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エピソード1:結果、仙台に降り立つ。①

挿絵(By みてみん)


 飛行機が予想以上に小型機だったので、これで本当に空港のターミナルビルに横付け出来るのか、諸々の高さが足りないのではないかと、1人で考えていたけれど……まさか、外れで降ろされるとは思っていなかった。

 屋根付きだが急勾配のタラップを降りたところで、冷たい空気に容赦なく出迎えられる。嬉しくない。

「……さっむ……」

 帽子を深く被ってみたが、キャスケットではこの寒さを防ぎきれなかった。全身をチクチク刺すような寒気に思わず身震いして、自分の服装に後悔しかない。4月だからとすっかり春色気分で、ペラペラのTシャツにペラペラのカーディガン(共に七分丈)、ジーンズ素材のホットパンツにニーソックス、という格好でやって来てしまったのだ。残念ながら手荷物の中に上着はない。更に絶望的なことに、搭乗前に預けた荷物の中にも冬物はなく、後に届く引っ越し用の荷物を待つしかないのである。

 他の乗客の中にも、予想外の寒さに顔をしかめる人がちらほらと。ただ、予め予想していた強者はマフラーなどを装備して、空港ビルの方へと歩いて行く。

「空港……ちっちゃい?」

 少し遠目に見える建物は、白い外観で3階建て、屋上には展望スペースも見えるが、彼女が予想していたよりもこじんまりとした印象を受けた。そういえば、駐機場にいる飛行機の台数も少ないし……だったら、こんな離れた場所で降ろさなくてもいいじゃないか、いくつも空きがあるのに、と、内心で愚痴を吐き出す。

 そういえば機内で、「仙台の天気は曇り、気温は9℃です」と言っていた。聞いた時はまさかと思ったけれど、体感的にはそれ以下だ。これはもう、さっさと室内に移動してしまうしかない。

 寒さで鈍る頭の中でそう判断してから、早足で他の乗客に続いた。空港内で働く専用車両が行き交う道路(?)を渡り、解放されている入り口から空港ビルの中へ。さすがに建物内は温かく、足の早さを通常スピードに戻すことが出来た。

 スーツを着た大人の列に混じり、腕時計で時間を確認する。現在、午前10時15分。平日の午前中なので、主な利用者はビジネスマンだ。たまに観光客のような人も混じっているが、彼女のような『子ども一人』という乗客はいない。おかげで周囲からも奇異な眼差しを向けられたりもしたが、慣れているので気にすることもなかった。

 人の流れに沿ってビルの中を進み、預けた荷物が流れてくるベルトコンベアがある空間に辿り着いた。既に荷物の引き渡しは始まっている様子で、似たようなキャリーバッグが定期的に流れてくる。

 その中でも特に目立つ、パッションピンクのキャリーバッグ。両手で持ち手を掴んで引き下ろし、括りつけられたタグを取り払う。

 滑車を下にして移動を始めたのだが……彼女の胸の高さまであるほどの鞄なので、再び周囲の視線も集中してしまう。平日のこんな時間に、どう見ても小学生の女の子が、そんなに大きな荷物を抱えてどこへ行こうというのか。

 修学旅行ではぐれた? それとも……家出?

 そんな視線を全て無視しながら進み、到着口の自動ドアをくぐってようやく空港ロビーへ。3階まで吹き抜けになっているので天井が高く、光が差し込む開放的な空間になっていた。

 他の人の邪魔にならないところまで移動し、脇に見つけたベンチに腰を下ろす。ホットパンツの後ろポケットから5インチのスマートフォンを取り出すと、機内モードを解除した。

 慣れた手つきとしたり顔でスマートフォンを操作している彼女は、身長は130センチ前後、肩のところで切りそろえた長さの髪の毛が帽子からひょこひょこ飛び出している。全体的に可愛らしい風貌だが、画面を見つめる目つきは鋭く、そこだけが妙に大人びていた。

 メールが数件入っていることを確認しつつ、LINEを起動。ここへ迎えに来てくれているはずの『保護者』へクレームを入れようとした、次の瞬間。


「――無事に到着できて良かったな、『ケッカ』」


 目の前に人の気配を感じ、『ケッカ』と呼ばれた彼女は顔を上げた。そして、これみよがしに大きなため息をつく。

「……嘘つき」

 どこからともなく現れたかと思えば、会って数秒で「嘘つき」呼ばわりされた彼は、長身痩躯、黒いロングコートが似合う男性だ。年齢は20代中盤、毛先を遊ばた黒髪に、アクのない顔立ち。黙って立っていれば爽やかなイケメン……黙って立っていれば、だが。

 こうして会うのは割と久しぶりなのだが、2人の間に再会を懐かしむ雰囲気はない。というか、彼女が一方的に不機嫌オーラを駄々漏れさせながら、彼を睨みつけていた。

 案の定、彼が訝しげな表情で首を傾げる。

「おいおい、挨拶もなしに人聞きの悪いことを……到着早々、どうしてそんなに不機嫌なんだ?」

「だって、こげん寒かとか聞いとらんっちゃけど!? あたしの冬服、全部引っ越しの荷物に詰めとるけんが、明後日まで何もなかとよ!! 政宗が正確な情報さえ流してくれれば、あたしがこげな思いをすることはなかったと!!」

