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エピソード6.5:おはよう靴下。

 結局、大きなビースクッションの上で眠ってしまった政宗。そばで体操座りをするユカが何となく彼を足蹴りしていると……テーブルの料理や食器をあらかた片付け、どこからともなく日本酒(一ノ蔵)の一升瓶と藍色のグラスを出してきた統治に気付きいてしまった。統治、お前もか……そんな思いでジト目を向ける。

「統治も酒飲みやったとね……」

 グラスに半分ほど日本酒を注いだ統治は、脇に用意していた大きな氷の固まりを砕きつつ、したり顔で返答した。

「アルコールは処世術だぞ、山本。この程度が飲めないようでは、社会を渡り歩くことなど出来るはずがない」

「アルハラって言葉、知っとる……?」

 周囲の酒飲み(政宗、当主、分町ママなどなど)に洗脳された統治にため息をつきつつ、ユカも立ち上がる。どれだけ蹴っても無反応の政宗に飽きたのだ。とりあえず冷蔵庫の前に移動して、中にあった炭酸飲料の500ミリペットボトルを取り出す。そして統治の正面に座るように椅子を引き、腰を下ろした。

「っていうか……2人とも、完全にあたしを送って行くつもりがなかとね……これはモテんよ」

 ゲンナリした表情で、統治のつまみであるさきイカを摘んだユカに、氷をグラスに入れた統治が真顔で首を傾げた。

「送っていく? 今日はここに泊まるわけではないのか?」

 そして地味に爆弾発言をぶん投げる。コレには流石のユカも焦って首を横にふった。

「いやいや泊まらんよ!? 何の準備もしとらんとに……第一、いくらあたしでも男性ばかりの部屋に泊まるとか非常識やん……これはモテんよ」

 同じ言葉を繰り返すユカに、頭上の分町ママが「私が送ってあげるわよー」と、上機嫌で手を振っている。

 統治はグラスの中身を一口含んでから、納得出来ない表情で首を傾げた。

「第一、山本の住まいはここから歩いて行ける距離なのだろう? 俺も深酒をするつもりはないから、タクシーが嫌ならば歩いて……」

 そんな統治にユカは手をヒラヒラと振り、色々諦めた表情でため息をつく。

「あーもーよかよか、タクシーで帰るけん……そうだ、政宗の財布からタクシー代くらい拝借してもよかよね」

 そう言ってニヤリと笑みを浮かべ、床に転がっている彼を見下ろした。統治が「やめておけ、金がないなら俺が出すから」と呆れ顔で釘をさし、さきイカを口に運ぶ。

 そんな彼に視線を戻したユカは、頭上の分町ママを見上げ、今まで疑問だったことを尋ねた。

「分町ママは……統治とどれくらいの付き合いなんですか?」

「統治君と? そうねぇ……20年くらい?」

「そんなに!?」

 予想外の長さに、炭酸飲料を飲む手を止め、マジマジと彼女を見つめた。

 20年前ということは……ユカが生まれる前から、分町ママは名杙の『親痕』だったことになる。

 目を丸くして自分を見つめるユカに、分町ママは何か思い出したのか、優しい笑みを浮かべて、自分のグラスの中身を飲み干した。

「一応私は、統治君のお父さん――名杙家の現当主に拾われて『親痕』になって、今は当主の考えもあって『仙台支局』に身をおいているの。拾われたのが20年くらい前だから、心愛ちゃんなんて生まれる前から知ってるわよ」

「そげん長かったとね……じゃあ、統治はいつから、こげな面白キャラになったとですか?」

 刹那、統治がユカにジト目を向けた。しかし分町ママはそんな様子を楽しみながら、自身のグラスに入っている白ワインを一口嗜む。

「そうねぇ……やっぱり、政宗君と一緒に行動するようになってから、かな?」

「やっぱり政宗の悪影響やったとね……」

 予想はしていたしそれしかないだろうと思っていたけれど、実際に聞くと何だか疲れた気分になる。

 政宗はずっとそうだった。出会う人を巻き込み、引っ張り、たまに頼りなくて、そして……いつの間にか隣を歩いている。不思議で稀有な存在。

 他人を巻き込んでおきながら1人にはしない、不思議な吸引力があった。

「ケッカちゃんは研修が一緒だったっていう話だから知っていると思うけど、小さいころの統治君って、今に輪をかけて小生意気っていうか、自分は何でもできるって確信してるっていうか……ツンとした態度でいけ好かなかったのよね。でも、あの夏の研修が終わって帰って来たら、自分から周囲と距離を置くようになっちゃったのよ。名杙家は丁度心愛ちゃんの事件があったから、統治君の変化は気付かれないままで……あの頃は当主も奥様も心愛ちゃんのフォローが最優先だったから、余計にね」

