エピソード7:その男、伊達男につき。②
ユカが全身を強張らせた瞬間……視界一杯に広がっていた『彼女』が、消えた。
跡形も残らず、一瞬で。
「な……何……!?」
理解が追いつく前に、ユカの目の前に突然現れたのは……細身の男性だった。身長は170に届かないくらいで、ノンフレームの眼鏡をかけている。銀色の髪が逆光に反射して、彼の顔を見辛くしていた。その手には、先ほど拾ったと思われるユカの帽子が握られている。
勿論、ユカの知っている人物ではない。知らないけれども……彼は『彼女』の『縁』を『切った』。ということは、『縁故』である可能性が非常に高い。というか、それ以外に考えられない。
「君は……」
ユカが口を開くと同時に、彼はユカの頭に帽子を返してくれた。そして移動し、黒いジャージの『彼』の前に立つ。
身長は『彼』の方が高いのだが、精神的な萎縮が態度に出ているため、すっかり小さくなったように見えた。
「な、何すんだよ!! お、俺を……消すっていうのか!?」
彼は無言でズボンの後ろポケットに右手を入れ、ポケットから細身の日本刀――を模したペーパーナイフ――を取り出した。そしてそれを、『彼』の頭上に掲げる。
それは、『彼』の存在を消し去るという明確な意思。
「やめ、やめろ……やめろって!! やめてくれよ!! 俺はまだ……!」
『彼』の言葉を聞き終わる前に――彼は、掲げた右手を水平に凪いだ。
「……大丈夫ですか?」
ペーパーナイフをポケットに片付けた彼が、呆気にとられているユカに近づいた。
声変わりが終わっていないような、少し高めの男声。ここでようやく彼の声と顔を確認したユカだが……10代男子で銀髪碧眼の『縁故』に知り合いなどいない。
「あ、ありがとう……正直、君がいなかったら死んどったよ……」
そう言いながら、帽子の位置を整えた。風でこれが飛んだあの瞬間は……思い出しただけでも肝が冷える。
まだ表情が強張っているユカに、彼は優しい笑顔を向けて安堵の息をついた。
「間に合って良かったです。僕も丁度電車を降りたところで、突然『遺痕』らしき気配を感じたので……改札口から走ってきた甲斐がありました」
「で、大変申し訳ないっちゃけど……君は、誰? 『縁故』だよね?」
ユカの質問に、彼は「失礼しました」と姿勢を整え、ペコリと会釈。
「初めまして、山本結果さん。僕は柳井仁義やない ひとよしといいます。先日は里穂が大変お世話になりました」
柳井仁義。
彼の名前を頭の中で検索にかけると……あっさり1件ヒットする。
「ひと、よし……おあへどあぁぁっ!?」
彼のことを理解したユカの大声が、高架橋中に反響した。
その声に一瞬顔をしかめた彼――仁義は、苦笑いで頬をかく。
「僕のこと、名前くらいは知っててくださってます……よね?」
「う、うん、実は写真も見せてもらったけど……いや、まさか本当に……」
ユカは必死に脳内で言葉を考えながら、改めて彼を見つめる。全て人工的に整えられたような容姿をしているが、これが全て天然だというから、人の繋がりというのはとても面白いのだ。
口元に笑みを浮かべたユカは、帽子の位置をもう一度確認してから、改めて仁義を見据えて軽く頭を下げる。
「あたしもちゃんと名乗っとかんとね。初めまして、福岡から臨時で仙台入りしてます、山本結果です」
そして顔をあげると、ペコリと会釈する仁義の姿に、先日会った里穂を重ねていた。
この2人が許嫁だと聞いて、見た目の違いや里穂の個性の強さから、関係性がうまくいっているのか不安があったから。
「この間は里穂ちゃんからお土産ももらったけんね。改めて宜しく伝えとってくれるやか」
