるような自信があった。そのせいで敵も多かったみたいやし、きっと、最近は誰かに認められることも少なかったと思うんよ。だからせめて、最期くらいは……『彼女』の願った世界を認めてあげてもいいかな、ってね。ああでも言わんと暴れだしそうやったし」
「いつもああやって、話をしているんですか?」
「まぁね。いきなり切ることも出来るけど……逃げられる可能性もあるけん、それは最終手段にしておきたい。自分が優位に立っとることが分かっとるけんが、根掘り葉掘り聞いて、相手の気が緩んだところでプツっと切る……あ、やっぱ性格悪いかな、あたし」
自嘲気味に呟いた言葉に、華蓮は苦笑いのまま「どうでしょうかね……」と、聞き流した。
思っていたより冷たい反応に内心しょんぼりしつつ……ユカは「ふんっ」と鼻から息を出し、気合を入れなおす。
「さて、と。今日はもう1件あるけんが、移動しよっかねー」
ユカが駅の方へ歩き出す。華蓮は立ち止まり、『彼女』がいなくなったステージに軽く頭を下げてから……ユカの後に続いた。
ユカの手法は基本的に「上げて落とす」です。本当はユカをドルヲタにして、仙台のご当地アイドルについて語らせようかとも思ったのですが……鬱陶しいのでボツにしました。ユカは基本無趣味というか、一つのことにあまり熱中しない性格です。
ちなみに、その辺のことが垣間見えるエピソードは、本編の後から始まります。
そして、勾当台公園は……週末の度に何かしらのお祭りやイベントが開催されている印象がありますね。仙台市役所と三越に挟まれた、仙台のど真ん中にある公園なのですが、水も流れているし花も緑も多いし彫刻は点在しているし……都会のオアシスです。
「杜の都」の象徴でもあり、定禅寺通りの起点でもあるので、仙台へお立ち寄りの際は足を運んでみてくださいね。