「……」

 何か思うことがあるのか、統治が無言でグラスに口をつける。

 そんな彼に笑みを向けた分町ママは、次に、床に転がって気持ちよさそうに寝ている政宗を見下ろした。

「でも、あの冬の日に政宗君が尋ねて来て、彼と一緒に行動するようになって、統治君が変わっていくのが面白いくらい分かったわ。私も高校生の政宗君からしか知らないけど、天涯孤独で奨学金のための勉強とアルバイトで身を立てながら、時には『痕』の相談にも乗って成仏させちゃって……何も考えていないように見えて最終的には何でも丸く収めちゃう、本能で動く天才よね」

「そーですかぁ……?」

 ユカが半信半疑で彼女を見上げると、「ケッカちゃんは2人に厳しいのよねー」と、赤ワインを嗜みつつ、苦笑いを浮かべる。

「その頃の私は基本的に当主と行動を共にしていたから、『仙台支局』開設前の2人はよく知らないんだけど……でも、統治君と政宗君は本当に頑張って人脈と信頼を作ったのよ。ケッカちゃんのためだったのね」

「そげな言い方せんでください……」

「あら、この間そんな話をしていたじゃない。2人はいずれ、ケッカちゃんを仙台に呼ぶつもりで『仙台支局』で頑張ってる、って」

 分町ママが統治へニヤリと笑みを向けると、彼は露骨に視線をそらし、グラスの中身に口をつける。

 そんな様子を酒の肴にしながら、グラスのワインを飲み干す分町ママは……炭酸飲料に口をつけたまま無言になったユカに視線を移し、再び、口角を上げる。

「私もケッカちゃんの話は聞いていたし、移動制限がないから福岡まで見に行ってみようかなーと思ったこともあるんだけど、いつか仙台に来てくれるって思っていたから、その時まで楽しみに待っていたのよ。どんな型破りなお嬢さんが来るんだろう、ってね」

 刹那、ユカが炭酸飲料から口を離し、正面でグラスに氷を足す統治を睨んだ。

「里穂ちゃんと会った時も思ったっちゃけど……統治と政宗は、あたしのことをどげん話しとるとね!?」

 詰め寄るユカに、統治の視線が泳ぐ。

「あ、ありのままの事実を……」

「具体的にどげな話をしたのかって聞いとるっちゃけど!?」

 ノンアルコールで目を据わらせるユカに、統治はわざとらしく口の中で氷を噛み砕きながら……モゴモゴと言い訳を始めた。

「俺は別に……以前、俺の『特級縁故』試験を福岡で実施した際の出来事を経験談として……」

「そうそう、聞いてるわよケッカちゃん。統治君と一緒に中洲の『遺痕』を一網打尽にして、その場所に『遺痕』を流していた業者の息の根を止めたとか……統治君の試験だったのに、ケッカちゃん無双だったのよね?」

 やはり、ユカの知る事実が予想以上に脚色されて伝わっている。ユカはブンブンと首を横に振り、伝わっている物語の訂正を始めた。

「あーれーは、ほとんど麻里子様の道楽に付き合っただけです! 第一、業者の息の根を止めたのはあたしじゃなかって、ちゃんと言ってくれとる!?」

「俺はそう伝えているつもりだが……受け手がどうだったかは分からない」

「うがーっ!!」

 叫び声とともに机に突っ伏したユカは、里穂が自分をキラキラした眼差しで見つめた理由が何となく分かった気がした。確かに、それだけ聞くと無双したみたいでカッコいいから。