「分かりました。里穂もお会い出来て嬉しかったって……楽しそうに喋ってましたよ」
こう言って頬を緩めて笑う姿は、年相応にあどけないもので。
彼がこんなに穏やかだから、むしろ、快活で元気な里穂とは釣り合いが取れているのかもしれない。
そういえば、福岡でユカがとても世話になった2人も……1人はリーダーシップのある熱い男性で、もう1人は、マイペースで穏やかな女性だ。実生活でも結婚した2人は、今日もきっと相変わらず、女性が男性をリードして……もとい、かかあ天下で日々を過ごしているのだろう。里穂と仁義は、ユカが知っているそんな2人と、性別が反転したように思えたから……スッと、納得することが出来た。
しかし、こうしてほのぼのと立ち話を続けるわけにはいかない。いかんせん、ユカは先程命を狙われたのだ。ここにとどまるよりも、まずは『仙台支局』に戻って状況を整理し、全てを立て直さなくては。
ユカは念のためにもう一度帽子の位置を確認してから、改めて仁義を見上げて問いかける。
「とりあえずあたしは『仙台支局』に戻るけど……どげんする?」
その問いかけに、仁義は迷わず返答した。
「僕もご一緒していいですか? 政宗さんにお話したいこともありますので」
「了解。って……今回のこと、一応政宗に報告しとこうかね……」
ユカはポケットからスマートフォンを取り出すと、手短に文章を作成して――怪しい気配を感じて咄嗟に外に出たら突然『遺痕』に襲われたけど柳井仁義君が助けてくれたけん大丈夫。政宗も気をつけてね。――送っておいた。
そして、さぁ行こうと歩き出そうとした次の瞬間……ユカの手の中にある電話機が連続で振動し、着信を知らせる。
まさかと思って画面を確認すると、電話をならしているのは佐藤政宗だった。
「反応早すぎん? 仕事中じゃなかとね……」
ユカは画面にジト目を向けつつ、少し明るい場所に移動して電話をとった。
「もしもし政宗、どげんし――」
「――ケッカ、大丈夫か!?」
刹那、スピーカーフォンでなくても周囲に聞こえるような大声に、ユカは思わず電話機を耳から離し、顔をしかめる。
「うるっさ……そげん大声出さんでも聞こえとるよ……あと、あたしなら大丈夫ってメールしたやろ?」
「あ、あぁ、そうなんだが……まさか、またケッカがって……」
「……」
予想していたよりも余裕のない声音の政宗は、少し前、電話で話をした時のことを思い出させた。
ユカが仙台に行くことと、統治の失踪が告げられたあの時。
慌てて確認の電話をかけたときの政宗は、口調こそいつも通りだったけれど、声に一切の余裕がなかった。
10年前、『遺痕』に襲われたことで、ユカの『生命縁』は大きく傷ついた。
政宗が当時のことを思い出したとしても、決して、おかしくはない。
そう、彼はいつも、周囲のことを考えている。
ユカのこと、統治のこと、自分なんか二の次で……誰かの為に、動き続けているから。
だから、助けたいと思った。
助けなきゃいけないと思った。
10年前とは違う、10年間で能力的に成長した『山本結果』で、彼とともにこの苦境を乗り越えたいと思った。
「1人で頑張ってくれて、本当にありがとう。あたしもすぐ行くけんが、もうなんも心配せんでよかよ」
あの電話で――政宗がユカをこの地に呼んでくれたあの瞬間、そう誓った。
もう、1人にはしないから。
「……ああ、待ってるよ」
返ってきた彼の声は、どこか震えている気がした。
今度はあたしが支える、そう思ったはずなのに……彼にいらぬ心労をかけてしまった。
だから、はっきり伝えよう。
彼が動揺して事故をおこすこと無く、安心して、『仙台支局』に戻ってこれるように。