 甲高い声と九州地方の言葉でまくし立てる彼女は、彼――政宗が巻いている深緑色のマフラーを指差して。

「とりあえずそれちょーだい!! あと、ユニクロ寄って。フリースがないと耐えられん!」

 この要求に、政宗は真顔である確認する。

「西松屋じゃないくていいのか?」

「ユニクロでよかと!! そげん子ども扱いせんでよね!!」

「いや、どっからどう見ても子どもだろ」

「いいからとりあえずそのマフラー頂戴!! わざわざ仙台まで風邪をひきに来たわけじゃなかとにぃぃ……」

 よく通る声で不平を撒き散らす彼女に閉口した政宗は、観念して巻いていたマフラーを彼女へ向けて放り投げた。

「東北を舐めるなよ、『ケッカ』。この程度で凍えていたら、真冬なんて耐えられないぞ?」

 受け取ったマフラーをグルグルと首元に巻きつけて、彼女はようやく肩の力を抜く。

「それまでに福岡帰るけん、よかよ……あー暖かい……」

 目を細めて呟く彼女に、政宗は意地悪な言葉を返した。

「だといいがな」

「不吉なこと言わんでよ……それより、仙台空港ってこじんまりしとるねー。もっと大きいかと思っとった」

 そう言って、彼女が天井を見上げる。吊り下げられた七夕飾りが、空調の風でユラユラと揺れていた。

 東北地方の空の玄関口、と、言われてはいるものの、地方空港の1つであることに変わりはない。一日に発着する便も決して多くなく、国際線に至っては掲示板が余裕で余る程度の便数しか飛んでいない。

 ただ、『あの災害』が発生してからは、支援という名目で飛行機の発着は増えている。後はそれを地元がどう継続してどう活かしていくか、それにかかっているだろう。

 見慣れない七夕飾りの動きを目で追っている彼女に、政宗は苦笑いで返答した。

「そうはっきり言うなよ。まぁ、仙台は東京まで新幹線で2時間だからな。頑張れば北海道まで車で行けなくもないし……というか、俺は福岡空港のゴミゴミ具合の方が問題だと思うぞ」

「それは……まぁ、否定出来んけど……」

 仙台空港は、海沿いの、都市部から少し離れた場所にあるのだが、同じ地方空港であるはずの福岡空港は、町の中に滑走路と空港施設がある、という、少しだけ近所迷惑な立地だった。おかげでアクセスは抜群なのだが、限られた土地の中に精一杯の施設を凝縮しているので、拡張することが非常に面倒くさい。

 彼女の飛行機もまた、飛行機の扉が閉まってから飛び立つまでに十数分を要した。それは、同じ時間に飛び立つ飛行機が複数あり、滑走路の順番待ちをしていたからである。

 何かを思い出した政宗がため息を付いた後、寒さで貧乏揺すりを止められない彼女を冷めた目で見下ろした。

「っつーかお前、全国の週間天気予報とか見てねーのか? まさか、4月に入ったから東北もすっかり春めいて暖かい、とか……思ってたんじゃないだろうな?」

 刹那、彼女が目を丸くして彼を見上げる。

「え? 違うと?」

 完全に図星だったらしい。

「こっちの桜はあと2~3週間くらいしないと咲かねーよ。得したな、今年は2回も花見が出来るなんて」

 ニヤリと口角を上げる政宗に、彼女は二度目のため息をついて。

「……焼酎の瓶を離さない政宗の花見にげな付き合いたくなか。大体、あたしの名前は『ケッカ』じゃなくて『ユカ』だって、何年言い続ければ分かってもらえるとやか……」

「いいだろ別に。どうせ偽名なんだし、名前を決めるときに『結果』って書いたのはお前だぞ」

「それはそうだけど……ん……?」

 刹那、言いかけた言葉を飲み込み、彼女――ユカは静かに立ち上がった。

 そして、周囲を一瞥する。到着便からの乗客が落ち着いたフロア内の人影はまばらで、特に怪しい動きをしている人は見受けられなかった。

 しかし、彼女は警戒を解くことなく、隣にいる政宗へ問いかける。

「……許可、出せる?」

 刹那、政宗が驚きを含む視線をユカに向ける。

「出せるけど、そんなに急ぐようなことか? 確かに『遺痕いこん』だが気配が弱いから、どのみち今週中にはいなくなってると思うぞ?」

「――責任者がそげん悠長なこと言っとるけんが、ここまで大事になったんじゃなかと?」

 ユカの鋭い言葉に閉口した政宗は、コートのポケットから自身のスマートフォンを取り出すと、慣れた手つきで操作を始めた。

 数秒後、彼女のスマートフォンが3回震える。それは、メールが届いたお知らせ。

 内容を確認した彼女は、再度、ズボンのポケットにそれを突っ込んでから政宗を見上げた。

「場所は分かるやろ? 連れてって。あと、もしも『生前調書』があるなら見せて」

「了解。ただ、さすがに『生前調書』までは持ってねぇよ……それくらい予定外なんだから、報酬は昼ごはんで勘弁してくれ」

 押し付けられたキャリーバッグを引きながら、自動ドアを目指して、彼が先に歩き始める。

 その背中を追いかけながら……ユカは一度、身震いした。

 仙台空港(http://www.sendai-airport.co.jp/)は、スイマセン、初めて降り立った時はちっちゃいと思いました……。

 そして、当時から何度となく歩かされている(もしくはバスに乗っている)ことを根に持っているらしい霧原さん。飛行機によってはこんなことありませんので、ご安心ください。

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