 あれは……約4年前、統治が階級を上げる試験に挑戦するため、福岡を訪れた時のこと。

 上の資格への試験は基本的に所属している協会の幹部が行うのだが(東日本なら名杙、西日本なら名雲の人間が行う)、名杙オブ名杙である統治の試験官をやる人材が東日本で確保出来ず、かといって無試験で上に上げるわけにもいかなかった名杙当主が、渋々、以前にも彼の試験官を務めたことがある麻里子に打診したのだ。

 そして、福岡へやって来た統治の案内役として、ユカがサポートにつくこととなり……九州最大の繁華街・中洲に居着いて悪影響を垂れ流していた複数の『遺痕』の『縁』を、片っ端から切っていったのだ。

 そして、『遺痕』が短期間で大量に中洲へ流れた理由が、とある業者が意図的に介入していたことだったという事実を突き止めて……その業者に乗り込み、再起不能になるまで物理的にも精神的にも叩き潰した、という昔話。

 確かにユカもある程度派手なことはしたけれど、一番ノリノリだったのは……試験官という立場を完全に忘れた麻里子だった。あまりにも派手な立ち回りだったため、名雲本家を巻き込んでの隠蔽が実施され……統治が帰った後、ユカはすっげー怒られた。

 当時のことを思い出し、大きなため息をつく。そんなユカを見ながらグラスの中身をカラにした統治は、彼女の持っている炭酸飲料に目をつけた。

「それ……少しもらえるか?」

「どーぞどーぞ」

 突っ伏したままペットボトルを渡すユカ。それを受け取って黒い液体をグラスに入れる統治に、分町ママがわざとらしいため息をつく。

「私が知らない間に統治君は家事スキルを完璧に身につけて、政宗君の通い妻になっちゃってるし。ママは2人がこのまま結婚出来ないんじゃないかって、地味に不安だわ……」

 頬に手を当てて「どうしましょ」と呟く分町ママに、気を取り直して体を起こしたユカが手を振って否定した

「いやいや分町ママ、統治はいずれお見合いでもするやろうけん心配せんでもいいと思うし、政宗も何だかんだ言いながら何とかするんじゃないですか?」

「まぁ確かに、統治君は心配いらないかもしれないけど……」

 分町ママは眠りこけた政宗を見下ろし、苦笑いを浮かべた。

「政宗君は……前途多難かもね」

「前途多難? 政宗、気になる一般女性(『縁故』ではないという意味)でもおると?」

 同じく政宗を見下ろして首を傾げるユカに、分町ママは苦笑いを浮かべたまま……話をそらすことにした。

「そういうケッカちゃんは……好きな人とか、いないのー?」

 この質問に、ユカは真顔でそっけなく返答する。

「いませんよ」

「あら悲しい答えねー。19歳っていう一番楽しい年齢なんだから、もっとキャピキャピ弾けちゃえばいいのに」

「キャピキャピという言葉が既にアレだと思いますが……っていうか、こんな姿のあたしによくそんなことが言えますよね」

 少しムッとした表情で分町ママを見上げるユカだが、分町ママはご機嫌な笑顔で下を指差した。

「政宗君とか、オススメなんだけどなー。名家がバックに付いてて手に職があって将来安泰、ケッカちゃんのことも全部知ってるから、一番手っ取り早いじゃない」

「無理です」

 ユカはにべもなく首を横に振る。

「あら悲しい答えねー。じゃあ、統治君は?」

「無理です」

 取り付く島もなく残りの炭酸飲料をがぶ飲みするユカに、分町ママも肩をすくめた。

「ほら、やっぱり前途多難なのよねぇ……」


 雑談に次ぐ雑談で、間もなく日付が変わろうとしている23時30分過ぎ。

「いってー……俺の背中とか腰とかすげーいてーよ……」

 これまで微動だにしなかった政宗が唐突に起き上がり、寝ぼけ眼で周囲を見渡した。

 そして、椅子に座る彼女を見つけて、首を傾げる。

「ケッカ……?」

「そうやけど」

「どうして……俺の部屋に……いるんだっけ?」

「自力で思い出さんね」

 コップの麦茶を飲むユカに、眼の焦点が合わない政宗は顔に疑問符を浮かべたまま……首を傾げる。

「――あーもうっ!」