「迂闊に1人で動いてゴメン。あたしは本当に大丈夫やけん、心配せんでよかよ」
「分かった。さっきは取り乱して……」
「よかよ。あたしでも同じこと言うと思うけんね。あと、それも含めて話したいことがあると。政宗、ちょっとこっちに戻ってこれる?」
「あぁ、今から15分くらいで戻れるはずだ」
それを聞いたユカは、口元に笑みを浮かべた。
そして、もう一度息を吸ってから――思いと共に、言葉を吐き出す。
「分かった。『仙台支局』で待っとるね」
もう、1人じゃない。
君の居場所には、あたしがいる。
「……あぁ、すぐ戻るから待っててくれ」
返ってきた彼の声は、決意に満ち溢れていた。
電話を切ったユカは、何も言わずに待っていてくれた仁義に苦笑いを向けると……。
「あ、そうだ、おやつ食べたくなか? よーし、ちょっと何か買っていこう!!」
道路を挟んだ向かい側にコンビニを発見し、これ幸いとともに話題をそらす。
「え? あ、でも、僕は今、あまり手持ちが……」
「よかとよかと。助けてもらったお礼もしたいけんね。と、いうわけで柳井仁義君、ケッカちゃんと一緒に、コンビニへレッツゴー!!」
そう言って先に進むユカを慌てて追いかける仁義は、政宗がユカのことを話す時、嬉しそうに笑っている理由が……はっきり分かったような気がした。
その後、コンビニでしっかりおやつを買って『仙台支局』に戻ってきたユカと仁義は、とりあえず、応接用のソファで向かい合うように座った。
政宗にメールで顛末を説明したところ、すぐに電話がかかってきた。仕事も一段落したので、すぐに『仙台支局』へ戻ってくるとのこと。
「とりあえず、政宗が帰ってくるまで休憩せんとね。と、いうわけでこれはお姉さんの奢りです!(後で経費で落とします)さあ食べんね、好きなだけ食べんね!!」
「い、いただきます……」
開封されたポテトチップスやチョコレートの中から、アーモンドチョコレートを摘んだ仁義は……ボリボリと咀嚼しながら、ペットボトルのレモンティーを流し込む。
そんな彼をマジマジと眺めながら、ユカは手元のポテトチップスを口に頬張り、バリバリと音を立てて噛み砕いた。
「話には聞いとったし、写真も見せてもらったけど……髪の毛と眼の色、本当にそんな色なんやね」
そう、仁義の髪の毛は光を反射する綺麗な銀色で、目は宝石のような緑色だった。マンガやアニメの世界から出てきたようだ、と言っても過言ではないくらいに。
関心した顔で自分を見つめるユカに、仁義は苦笑いを浮かべる。
「天然でこの色なのは、自分でも予想外でした。年齢を重ねると外国人の雰囲気も薄くなっていくと思っていたのですが……」
彼の言葉を聞いたユカは、再びポテトチップスをつまんで咀嚼し、笑顔を返した。
「カッコよくてよかやんね。あたしは好いとうよ。でも……今日はどげんしたと? 学校は確か単位制だから、毎日通う必要はないって聞いとるけど……」
2個めのアーモンドチョコレートを食べ終えた仁義が、首を傾げてユカに尋ねる。
「メール、見ていませんか?」
「メール?」
「今日の朝一番にこちらへ伺って、例の調査結果を提出しようと思っていたんです。データとしては政宗さんへメール添付していますが、僕も丁度、仙台に用事があったので、山本さんにもご挨拶出来ればと思って……一応、山本さんのアドレスにも、同じ内容のメールを送ったつもりだったのですが……」
「……ああ、もしかして、あの見知らぬアドレスから……」
ユカが今朝、怪しんで既読にしなかったメールのことだろう。ユカの反応で彼女がメールを確認していないことを悟った仁義が、「急いでいたとはいえ突然送りつけて、大変失礼しました」と頭を下げ、少し、神妙な表情になった。