 全てにおいて遅い政宗に苛立ったユカはコップを持って立ち上がり、膝を立てて座っている彼の前にしゃがみこんだ。

 そして、自分が飲んでいたお茶入りのコップを彼の眼前に突き出す。

「ほら、飲んで! それとも、頭からぶっかけたほうがよか?」

「頭からは勘弁してくれ……」

 ユカからコップを受け取った政宗は、中身を半分ほど飲んで……彼女にコップを返し、大きく背伸び。

 そして、椅子に座ってスマホをいじっていた統治に気付き、ようやく、記憶が繋がり始める。

「あ、そっか……今日は自分の不甲斐なさを嘆くやけ酒パーリーを開いたんだったな」

「ようそげなことまで覚えとるね……」

 コップを受け取ったユカはジト目で政宗を見やる。そんな彼女にドヤ顔を向ける政宗はおぼつかない足取りながら立ち上がり、テーブルの縁に手をついた。

 統治がスマホから視線を上げて、「起きたのか」と声をかける。

「統治、全部押し付けて悪かったな」

「いつものことだ。気にするな」

「本当に悪かった……」

 ガクリと肩を落とす政宗は、頭上で旋回している分町ママにも苦笑いで会釈し……気を取り直して、自分にジト目を向け続けているユカの方を見やる。

「さて、時間も遅くなったな。ケッカ、酔い覚ましも兼ねて送っていくから準備してくれ」

「えー? 酔っ払ってる人にわざわざ送ってもらわんでも、タクシーで帰るよ」

 だからお金をくれ、と、ユカが右手を差し出す。政宗は呆れた顔でその手を振り払い、ため息を付いた。

「こんな時間に、見た目ガキのケッカが1人でタクシーに乗ったら補導対象になりかねないだろう? 俺も最近運動不足だし……腐れ縁だと思って付き合ってくれよ」

「しょうがなかね……」

 ため息をついたユカも立ち上がり、部屋の脇に置いていたカバンと上着を取った。

 統治もスマホを机上に置いて立ち上がり、「本当に大丈夫か?」と政宗の顔を確認する。

「心配すんなって。統治は風呂にでも入っててくれ」

「何かあったら連絡しろ。あと……そのおはよう靴下は何とかした方がいいぞ」

「ををっ!?」

 刹那、政宗が自分の足元に視線を落として驚きの声を上げた。

「俺としたことが、おはよう靴下に気付かなかったとは……!」

「あらー政宗君、おはよう靴下なんてカッコ悪い」

「そんな状態になる前に捨てておけ。換えならいくらでもあるだろう」

 統治の言葉に頷く政宗。

「ちょ、ちょっと待って! おは、おはよう靴下って何!? さっきから何を自然に話をすすめとると!?」

 身支度を整えたユカがようやく会話に割って入ったが、話の通じている3人は、互いに目を見合わせてキョトンとした表情になる。

「どうしたのよケッカちゃん、おはよう靴下くらいで」

「そうだぞ山本、確かにおはよう靴下はかっこ悪いが、驚くようなことではない」

「ケッカだっておはよう靴下になることくらいあるだろ? 俺だって普段なら気づいてるからな!」

「いやいやそうじゃなくて! おはよう靴下って何!?」

 ここでようやく、政宗が自身の右足を指差す。

 黒い靴下の右足中指に穴が空き、指先が見えていた。

「く、靴下に穴があいとると……?」

 政宗がドヤ顔で主張する。

「これがおはよう靴下だ」

 ユカは全く理解出来ない。

「……おは、おはよう靴下……?」

「共通語だろ?」

「絶対違う!!」

 1人アウェイなユカの声が響いて……この宴会は、お開きとなったのだった。

 おはよう靴下は……あります!!

 宮城県民は、穴の空いた靴下を「おはよう靴下」と呼ぶそうです。(http://curazy.com/archives/86021)

 これは過去に「ケンミンショー」でも紹介されたらしいのですが……初めて聞いた時は「何を陽気なことを言っているんだろうこの人は」と思って、意味が分かりませんでしたね。

 地域性があるみたいなので、宮城全域で使われている言葉なのかどうかは分かりませんが……恐らく県内では大多数に通じるものと思います。

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