「ここで1つ、お願いがあるのですが……」
「ん?」
「先程、僕が『遺痕』の『縁』を切ったことに関しては……全て山本さんがやったことにしてもらえませんか?」
そして、理由の分からない頼み事をされる。当然ながらユカは顔をしかめ、納得できない表情を作った。
「なして? あれは仁義君のお手柄やん」
確かにイレギュラーなことではあったけれど、彼の行動は決して恥じるような、隠すようなことではない。その理由を尋ねるユカに、仁義は3つ目のアーモンドチョコレートをつまんで、苦笑いを浮かべた。
「僕はまだ『上級縁故』なので、自分の裁量で『縁』を『切る』ことは出来ないんです。ましてや、ここは仙台。僕の担当地域は、石巻や北部の沿岸ですから……いくら非常事態だったとはいえ、僕の行動が名杙に伝われば、名倉さんに迷惑をかけてしまいます。勿論、政宗さんには真実をご報告しますが……書類上は、山本さんの行動として処理していただきたいんです」
そう言ってからチョコレートを頬張る彼には、隠さなければ都合が悪い彼特有の理由がある。
上の資格を取得する際には、これまでの実績が必要になる。1件でも多く『痕』を処理しておいたほうが、後々自分のためになるのだが……彼の立場が微妙なことを何となく察しているユカは、首を縦に動かした。
「ひとまずあたしは了解。でも、政宗がダメって言ったらダメやけんね。多分、そげなことはなかと思うけど……」
「助かります」
仁義がペコリと頭を下げた次の瞬間、ドスドスといううるさい足音が遠くから近づいてきた。そして、扉のロックが解除される電子音が聞こえて……。
「ケッカ、大丈夫か!?」
「ふほー!」
扉を押しのけて室内に入ってきた政宗が、ポテトチップス2枚を鳥のくちばしに見立てて咥えている彼女の姿を確認して……ヘナヘナとその場に座り込んだ。
背後で、扉が静かに閉まる。
「まはふねー、おはえりー」
ポテトチップスを落とさず口に入れたまま喋るユカに……政宗は顔を上げて、大きなため息を1つ。
「……ず、随分元気そうじゃねぇか……お前、殺されそうになったんじゃねぇのかよ……」
「ふん、ふぐっ……ん、まぁ、正直危なかったっちゃけど、仁義君が颯爽と登場して、サクっと解決してくれたとよ」
バリバリとポテトチップスを頬張って、仁義を指差す。立ち上がった政宗は、ヨタヨタとソファに近づくと、仁義の隣に腰を下ろして……もう一度、大きく息をついた。
「無事ならそれでいいんだ、良かった……」
安心した表情を浮かべる政宗の前に、仁義がアーモンドチョコレートの箱を差し出す。
「……お疲れ様です。食べますか?」
「ありがとう。いただくよ」
箱から1粒つまみ上げて口に放り投げる。チョコレートを口内で溶かしつつ……瞬きで視界を切り替えた後、改めて、ユカと仁義を交互に確認した。
「2人とも……特に異常はないな。一体なにがあったんだ?」
ユカが先ほどの出来事を報告すると、政宗は無言で席を立ち、衝立の向こうに消える。数十秒で戻ってきた彼の手には、先ほどユカがぶちまけて訳が分からなくなった『遺痕』の情報が入ったクリアファイル――『生前調書』が握られていた。
「ケッカの話だと、恐らく、女性はこの人のことだと思うんだが……」
そう言いながら、ファイルの中身を机の上に展開する。
ユカと仁義はそれを覗き込み……顔を見合わせて頷き合った。
「うん、彼女に間違いない。えぇっと……山田千佳子さん、中学生やったとね……」
先ほどの彼女と目が合った時の、ひたすた無機質だった眼差しを思い出し、背筋が震える。
ユカは資料を斜め読みして、彼女があの場所にいた理由を理解した。
「うわー……塾の帰りにあの場所で通り魔。そのせいで失血死……そりゃあ、浮かばれんね。でも、もう一人の彼はどっから来たとやか?」
政宗が一人分しか持ってこなかったということは、賑やかし担当の『彼』は、近々に『縁』を『切る』予定の『遺痕』ではなかったということになる。
調査が面倒だなーと内心でため息をつくユカに、仁義が口の中のチョコレートを飲み込んでから、片手を上げた。
「もう一人の『彼』については、僕が調べておきます。報告書は山本さんにお願いすることになると思いますが……それでよろしいですか?」
ユカは突き立てた親指を仁義に突き出し、満面の笑みで首肯した。
「オッケーオッケー! むしろ助かるよ。そういう『遺痕』の裏を取るのが面倒っちゃんねー」
「了解しました。片倉さんの調査も概ね終わったので、早めにお届け出来ると思います」
仁義の口から華蓮の名前が出たことで、ユカは、彼に聞きたかったことを思い出す。
「そうやった。片倉さんのことなんやけど……彼女が4月から仙台に住んどるって、どういうこと? 彼女はあの災害で家も家族も失った、ということは、少なくとも4年前までは宮城におったってことじゃなかと?」
ユカがポテトチップスを食べながら尋ねると、仁義は一度、政宗の顔を見つめた。そして、この場のトップである彼が無言で頷いたことを確認してから、ユカの質問に答える。
「それなんですが……僕が調べたところ、『片倉華蓮』という人物は、今年の4月から突然出てきた人物なんです」
「は?」
正直な感想は、ぶしつけな言葉として吐き出された。
でも、そんな声を出すのもしょうがないと思えるほど……意味の分からない答えだったから。
顔しかめたユカに、仁義は淡々と話を続ける。
「人間は、誰かと関わり続けて生きています。学生ならばなおさら、前の学校など、何かしら、その人物の生きてきた痕跡は残っているものなんです。でも、彼女にはそれが一切ない。4年前の片倉さんは中学生だったかと思いますので、仙台市を中心に県内ほとんどの中学校をしらべましたが……彼女が通っていた痕跡も、彼女と触れ合った人物も、発見出来ませんでした」
「どういうこと……まさか、片倉さんは『痕』!?」
「『生命縁』は見えましたので、それはないと思います。考えられるのは、戸籍をどこかでいじっている可能性ですね。最近の行政は個人情報に厳しいので、そこまでは僕もまだ、調べられていませんが……」
まだ、という仁義の言葉が気になるところだが……今は関係のない話になってしまうので、ユカはそこには突っ込まず、「じゃあ」と別の質問を投げかける。
「じゃあ、桂樹さんとの接点も4月からってことなん?」
「『片倉華蓮』さんとしては、そうなります。ただ……1点、気になることがありまして」
「意味深やね、どういうこと?」
「片倉さんのことがさっぱり分からなかったので、視点を変えて、桂樹さんのここ数ヶ月の行動を探ってみました。すると……今年に入ってから頻繁に、ある場所に出入りしていることが分かったんです」
「ある場所? どこね?」
「そこは、仙台市太白区の長町という、今開発が進んでいる地区のマンションでした。桂樹さんは塩竈の本家にお住まいで独身なので、恋人かと思っていたのですが、そこに出入りしていたのは男性のみ。女性の影は確認できていません」
「男性のみ……」
男性のみしか出入りしていないのであれば、少なくとも華蓮は当てはまらない。と、いうことは、2人は別の場所で会っているのだろうか……でも、どうして?
ユカがそんなことを考えていると、仁義が一度息をつき、険しい顔で、話を続ける。
「しかも、ここからは本題なのですが……約1ヶ月前、ぐったりした男性を背負った桂樹さんが部屋に入っていく姿も目撃されていました」
「うわー繋がった、繋がったやん……」
ユカが苦笑いで天井を仰ぐ。何となく感づいてはいたけれど、実際に突きつけられると何となくしんどい。
桂樹は、名杙家の裏切り者だ。
桂樹が背負って部屋に運んだのは、恐らく、『因縁』を切られた統治だろう。彼が軟禁されていたマンションは、桂樹が拠点にしていた場所でもあったのだ。
ここで政宗が足を組み直し、口の中のチョコレートを飲み込む。
「しかし、それはあまりにも目立ちすぎじゃないか? 桂樹さんの性格を考えると、そんな大胆に行動する人とは思えないんだ」
政宗の指摘は最もだ。そこまで単独で目立つ行動をしていれば、いずれ、桂樹の行動から足がついてしまうかもしれないのに……。
「正直、僕もそこは疑わしいと思っています。でも、事実なんです。桂樹さんは……僕達の知っている彼だと思わない方が賢明でしょう」
「了解、心に留めておくよ。引き続き、何か分かったら教えて欲しい」
コクリと頷いた仁義は、アーモンドチョコレートを一粒口の中に放り投げて……改めて、ユカをまじまじと見つめた。
「仁義君、どけんしたと?」
指についたポテトチップスの塩分をなめながら首を傾げるユカに、仁義は「いえ、大したことではないんですが……」と爽やかな笑顔のまま、言葉を続けた。
「山本さんは、政宗さんに聞いていた通りの女性だなぁ……と、思っただけです」
「前から気になっとるっちゃけど……仁義君、政宗からどげな話を聞いとると?」
このような言われ方をするのは何回目だろうか。嫌な予感しかしないユカは眉をひそめ、仁義の答えを待つ。
「僕が聞いた中で印象的なのは、2年前のお話です。確か熊本で、政宗さんが助っ人として同行した際、山本さんがブチ切れて大暴れしたとか……」
「あー……あれね、あれか……」
笑顔で語る仁義に、ユカが当時を思い出して苦い表情になった。
2年前の冬の終わりの出来事……熊本の温泉街に居着いた『遺痕』の集団を一掃するため、助っ人としてユカは政宗を呼んだのだ。
『痕』が集団でその土地に居着いてしまうと、よくない現象が続いてしまうことが多い。ましてや『遺痕』だ、早めに処理をしなければ、どんな悪影響を及ぼすか分からない。
本来ならば九州にいる『縁故』で対処すべき事柄なのだが、当時、インフルエンザが大流行していて、動ける人間がユカともう1人、未成年の女性の2人のみ。この仕事は数日間の滞在になりそうだったため、保護者として成人の同行が必須とされていたのだ。成人している『縁故』の回復を待ちたいところだったが、クライアントとしては事態を早く――具体的には春休み前までに収束してもらわなければ――困る……最終手段としてユカが責任者の麻里子に直談判し、ユカと連携をとれる成人の実力者として、政宗の干渉が許されたのだ。
そして、すったもんだありまして……事態は収束、政宗は九州の地酒を堪能して仙台へ戻っていった。
あの時のことを思い出してしまったユカが、したり顔でガムを噛む政宗にジト目を向ける。
「一応、業務内容には守秘義務があるっちゃけどねー、支局長さん」
「仁義君は内部の人間だから大丈夫だろ? まぁ、麻里子様には秘密にしておいてくれよ」
「へーへー、検討しますー」
生返事でそっぽを向いたユカは……あの時の自分の暴走を思い出し、1人、いたたまれない気分になるのだった。
仁義がキタ━(゜∀゜)━!
里穂の相手役であり、情報屋でもあります。本当はもっと地味な外見になるはずだったのですが……どうしてこうなった。そんな外見だと目立って仕事にならないんじゃないかと自分でも思います。情報収集の際はカツラ(ウィッグ)と眼鏡で変装していることにしよう!(今決めたらしい)
また、ユカと政宗が共闘した2年前の出来事については、何となくしか考えていないため、アイデアがまとまったら短編にしたいと思います! 見切り発車だね!!(スイマセン……)
なお、作中で語っている「政宗がユカを仙台に呼んだ話」は、外伝集にあるコチラのエピソードです。(https://ncode.syosetu.com/n9925dq/5/)
ボイスドラマにもしていますので、よろしければあわせてどうぞ!!(https://mqube.net/play/20171116984245)